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四宮正貴の短歌作品 平成二十年 その一

 

心弱くなりたる父を励まして励まして過ごす日々にぞありける

世の中の喧騒を離れ山中の館に並ぶ陶磁器を見る(栗田美術館参観)

雨にけぶる山の緑を眺めゐる このひと時の好ましきかな(同)

雨降れば雨に濡れつゝ歩みたり見知らぬ街を一人とぼとぼ

茹でたての豆を食べつゝビール呑む夏の夕べは楽しかりけり

夜の更けにサイレンの音鳴り響き下町の夏は穏やかならず

凄惨な弾圧受けし教団のことを記せる本を読みをり(『大本襲撃』を詠みて)

亀岡の城跡を訪れし遠き日を思ひ出しをり本を読みつゝ(同)

雨の降る夜の道歩み酒場の灯見ゆるを喜ぶ疲れたる身は

パスを待つ時の間(ま)に知り人に多く會ひ同じ言葉の挨拶を交はす

体には良からずといふを知りつゝも などて私は煙草をぞ吸ふ

脚止めて しをれしあじさゐの花を見る 蒸し暑き日の夕暮の頃

静かなる心のままに歌を詠むことこそ良けれ激しやすき我

欝蒼と茂れる夏の樹々の奥 静けくをはす み佛の像

夏の夜 窓を開ければ小さき虫 部屋に入り来てわれを悩ます

銀座裏の印刷工場で會ひにける王育徳先生を思ひ出しをり

囹圄の身となりゐし政治家が元気良く語る姿のたのもしきかな(村上正邦氏)

梅雨空の新橋駅頭 日章旗高く掲げて演説をする(維新政党新風参院選第一聲)

日章旗ひるがへりゐるを眺めつゝ美しき日本といふを肯ふ

友どちの通夜への道は遠くして雨降る中をたどり着きたり(田原康邦氏逝去)

笑顔なる君が遺影を仰ぎ見て懐かしき昔を思ひ出しをり(同)

何時までもはびこる醜草(しこぐさ)燃やし盡し大日の本を清らかにせむ

日の本の光輝ある歴史を語り継ぎ言ひ継ぎゆかむ大人(うし)偲びつゝ(名越二荒之助先生逝去)

思ひつめし顔して語る宰相のいまだ若ければなほあはれなり

幼き日にのぼり行きたる石段が広重の絵に描かれてをり(「歌川広重江戸百景展」の「千駄木団子坂花屋敷」を見て)

広重の絵に描かれし田園は今やビルが林立の町(同じく「日暮里諏訪の台」を見て)

金剛不壊のわが身にあらねど みほとけの命さきはふわが命なり

千駄木の里の夕暮遠くより花火の音の聞こえ来るかな

朱色なる半月を仰ぎ美しく生き行くことの難きを思ふ

今日一日(ひとひ)はやすらかなれと祈るなり痛みに耐える父君なれば

夜の更けに伏せりたまへるわが父の手を握りつゝなぐさめてをり

夜の更けに三日月仰ぐかしこさや 月讀命といふ神なれば

ベランダに蝉の骸(むくろ)が転がれり 命といふはかくもはかなき

九段坂を登りゆきたり 終戦を記念する日の炎天の下

たった一人靖國の宮に参り来し女性閣僚を尊しと思ふ

靖國の宮を貶める者共を焼き滅ぼさむ天の火もがも

常緑のお榊供へ 常若(とこわか)の命を祈るこの朝(あした)かな

亡き人と共に行きたる旅のこと思ひ出しつゝ写し絵を見る

絵を描(えが)くを好みし人ゆゑ紅葉の散る前にとて旅を急げり

天龍川を下りゆきたる船の上に遊びし旅を偲ぶ今宵よ

震災にも戦災にも残りし古き町 再開発とて壊されてゆく

クーラーを止めれば汗の吹き出づる この暑き夜をいかにとやせむ

若き医師が優しき言葉をかけくれて父が安らぐことのよろしも

祭囃子 坂の上より聞こえ来る夏の夕べの茶房の窓辺

朧月 下町の空に浮かびゐる 去りゆく夏を惜しむごとくに

大き池に釣り糸垂れる人の見ゆ 白河の清きに魚は住みてゐるなり(林養魚場にて)

