2002年10月31日
講談社の塩見さんより電話。伊勢英子さんが絵を描いて下さる『白鳥』は来年の秋に出ますと。伊勢さんは北海道で白鳥をスケッチしてこられました。
童心社の下園さんから電話。大島妙子さんとの絵本『こわくない こわくない』の第二作『だっこ だっこ』(仮題)の出版が正式に決まりましたと。
詩友の詩集の解説に手を入れて、子ダヌキと散歩。本屋さんと不二家へ。
早川由香里さんのHP夢の世界と相互リンクしました。
2002年10月30日
午後立川ですずき出版の甘木さんと会い、月刊絵本『まねっこ』の、はたよしこさんの原画を見せていただきました。はたさんのこれまでのお仕事とまったくちがう画風に、画家はたさんの挑戦を感じ身が引き締まりました。とてもおしゃれな絵本になりそうです。
そのあと塾へ。一週間の緊張と疲れが‥‥消えました。今夜はぐっすり眠れそうです。
2002年10月29日
福岡のSさんから、つぎのようなメールをいただきました。
10月27日の西日本新聞の「親子で楽しもう!読書キャンペーンに、内田さんの「いろいろあってね」と「ぶきゃぶきゃぶー」二冊も紹介されていました。12冊の中の二冊だから、すごいですよね。
で、うれしくて「ぶきゃぶきゃぶー」 の竹内通雅さんへお知らせしたらつぎのようなメールが。
12月に荒井りょじりょじと「アソボン」という展覧会をやります。詳細は追って連絡いたします。
荒井りょじりょじさんというのは、たぶん荒井良二さんでしょう。ツーガさんは照れ屋ですから。そうそうツーガさんは、あかね書房の絵本の仕事をなさっているそうです。乞う! 異才面談ツーガさんです。
私は‥‥、終日、詩友の詩集の解説を。
2002年10月28日
ビデオレターを撮りました。ビデオカメラに触るのも初めて、撮るのも初めてです。だからだれもいない仕事部屋で三脚を立ててこっそりと。それはだれに送るのかって? それはいえません。
そのあとは、詩友の詩集の解説を。明日もこの仕事がつづきます。
名月や ああくたばった へたばった 呆哉
2002年10月27日
たかりんさんのおすすめ絵本『パイがいっぱい』(和田誠・文化出版局)が届きました。やはり一番面白かったのは「私が発見した」といわれている「てれこ言葉」あそびでした。
とりはとらない
とらはとりたい
どちらにも「とり」と「とら」がかくれています。このおもしろさがイラストレーター和田誠の絵と響きあって、なかなかおしゃれな絵本になっています。おしゃれはいいですねえ。
ちとくたびれて‥‥今日はこれでおわりです。
と書き終わったら宮西達也さんからメールが。私信なのでご紹介できないのが残念ですが、ひとつだけこっそり‥‥。
11月2日 大牟田市立図書館で講演されます。
大牟田のみなさ〜ん よろしくお願いします。
2002年10月25日
午前4時起きと緊張していたせいか、やや寝不足で静岡県駿東郡清水町立西小学校へ。寝不足でも頭がハイになるんですねぇ。というよりコントロールが出来なくなっていたのかもしれません。やたらとサービスしている自分がいて‥‥、それをあきれて眺めている自分がいて‥‥。でも、寝不足で不機嫌になるよりはいいでしょう。世話役の大沢美香さんをはじめ、若い!お母さんたちとも話がはずみましたし。講演の前に一年生と二年生に遊んでもらったのですが、これがとても気持ちよくてうれしくて、子どもたちの頭をなでなでしたりしておりました。
講演ですか。いつものアホ話です。真面目に話すにはアホの坂田さんを尊敬しすぎております。まあ、みなさんもよく笑ってくださったのは、類が類を呼ばれたのでしょう。
会場には、おなじくお近くに講演に来られていた宮西達也さんが、お顔を出してくださいました。ほにほに。宮西さんは清水町のご出身だそうです。校長先生は‥‥お疲れのようでした。(わたくしのせいかもしれません)。教頭先生は、大元気で、こまごまと面倒を見ていただきました。美代子さんはこっそりウインクしてくれて‥‥。
おまけ。絵本『十二支のおはなし』『やまのむにゃむにゃ』の初校が届きました。
2002年10月24日
