芸能界きっての人気俳優で、抱かれたい男ランキングでは毎年一位の座をキープし続けているジャッキー・グーデリアンの専属マネージャーとなって三ヶ月が過ぎた。
前のマネージャーが体調を崩したための配属換えで、彼の担当はかなり大変だから覚悟しろと事務所からも言われていたけれど、さすがにここまで酷いとは思っていなかった。
本当のところ、これほど女好きな男を目の当たりにしたのは初めてで、私の主な仕事はすっかりスキャンダル隠しのようになってしまっている。
別れ話で揉めたということがないのだけが、唯一の救いかもしれない。
幸い事務所の力で、今のところすっぱ抜かれたことはないものの、私の苦労も知らないで毎晩違う女の子を連れている姿を見せつけられていたら、一言言わせてもらわなければ気が済まなくなっていた。
今日こそは、まっすぐマンションに帰ってもらおう。
一応、自分の中での決まりごとがあるらしいグーデリアンは、絶対に自宅には女の子を入れないから、あとは彼を外にさえ出さなければいいのだ。
今日はグーデリアンだけが出るCMの撮りだから、スポンサーが納得してくれれば、時間が押すことはない。
悔しいけれど、仕事中のグーデリアンは、男の私から見ても格好良かった。
台詞や演出を忘れることはないし、場の雰囲気を変えるためにわざととちることはあってもミスは犯さない。
人当たりも良いから、スタッフにも人気があった。
彼の仕事に対する姿勢は尊敬こそすれ、文句など一つもない。
そう、問題は私生活だけなのだ。
どうしてこんなにめちゃくちゃなのか。
本人は上手に遊んでいるつもりなのだろうが、マスコミ対策に追われる私の身にもなって欲しい。
今日こそは言わせて貰おう。
決意も新たに、カメラに向かって笑顔を見せるグーデリアンを見つめた。
グーデリアンのマンションの方向へと車を走らせながら、いつ話を切り出そうかとタイミングを計る。
ミラー越しに後部座席の彼を見れば、つまらなそうな顔をして、窓の外を眺めていた。
「明日は二時から次のドラマの顔合わせですが、それ以外の予定はありません」
「あぁ……」
こちらを見ることもなく、グーデリアンが答える。
車は有名な繁華街の側を通り過ぎようとしていた。
「止めろ」
グーデリアンの言葉に、今までは言われるまま従ってきた。けれど今日は違う。
「止めません」
「なに?」
グーデリアンが初めて私を見る。
「どういうつもりだ?」
「今日はまっすぐマンションに帰っていただきます」
「俺が事務所一の稼ぎ頭だって解ってて言っているのか?」
「勿論です。私の給料があなたの稼いだ中から支払われていることも理解していますよ」
鋭い視線が私に向けられている。
今までこんな風に彼に命令するマネージャーなんていなかったのだろう。
静かに怒りを滲ませるグーデリアンが怖くないといえば嘘になるけれど、折れるわけにはいかなかった。
「たまにはおとなしくしててください」
「冗談言うなよ。仕事はきっちりこなしてんだから、プライベートまでコントロールされたくないぜ」
「あなたの本当のプライベートなんて、マンションの中にしかないんじゃないですか?」
あまり言いたくない台詞だったが、他に彼を止められそうな言葉を私は持っていなかった。
グーデリアンは小さく舌打ちすると、シートに体を沈ませて目を閉じてしまう。
とりあえず今夜は諦めてくれたらしい。
無事、グーデリアンの自宅のあるマンションの前へと車を止めたときに、それまで沈黙を守っていたグーデリアンが口を開いた。
「車、駐車場に入れろ」
「え……?」
「いいから、言うとおりにしろよ」
