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四宮正貴の短歌作品 平成二十八年

わが顔を美形なりと言ひし人ありて 家に帰りて鏡見つめる

イケメンとスリムといふ言葉には縁なき衆生の我にしあるか

秀吉の黄金の茶室が目の前にあれど栄華は夢のまた夢(熱海救世美術館)

先代の林家三平が大声で「よし子さん」と叫びし寄席の懐かし

寝不足の顔して千代田線に乗りて来し立川談志師の懐かしきかな

青山の霊園の緑さはやけく日に照らされて目にしみるなり

大き墓が並ぶ霊園 この國の近代を築きし人眠りゐる

女の人ばかりの店でパスタ食す 真向ひに立つは男の主(あるじ)

大声で話す女性の顔が見えずどんな美人かと気になる隣席

よく話す人の隣で黙々と焼き鳥食し時を過ごしぬ

我もまた酔ひが回ればよくしゃべる男となりてカウンターに坐す

壊されし家の跡には夏草がぼうぼうと生えて命漲る

夏草が取り払はれていよいよに轟音立てて機械が動く

新しきマンションが建ちあな悲し ベランダよりの眺めまた狭くなる

富士見坂より富士が見えなくなりにけり次から次へとマンションが建ち

吉井勇の歌は悲しき歌多く讀むに耐へ難く歌集閉じたり

懐かしき師の歌を讀み胸迫る逝きませしより幾歳経ても

夫を支へ子らを育てて歌を詠み力強く生きし中河幹子師

二日ぶりに會ひたる母は喜びに満ちた顔して明るく語る

湯島なる古き酒房の主殿(あるじどの)と語らひにつつ酌む酒うまし

鮎の塩焼き食しつつ酌む酒うまし湯島天神下の古き酒房で

安物の傘を持つべし必ずや何処かに置き忘れるが習ひなりせば

母と會ひ別れ来にける夕暮の空に三日月ほのぼのと浮かぶ

夏至の日の夕べほのかに浮かびゐる三日月仰ぐ心地良さかな

樹木少なき街歩み施設に入り行けば大きな造花が飾られてをり

谷中寺町 雨に濡れつつ歩み行けば 幼馴染みが手を振りてをり

数寄屋橋の交差点を渡りつつ この地で獅子吼せし人をし偲ぶ

晴れし朝に洗濯物を干してをり 清められたきは衣服のみならず

激しくも我の怒りは燃えたぎる護憲叫びて敵利する輩に

言論の自由を叫ぶ奴原は偏向報道を繰り返すのみ

思ふ人天降り来るを待ち望み見上げる空に三日月浮かぶ

三日月と言へば市川右太衛門天下御免の向ふ傷なり

外敵に組する輩が大声で吠えまくりゐるがくやしかりけり

内外(うちそと)の醜き輩を討ち滅ぼし日の本の光を輝かさむかな

朝空に白雲なびきさやけくも今日の一日(ひとひ)を生き行かむとす

生きてゐませば百十八歳となりたまふ中河与一師を偲ぶ初夏の夜

懐かしき師の写真見て遠き日に共に旅せし下北を思ふ

上高地のウェストン祭で師と共に雨に濡れつつ山道を行きぬ

この國の初発(はじめ)のことが語られし國生み神話は面白きかな

「あなにやし、えをとめを」と宣りたまひ國生みませし日の本の神

警察官が多く立ちゐる梅雨の夜わが町千駄木に事件起りたり

今日もまた母の笑顔を見てうれし幼子の如くになりたる母の

たらちねの母は元気に大声で我を叱咤する施設の小部屋

わが母の元気な声に励まされ我はこれからも生きてゆくなり

和光前で待ち合はせたる老翁は足取りたしかに銀座を歩く

久しぶりに越前そばを食したり越前の國に生まれし人と

