【トップページ】

 

四宮正貴の短歌作品 平成二十四年

四宮正貴の短歌作品 平成二十四年 その1

くだらない番組流すテレビこそ節電の対象となるべしと思ふ

五臓六腑煮えくりかへる思ひする朝日新聞の社説を読めば

國の爲命捧げしますらをの墓を濡らせる初夏の雨かな(無名烈士墓前法要)

雨上がり緑滴る青山の墓地を飛びゐる喋喋二匹(同)

降り続く雨を厭はしく思ふなり水は大切なものにしあれど

實朝の歌思ひ出す此の日頃 雨雲仰ぎて溜息をつく

大日本は神國なりとの大宣言 幾たびも読みて心励ます(『神皇正統記』)

輝やかに太陽は天に昇り来ぬ今日のひと日の幸多くあれ

シャワー浴び汗流しゐる時にしも郵便局員がチャイムを鳴らす

びしょびしょの体のままに玄関で荷物受け取ることのせはしさ

蝋燭を灯して真向ふ観音像尊き慈顔に手を合はせたり

サッカーボールを知事に投げつけ喜べる國務大臣は許しがたしも

「部落解放の父」の孫といふ政治家が権力悪をまざまざと示す

政治家の資質はここまで堕ちたるかと思ひつつ見る辞職大臣の顔

横柄な口をききたる大臣が「卑にあらず」とのたまひ職を辞したり

ペテン師と宇宙人が宰相をなりにける我が國はまさに萬邦無比か

煙草吸ふことが犯罪の如くにてベランダに出て吸ふほかはなし

萎れたるあじさいの花が路地端に残るを見つつ歩み行きたり

夜の街ますます暗くなりにけり人の心は明るくあるべし

父上は我が来たるを喜びて明日も来るかと問ひたまふなり

故郷を遠く離れて東京の病室に父は一人苦しむ

再びは父と共にぞ阿波の國を訪ねたき思ひに胸張り裂ける  

父のみの父の額を撫ぜにつつ苦なく生きませとただ祈るなり

ベッドの柵を手で叩きつつこれを取れとわれにのたまふ父に涙す

父の待つ病院への道を急ぎ行けば大空に虹の架け橋浮かぶ

川の上に虹の架け橋浮かびたりたちまちにして消え去りにけり

久しぶりに見事なる虹を仰ぎたり驟雨過ぎたる下町の空

逢ひ得ざる人を思ひてゐる時に南の空に虹の架け橋

筆をとり香典袋にわが名をば記しつつ逝きし友を偲ぶも(樺山卓司氏葬儀)

なにゆゑか自ら命を絶ちし友 遺影は悲しき笑顔なりけり (同)

茫々たる過去などといふものは我に無し 今も鮮烈な思ひ出ばかり

炎天下 軒下の巣より飛び立ちし燕を見ればいのち尊し

爪を切る時にしみじみ思ふなり確かに我は生きゐるなりと

ハチ公像のまはりで人を待つ若者たち将来の不安無き如く見ゆ

若者たち多くたむろするハチ公前 六十四歳の我一人立つ

地震(ない)あればおびえる母を抱きしめと大丈夫なりと言ひ続けたり

二人して語らひをれば地震が来ておびえる母を抱きしめにけり

刑場跡で涙にむせび歌ひたるモンテンルパの歌今日も歌へり

楼上の宴に歌ふわが声は空に響けり夏の夜空に

上を向いて歩かうといふ歌ありき眩しき太陽燦々と照る

大き仏拝まむとして来たる道で鹿に脅されカメラ落とせり(東大寺参観を思ひ出して)

親鹿の後を追ひつつ小鹿歩む あはれなるかな子の親を思ふ(同)

閉じられし酒房の前を通り過ぎ あるじ夫妻のことを思へり

罪の無き人を殺して何になるとの単純なる疑問に答へたまへよ(ノルウェー乱射事件)

空海といふその名のままに大らかな文字で書かれし墨跡を見る(『空海と密教美術展』)

金色の大日如来の御像より発し来る靈気が我を包めり(同)