譲る気配を見せないグーデリアンに言われるまま、車を駐車場に滑り込ませる。
「ついて来い」
車を降りたグーデリアンに従う。私を部屋に入れてくれるつもりなのだろうか。
遊びに行かないよう監視できて都合は良いが、グーデリアンの考えていることが解らない。
他人がテリトリーに入り込むことをかなり嫌がる人なのに。
それでも彼に従ったのは、好奇心が勝ったからだ。
誰もが憧れる男の隠された内面を垣間見ることが出来るかもしれないという誘惑には逆らいがたい。
こんなことはマネージャーになって初めてだった。このチャンスを逃せば、次がある可能性もほとんどない。
彼を知るために、何か大きな代償を要求されそうな予感はあったものの、差し出された手を拒むことは、私には出来なかった。
ただ広いだけで何もない。
それがグーデリアンの部屋の第一印象だった。
深い青色の大きなソファと、お金の掛かっていそうなオーディオセットの他には、家具らしいものはひとつもない。
なんとなく居心地の悪さを感じて、グーデリアンを見れば、まっすぐな視線とぶつかって、少し驚く。
目を逸らせない。
吸い込まれそうな青い瞳の奥で、揺らめく炎が見えた。
「お前の言うことを聞いてやったんだから、今度は俺に付き合えよ?」
解りましたと頷いて見せれば、ニヤリと口端を歪める。
「物分りが良いな。お前のそういうところは、好きだぜ」
手首を捕まれて引き寄せられた。
体勢を立て直す前に、腰と後頭部をホールドされて、逃げられなくなってしまう。
それでもまだ、グーデリアンが冗談だと言ってくれると思っていた。
あんなに女好きの男が、どうみても女には見えようがない私にその気になるはずがないと信じていたのだ。
それなのに、押し当てられた唇がひるむ様子はなく、舌先が私の唇をこじ開けようと蠢いている。
腰を抱いている手に脇腹を擽られて身を捩った隙に、熱い舌が滑り込んできた。
「ん……ぅ……」
息が苦しい。
上手く酸素が取り込めない上に、グーデリアンに与えられる刺激のせいで、体が震えてくる。
なんだ、これは……。
力の入らなくなった膝がガクリと折れて、漸く唇が離れた。
グーデリアンの腕に支えられて、床に崩れ落ちるような事態にはならない。
「ハッ…ァ……」
足りない酸素を求めて喘ぐ姿を見られている。
それでも、腕の中から逃げ出せるような力は残されていなかった。
「お前、可愛いな。反則だぜ?」
言われて視線を向ければ、グーデリアンがなんとも形容しがたい笑みを浮かべている。
「ちょっとお仕置きしてやるだけのつもりだったのに、もう止めてやれそうにない」
グーデリアンの言ったことを理解しようにも、口腔を蹂躙されるせいで、思考が散り散りになっていく。
流されてしまう。
こんなことを許していいはずがないと解っているのに、抵抗できない。
じりじりと追い詰められて、ソファの上に押し倒された。
スーツの上着を脱がされて、ネクタイも引き抜かれる。
ワイシャツのボタンが一つ二つと外されて、指先が直接肌に触れてきた。
動き回る舌先に翻弄されながらも、まだグーデリアンが正気に戻ってくれることを期待している。
「……んっ」
突然乳首を摘まれて驚きに上げた声は、鼻に抜けて恥ずかしいくらい甘く響いた。
巨乳好きで有名なグーデリアンのことだから、いくらなんでも硬い男の胸に触れれば萎えるだろうと考えていたのに、一向にそんな気配は見えなくて焦る。
「これ以上は、洒落にならな…ぁっ……」
何とか逃れた唇でそう叫んだけれど、グーデリアンは少しも動じてくれない。
首筋を啄ばまれて、背筋を駆け抜けた感覚に目を見張る。
私の体は、こんなに快楽に弱かったのか?