越前そば共に食しつつ春嶽公橋本左内のこと語り合ふ

雨に濡れし木々をくぐりて詣でける観音堂は静かなりけり

雨に濡れし緑の木々の葉の光 命の力漲りてをり

去り行きし人一人ゐてさみしくも思ひ出しをりその温顔を

パチンコ屋より出で来し老婆の険しき眼 一体いくら損したと言ふか

あかね雲夕暮の空に広がりて束の間に夜の帳下りたり

台風が近づく日の午後 青空がほの見えてなほぞ心騒立つ

坂道をのぼり来たれる床屋にて鬱陶しく伸びし毛を刈りてもらへり

夏の日は髪の毛を短く刈り上げて さはやかに過ごすを喜びとする

國のみやしろに人々多く来て御霊拝ろがむことの尊さ

我もまた尊き命を國のため捧げし人々を拝ろがまつる

國の宮居のベンチで支那人が語り合ひゐるをいぶかしみ見る

昭和といふ時代に生きし人々の歌懐かしみ今宵讀みゐる

過ぎゆきし時を思へり三十年前の短歌雑誌の歌を讀みつつ

歌讀めば面影浮かぶ懐かしさ 逝きにし人の魂(たま)の訴へ

坂道を下れは根津の街となり酒場の灯りが我を誘へり

巷といふ言葉の似合ふ根津の街 夕暮時の人の賑はひ

久しぶりに満員電車に揺られをり大手町駅より千駄木の間

蒸し暑き日に降り出せし雨に濡れ シャワーを浴びたる心地するなり

苦しみて往きにし父の写し絵に真向かへば今更に悲しみ深し

安らかに眠りたまへと祈りつつ苦しみし父の遺影を拝む

老人医療のむごき現實を身にしみて知りたり父母の老いと病で

胃瘻などせぬ方が良かったと今さら悔いても詮方も無し

胃瘻せし父を偲べり苦しみを延ばせしのみかと悔いる心に

白衣の天使といふ言葉などは嘘なりと思ふことありしこの十年間

老舗なるとんかつ屋に一人座りつつ肥満を恐れず食しゐるなり

忘却とは忘れ去る事なりといふ言葉この頃妙に浮かび来るなり

心こめ手紙を書きたりこの國を憂ひゐる人への返り言として

バス待てばやがて来たれるものなれば人々は列をなして待ちゐる

似非憲法護りて國を滅ぼさんとする輩あり「九条の會」

政治スローガンの如き歌は好まねど怒りの心から出づる言葉か

泣き叫ぶ辻元某女日本の女性の恥と自らを知れ

政治家の質の低下といふ言葉この頃しみじみとうべなひてゐる

とくとくと政府攻撃する議員の醜き顔がテレビに映る

わが内の怒りの思ひが大音聲となりて響ける朝(あした)なるかも

スカイツリーの真上に朱色の満月が煌々と照る夏の夜かな

朱色なる満月煌々と冴えかへり大江戸の町の上渡り行く

大空襲の惨禍のことを思ひつつ今宵仰げる朱色の満月

逝きし人を懐かしみゐるこの夜は雨の降る音がかそけく聞こゆ

十津川の山の奥なる神やしろ 雨に濡れつつ参り行きたり(玉置神社参拝を思ひ出して)

神々のいきづきゐます山奥の霧の中なるやしろに立ちぬ()

炎天下都會の眞中の渓流で親と子供が水遊びする(王子・音無親水公園)

坂下町といふ名の町に生まれ育ちここが故郷と坂を見上げる

大給坂をのぼりて通ひし小学校中学校は昔のままに

母が生まれ育ちし町に我もまた生まれ育ちて今を生きゐる

友どちともつ鍋つつき語らひて夏の一夜を過ごしけるかな

暑ければわが内の穢れを流し出す如くに汗はとめどなきかな

友どちより贈られし甘き桃の實はわが食道をくだりゆきたり

琴の音の聞こえ来る部屋で友どちが集ひて連句を楽しみにけり(ゆずり葉連句會)

