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オレゴンの森に寄す
 


加 藤 良 一
 

     

     

 オレゴン州ポートランドから国道84号線を経由し、ちょっと南下してから東に向かう26号 線に入り、一路マウント・フッドを目指した。夏休み真っ盛りの7月31日、よく晴れ渡った最 高の天気であった。
 マウント・フッド(フッド山)は、オレゴン州の北に位置する標高1万1239フィー トすなわち 3372メートルと、ほとんど富士山と同じくらいに高い山である。余談だが、アメリカのこの度 量衡は何とかならないものだろうか。世界でメートル法を採用していない国は、いまやアメリ カぐらいのもので、近ごろではメートル法も併用されているとはいうものの、まだまだパイント (約0.47リットル)や、クオート(約0.95リット ル)などわけのわからない単位が残っている。
 アメリカ人は一見進歩的にみえるが、こんな保守的な面も持っていることを見逃さないよう にしよう。
 まあ、アメリカの度量衡への苦情はひとまず横に置いといて、マウント・フッドへと向かうフ リ ーウェイをのんびりと走ることにした。ポートランドからマウント・フッドへの道はけっこう幅 も 広くて快適である。
 カーラジオから流れてくるカントリー・ミュージックを聴きながら、壮大なオレゴンの山あいを 走り抜けた。アメリカをこんなに身近に感じるのは初めてだ。自分でハンドルを握りまさにア メリカの大地を自由に走ってこそ得られる体験である。この道ならカントリー・ミュージック が まさにお似合いだ。思わず鼻歌が出てくる。

 グレシャム、そしてアルダー・クリークを抜けてからジグ・ザグでちょっと寄り道を した。ジ グ・ザグとはお もしろい地名である。いや地名というより、地域の愛称かもしれないが、ちゃ んと地図にも書いてあるかられっきとした場所なのだろう。
 ちょっと小高いところまで登るとマウント・フッド全体をよく眺められるいい場所があると、前 日あらかじめ教えてもらったポイントである。ジグ・ザグへの入口を一度は行き過ぎてしまっ たが、折角だからとわざわざ引き返して登ってみることにした。
 道幅の広い国道26号線で、信号のない交差点を左折するため、いったん中央の左ゾ ー ンに入って対向車を確認、いざ左折しようとしたまさにそのとき、助手席のQさんがとてつも なく大きな声で「危ない」と叫んだ。それまでのカ ントリーでのんびりしたムー ドが一瞬にし て吹き飛んだ。こちらは、何が起きたのか理解できず、 おそらく目を白黒させていたと思う が、何だ、どうしたんだ、とパニックに陥ってしまっ た。それでもとにかくブレーキを踏んで周 り を見回した。とりあえず車はセンターラインにちょっと先端がかかる位置で急停車した。
 そのとき、対向車線を大きなトレーラートラックが、こちらに向かって真っすぐに突進してき た。一瞬の間を置いて、巨大なトレーラーは轟音とともにわれわれの左側を走り抜けて行っ た。
 Qさんがいうには、ぼくが対向車をよく見ないで発進しようとしたので、びっくりしてしまった とのことだった。ぼくとしてはもちろん対向車は視線に入っていた――と思う。 交差点に着く 前に対向車線を確認し、距離からみてトレーラートラックが来る前に左折できる、と考えてい た――はずだ。と、どうも記憶がいまひとつはっきりしない。じつにこころもとない話しだが、 どうやら突然のパニックで前後の記憶が飛んでしまったらしい。
 Qさんに誤解されるような行動をぼくがしていたこともたしかだった。つまり見なくて もよい はずの左側の道路に首を曲げて確認していたからだ。それで対向車を確認していないとと られたのかもしれない。左折するときにわざわざ左側の道路、つまりはうしろから車が来る はずのない道路を確認することはなかろうということである。日本なら右折するときに、右側 の道路をうしろから車が来ないか確認するようなものだ。しかし、なぜかつい「左」を見たくな ってしまうから怖い。そんなハプニングがあってからは、いっそう慎重な運転になったことは いうまでもない。

