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和風パフォーマンス・レストラン  

 

加藤良一
 

 



 オレゴン州ポートランドの近郊クラッカマスに「富士」という名前の和風レストランがあった。
 ワープロで作った簡単なメニューには、どことなくチャイニーズっぽいゲイシャとフジヤマがあしらってある。「富士」は、小さな店が立ち並ぶモールの一角にあった。店構えはたいしたことはない。値段もさほど高くなかった。
 メニューを見ると、安いものでは、カラテ(サーモンとサラダ)5ドル、カミカゼ(ツナ、サーモンとサラダ)6ドル、ニンジャ(鰻のオムレツ)6ドル、ギンザ(ツナ、サーモン、ハマチ、蟹)7ドルとある。なんともネーミングがすごい。さらに、スモウ・スペシャル(チキン、ギョウザとステーキ)16ドル、高いものでも富士のシズリング・スペシャル(テンダーロインステーキとロブスターほか)33ドルとさほど高くない。シズリングとは、たぶんジュージューというほどの意味であろう。    
  アメリカ人向けの一人前では多すぎるのがわかっているから、ごつそうな料理はさけて、ライト・ディナーと称するチキン・ダーク Chicken dark 9ドルを注文した。チキン・ダークとはどんな意味か見当もつかない。ビールを飲みながら待っているところへ、 店の奥から中国系の顔立ちをした若いコックが現れた。日本語は喋れないようすだ。日本人風中国系アメリカンというところだろう。

 テーブルは大きな鉄板を囲むようにしつらえてあった。若いコックは簡単に挨拶したあと、向かいがわに立ち、さっそく料理にかかった。客が自分で焼くものと思っていたから、料理までしてもらって9ドルとはずいぶん安い。
 作るものはどうやら鶏肉を使った焼きそばのようだ。どう料理するのかと興味津々である。コック君はやおら腰にぶら下げたホルダーから包丁を取りだした。それを右手に持ち、左手に長いフォークのようなものを持って不思議な儀式を始めた。包丁とフォークをチャラチャラこすり合わせたりもしている。
 コック君は客の前でパフォーマンスをしながら料理を作る気らしいが、あまりカッコがいいとは思えない。少なくともわれわれ日本人には、気恥ずかしくて見ていられない光景である。たぶんベニハナあたりを真似たつもりなのであろうが、いかにも稚拙なパフォーマンスだ。安いんだから文句はいわないことにしよう。
 ようやく儀式がすんだところで、くだんのコック君は、さらに得意になって料理を進めてゆく。まずは鶏のもも肉を鉄板の上に乗せ、適当に焦げ目がついたところで、端のほうへ移し、こんどは麺を焼き始めた。
 鶏肉と麺の焼ける音と匂い、なかなかうまそうだ。そろそろ麺に火がとおったところで、コック君は醤油らしき液体をかけた。ほう、日本ならここで水を加えて麺を柔らかくするものだが、アメリカでは調理法がちがうらしい。やはり百聞は一見に如かずか、はじめて見る焼きそばである。コック君はつぎに鶏のもも肉を鉄板の上でざくざくっと切って焼きそばにのせ、ハイでき上がり。
 オイ、ちょっと待ってくれ。
 味付けは醤油らしき液体だけだし、だいいち麺が見るからにまだ固そうじゃないか。ほんとうにこんなものが食えるのか。びっくりする暇もなく、あれよあれよという間に皿に盛られて目の前に出されてしまった。

 コック君はどうぞ召し上がれとばかり、目の前で見ている──いや、監視している。えぃ、ままよ、これを食ったからって命に別状はあるまい。恐るおそる口に運ぶと、予想どおりの情けない味とごわごわした食感だった。日本では子供だってこんな焼きそばは作らないし、まして食べやしない。いいかげんにしろといいたかったが、ここで喧嘩してもしょうがない。それに敵は包丁を持っている。
 ビールの助けを借りて、いくばくかは喉に流し込んだが、さすがにぜんぶ食べる気にはなれなかった。コック君は、「いかがですか、楽しんでいただけましたか」などと聞いてきたが、答える気にもなれない。適当にうなずいておいた。自分で食ったことがあるのかと聞きたいくらいである。
 あとから思えば、チキン・ダークの“dark”とは、暗黒、闇の、秘密の、腹黒い、無知、果ては俗語で刑務所という、すべてネガティブなことばかりである。こんなものを日本の料理だといって出すとは、実にけしからん。何も知らないアメリカ人に、日本人はこんな不味いものを食べているのかと思われるのもくやしいし、まったく不本意である。

 日本人風中国系アメリカンのコックは、鉄板の上を片付け、ガンファイターがピストルをくるくる回してストンとホルダーにおさめるように、包丁をくるりとやってホルダーにつっこみ、得意満面引き上げていった。やめてくれ、そんなカッコつける暇があったらもっと料理の腕を磨け。この店のオーナーは、絶対に日本人じゃない。日本人ならこんなはずかしいマネはしない、いやできない。「富士」は、ほっといても早晩つぶれる運命であろうが、二度と来るものかと決心しながら店を出た。

 「富士」は、なんともイカガワシイ日本料理店であるが、ポートランドにはこんなインチキな店ばかりでなく、まともな日本食レストランもあることをアメリカ人の名誉のためにも付け加えておこう。
 とくに、市内のナイキタウン近くにある「武士」などは、ちゃんとした日本人の板前さんが何人もいるし、店構えもほんとによくできていた。また、若い日本人女性が店長兼コックをしている「魚がし」も悪くない。「武士」でとった懐石料理は、ていねいに作られた料理でなかなかのでき栄えであった。店員にも何人か日本人スタッフがいた。店内は、かなり大きく、個室になった座敷のある部分と、そことは壁で仕切られたバーとの二つに分けられていた。バーではカラオケがいつでも唄えるようになっているものの、日本とちがってマイクを取りあって唄う人はあまりいなかった。
 とにかく海外では、「和風」にはじゅうぶんご注意あれ。