大きなる樹木を仰ぎ 生命の力強さを我も生きゆかむ

窓開けて朝風入れるすがしさよ 今日の一日(ひとひ)の始まりの時

蒸し暑き八月九日 ソ連参戦原爆投下の日なるを思ふ

日本人を幾十万も殺したる米ソが日本を裁きたる罪

松園の美人画描かれし栞をば雑誌に挟み心潤ふ

一定の酒量保てば百薬の長たるべしと今日もまた呑む

夕つ方一杯のビールにうるほへば生きて甲斐あるわが身なりけり

大調和と和解と感謝を説く宗教その総裁は逆のことする

老いといふ事を拒絶して生きゆかん そんな不埒は許されざるや  

やがて去る夏といふ季節を惜しみつつ汗かき歩む炎天の道

贈られし桃を母と食しをり夏といふ季節の幸の一つぞ

不慮の死といふ言葉は深く胸を打つ 懐かしき友の写真を見つつ (大塚大歌集『野分の音す』を読みて)

悲しみの深きしらべの歌を読み こみ上げてくる涙なりけり (同)

心の響き素直に美しく歌はれし歌を読みつつ涙さしぐむ(同)

あれもこれも読むべき本が並びゐる書棚を見つつ溜息をつく

丸顔の女の人がコロッケを売りてくれたりニコニコ笑ひ

ラーメン屋の二階のトイレに入りしかば蒸し風呂のごときその暑さはや

わが身をば焼き尽くすごとき暑さならわが煩悩も焼き尽くしたまへ

油虫に殺虫剤を吹きかけて殺生といふ罪を思へり

光りあまねき世となるべしと祈りつつ明るき部屋で友と語らふ

とめどなく慈悲の光は降りそそぐ 如意輪観世音に真向ひ立てば

眼鏡とは体の一部といはるるに置き忘れることの多きこの頃

飼ひ主に従ひにつつ愛らしき仕草で犬はわが前を行く

夕暮れの道を歩めば蝉の声聞こえ来るなり 夏は去りゆく

人を憎む心を何とか鎮めむと真向ふ佛に経誦してゐる

我先にとホームに降りて急ぎ行く人らの群れの中なる我よ

月の光畳の上を照らしゐて心静かになりにけるかも

カランカランとニコライの鐘の聞こえ来る昔のままのお茶の水の駅

半世紀近き昔の三番町 木造校舎で『史記』を學べり(二松學舎の思ひ出)

赤きシャツ着て授業を受けしかば漢學の師にひどく叱らる (同)

『土佐日記』を講ずる萩谷朴先生その面影は今も眼裏にあり(同)