 さて、恐怖のひとときからなんとか落ち着きを取り戻し、まずはマウント・フッド全体を一望 できる峠で、最高の絶景を堪能し記念写真を撮ってふたたび山を下ることにした。 戻りは国 道までずっと下り坂である。ほとんどアクセルを踏むほどのこともない。静かな 山の中で、ほ とんどすれちがう車もなかった。遠くで鳥がさえずる声が唯一聞こえる音である。
 麓を目指して、のんびりと山を下りることにしよう。スピードが出過ぎないように、適度にブ レーキを踏みながら速度を調節した。しかし、どうもさっきからブレーキの効きが悪いような 気がする。たぶん気のせいだろう。でも、強く踏んでも、スピードが落ちない気もするし、ハン ドルもいつものようにスムーズには動かないではないか。おかしいぞと思いながらも、助手席のQさんに心配をかけたくない一心で、何気ない素振り を しながら、どうなっているんだ、とメーター類の並ぶパネルに目をやったり、シフトレバーの 位置を再確認したり、ひとり首をかしげるばかりであった。
 そうこうするうちに、メインキーがふと目にとまった。まさか…、まさかエンジンがかかっていないわけなどなかろうが…。とくにオートマチック車 はエンジンがかからなければ動かないはずだし、坂道だからといって勝手に走ってしまうは ずもない。とは思いながらも、ほかに考えられることがなかったので、Qさんに気づかれない ように、そーっとシフトレバーをニュートラルにして、エンジンキーを回してみた。
 すると、軽い振動とともにエンジンがかかってしまうではないか。では、さっきまで走ってい たのは、たんに重力で坂道を転げ落ちていただけだったのか。エンジンがかかっていなけれ ば、ブレーキだって作動しないし、ハンドルだって動かないのは当たりまえだ。 さいわいにも Qさんはこのことに気がつかなかった。ぼくはほっとして、何もなかったような顔をして坂道を 下りて行った。

 それにしても対向車がまったく来なかったのは、とにかく不幸中のさいわいだった。途中で 対向車をよけきれなかったら…、などと思い出すと、ちょっと冷や汗もののスリリングな経験 だった。いまでもこのことはQさんには内証にしてある。
 何も知らないQさんは、上りのときに目をつけていた小さい川に寄って行こうという。 ぼくも 川は好きだし、せっかくだから、ちょっと寄ってみようということになった。雪解け水だろう、真 夏にもかかわらず、冷たくて透明な水がたっぷりと流れていた。その流れに手をやると、ひと ときすがすがしい心持ちになれた。ここならキャンプをはるには絶好の場所にちがいない。
 うしろを振り向くと、Qさんが、川からすこし離れた木立に向かって、やおら用を足しはじめ た。う〜ん、もうこれ以上のシャッターチャンスはない。Qさんの背後から、気づかれぬように ぬかりなくカメラのシャッターを切った。そのとたん、フラッシュがピカリと光ってしまった。まず い、 と一瞬思ったが、Qさんは一向に気づく気配もなく、しばし法悦の境地をさまよっていた。
 というわけで、あまりお目にかかれない微笑ましい写真ができた。ネガはぼくが押さえてい る。ネガをどう処分するかは、あくまでQさんしだいである。さて、この後ろ姿の写真にタイト ルをつけるとしたら何がよかろうか。「オレゴンの森に寄す」などはどうであろう。きっと高値 がつくにちがいない。

 マウント・フッドは、ポートランドから60マイルというから約100キロ、車で1時間ほどの近 い距離にある。山の中腹には、1937年に建てられた木造のティンバーライ ン・ロッジがあ る。ここは宿泊施設も備えた立派なもので、規模もけっこう大きい。周りにはたくさん雪が残 っていて、上から滑り下りてくるスキーヤーやスノーボーダーが見事な曲線を描いて楽しん でいた。
 そのロッジの近くから、さらに上に向かってリフトが走っている。ここまで来て登らない手は あるまいと、さっそく6ドル払って乗り込んだ。予想どおり、上へ行くにしたがってどんどん寒く なっていった。こちらは真夏ゆえ半そでシャツ一枚だったが、我慢できないほどではなかっ た。
  リフトの終点は海抜7000フィ ート(2100メートル)のところにあった。最初のリフトはここ までで、そこからさらに乗り換 えて上に行くリフトがあるが、そちらは夏のあいだは動いてい なかった。リフトを降りると広場があった。そこのベンチに腰を下ろし、遠く遥かなオレゴンの 山並に目を移した。すこし霞んではいたが、ちょうど真正面に見える山々が「スリー・シスター ズ」(三姉妹)で、その左手に見える山が「バチェラー」(独身の男)だと、女性ばかり三人の 家族連れから教えられた。Qさんは、三姉妹と独身男というシチュエーションが大いに気に入 った様子であった。

