「黄金比(おうごんひ)」という言葉を聞かれたことがありますか?室町時代に完成された能楽に使う能面が「黄金比」という基本比率で作られているというのです。
造形研究家 秋山清著「正多面体・超パワーの秘密」という本を、本屋で何気なく手に取る。パラパラと開くと、目に能面の絵図が飛び込む。これは、おもしろそうと買い求めた。
秋山氏は能面の横巾(AB)と、縦の長さ(CD)の比率が1対1.618の、正確な「黄金比」を示していると解明(図1)。その上、頭上から顎までの(CD)を両目の中心線が区切った割合もやはり1対1.618の「黄金比」という。まず、「黄金比」とは線分を約3対5に分ける比率で、これを黄金分割といい、紀元前4世紀、古代ギリシャの数学者エウドクソスが創案したものという。
美しさを示す比率で、人にその形が美しいと感じさせる割合。五芒星(ごぼうせい・図2)がそれでAB対ACの比率は「黄金比」を示す。
すべてのものの美しさと形を決める「黄金比」は古今東西、古代から現代にいたる世界の芸術品や、建築物に見られるという。絵画ではレオナルド・ダ・ヴィンチ、レンブラント、セザンヌ、日本では北斎。すぐれた画家は「黄金比」を取り入れて作品を作る。建築ではエジプトのピラミッド、ギリシャのパルテノン神殿、ミロのビーナス、フランスのノートルダム寺院など中世キリスト教会はすべて「黄金比」を示しているという。また、著者は日本の古代建築の構造を子細に渡り調査された結果1対1.414の「大和比」という比率を発見された。
飛鳥時代、聖徳太子によって開基された法隆寺の金堂、五重塔、伽藍配置が「大和比」(図3・4)で同じく聖徳太子の建立された四天王寺もまた「大和比」を基本として設計されているという。
 
 
本を読み終えて実際に各能面の「比率」を算出した所、大変おもしろいことがわかった(図・5)。それは能面の中でも「黄金比」が使用されているのは、若い女面・男面の美男美女に限られていることである。比率は1対1.5〜1.6・・・の範囲で「黄金比」の近似値を示す。特に小面については1対1.5・・・の比率が多く見られる。
ところがである。年老いた女面の「比率」を割り出すとほぼ正確に「大和比」を示す。さらに、ほどんどの男面も「大和比」。能面は「黄金比」だけではなく「大和比」も使われていた! その他の種類の能面も横幅に対して、ほぼ一定の比率で縦の長さが決まる。多少の例外もあるが、たとえば翁系統では1対1.2から1.3・・・の比率。尉系統では1対1.2から1.3・・・の比率。般若なら1対1.2から1.3・・・の比率。 6百年前の室町時代、能面の創生期の面打ちは「黄金比」と「大和比」という二つの基本比率を熟知していた。先人がこの比率を間違いなく使い分け、整然と面が打たれていることに、大変な驚きと深い感動で、その夜は眠れなかった。 秋山氏のすばらしい研究の通り、幽玄で人を魅了する若い女面の美しさは、ミロのビーナスと同じ「黄金比」という秘密が隠されていたのである。
 
眞弓能 裕子
参考/「正多面体・超パワーの秘密」秋山清著
能楽タイムズ6月号より