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四宮正貴の短歌作品 平成二十年 その二

高き木が真っ直ぐ伸びしすがしさを 見上げつゝ冬の日を浴びてをり

冬来たり日差しやさしく照り映えて黄葉かがよふ靖國の宮

舞ひ落ちる銀杏の木の葉が肩にかかる靖國神社の清き参道

若き父がわれを抱きし写し絵を思ひ出しつゝ父を看護す

谷中より寺の鐘の音聞こえ来る 夕暮れ静かに杯かたむける

若き命ともしみにつゝ 食堂で高校生の語らひを聞く

朝の雨何時しかあがり天長の佳節の空は晴れわたるなり

天皇晴れの言葉のまゝに雨あがり空晴れわたる天長の佳節

天長の佳節の夕暮 大空に満月浮かぶ麗しさかな

師走の街を自転車に乗りし乙女子がわれに声かけ追ひ越してゆく

イスラム國のテロの連鎖の恐ろしさ聖戦といふも殉教といふも

無反省といふにはあらず ひたすらにわが道を行く神に祈りて

魂は永久に生くるを信じつつ日日(にちにち)を生きる我にしありけり

おほつごもりの夜にしあれば母上と二人で参る小さきみ堂に

老いませし母と二人で参り来し観音堂のともし火清し

いよいよに平成の御代も二十年となりて聖寿の萬歳を祈る

幼子がわれに寄り来て甘えるをうれしと思ふ友の家にて

あまたの人ら参り来たれる根津の宮 神の御稜威はいやさかんなり

憧れの心抱きて大和なる二上山を眺めゆく旅

これの地で維新回天の戦ひがありし歴史を偲ぶ今日かな

男山にのぼり来たりて山城の國を見はるかす正月五日

この國を守らす神を拝ろがみぬ正月五日に友と二人で

神殿の朱色あざやけき八幡宮 青空の下で拝ろがみにけり

國難打開の祈り捧げし今日の日に八幡大神の御稜威畏し

のぼり来し男山に鎮まれる八幡大神は國護る神

後鳥羽帝ゆかりの地に立つみやしろに手を合はすなり御心偲び(水無瀬神宮)

櫻井の訣別の歌を歌ひつつ乃木大将書の石碑を仰ぐ(櫻井駅跡楠公父子訣別之所)

英人のパークスすらも讃えたる楠公父子の盡忠の道(同)

狸坂といふ名の坂を登り来て思ひ出したり恩師のあだ名

柏木といふ町の名も今は無しわが思ふ人が住みてゐにしに

待ち合はせし友は来たれりデパートの玄関でライオンと共に立ちをれば

仏頂面の党首の隣で居眠りをし続けゐる最高顧問(國會中継)

うっすらと屋根に積りし白雪はみぞれとなればはかなく消えぬ

水をかけ布で清めて み親たちの眠りましますみ墓拝ろがむ

丘の上の菩提寺に来て み親たちの眠りまします墓を清める

護摩を焚き除災招福を祈りたり先祖のねむる寺の本堂

キャッシュコーナーの前で主人を待ちてゐる犬の姿の愛らしきかな

痛みこらへる父と二人でタクシーを雪に濡れつつ待ち続けたり

夜明け前雪降りしきる道端で父の手を取りタクシーを待つ

苦しめる父癒さんとタクシーで病院へと急ぐ雪の降る道

冬の朝 目に眩しくもかがよへる屋根の白雪 日に照らされて

左右の客に礼をしながら地下鉄の座席に座る肥満体我

若き日の母の写真を手に取りて 涙さしぐむ夕べなりけり

家出でて買物に行く夕つ方 谷中銀座の賑はひぞ良し

父母(ちちはは)が語り合ひゐる食堂の明るき光にわれは安堵す

友の待つ駅へと急ぐ雪の道

川原の上に凧舞ふ京の春                       

一仕事終えて安らぐこの夕べ烏賊の刺身でぬる燗を呑む

日々をパソコン画面を見て過ごすわが目よ頑張れと祈りゐるなり

二二八の虐殺のことを語りゐる老台湾人の切なき言葉

起き出でて一本の牛乳を飲みほせり心身ともに健やかなれと

縁(えにし)深き町となりたる荻窪に今日も電車で辿り着きたり

大空の下に屹立する大き墓 澤田正二郎は眠りゐるなり

病院ではた区役所で順番を待つこと多きこの日頃かな

寝る前に観音像に祈り捧げ心やすらけく夢の世界へ

乙女一人神のみ前に手を合はす夕暮れ時の花園神社

石段を昇りて行けば神前に手を合はせゐる一人の乙女

怒りの念に胸焦がしつゝ見上げれば夜空に照れる美しき月

わが裡の憤怒激しき時にしも大き響きの春嵐吹く

日本の春は近くに来てゐると告げるがごとく吹く嵐かな

梅の花咲き競ひゐる境内に合格祈願の絵馬多かりき(湯島天満宮)

若きらの願ひかなへと祈りつゝ合格祈願の絵馬を眺むる(同)