 マウント・フッドをあとにしたぼくたちは、つぎなる目的地コロンビア川のフッド・リバーという 町を目指して、国道35号線を北へ向かった。コロンビア川は、オレゴン州とその北側のワシ ントン州を隔てる巨大な川である。
 パークデールやオデールといった田舎町を抜けてフッド・リバーへと向かう緩やかな山道は それなりに狭い田舎道であった。フッド・リバーは、ポートランド市内からコロンビア川を大き な遊覧船がのぼってくる終点の港町である。こじんまりしているけれど、落ち着いた佇まい の町で、川からゆるやかな斜面が小高い丘に向かってずっと続いていた。
 町に入ってすぐのところで車を停めた。歩いて散策してもたいしたことはない。せいぜい小 一時間で回りきれそうな閑静な町である。ぐるりと町を一周して、あちこちの店を冷やかしな がら、食事が出きそうな店を探した。ここまで来て和食や中華でもないから、この町らしい土 地のものを食べることにした。そうと決まれば、何といってもコロンビア川で獲れるサーモン である。それとどうしても食事に欠かせないのがビールである。この二つさえ揃えば、ほかに は何もいらない。ぼくもQさんもこのテーマではつねに意見が一致している。
 丘のもっとも高い一画にカントリーな雰囲気に満ちた、いいレストランがあった。その店の 前には、サーモンの泳ぐ姿を模した鉄のモチーフが飾り付けられていた。店内は、午後2時 を過ぎているのにけっこうな客入りであった。メニューのなかから、さっそくサーモンと地ビー ルを注文した。その店には中二階にあたるところにステージが据えられており、夜になるとジ ャズなどの生演奏をするというが、その時間まではかなり間があったので、聴くのはあきらめ た。

 腹ごしらえがすんだあと、コロンビア川のほとりまで行ってみた。大きな遊覧船が発着でき る川幅の広さと深さは驚くほどである。日本ではあまり見られない規模ではなかろうか。ウィ ンド・サーフィンのようなもので遊ぶ人々が遠くに眺められた。一休みするうち、そろそろ夕方 の日差しになってきた。あまり遅くならないうちに帰路に着くことにしよう。
 帰りはコロンビア川に沿って西へ一直線に進めばポートランドである。それまでの山あいを 抜ける道とちがい、帰りは川を中心にした景色が続いた。このあたりの田舎町は、川によっ てたくさんの恵みを与えられているのであろう。片田舎ではあっても、人びとは快適に、そし て豊かに暮らしている様子があちこちに見てとれた。贅沢をいわなければ、これはこれでじ ゅうぶんに楽しい人生を過ごせる楽園であろう。
 ポートランドへ向かう道路は、夕方の上り方向ではあったが順調に流れていた。とうとうと 流れるコロンビア川を右手に見ながら、その流れに合わせるようにゆっくりと一路ポートラン ドを目指した。

 ポートランド市内の主要道路は、5号線と405号線がそれぞれ半分づつ半円を形成するよ うに環状道路となって取り巻いている。ちょうど山の手線が東京を一周しているように、ポー トランド市内をぐるりと巡るこの環状道路はとても便利だ。ところがこの便利な道路にも、ぼく らのような新参者には問題があった。中心街から郊外のホテルへ戻ろうとして、なかなか思 う方向へ行けずにずいぶんてこずる苦い経験もした。外国人とはいえ大の男が二人もかか って、地図と首っ引きになってもそんな調子である。
 ようは表示のわかりにくさが原因なのだろうと思う。どうも見おぼえのあるところだなと思う と、いつの間にやら元のところへ戻っていたのである。環状線の中だけを走っているうちは、 どんなに行ったところで、しょせん市内に留まっているから問題ないが、ひとたび目指す方向 へと思って曲がると、いつの間にか反対方向へどんどんと進んでいたりするから油断できな い。
 真夜中に、フリーウェイを目的地とは正反対の方向へ走っていることに気がついたときの ショックは大きかった。もう1時間以上もムダに走ってしまったというくやしさと、なんでこんな に道路がわかりにくいんだといういらだちから、車中に重苦しい雰囲気がただよったこともあ る。

 あの道路表示は何とかならないのだろうか。もっとも地元の人は誰も迷子にならないんだ ろうから、変えてくれと言えるわけがない。慣れる以外に方法はないようだ。