その3

タイの犬

タイの犬は大まかに分けて、飼い犬>寺の犬>町の犬の順に幸せだと言われている。

飼い犬はちゃんと面倒見てもらっているから幸せ度1位、寺ではタムブン(徳を積む行為)で人々や寺の人たちが餌をやるので2位、町の犬は食べ物にありつけるかどうかは運次第だから最下位というわけ。でも、どこにいても、生き物に食べ物をやるのはタムブンになるので、動物が飢え死にすることはまずないだろう。

それより、目に付く病気は皮膚病。ピンク色の肌が見えるほどに毛の抜けた犬は見るだに気の毒。町の犬に多いのは、暑さと不潔が一番の原因だろうが、何とかならぬものか・・・。タイに行くというと用心するよう警告されるのが狂犬病。私は狂犬病予防接種を3回受けて来ているが、ロイエットに住んで、今のところ狂犬病の話は全く聞かない。

命を落とすとしたら圧倒的に交通事故だろう。タイの犬は、(門構えの立派な金持ち以外の)飼い犬は放し飼いが基本。寺の犬も出入り自由。町の犬は通行犬。つまり、どの犬も人間が町を歩くのと同じようにそこいらを歩いている。というか、人間以上に自由自在に歩きまわったり、好きなところで休息を取ったり(へたり込んでいたり)する。車やバイクが常に往来するような道路でも、平然と横断したり、道路中央に近いところを平行して歩いていたりするから危ないことこの上ない。しかも、君達、学習したまえ!と言いたくなる位、車の危険を感じていない。車がすぐそばに近づくまでどこうという気配を見せない。通りますよ、どきなさい、危ないですよ、あーー轢く!という瞬間にのろのろとどいていた、という天晴れな「どき方」である。いつなんどき失敗して命を落としても不思議ではない。

バイクの場合は、人間の方がよけるのが普通である。一般的に昼間はぐったりして夜になると威勢のいいのがタイの犬であるが、日暮れ時、元気になって強気になった気の荒い犬に出会ったバイクは気をつけなければならない。走るバイクに吠えかかり、足に噛みついてやろうという(昼間の状態からは想像もつかない)荒々しさはとても恐ろしい。どうしてあんなに人格ならぬ犬格が変わるのであろうか。

特に暑季の夕方から夜は、昼間そうとうに暑くてぐったりしていた反動からか、おとなしかった犬が気の狂ったように動き出す。愚連隊という懐かしい(?)言葉はこのような犬の軍団にこそ似つかわしい。うっかりそんな犬達の溜まり場に足を踏み入れたら、どんなことになることか。

ま、とにかく、夜は元気な犬達である。(人間も、夜は涼しいから元気が出る。同じだな。)

さて、犬と人間の関係、全般的にはどうか。

住んでいるロイエットでも、遊びに行ったいろいろな県でも同様に感じるのは、犬と人間はただ同じ空気空間を共有しているのだな、ということだ。普通にすれ違い、食べ残りをさらっと分けてやり、道端(道央)にねっころがっていたらよけて歩き・・・。

ねこっかわいがりもあまり見ないし、いじめてるのもあまり見ない。一緒に生きてるという感じ。犬に限らずどの動物でもそうだ。犬嫌いの人はいる。犬嫌いの友人は、怖くて近づかないだけ。
 

うちの一画では、10匹ぐらいの犬を見かける。ほとんどが飼い犬だと思う。(首輪をつけていなくても飼い犬だったりするのだ。)以前、わたしが揚げた豚肉をさらって行ったのも、そのうちの1匹。最近よく来ていた黒い母さん犬はお腹が大きくなってここのところ姿を見せないが、しばらくはうちの縁台でくつろぐのが日課だった。人のうちだろうがどこだろうが、「気に入った、決めた」と居つくのである。そして夜はちゃんと我が家に戻っている。

あるうちには、茶色と白のふさふさ毛の中型犬がいる。そこの家のお母さんがバイクに乗せていることもあるし、小学生の息子の自転車の横で走り回っていることもある。けれど、圧巻はお父さんが犬と手を繋いでスタスタ歩いて行く光景だ。こんなふうなのだ、前足の片方と手を繋がれ、犬は残りの前足を宙に浮かせ、後ろ足2本で立ち歩き。思わず笑っちゃうけれど、慣れてるようでスタスタ歩くのだ。犬は全然不自然と感じていないらしい。その犬にも子犬がいて、見かけはそっくり、でもまだちっちゃい子犬なので、立ち歩きはさせられていない。家人に手を繋がれて歩くのも時間の問題だろう。
 

なんとも飽きない「タイの犬と人間」。

7/20/'04

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