をのこゆゑお化粧をすることはなし 人前にさらす顔はこの顔

四十年前若妻たりし人は今日 孫を抱きて摺れ違ひたり

三日月がぼんやり浮かぶ空の下 歩み行きなばやすらぐ心

どぜうでもうなぎでも良い この國を良くしてくれることが第一

旅ゆきし昔を偲ぶ十津川に水の禍(まが)あり悲しきろかも

霧にけぶる玉置神社に参りたる思ひ出遠し神秘なる山

煙草吸へば厚労大臣の顔が浮かび来る今ぞまさしく節煙の時

不安なる心を何とか打ち消さんその思ひにて仰ぐ月影

一人立ち空を仰げば今日といふ日は暮れてゆく我は生きゆく

苦しみの少しでも和らぐことをのみ祈りて今日も父に手をかざす

熱のある父の額と首筋に手を当てにつゝ神に祈るも

老いませる母の手を取りエレベーターに乗りて我が家に帰り着きたり

あれほどに活発なりし若き日の母を思ひて胸迫るなり       

静かなる病室に眠る父上のやすらぎの顔に我もやすらぐ

わけのわからぬ話を聞きて辟易す 蒸し暑き日の午後なら尚更

満月は我の心を見透かすか 恐ろしきまでに煌々と照る

わが心を清めるが如く煌々と満月は光を降りそそぎゐる

佳き人の面影偲ぶ夜の道 見上げれば満月が冴え返るなり

殆どが友人知人の集ひゆゑ心のどかに杯を重ねる

生れてより六十四年を千駄木で暮らし来たりて心たらへり

流されゆきし人々の事を思ほへば天譴などとはいはれざりけり

怒りあり不安もありて日々(にちにち)を過ごせど生きゐることを諾ふ

騒がしき街歩み来て菩提寺の墓苑の中に立ちてやすらふ

天地(あめつち)の初発(はじめ)の時の混沌を思ひつつ彼方の雲を眺むる

西空は夕茜して新宿の高層ビル群シルエットとなる

ベランダに立ちて歌へるカンツォーネ千駄木の町に響きわたれり

お彼岸の中日の空の夕茜 はるかに遠き浄土を思ふ

大嵐吹き荒ぶ街を急ぎ来て母が待つ家に帰り着きたり

疲れたる身を横たへて眠りゐし時に嵐は過ぎ去りにけり

荒びゐし嵐の後の夜の空 穢れし空気は清められたり

嵐去りし夜更けの空に月浮かび煌々として冴えかへるなり

父上はやさしく我を気遣ひぬベッドに伏して苦しみたまふに

わが祈り深くありせば わが願ひ叶へたまへよ天地(あめつち)の神

公園の緑美し そのかみの友の姿は今はなけれど

半月の浮かぶ夜空を仰げども鎮まり難きわが憤怒かも

楽器といふものに親しみし若き日の思ひ出の曲は『禁じられた遊び』

過ぎ去りし時は戻らず とことはに生きゐる人は一人(いちにん)もなし

朝毎に牛乳を飲むがならひにて今日の活力新たなるかも

すこやけき姿の老人とすれ違ひ父を思へば心さみしも

古きビルに友ら集ひて憲法を論じゐるなり秋浅き日に

大企業の山荘ばかりが目につきぬ箱根の山をバスで登れは

中河与一竹中労が住みてゐし箱根の山に今日来たるかも

静かなる山のいで湯に朝早く身を清めつつ青空仰ぐ

箱根なる山ふところの美術館 レオナール・フジタの裸婦像を見る

フジタ描きし子供の顔に笑ひなし祖國を捨てし悲しみゆゑか

いらついてはならぬと自らに言ひ聞かせ燃ゆるがごとき夕雲をみる

日々(にちにち)を生き来て今日も奮ひ立つ吾の心ぞ朝日仰げば

奮ひ立つ我の心か とこしへに我をまもらす天地(あめつち)の神

天照らす神の御稜威にまもられてわが日の本は永久に栄えむ

歌声は高くあるべし これの世の憂さを晴らして明るく生きむ       

窓開けてくしゃみをすればその音は千駄木の町に響きわたれり

一人して生きてゆくほかなきを知る 我の老後を予測する時

すでにして六十五歳は老後なるか まだまだ我は若き命ぞ

東京の空に白雲たゞよひて 老いたる母を楽しませゐる

ししゃもといふ小さき魚を食べにつゝぬる燗を呑む時のうれしさ

今日も一日(ひとひ)過ごし終へたるやすらぎに筆をとりては日記書きゐる

友どちがわが前に笑顔で語りゐるこの友もすでに三十年の友

幻の五重塔は夕闇の谷中霊園にそそり立ちゐる

木彫(もくちょう)の佛の像は朽ちゐても なほぞあはれに尊とかりける

もがれたる腕痛々しき菩薩像 仰ぎて心はやさしくなりぬ

石がたゞ敷き詰められてゐるだけの作品をしも彫刻といふか(同

花屋さんが届けくれたるお榊を神棚に供へ柏手を打つ

開戦七十年この秋の夜を瀬島龍三の大東亜戦争論読みて過ごせり

朝の日に照らされ光るスカイツリー遠く眺めて深呼吸する

断末魔のカダフィの顔を流しゐるテレビニュースを我は厭へり

殺されし独裁者の顔を映し出すテレビを見つつ心陰鬱

見上げたる古き山門 長久山本行寺とあり 日暮しの里

日の暮れる里といふ名の町に来て秋の夕暮れの静けさに立つ

蕎麦を食し店を出づれば日は暮れて人等いそいそと駅へ急げり

西方の雲は紅(くれなゐ)にかがよへり 遥かなる浄土を恋ふる我かな

西空の入り日は朱色に燃ゆるなり高層ビルは墓標のごとし

ガラス戸の向かふの景色は何時も同じ されど愛しき千駄木の町

茶房にて美しき乙女と出逢ひたり幻のごとく去りゆきにけり

再びは逢ふことのなき乙女子の美しき面は今は幻

光明の照り輝ける道を行き たどり着く先は神の御國か

静かなる林の中を歩みゆき先帝陛下を偲びまつれり(皇居東御苑)

我の後を付き来る女性の鋭き眼 皇居東御苑を散歩する時(同)

苑を出ればその女性の姿なし公務員なりしかと思ひ微笑す(同)