伊藤秀男さんから絵が届きました。子どもが二人(兄弟のようです)、蓮根堀のあぜ道を釣り場へ歩いています。向こうの畦道では、そんな二人を笑っているおばさん。堀にはおたまじゃくしが。蓮の葉の上には蛙が。ヤンマも飛んでいます。ああ、わが少年の日の光景と同じです。桃色の蓮の花‥‥。わたくしはその上を渡ってくる風に吹かれています。
少年にとって、それらは恩人だったのですね。いつか、伊藤さんと魚釣りの絵本が作れたらいいなぁと、ぼんやり考えています。
蓮根掘。正しくは蓮畑、もしくは蓮根畑というのでしょうか。故郷では「蓮根掘に釣りに行こか」といってました。
2時間かけて入力したものを、「いいえ」を実行したばかりに‥‥。くくくくく。昨年も筆王の住所録を。その不便がまだ続いています。「た、狸。おまえのせいだ!」
講演●静岡県駿東郡清水町
10月25日午前10時
清水町立西小学校
主催/清水町立西小学校・家庭教育学級
2002年10月23日
昨日、柳田邦男さんがNHKラジオで『あしたもともだち』をほめてくださったからでしょう。今朝、AMAZONの売り上げランクを見たら425位になっていました。いつもは4000台でうろうろしているものです。もちろん大喜びしましたが、その反動のオソロシヤ。ただいま午後5時。10000台になっております。うひゃひゃひゃです。
夕方、90分ほど塾へ行っておりました。教え方が上手な先生で、老いて学ぶよろこびを感じています。おーい老い、です。
2002年10月22日
昨日につづき、20代からの詩友の詩集の装丁をしておりました。(このあと13行もマジメなことを書きましたが、やはり不似合いなのでカット)。
帰宅するとムジナが「今日、NHKラジオで柳田邦男さんが『あしたもともだち』を絶賛されていたそうよ。絵もとてもいいって」。ムジナはそれをお聴きした碁友だちから聞いて来たようです。聴けなくて残念でした。でも編集者の小柏香さんの嬉しそうなお顔が浮かんできます。明日あたりは偕成社でも。
2002年10月20日
とことん二日酔いでありました。ごろごろと五回眠り、ごろごろと転がっておりました。
そこへ、伊藤秀男さんの紹介でお願いした服が宅急便で。「体が楽、心が楽、そして楽しい服」をこしらえておられるNie二宮一子さんの作品です。ボタンのひとつひとつも手作りです。服を買ってこんなに楽しい気分になったのは初めてです。うれしくてうきうきしております。静岡の駿東郡清水町の講演に着ていきます。
沖縄の講演が決まりました。来年の2月22日那覇市、23日名護市です。呼んでくださるのは「沖縄県子どもの本研究会」。くわしくは紅宴会をご覧ください。
きのうの講演会に来てくださった、編集者のみなさんありがとうございます。「身内」なのでこれにてゴメンナサイ。
2002年10月19日
いやあ、参りました。講演会場に次女夫婦が来ていたのであります(身内が来たのは初めてです)。やはり上がりますねえ。みなさまにはそうは見えなかったようでありますが‥‥、しどろもどろ。絵本のことだけを話し、わが子ども時代のことは、今回はもう話すまいと家を出たのでありますが。車中で読んだ本に「語るべきだよ」とすすめられ、また、まともに、わが少年期を娘に語ったこともなかったので(機会を与えられたのかもしれない)と思い直し‥‥。
しどろもどろ。つまり(今回の講演は失敗だったなあ)と落ち込んだのであります。ところが? なぜか主催してくださった「この本だいすきの会・中野支部」のみなさんは「よかった、よかった」と喜んでおられて、チグハグ。なかでも櫻井祐子さんはかなりハイになっておられて‥‥。(もしかしたら、すこしは面白かったのかなあ)と二次会の会場で思い、三次会の会場でまたほぐされて。むろん明日はとことん二日酔いでありましょう。
2002年10月18日
朝、散髪へ行きました。2000円です。帰っきてごにょごにょしていたら、ひかりのくにの岩崎紀子さんからうれしい声で「長谷川義史さんにお会いしてきましたぁ〜」。関西弁はいいですねえ。かわいくて。
午後、おれたちともだちシリーズの第七作「ともだちバイバイ」を昨日に引き続き改稿。夕方、偕成社の小柏香さんへ投函。ちょっとせつなくて‥‥。
午後3時。月刊『おひさま』の吉田圭一郎さんがへお見えになりました。「くわずにょうぼう」の打ち合わせです。実は男一人の部屋がさびしくて‥‥。あわててカニシャボテンを買ってきました。吉田さん、気がつかれたかなあ。そこえ!