命あるものの強さよ緑なる木の葉は灼熱の日に耀へり

酒と煙草やめたる友は七キロも太りて健やかになりけるかも

今は亡き歌手の歌声明るくも懐かしきかな『青い山脈』

炎天の真昼の郵便局は人少なし人々は家に籠りゐるらし

パソコンとテレビの画面と活字をば見続け過ごすわれの眼(まなこ)

またしても高きマンションが建てられる街に太陽がギラギラと照る

しみじみと良き母を持ちし幸せを思ひつつ過ごす施設の小部屋

何時までも健やかにおはせと祈りつつ母と語らふ夕暮の時

友どちが贈りくれたる饅頭を母は美味しと食べたまふなり

友どちが贈りくれたる胡麻豆腐ビールとともに食すうれしさ

ひむがしの方より昇りきたりける大日輪は眞輝きてをり

暑し暑しと言ひつつ仰ぐ大日輪に命さきはふ我にしありけり

暑けれど日本の兒は力強く生きてゆくべしこの正道(まさみち)

東方の日出づる國に生まれ来ていのちゆたかに生きゆかんかな     

大空に浮かぶ白雲爽やかな心となりて仰ぐ朝かな

戦争法案謝罪談話といふ言葉汚らはしき響きとなりて満ちゐる

祓給へ浄め給へと祈るなり醜の醜草繁りゐる世を

原稿を書き終へし後 酷使せし眼をいたはりてしばし閉じゐる

亡國野党偏向メディアをなぎ倒し安倍晋三は正道を行け

七十年を経ても侵略國家なりと罵られゐることの悔しさ

友愛などと安易に唱へ土下座して自己満足する人の愚かさ

外つ國へ行きて土下座する元総理あきれ果てたるその愚かさよ

坂道をのぼれぱ高きクレーン車が動きゐるなり我を押しつぶす如く

まろき顔の和やかな人と挨拶し心のどかになりにけるかも

御霊鎮めのみまつりの庭に蝉しぐれ響きて止まぬ晩夏の夕べ(尊攘義軍殉皇十二烈士女七十年祭)

のぼり来し愛宕の山の蝉しぐれ遠き日のままに今日も響けり()

久しぶりに愛宕の山にのぼり来て蝉しぐれ聴くみまつりの夕べ()

涼しき日々となりたることを喜びて部屋の掃除を丹念にする

老夫婦の営む蕎麦屋に一人来てそば焼酎を呑みてたらへり

高きピルに囲まれ鎮まるみやしろに手を合はせ立つ湯島天神

久しぶりに湯島天神に参り来て足かばひつつ男坂くだる

夕暮の湯島天神に若き男女が祈り捧げる姿好もし

合格祈願の絵馬を眺めて若き人らが生きる姿を尊しと思ふ

松の緑美しく映える皇居前 わが日の本は永久に栄えむ

遠き所に住みゐる人を恋ほしみて面影偲べど空しかりけり

はじめて来し駅の周りを眺めれば何処(いづこ)にもあるチェーン店ばかり

急な道を息切らしのぼる夕つ方 母のゐませる施設に行かむと

「戦友」といふ悲しき歌をわが母は歌ひたまへり静かなる声で

母が歌ふ「時計ばかりがコチコチと」といふ歌詞聞けば胸迫るなり

たらちねの母は食欲旺盛にお菓子を頂戴と言ひたまふなり

わが母はテラスのひまわり眺めつつきれいだねと我につぶやきたまふ

この施設のこの部屋がわが母の終の棲家と思へば悲し

漲れる力振ひてわが道をただひたすらに生き行かんかな

理屈をこねる歌は止しませう自然なる心をこそ歌にしませう

このままに逢ふこともなくお互ひにあの世へ行くか遠き日の女(ひと)