秋の雲 真青き空に美しく白き色彩で描かれてをり

形変へ流れゆく雲を眺めつつ老いたる母は喜びてゐる

天津風吹きわたりゐて秋の日の白雲は動く空の果てへと

久しぶりにカツカレーを食し喜べり學生街の小さき洋食店

満月がただよふ雲を照らしゐる姿を見れば心やすらふ

政党も政府も頼りなけれども國難乗り越え民は生きゆく

友どちと萬葉の歌を學びゐる秋の夕べは楽しかりけり

この道を荷風も歩み行きたるか夕暮れ暗き藪下の道

意識薄く時々苦しき咳をする父の傍らに座す切なさよ

薄目開け我が来たれるを喜べる父の額に手を当て祈る

薄目開け我と認めてかすかにも安らぎの顔を見せたまふ父

苦しめる父の体をさすりつつただ祈るよりなすすべはなし

ディズニーの映画を父と共に見し遠き日のことを思ひ出しをり        

老いませしすめらみことのみ姿をテレビにて仰ぎ涙さしぐむ

み民われ一人し祈る秋の夜 すめらみことの萬寿無窮を

秋雨は冷たかりけりバスを待つ我を濡らして降り止まぬなり

等伯の描きし虎は愛らしき猫のごとくに見ゆるおかしさ

兎の肉食して心しをれたりその愛らしき姿浮かびて

馬も豚も牛も食すに兎を食し心しをれることの不思議さ

憎々しげな家康の役を演じゐる北大路欣也をテレビにて見る

友が開きし小さき酒場で友どちと語り合ひたり二の酉の日に

先帝陛下慈愛の御心満ち満つる皇居の林を一人歩むも(皇居東御苑)

林間を歩み行きたり緑一色の視界となりて心清(すが)しも(同)

ベランダより見下ろす街路に登校の子供らの列楽しげに見ゆ

晩秋の朝日に照らされかがよへる日暮里諏方台の木々美しき

急激に色づきにける丘の木々遠く眺める晩秋の朝

友どちの贈りくれたる柿の實の甘く柔らかきを食す喜び

銀杏の薄き緑の實を食す晩秋の夜の酒うまかりき

その昔富久町で出會ひたる台独闘士は天に昇れり

日本と台湾の絆は固くして王育徳黄昭堂の御霊尊し

秋晴れの空に真白き雲浮かび さやかなるかも生きてある時

飼ひ主の墓より離れぬ犬のことテレビで見ては心潤ふ

葡萄の實一つ一つを千切りつつ母と食せる朝の食卓

昇り来し太陽仰ぎ柏手を打ちて喜ぶ朝々のならひ

天空に浮かぶ満月これの世に何がありても煌々と照る

山部赤人吉野を讃へる歌を読み心のどかにいにしへを偲ぶ

聞こえ来る音何もなき夜の更けにペンの音のみさらさらと鳴る

柔らかき物言ひで語る噺家は毒舌家といふ仮面つけゐし

根津の街で時々會ひて語らひし噺家はこの世を去りてさみしも

根津の街に秋の夜の雨降り出しぬこの世を去りし噺家を惜しみ

自転車がフルスピードで走り行く道歩みつつ怒り湧き来る

炎の絵見つめてをればわが内の炎も燃え立つ思ひするなり(速水御舟『炎舞』)

寒くなりし夜をいそいそ行くところカウンター席の焼き鳥屋なり

急勾配の階段の上に駅はある太りたる身で昇らねばならぬ

乳母車に乗りし幼児の清らけき瞳(ひとみ)見れば心和むも

幼な児のごとくになれば天国に入ること叶ふといふを信ぜん

高輪の四十七士の墓所 昇りて止まぬ煙尊し

諏訪の神まつれる宮は一面に落ち葉散り敷き師走なりけり

ひたすらに祈りたる後の日の光われをつつめば生きる喜び

迷ひ心消え去りゆかば晴れやかな心となりて青空仰ぐ

歌を詠み日記をつけて一日の終はりとなさん静かなる夜

足腰を強く保たんと願ひつつ朝の掃除を念入りにする

家出でて師走の街を歩み行く 気ぜはしき思ひに駆られる如く

昇り来し朱色の満月眺めつつ電車待ちをれば心浮き立つ

朗々と天津祝詞を唱へつつ今日のひと日の幸を祈らん

欠けてゆく満月仰ぐ師走の夜 近所の人と声をあげつつ(皆既月食)

未整理の新聞雑誌の山見つつ今年も暮れて行くを惜しむも

満員の電車の中で語り合ふ若者たちの逞しき声

靖国のみやしろの公孫樹は黄金色(こがねいろ)に輝きてをり十二月八日

散り果てし公孫樹葉の上を歩み行く 冬来たりたる靖国の宮

ひび割れの痛みに耐へつつ雑巾をしぼりて部屋を清めんとする

拘束されし父の腕(かひな)をさすりつつ苦しみ少なかれとただ祈りゐる

延命とは延苦なりとの医師の言葉今さらにして身にしみるなり

苦しみを訴へる眼を我を向ける父に真向かふ時の切なさ   

【トップページ】