岩崎書店の島岡理恵子さんから「十二支のおはなし」の全場面が。山本孝さん、駆けています。若武者一騎。まっしぐらです。乞う、ご期待を!
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講演●東京・中野
2002年10月19日(土) 午後2時 中野区立商工会館 3階 大会議室
JR.中野駅北口徒歩7分 中野区新井1−9−1 主催・この本大好きの会・中野支部
参加費 当日券1,200円
前売券 1,000円 (会員は当日でも1,000円です)
櫻井 &fax 03−3950−8108
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2002年10月17日
「三井グラフ」のものを推敲したあと、睡蓮鉢に土を入れました。来年の春には咲いてくれることでしょう。
午後は「おれたちともだちシリーズ」の第7作『ともだちバイバイ』の改稿作業をしました。ともだちバイバイ─といっても、このシリーズの最終巻ではありません。ゆきさん、みかんさん、こうめさん、うめちゃんさん、ご心配なさらないでください。心配性の爺やより。
これから子ダヌキと秋の多摩川を散歩します。
2002年10月16日
偕成社の小柏さんより、
「おれたちともだち」シリーズのビデオが届きました。東映株式会社・教育映像部。背に「貸出承認済」と印刷してあります(スタンプではありません)。「ごめんねともだち」までを各一巻(全四巻)に。それはうれしいんですけど‥‥。パッケージがまるで白雪姫みたいで。キレ〜イ!
『三井グラフ』新年号に載る「私の好きな絵本・五冊」を書きました。長野ヒデ子さんと西村繁男さんも書かれるそうです。あとの四人の方は知りません。正月が来たら三井住友銀行のロビーか図書館などで見てください。これからあわただしく出かけます。どこへ? ナイショデス。
2002年10月15日
今日もお金にならない同人誌の仕事をしていました。ああ、妻よ許せ。あなたが悪いのではない。すべてわたしが悪いのだ。─と書いたら、隣で河童がにやにやしています。そしてぼそりと一言。
「止めもせんくせに」。こいつめ、知っております。
そこへ某雑誌より仕事の依頼が。11月は福岡に1週間出かけて、またへとへと地獄になるのに‥‥。引き受けてしまいました。妻よ喜べ! 稿料が入るぞ。もう、むちゃくちゃでござりまする。
牡蠣くえば 宇宙船艦 ヤマトー 狸候
ダダですなあ。
2002年10月14日
CDで「虚空」や「木枯」(尺八です)を聴きながら、同人誌(詩誌)の、フロッピー変換、割付などの作業をしていました。うちの女房殿が「金にならない仕事はやめなさい」というものです。でも、ねえ、この金にならない仕事こそが、わたくしの感性をやっとこさ支えてくれているのだと、おもうております。もし、わたくしの絵本にいくらかでも詩のごときものの匂いがあるとしたら‥‥。ああ、はずかしい。もしですよ。あくまでも、ね。それは、この金にならない詩のご褒美ではないかと。断っておきますけど、奥さんは冗談でおっしゃるのですよ。なぜか、すこし怖い目ではありますけど。
2002年10月13日
今年も荒尾梨が届きました。友や弟の「りんちゃん、故郷の味ばい」という声が聞こえます。荒尾市はお隣の熊本県ですが、福岡県の最南端にあるわが故郷大牟田市は、荒尾市に隣接しています。かってあった三池炭鉱はこの両市にまたがる炭鉱でした。そのためでしょう、県境を越えて合併の話も出ているようです。有明海を思い浮かべながらいただきました。
昨日とどいた偕成社からの『ごめんねともだち』増刷のお知らせを、今日、ファイルしょうとしたら、はらりはらりともう一枚。ぴったり重なっていたのです。『あしたもともだち』も増刷でした。ちなみに本日のテレビの星座占い水瓶座は最悪でした。かのように占いは当たりません! ああ、それなのにそれなのに‥‥、わたくしは毎朝かならず見て‥‥。
それがどうした! ぼく、どらえもん。