牛乳配達の音聞こえ来る早暁に我一人部屋で歌詠みてゐる

老夫婦が老夫婦の営む店に来て楽しげに語らひ酒酌みてゐる

晴れれば暑し曇れば鬱陶しいと人間といふは勝手なことを言ふ

元総理といふのにろくな奴はゐないと思ひたくなるこの頃のニュース

軍事力を誇示して覇権をとらぬと言ふこの大嘘つきの習近平よ

わが國を射程に入れるミサイルを行進させて平和を言ふ馬鹿

北闕の天を望まんと仰せられし後醍醐天皇の御心を偲ぶ(『蔵王権現と修験の秘法』展参観)

後醍醐帝が祈りをこめし蔵王権現憤怒の形相のすさまじさかな()

悪を祓ひ罪を滅する大いなる力発する蔵王権現()

雨の中たどり着きたる酒房にて秋刀魚の刺身を食したりけり

何となく昔のことを思ひ出す後悔もあり懐かしさもあり

傘さして街歩み行くジャストウォーキングインザレインなどと口ずさみつつ

雨の日の続くこの頃母と眺めるビルの彼方の雲満つる空

やさしき言葉母にかけたる介護士に礼して施設を出でて来しなり

いつも笑顔で我に真向かふわが母は時にさみしき表情をする

家に帰ると言ひたまふ母を後にのこしエレベーターで降る苦しさ

さみしげに座りゐる母を後にして家路につくは苦しかりけり       

詠みし歌

命長らへ九十四歳まで生きて来し母をしみじみいとしと思ふ

よくもまあこれほど雨が降るものと思ひつつ歩く土砂降りの道

實朝の歌を思へり 決壊せし川水が人家を襲ふを見つつ

川水が津波の如く押し寄せて人と家とを流しつくせり

水の禍未だおさまらぬ朝にして東京の空は晴れわたりゐる

人の名前忘れることが多くなり咄嗟に出て来ぬことの悲しさ

靴磨き屋が少なくなりし不便さを靴磨き屋さんと語り合ひたり

屋台ラーメン路傍の靴磨きが無くなりて街も次第に変はり行くなり

平和平和と叫ぶ輩は共産支那の暴虐のことは何も語らず

この國の守りを堅くすることに抗がふ輩は敵の手先ぞ

似非憲法似非平和主義を祓ひ清め日の本の國を守り行くべし

肩をいからし部屋に入り来し人物は護憲を叫ぶ弁護士先生

宇治橋を渡り行く時真向ひの大空に日輪が照り輝きぬ

伊勢の宮神路の山に日章旗翻りゐる爽やかさかな

坂の上の施設の部屋で今日もまた母と眺める夕暮の空

生きたままの白魚を食べる夢を見し何と食いしん坊の我にしあるか

見たる夢に出で来し人の記憶無し 恵比寿様のやうな顔をせし人

秋雨に濡れつつ一人静かなる湯島聖堂の森にたたずむ

両関といふ酒うまし今宵またおでんを食しつつその酒を呑む

白滝か糸こんにゃくかはどちらでもよしとわが好物を食しつつ思ふ

雨水が瀧の如くに流れ落ちる湯島男坂を下り行くなり

仏前に供へたる花の水を替へ新しき日の始まりとする

神前の榊の緑瑞々し 有難きかな日本の神

筆の音さらさらとなる静か夜は心鎮めて歌を詠むなり

今日もまた原稿を書き本を読み静かなる一日(ひとひ)を過ごしたるかな

二十年前の美術館の入場券を見つつ二十年後の我を思へり

二十年経てばわれも八十八 米寿となりて生きゐるらんか

住職に挨拶をして先祖の墓に花供へれば心清々し

彼岸の日に菩提寺に参れば花園の如くに供花が咲き満ちてゐる

晴れやかな心となりぬ 晴れわたる青空の下で墓清めれば

シルエットの如く伽藍が浮かびゐる日の暮れ方の谷中寺町

久しぶりの友の電話の声高し健やかなれば我も嬉しき

ペリー来航櫻田事件の絵を眺め百有余年前の國難を偲ぶ(東洋文庫「幕末展」参観)