春嵐止みし朝(あした)の青空を仰ぎつゝ心さやけかりけり

新しき命さきはふ心地にて大日輪の輝くを仰ぐ

降りそそぐ朝の光に照らされて今日のひと日も生きむとぞ思ふ

新しきひと日始まる朝(あした)には天津日の神に手を合はすなり

陽光の燦然と輝く朝(あした)には父の手をとりベランダに立つ

新たなる命湧き来る思ひにて祝詞唱へる朝(あした)なりけり

真夜中に窓を開ければ早春の寒気に凍るごとき町並

久方ぶりに尺八の演奏を聴きたれば心にしみるその音色かな

焼香のためとて並ぶ人々もやがてこの世を去りて行くらむ

おのづから心鎮まる思ひにて弓張月を仰ぎ見るかな

日々(にちにち)をせはしなく過ごす我にして湯船につかるひと時の幸

六十歳を過ぎて父母の恩愛をしみじみと知るわが身なりけり

筆をとりいざ歌を詠むよろこびに静かなる夜の時は流るゝ

花よりも酒との思ひで辿り着きし居酒屋に春の酒酌み交す

三分咲きの桜並木を眺めやり友らと急ぐ酒場への道

清らかな流れといふを戀ほしみてあはれ都の川を眺むる

この國の永久の平和を祈るごと九段の桜は咲き盛りゐる

桜花咲き盛る下に立ちゐます弘法大師の御像尊し

醜草(しこぐさ)の暴虐に苦しむチベットの僧たちの悲鳴を聞きて悲しも

チベットの若き僧たちの泣き顔が目に焼きつきて今宵眠れず

恥多き我にも照らす天津日を有難きかなとをろがみにけり

斎場に咲き満つる花の明るければなほぞ悲しき人のみはふり

桜花咲き盛る日にこれの世を去り行きし人に手を合はすなり

雪のごと淡くはかなく舞ひ落ちる桜の花を浴びつゝ歩む

ひろらけき苑に友らと集ひつゝ歌詠み過ごす春の喜び

父と共に病院へと急ぐ道すがら桜の花の散りゆくを見る

とことはの命なりけり来年の春にはふたたび咲き満ちる花

春の夕べうつらうつらと眠りけり疲れたる身を椅子にまかせて

葉書にてわが歌のことを誉めくれし前登志夫氏はみまかりたまふ

病院より電話ありし時に見舞へずに永久の別れとなりし悲しさ

悔やみてもとりかへしのつかぬ永訣にたゞ手を合はせ詫びる日々(にちにち)

新緑の上野の山に友ら集ひ大西郷の御像を仰ぐ

上野山に果てにし人らの悲しみを思ひて仰ぐ彰義隊の墓

金銭の事で悩むを恥とするか されどこれなくて生きては行けぬ

人間を圧する如く立つビルが文京区役所と言ふがおかしき

バスに乗り急ぎ行くなる酒場には美味き焼鳥が待ちてゐるなり

久我山といふ見知らぬ町に来たりけり友の家には國旗翻る

元総理が雁首並べ支那の主席にお目通りするを滑稽といふか

大きなる聖恩之碑を仰ぎたり天皇國日本の北の都で

見渡せば春爛漫の北海道 梅も桜も咲き盛りゐる

鶏卵の黄身のごとき夕つ日が山の向かふに沈みゆくなり

佐賀の変に斃れし人の魂鎮めと植えられし桜いま盛りなり

札幌の大通公園を歩みつつ幌馬車といふを珍しみ見る

上六のホテル街の真ん中に生長の家教化部がありしをかしさ

通天閣を見上げて友と語らひし「一九七〇年の萬博」を偲ぶ

佳き女性と美味き料理を食したりこれを至福といふべかりけり

月浮かぶ夜道を美女と共に行き心は天に昇り行く如し

新緑のむせかへる道を歩み行きみ仏に逢へば命蘇る

友はまだにこやかな顔して呑みてゐる人格変換起こる前ゆゑ

酒乱なる友ゆゑ腹の立つことも多くあれどもなほ酌み交はす

新緑の上野公園年老いて家無き人らが座りゐるなり

肉體は常若にこそあらまほし 入浴の時のわが祈りなる

人間は永久には生きざると知りつつも逝きにし人の余りにも多し

憤怒の心常に持ちゐる我ならず怒らねばならぬこと起こるのみ

幾人もの人を殺(あや)めしその男ヘタヘタと道路に座り込みたり

無残なる事件起こりし秋葉原 渇きたる世を象徴する街

政治家も宗教家も何も為し得ずにただこの國は荒れ果てて行く

群衆の中を一人で歩きつつ狂気の人を恐れる心

災難に遭ひたる人の無念をば思ひつつ見る犯人の写真

七人の人を殺めし犯人にも人権はありやと思ひつつをり

幼子の如く甘える父となりませり悲しくもあり嬉しくもあり

一日でも長く健やかに生きませと祈りつつ今日も父母と語らふ

ベランダに老いたる父の手を取りて朝日浴びつつ語り合ひゐる

五月晴れの空仰ぎつつ今日もまた父と語らふ朝のベランダ

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