2002年10月12日
もうすでに荒井良二さんが朝日新聞で紹介していましたが‥‥。絵本『おへそまる』(山崎朋絵・文/山崎克己・絵/ビリケン出版/定価1600円
税別)は絶対にオススメです。少年ごころにあふれています。どこにでもいる少年の、そのどの少年もが、かならず通った「道」のおはなしです。
─少年は少年になりたくて。えいっ!と、おへそまると一緒に、路地へ曲がります。
しかし、これは画家に少年心がないならばと、思わされます。山崎克己さんは少年の元気を、不安を、ユーモアを、絵本からはみ出すように、厚紙版画でぐいぐいと描いています。いいえ、しかとはみだしておりました。「少年じゃー!」。わたくしはおもわず絶叫しておりました。‥‥蚊の鳴くような声で。
本日は、他人様の絵本でした。
2002年10月11日
午後、新宿で教育画劇の坂本真樹さんと会い、絵本の打ち合わせをしました。その後、地下鉄で神楽坂の日本児童文学者協会の事務所へ。著作権部会です。長崎夏海さんと、川北亮司さんの生!に、初めてお会いしました。感動です。部会で討議したこと? なにも憶えていません。
2002年10月10日
疲れていらっしゃるんですなあ。目が覚めたら午前8時でした。きのうはそんな自分を自覚して、ぼんやりとテレビで「特命捜査課・おかしな二人」を見ていたのでしたが‥‥。
てなわけで、いまも、うっとりぼんやりと伊藤秀男さんのタヌキとイタチの絵を眺めています(カラー・コピー)。しあわせです。
えーと、今日はですね。あれと、これと、あれをしました。つまり書くほどのことはありません。チョン。
おまけ。えー、思い出しました。今日は詩の推敲と、詩一篇を書いたようです。
2002年10月9日
見ました。NHKの「ひるどき日本列島」。わが故郷大牟田の大蛇山が紹介されたのです。正しくは発祥の地三池藩の大蛇山というべきでしょう。テレビに映る山、三池山にわたくしはじーんとなっておりました。あきまへん。
佼成出版社の編集者、鬼の小山菜穂子さんからFAXが。「伊藤秀男さんから、ものすごい絵がとどきました。ものすご〜いですよ!」。追っかけてカラーコピーが届きました。ものすご〜い!でした。ナンセンス絵本『やまの むにゃむにゃ』は十一月発売です。
今日は帰宅するまでパソコンが繋がりませんでした。メールも読めず、HPの下書きも自宅に送れず‥‥。やっと繋がってメールを開くと‥‥。岩崎書店の島岡理恵子さんから、絵本『十二支のおはなし』はもうすぐ出ますと、うれしいほにゃらが、はにゃらしてました。
金の星社からは「こぐまのくーくん絵本」3冊が、とも増刷のお知らせ。こちらは郵便。
2002年10月8日
なにを血迷ったのか、カルチャーセンターへ通い始めました。教えるのではありません。教わるのです。女性ばかりの教室に、おじさんがひとり。それはいいのですが‥‥、ちんぷんかんぷん。これから一年、いや、三年。じっと耐え忍びましょう。
関西の出版社・ひかりのくにの編集者岩井紀子さんより電話。絵本『かあちゃん
かいじゅう』(仮題)の出版が決まりました。岩井さんに「じゃりんこ・ちえ的世界で」と叱咤激励されつつ書いたものです。絵は大阪在住の長谷川義史さん。すきやねん、大阪─でしょうか。
ここちよい春風に吹かれていたら、ぼんやりぼんやり『子どもと本』が霞んでいきました。「もういいや〜ん、もういいや〜ん」と菜の花も歌っていました。だから、季刊『子どもと本』の繰上げ紹介はもうやめます。スズメノエンドウが「ごろんと寝てもいいよ」といっています。いいですねえ、春は。
2002年10月7日
苦闘三時間半。旧筆王の住所録を「筆王2003」に引越しさせました。自宅のものを仕事部屋のパソコンにコピーしたのですが‥‥。ささいなところを「飛ばしていた」ばかりに、やってもやっても出てこないのです。前住所録が! 「読み込み完了」なのに。なんだ、こりゃ!でありました。でも、このあほらしき苦闘のあとの歓び。わがパソコン流はドン・キホーテであります。