軍事力なくして國の独立を守りがたきは今も同じぞ()

愚かしき憲法守りて國滅ぶを望む輩を祓はざらめや

今秋は陰祭とて神輿も山車も街に出でぬはさみしかりけり

根津の社のみまつりなれど わが町は神輿も山車も出でぬさみしさ

静かなる夜の公園闇深しベランダに坐る二人の人影

威勢良き寿司屋の若い衆は今日もまた明るく楽しげに寿司握りゐる

七十年前の焼土も今日は高層ビルの林立する町となりゐる

何時かまた焼土となるもはかりがたく永久の平和を祈りまつれり

朝風呂に身を清めつつ友どちと語らひをれば心和むも

マイク持ち得意の歌を歌ひたり「俵星玄蕃」「大利根無情」

スカイツリーの真上の空に仲秋の名月煌々と冴えかえるなり

流れゆく雲の上にぞ強き光放ちて照れるまんまるの月

朝毎に部屋の掃除をすることがこれ以上太らせぬ手立ての一つ

久しぶりに来たりし街の古書店に入りて見上げる書棚懐かし

わが母が守り来たりし観音堂 日毎に参り母を祈れり

澄み切りし青き空をば母上と眺めて過ごす丘の上の施設

母上は青き空眺めきれいだねとつぶやきたまふ秋の日の午後

もう少しゐてと言ふ母の言葉 聞きて切なき夕暮の施設

日々(にちにち)を健やかに過ごすわが母は今日も大声で歌うたひゐる

乃木将軍祀れる宮に人ら集ひ大久保利通のことを學べり(中央乃木會講演會)

静かなる秋の日の午後 乃木神社の社頭さやかに秋風ぞ吹く

銀座の街歩み行きなば外つ國人が大き声出し群なして歩く

中河与一の『萬葉の精神』を讀みてより萬葉の世界を戀ほしみて来し

遠き日に論争せし人は老いてなほやまと歌をば論じゐるなり

我もまた若き日よりの情熱を絶やさず歌を読み続けをり

根津東映といふ映画館のありしところ未だ駐車場のままの空間

しもた屋といふ言葉も死語となるか マンションがどんどん立ち続く街

いただきし松茸を焼きて食すれば日本人と生まれし幸を思へり

戦國の覇者も近代の成功者も茶道具集めて喜びにけり

好かぬ人が目の前に坐る會合は早く退散するがよろしき

何時も通る道で會ふ人は何時もの人 交はす挨拶も何時もの言葉   

老夫婦の住みゐし家は人気無し かくて知り人は少なくなりゆく

賑やかな會話をしてゐる女性群の傍らに坐してどら焼きを食す

大声で鳴きゐるカラス 好かれざる鳥であることは知らざる如し

谷中霊園秋空清く澄みわたる下に立ちゐる澤正の墓

島田辰巳緒形拳すらすでに亡し遠くなりゆく新國劇の舞台

多くの人が行き交ふ虎ノ門交差点小さき虎の像が置かれゐるなり

きらきらと輝く如き絵が並ぶ會場に坐す時の華やぎ(『深見東州選りすぐり絵画展』)

あどけなき幼子(をさなご)の笑顔を見てうれしそれその父は我の甥っ子

わが部屋に愛らしき幼子とその父が来たりて遊ぶ秋の朝かな

秋晴れに坂道登りまた下る人生といふもそのやうなものか

低く浮かぶ三日月に向かひ歩み行く異界への道を辿る如くに

東天の光が次第に強くなる明方時に命漲る

食欲の秋とは言ふも我はしも春夏秋冬食を楽しむ

わけの分からぬ言葉の羅列の短歌作品 謎解きの如くに讀みてゐるなり

スプーンにてお粥を母の口へ運ぶ時 親子の強き絆を思ふ

思ひ出を友と語らふこの夜は楽しくもあり悲しくもあり

佳き人の思ひ出を友と語らひて秋の夕べを酒酌み交はす

亡き父は故郷に帰らず東京の墓地に静かに眠りたまへる

父の故郷徳島眉山を父上と共に登りし思ひ出の旅

遠き日の思ひ出の中をさまよひし夢から覚めれば朝が来てをり

逢ひ得ざりし歌人(うたびと)の歌集をひもときて吉野熊野の山河を思ふ(前登志夫氏)