「お前がこんなに可愛いからいけないんだろう?」
耳元で囁かれるだけで、肌が震える。
私に触れる指や唇に、否応なしに高められていく。
「アっ、そこは……くぅっ」
反応し始めていた私自身に触れられて、逃れようとしたのに、グーデリアンは許してくれない。
それどころか強く握られて、身動きも出来なくなった。
「逃げるなよ。俺だって驚いてるんだぜ?なんでお前の触っても平気なんだろうな?」
答えようのない質問に、ただグーデリアンを見返せば、自嘲するような笑みを浮かべる。
「お前みたいな奴に嵌っちまうなんて、俺も焼きが回ったかな」
言われた意味を理解するより先に再び唇を塞がれて、吐息すら奪われる。
「ンフッ…ン……ゥん」
下着ごとスラックスを剥ぎ取るように脱がされて、外気に触れた太腿をグーデリアンの掌が這う。
内側の柔らかい肉を撫でられて、びくびくと脚が痙攣した。
グーデリアンの長い指が、私自身に絡みつき、私を煽る。
逆らいがたい甘美な刺激に、蕩けそうだ。
いくら格好良いとはいえ同じ男に触れられているのに、どうして嫌悪感が湧かないのだろう。
それどころか、もっと触れて欲しいとさえ思っている。
グーデリアンが優しいからいけないのだ。
グーデリアンにしてみたら、いつも女性にするのと同じようにしているだけなのだろうけれど、触れる指先が優しいから勘違いしたくなってしまう。
「んあっ……そんなっとこ……」
尻の狭間を指先で辿られて、さすがに逃げ腰になった。
「大丈夫だ。ここは男も女も一緒だろう。俺に任せて」
押さえ込まれて、指を入れられてしまう。
グリと中を探られて、仰け反った。
「うっヤメッ…そこ…だめッ……」
「ここ、好いんだろ?逃げるなよ」
自分の唇をペロリと舐めて、私が反応した場所を執拗に攻めてくる。
「アァッ…も、許し……クッゥ」
性急に追い上げられて、背筋が引きつった。
達してしまいたい誘惑に、負けそうだ。
「いいぜ。イけよ」
ゾロリと耳朶を舐められて、限界まで追い詰められる。
歯を立てられたら、もう駄目だった。
「イ…やだっ…ァアッ……」
開放感に浸る間も、荒い息を整える暇も与えてはもらえない。
中に入れられたままの指が蠢いて、敏感になっている体が悲鳴を上げる。
「お前、本当に可愛いな」
指で広げられた奥に、熱く濡れた塊が押し当てられた。
無理に開かされる痛みから逃れようとして、力強い腕に引き戻される。
「ヒッァ……ア…」
信じられないほど深い場所で、グーデリアンが熱く脈打っていた。
「全部、入ったぜ」
認めたくない現実を言葉にして突きつけられて、きつく目を閉じる。
男のモノを受け入れさせられているのに、痛いだけではないなんて信じられない。
「お前の中、すごいな。絡み付いてきやがる」
「言う…な……」
羞恥心を煽るグーデリアンの台詞に、ますます内にいる存在を意識してしまう。
「そんなに、締めるな」
知らず力が入っていたらしい。グーデリアンが低く唸った。
しかし、力を抜こうと思えば思うほど、逆にグーデリアンを締め上げる結果になってしまう。
苦しげに顔を歪めたグーデリアンは、チッと舌打ちすると、私の後頭部を掴んだ。
そのまま唇を貪られて、思考が霞んでいく。
「ンン……フ…ゥ……」
グーデリアンのキスに酔わされて、快楽だけが鮮明になる。
緩く腰を揺すられただけで、甘い痺れに全身が満たされた。
「フッ……ン……ンフッ」
私を貫いているモノが、ズルリと内壁を擦る。
苦しいのにそれだけではなくて、泣きたいような気持ちになった。
肩に縋らせた指に力を込めれば、グーデリアンが口元に笑みを浮かべる。
「……ンアッ」
その顔に見惚れた隙に、グッと深くを突かれて息を呑んだ。
そのまま奥を攻められて、強すぎる刺激に体が悲鳴をあげる。
溺れてしまう。
「ハアッ…クッ……ア…アァッ」
グーデリアンの息遣いだけが耳に響いて、私は快楽のみに囚われていったらしい。
「俺、お前のこと、本気で口説くから」
現状を認識したのは、グーデリアンにそう宣言された時だ。
気だるい体は、グーデリアンの腕の中に納められている。
裸のまま密着していることに居心地の悪さを感じて抜け出そうとしても、グーデリアンは腕の力を緩めてくれない。
それどころか、こめかみに口付けられて動けなくなる。
「お前が俺を本気にさせたんだからな?」
私が返事をしなかったせいだろう。念を押すようにそう告げられて、恐る恐るグーデリアンの方へと視線を向ければ、信じられないほど真剣な瞳が私を見ていた。
戸惑いを隠せずにいたら、グーデリアンの腕の力が強くなる。
「拒むなよ?言っとくけど、逃がさないぜ」
きつく抱きしめられて、嬉しいと感じるのは錯覚ではない。
厭きられるまでと覚悟しておけば、グーデリアンに付き合うのも悪くないように思える。
「夜遊びはしないと誓ってくれるなら……」
「しない。これからはお前とだけだ。約束する」
あらゆる女性が欲しがる男をひと時でも占有できるのだ。仕事も楽になるのだから、きっと後悔はしない。
微笑んで見せれば、グーデリアンが極上の笑みを浮かべる。
軽く啄ばむだけの口付けが、熱のこもったものに変わるのに、そう時間は掛からなかった。
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