独学には無駄がある。独学には毒がある。─これわたくしの心底のつぶやきです。
2002年10月6日
昨日は小ダヌキやカワウソやイタチなどがやってきて、みんなで生春巻を食べました。作ってくれたのはカワウソの女房と小ダヌキの母親です。というわけで‥‥へたばっております。沖縄のお母さんたちから(娘さんたちもかな)講演の依頼がありました。那覇市と名護市です。喜んでいます。
なのに、今朝はムジナに付き合って、自転車で2時間走りました。こういうときは「ちゅかれたびー」というのでしょうか。「ちゅかれ旅ー」それとも「ちゅかれたB−」。わたくしには後者のように思えます。佐藤A作さん、おめでとう。
2002年10月4日
午前中、リサイクルの店をうろうろ。下駄箱や小机などを求めました。そして仕事部屋用に電子レンジを。5500円。聞いたこともないメーカでしす。まあ、あっためるだけですから。
午後は某社の絵本文章を推敲しておりました。ああ、それよりも西向きだと思いこんでいた部屋が、南向きだったので(磁石使用)、自己信頼がガラガラと崩れております。ガラガラガラ。
2002年10月3日
二日酔いなのに。二日酔いだから‥‥、詩が書けました。「ピカピカ」。同人誌の作品です。
空き室だったお隣の604号室へEさんが越してこられました。男です。さびしい秋です。
夕暮れ。秋の川原を子ダヌキと歩きました。
2002年10月2日
関西の編集者Iさんへ、改稿した絵本文章を送りました。さて、どうなりますことやら。そのままJR青梅線に乗り、立川高島屋で谷内六郎展を見ました。「ゴッホがなんだ。セザンヌがなんだ。谷内六郎だぞ」とつぶやいておりました。笑ってくださいまし。されど、ああ、されど、油彩の「海辺の町」の前に呆然と‥‥、至福の感情に包まれながらゆっくりと溶けていきました。いま6階の仕事部屋には「オルガンのひびく丘」のポスターが貼ってあります。
講談社の塩見様からメールが。伊勢英子さんが絵本『白鳥』の取材で、いよいよ北国の湖へ行ってくださるそうです。凛として青く透明なものを感じています。
夕方、国分寺でお世話になった編集者Hさんの送別会へ。むろん、明日は、堂々とした二日酔いでしょう。
2002年9月29日
文溪堂から電話。読物「だじゃれことわざ変事件」が増刷しますと。いいのかなぁ。なぜか恥じ入っております。
詩集「うみがわらっている」の作品「なみ」がP社のアンソロジーに収載されるとMさんからご連絡が。P社とは‥‥? しばらくお待ちください。
K社(偕成社ではありません)のSさんよりお手紙。「‥‥‥‥」の打ち合わせでお会いしたいと。‥‥‥‥思い出せません。自分で書いた作品なのに。明日、パソコンで呼び出してみませう。
故郷大牟田の阿津坂さんからFAXが。NHKの“ひるどき日本列島” で三池藩大蛇山が全国放映されますと。絵本『わらうだいじゃやま』(絵・伊藤秀男/石風社)の、あの大蛇山です。みなさん見てください。
三池藩●大蛇山●全国放映
明日10月9日(水) 午後12時15分〜45分
NHK ひるどき日本列島
三池新町弥剣神社より生中継
2002年9月29日
編集者のIさんへ電話を。「お手紙のこと承知しました」と。シリーズにしてくださるという絵本のことです。でも、まだ海のものとも山のものとも‥‥。
詩人「伊藤信吉さん
お別れの会」(東京會舘)に行ってきました。お別れのことばは司修、石垣りん、北川太一、那珂太郎、金子兜太、川崎洋さんらでした。それぞれの方の伊藤信吉さんへの惜別と敬愛の言葉を聞きながら、あらためて畏友暮尾淳がその追悼文にも引いていた伊藤さんのことばを噛み締めました。─詩人に「何らかの『特権』があるとすれば、それは涙で『負』を語りえることである」。いい言葉です。
2002年9月29日
旅の疲れじゃ、歳なのさ。あちゃらこちゃらに手紙を書いて、ごろんところがり絵本をながめ、「いいなあ、いいなあ」とつぶやきながら‥‥、ふと気がつけば眠ってた。とてしゃん。