穏やかな顔をして我と語らへる母は心も体も強し

明るき声で我を迎へる店の主(あるじ)それその妻も明るき笑顔

秋の夜の風に吹かれて街を行く もうこの年もあと二月(ふたつき)

線香を手向けて御霊をなぐさめる来島恒喜氏の墓の御前で

頭山翁の力強き書が刻まれし来島恒喜氏の御墓(みはか)を仰ぐ

さはやかに秋の大空広がれる谷中霊園に友ら集ひぬ

参り来し如意輪観世音の姿見えず 御簾の奥にぞ鎮まりませば

見えぬが故に観音妙智力なほさらに強き光を発しゐるなり

父の魂肉体を離れ行きし時ベッドのそばに坐りゐし吾

横たはる父の遺体をぬぐひゐる看護師たちを見つめゐし吾

今はただ幽世(かくりよ)より我を護りたまふ父の御霊に経誦()するのみ

冬近し 街の銀杏の葉も落ちて裸木となる日は近づきぬ

温風器のスイッチを入れセーターをまとへばすでに冬来たりしか

幼き日の甥を思ひ出す その甥が幼子と遊ぶ姿を見つつ

大慌てで靴を捜しゐし夢を見ぬ 何にせかるるこの頃の我

古き家は壊されてゆくさみしさよここに住みゐし人は何処に

幼き日より親しみし人もその家も消え去り行きしことのさみしさ

大乃國に似てゐる人が運び来しもつ焼きを食す小さき居酒屋

神に祈る時には姿勢を正すべしと自らに言ひ神前に坐す

姿勢を正し書を読むことの大切さ もの學ぶ時の心ととのふ

波風を立てずによろしく生きてゆくこと難きかな 今日のわが怒り

山の村に生きゐる老人を描きたる玉堂の絵に心やすらぐ

すがしくも朝を迎へし千駄木の街眺めつつ深呼吸する

秋の朝太陽に照らされし家々は明るく清くかがよひてをり

沸々と力湧き来る朝(あした)なり大日輪に照らされ立てば

(えにし)ありし人の遺詠を讀みにつつ遠き日の健やかな姿を偲ぶ

これの世を去りたる人の歌を讀み久方ぶりに會ひし心地す

少しだけの日本酒を呑み温かき心と体で家路へ急ぐ

友と共に小さき酒場で酌み交はす秋の夜の酒ほのうまきかな

母上と相撲中継を見てをれば懐かしき人が勝負審判

訥々と友が語れは我はまた滔々と語る今宵楽しき

問ひ詰めてはならぬことあり真向へる人の顔見てやっと気づけり

山の向ふに幸せの國があるものと言はれても山が見えぬわが町

 

長州藩ゆかりの寺の退耕庵 岸信介の文字は鮮やか

雑踏をかき分けにつつ東福寺の紅葉の庭を経巡りにけり

雑踏の中を歩みて南禅寺山門に至る紅葉の季

五右衛門が絶景かなと叫びたる南禅寺山門を仰ぎたりけり

とても静かに紅葉を愛でる雰囲気にあらざる庭を彷徨ひて歩く

更けてゆく京都の夜は静かなり 空には満月が煌々と照る

訪ね来し京都大原三千院 紅葉を愛でる人々の群れ

次から次へ人々押し寄せ 庭も樹木も困りゐる如し

後鳥羽天皇順徳天皇鎮まります大原の里に悲史を偲べり

バスに乗り走り行きなば巨大なる東西本願寺の伽藍の見ゆる

亀山天皇ご創建の南禅寺 元寇の國難を偲び参り来たりぬ

黒衣の宰相金地院崇傳を思ひ出せば その行状に怒りも新た(南禅寺塔頭金地院)