「あおい目のこねこ」エゴン・マターセンを読みました。大好きな瀬田貞二さんの訳です。季刊『子どもと本』で、降矢ななさんの下品な絵にくらべたら‥‥と、おすすめの絵本でした。(不勉強にして知りませんでした)。いいですねえ。「きっと長新太さんも、この絵をお好きだろうなぁ」と、うっとりながめました。だからといって降矢ななさんの絵が下品だとは思いませんでしたが。その下品で、なぜか田島征三さんと長谷川集平さんの登場を思い出したのは、へんかしら。
2002年9月29日
北京で毎日、西瓜を食べてきました。天安門に上ったら、国慶節を迎えるための油絵が二枚飾ってありました。画風は古く、まあ看板絵(わたくしは看板職人でした)でしたが、その一枚に劉少奇と毛沢東が並んでいました。劉少奇は文化大革命で毛沢東に弾圧され、悲惨な生涯を終えた人です。
なにかといえば河童と張り合うタヌキが一句残していきました。
古い毛や しばし屈みし 大僧正 狸候
は〜ぁ
2002年9月23日
山梨県一宮での講演。「一年生も参加します」と、担任の筒井先生よりお手紙をいただきました。「『ともだちや』を書いたおじさんが、山梨に来るの。でも、会えるのは先生だけ」とおっしゃられたら、いっせいにブーイングがおこったそうです。でもなぁ、わたくし子ども苦手なんです。
─子供騙し
というのは、実に至難の業です。
大人を騙す‥‥。ちょろいもんですよ。
「奥様、お若いわ〜」
ね。
2002年9月22日
「うわさ」を推敲し、岩崎書店へ送りました。平成うわさの怪談シリーズの中の一編です。お隣の最上一平さんも書かれています。その最上さんが初めてわたくしの仕事部屋を訪問してくださいました。わたくしが強制したのです。のんびりしたいので。ひとりでいると‥‥、ついパソコンに向かってしまいます。休めばいいのに、あほですなあ。そうか。思想も哲学もなかったわけだ。
河童がふらりと寄り、一句残していきました。
あら海や ほんまですなあ 彼岸花
わかりまへん。
2002年9月21日
季刊『子どもと本』90号の座談会を紹介しましたら、土曜日なのにこの日記への訪問者が最高を記録しました。わたくしもうれしいけど、座談会ご出席の方はもっとうれしいことでしょう。せっかくの大好評です。今後半年間、繰り上げながら紹介していこうと思っています。
「平成うわさの怪談」の一篇を推敲していました。
2002年9月20日
いやあ、おもしろかったなあ。季刊『子どもと本』90号(座談会・私たちの「リスト」に入らなかった本について)。『ともだちや』が取り上げられているのですがメチャンコです。というよりめちゃくちゃ面白い座談会なので、ちょっぴり紹介しましょう。
D 心の結びつきをお金に換算するするというような、吐き気をもよおしそうな下品な発想のこの本が、全国学校図書館協議会と日本図書館協議会の選定図書に、揃って選ばれている。略。
E 無思想というか、哲学がないというか、子どもの心について考えたこともないのだろうか。略。
B キツネの表情など、キツネにも見えず、目の表情の下品さ。絵本の絵が写実的ある必要はないとはいえ、子どもが見てキツネであることがわからないし、なぜ目の上に黒い眼鏡をかけているのかもわからない。
ね、面白いでしょ。これ、ゼッタイお買い得です! ほかにも超面白いことが山盛り。
編集担当者の小柏さんはカリカリなんですけど、わたくしはにやにやしています。だってねえ、わたくしは、読者の感性の方を信じていますからね。はやはや。
絵本『いろいろあってね』(絵・本信公久/くもん出版)が大好評で、発売前なのにドーンと増刷が決まりました。高知あたりでも評判のようです。
あづさ@こどもの図書館 さん :http://www.i-kochi.or.jp/hp/kodomonotoshokan/
麟太郎さん、こんにちは。
満場一致で『こわくない こわくない』を、10月中旬発行のニューズレターで紹介させていただくことにになりました。ステキな絵本をありがとうございます!
「4才の甥っ子に顔をそっくりだと思ったら、言ってることも同じだぁ!」「そうそう、こんなこと言う、言う」たくさん話が弾みました。
『いろいろあってね』は、ぜひ自分用にと購入予定です。本信さんの絵がすごく斬新でした。
いま流行りの、「コラボレーション」という言葉が浮びました。
「平成うわさの怪談」シリーズの一篇、書き直し。初稿をなんとか。
2002年9月18日
吉祥寺のトムズボックスへ酒井駒子展を見に行きましたが、店番の方が外出中で見られませんでした。ざ・ん・ね・ん。萩で萩焼きならぬ益子焼のマイ・カップを求め紀伊国屋書店南口店へ。『なんだったかな』(いまえよしとも・ぶん/ちょうしんた・え)と『くまさんのおなか』(長新太・さく)を買いました。どちらも絵本です。今江さんのものには絵本の文章のヒミツを感得しました。長さんのものにはこころほぐされ‥‥、ふわふわ空中遊泳しています。
金正日(金日成)が殺した、殺させたのは、間違いないことでしょう。あまりにも不自然な死ですから。それでも日朝は国交正常化交渉に入ったがいいと思います。国家を開いていく方へ。ツライコトダケド。
2002年9月17日
季刊『この本読んで!』のインタビューを受けました。取材は編集者の菅原千賀子さんと小林絵里子さんです。カメラは石川正勝さん。応答は一問一答でいいのですけど、ハズカシイので、あっちうろうろ、こっちうろうろしてしまいました。うろうろはおろおろであります。‥‥で終わります。
そのあと「平成うわさの怪談」の仕事を。
国家のムゴサを思っています。
2002年9月16日
雨です。岩崎書店の「平成のうわさの怪談」へ送った作品に、もっと怖く書いてほしいと注文がつき、改稿するのも閉口ですから、新作を書いています。来週に中国(北京)旅行をひかえ、あたあたあた、たぁー。雑用?謝絶! 許してちょんまげ。
2002年9月15日
引越しで中断していた散歩をまたはじめました。歩きながら「これで前のようにのんびり生きるもんね」とつぶやいていました。多摩川に架かる橋を渡り、のんびりてくてく郷土博物館まで。橋から川を見下ろすと釣り人が23人。落ち鮎でしょうか。
劇団うりんこに頼まれていた「作者の言葉」を書き、そのままFAXで送信。硬かったかもしれんと反省しております。
2002年9月14日
仕事部屋のパソコンが接続しました。ここ十日ほど帰宅後に開いていたメールが、転送されてきて、すぐに(?)に見られるようになったのでよろこんでいます。体力を使い果たし(やや大げさ)、よれよれのれろれろでメールを開くのは少々しんどいことでした。返事もありますからネェ。
2002年9月13日
毎朝、インターネットで郷土紙・有明新報をのぞいています。母校のことが出ていました。見出しは「保護者を中心に『読み聞かせの会』」。有明新報さん、無断紹介をおゆるしください。
読書をしない子どもが全国的に増えていると言われている中、大牟田市中友小学校(春名常志校長)は昨年度から、読書活動の時間を設け、子どもたちに積極的に本に触れる機会を設けているが、今年度からは保護者が中心となり「中友小学校読み聞かせの会」が発足。11人のメンバーが全クラスで絵本の読み聞かせを行い、心の教育に努めている。
昨日は終日、絵本『いろいろあってね』の発送作業を。そんな散文的光景の中に、ベネッセ「こどもちゃれんじ」の編集者の坂本さんから、石井聖岳さんのラフがFAXでとどきました。楽しいんですねぇ、その雰囲気が‥‥。春風ぽよよ〜んでした。
今日は国立で編集者の小柏さんと「おれたちともだち絵本」の第七作と八作の打ち合わせ。この八作の企画が面白いのですが、まあ一年半はナイショでしょう。
1万人目の訪問者になってくださった長崎のOさんから、感激のメールが届いておりました。感激のあまり、あの長崎の坂道を♪どろだんごのタンゴ♪を歌いながら、ころがっていかれたそうです。
2002年9月10日
季刊『この本読んで!』の小林さんからメールをいただいたのですが‥‥。うっかりお茶をキイボードに垂らし、あわてて逆さまにして振ったら‥‥。消えてしまいました。呼べども、呼べども‥‥。小林さんごめんなさい。明日あたり絵本『いろいろあってね』がそちらへ届きます。それにてごかんべんを。