東山ふもとの寺の靈鑑寺 如意輪観世音がまつられてをり

古き御寺みなそれぞれに皇室との縁(えにし)持てるは有難きかな

東山大文字の見ゆる庭に立ち 京の都に来たる喜び

南洲と月照が密議をこらしたる草庵のありし山に来たれり(臥雲山即宗院)

大獄の歴史を刻む薩摩藩ゆかりの寺は今静かなり()

戊辰戦争薩摩軍の屯営跡 今は静かに紅葉散り敷く()

杖つきて去り行く老女の後ろ影 まだまだ強く生きたまへと祈る

赤く燃え夕日が沈む時にしも彼方より呼ぶ声聞こゆるごとし

それぞれの人生を歩み行くものを今朝は行列して登校する兒等

キリストへの信を描きしルオーの絵 暗き色彩で描かれてをり

歌舞伎座で芝居を見たる思ひ出は「三波春夫特別公演」

懐メロ大会の楽屋で会ひし歌手たちのその殆どはこの世を去りぬ

虎ノ門の雑踏を歩き 日本でテロが起らぬことを祈れり

人類の進歩と調和といふ言葉いよいよ空しきテロの続く時代

白人もキリスト教徒も殺戮の歴史を持つを忘れるべからず

神は偉大と叫びつつ殺戮を繰り返すを狂気とのみで済まされはせず

何時ものやうに坂を上りて逢ひに行けば母はにこやかに喜びたまふ

我に逢へば本当に嬉しさうな顔をする母はいとしも今日もまた逢ふ

通夜が終はり帰り行く道 賑はへる人々の群れは何時もの如く

建物が全て建て替へられにける街に迷ひて彷徨ひ歩く

「月よりの使者」といふ歌を歌ひつつ見上げる空に半月浮かぶ

柔和なる面差しで語る人の心に 秘めたる思ひは強く厳しき

生きてゆくことを肯ひ一歩一歩進み行く我を神よ護らせ

國の宮をこぼたんとする輩 この日の本にゐるが悔しき

餓死自殺一家心中のニュース続く何とも悲しき経済大國

父の上着を揺り椅子の上に置きしまま三年経てり懐かしみつつ

留守番電話にのこる父の音声を消すことはなし我生きる限り

東都北鎮根津権現の氏子として今日も暮らしゐるこの千駄木に

色冴えぬ紅葉見つつ せはしなく年の瀬の街を歩み行くなり

静か夜は煙草くゆらしもの思ふことぞよろしき一人居の部屋

一日に五六本の煙草吸ふ事をとがめられることあらざるや

よくしゃべる老人の隣に一人座し酒を呑みをり耳は塞げず

かすかなる水音頼りにのぼり行き小さき流れに巡り合ひたり

冬日さす路上に寝そべる猫一匹人を恐れず我を見つめる

黄葉はあと幾日か散らざるや街路樹見上げる師走の夕べ

喫煙可の茶房に坐りて落ち着きぬ さて一杯のコーヒーを飲まむ

古き茶房の老いたる店主がつくりたるコーヒー美味し今日もまた飲む

メンチカツ食してうまきビヤホール神保町の街眺めつつ

その昔吉田健一と出逢ひたる古き酒房で生ビール飲む

古書店の懐かしき看板を眺めつつ図書館勤務の若き日を偲ぶ

「小宮山」も「大雲堂」も未だ健在 ああ懐かしき古書店の街

そのかみの栄華を偲び佇めば黄葉かがよふ今日の六義園

子を思ふ母の心の歌を読み胸迫り来る今宵なりけり(中河幹子先生歌集『悲母』)   

 

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