粗大ごみを出しました。20年ぶりくらいに鉄と樹脂製のコルセットを締めて。このところの重量持ち上げで(本です)やや痛めたようです。クーラの引き取りも入れて1万円ほどでした。看板屋時代のベニヤ板などがごっそり。19歳で看板見習工になって‥‥。いささか感慨があり申しました。
2002年9月10日
季刊『この本読んで!』のインタビューは17日と決まりました。場所は‥‥605号室です。15日は娘が来てくれてパソコン接続作業。13日は「おれたちともだち絵本」七作目の打ち合わせ。なんだかまたぎにょごにょしてきました。
白秋の柳川。そのお近くからメールをいただきました。Nさんです。お元気そうで喜んでいます。
2002年9月9日
いよいよ明日か、明後日あたりに、1万人目のお客様をお迎えできそうです。ささやかですがプレゼントを用意してあります。ご連絡ください。
朝、お気に入りの版画を粘着テープのフックで掛けていたら‥‥。夕方、どたーんという音とともに落下しておりました。釘も打てない、接着剤もあかんという綺麗なマンションです(借りたばかりの仕事場)。うーんと思案しております。
3時のおやつは99円ショップのパンのようなビスケットのような不思議なものいただきました。値段の割には不味くありませんでした。あくまでも値段の割には、ですよ。
2002年9月8日
編集者の小柏さんより仕事部屋に名前はないのですかというメールをいただきました。出羽海部屋や古狸庵などが有名ですね。でも、わたくしはそんなじじむさいことはいやだなぁと思っておりました。なんだかベレー帽にループタイの“あの文化人”に似てるでしょ。されど、よしよし、と遊んでみました。
蛙狸庵(arian)です。わたくしはサインに蛙の絵を添えていました。いまは狸です。絵のわからぬ糞ガキどもは「クマだ! クマだ!」と申しますが。
arianでariranうたうホーホケキョ 呆哉
ゆきさんへ。今日、饅頭食べませんでした。筒井喜代子さん(高校同級生)に頂戴した黄粉煎餅をいただきました。おいしかったです。うさぎ追いし〜い♪
どろだんごごろごろさんへ。ころりと死んでも、ごろりとは死にまへん。
ころり=コレラ(虎狼痢)
仕事部屋でダンボール箱と格闘していました。
2002年9月7日
借りたばかりの仕事場で、カーテンを付けたり、ダンボールをくくったりしていましたら、羽村市役所市民課の方が住基ネットの説明に来られました(わたくしが返却したので)。説明を伺いながら、大変なお仕事だなぁと感じました。こんなツライオモイを国は地方公務員に押し付けているのですね。個人情報保護法も作らないまま「走れ! 走れ! わが民よ!」の国家ばかりが大天地です。ぽちょん。
どろだんごごろごろさんを、どろだんごころころさんと上品に表記してしまいました。ヒキガエルを「アマガエルさん」と呼んだような心地です。ただちに訂正させていただきました。
2002年9月6日
どろだんごごろごろさんより、掲示板に「日記がお休みなのは、さびしいぞよ」とメッセージをいただきました。うれしかったですねぇ。売名者冥利に尽きます。
で、なんでありますが‥‥。昨日の朝日新聞(多摩版朝刊)によれば、わたくしの住む羽村市(人口5万人余)では、住基ネットの番号通知を返却されたのは11世帯26人だそうです。わたくしもその一人ですが、少ないとは思いませんでした。「いやあ、やるじゃないの、羽村市民」というが実感です。世論調査によれば国民も「やめてよね」が大勢のようですね。
劇団うりんこの「ともだちや」本公演を見に行かれた、絵本『おれたちともだちシリーズ』担当編集者小柏さんは、階段に座って観られたそうです。もちろんもちろん、超満員のためですよ。
引越しで、やや‥‥。雨も‥‥。
2002年9月4日
重い重い段ボール箱を百余個、運んでいただきました。昭島運輸さんです。中身はほとんど本ばかり。これからぼちぼちと並べていきます。これやあれやでメールへのご返事が遅れますがご寛容ください。8月30日の日記に『十二支のおはなし』の表紙見本が掲載してあります。