白河の清き流れを眺めゐる晩夏の旅は楽しかりけり(同)

目覚むればすぐに飛び起き日の光身に浴びにつゝ柏手を打つ

天津日に向かひて祈る朝の習ひ 命は今日も新たなるかも

若者たちが靖國神社に参り来る 姿うれしき秋の夕暮

この國の行く手危ふしと思ひつゝ維新の歴史を學びつゝをり

子持鮎を焼きて食べつゝビール飲む夕暮時はうれしかりけり

雨に濡れ風に吹かれて一人行く 嵐の夜の青山通り

氷水に渇きを癒す夜にして心の渇きをいかにとやせむ

嘘の言葉 言葉の嘘を 並べゐる人をテレビが大写しにする

政争を繰返しゐるこの國の政治といふものゝいとゞ醜し

雷鳴が轟く夜にパソコンに向へば雄心ふつふつと沸く

パソコンの画面に向かひて言ふ事なしパソコンの画面は面白きかな

夕つ方総理官邸の前を行けど 主(あるじ)はすでに病床に伏す

若き宰相疲れ果てたる面差しで自動車の中にゐる姿あはれ

つひにして若き宰相は身を引きぬ 吾等の期待は霧の如くに

輪王寺宮がおはせし御殿の跡所(あとどころ)たゞ住宅が並びゐるのみ

子規庵の庭眺めつゝこの家に病と闘ひし人を偲べり

休館の美術館には人氣(ひとけ)無くその前に立つ我のあはれさ

歌を詠むことを命のあかしとし今日も筆とる夜のしじまに

大空は真青く澄みて美しく 仰ぎ見る者を清めたまへり

この道を逝きませし人も歩みしかと思ひて歩めば心乱るゝ

などて人は皆死にゆくか 逢ふことのかなはざる人の増えてゆくなり

信仰は人を狂はすものなるか とどまることなき宗教対立

人の命殺めることすら正義ぞと説く教へあり恐ろしきかな

なにゆゑに暗き歌ばかり多いのか 近代短歌を読みつゝ思ふ

老いませる父母に代りて菩提寺に参り来たれり彼岸中日

いよいよに靈氣満ち満つる聖地かな靖國の宮のこの清らかさ

母君との語らひの時を大切に 今日といふ日をまた生きにけり

ここは昔海なりしと聞き立つ池畔 風吹き来れば果てしなき思ひ(不忍池)

蓮の葉が風に吹かれて動きなば恐ろしきものの迫り来る如し(同)

若き日の嵐寛寿郎の姿をば古き映画で見るは楽しき

法悦の如き思ひよ文章一つ書き終えし時に満ち満つるもの

合掌し如意輪観世音の大慈悲を父母に給へとたゞに祈れり

くれなゐの血はわが體内に流れゐる生きゆく命の奔流のごとく

日暮しの里に鎮まるみやしろの森を眺めてこの日暮らしつ

空より響く音に驚き見上げれば飛行物體が灯ともし動く

和気清麻呂祭れる宮に参り来し空晴れわたる秋の朝かな(岡山にて)

仰ぎ見る清麻呂公の尊像のけはしきみ顔に心ひきしまる(同)

人心(ひとごころ)やはらかにあれと祈るなりこの美しき日の本の國

旅にして仰ぐ山々なだらかな稜線見すれば心やすらぐ

人麻呂が歌にのこせし明石の門(と)眺めつゝ行く瀬戸内の旅

大いなる海に抱かれ真青さにわれはつつまれ海の子とならむ

多摩川を渡り行く時はれやかな心となりぬ日の耀へば

進まざる筆ゆゑ今日はあきらめていざ床につく秋の夜の更け

そのかみに思ふ人を訪ねし町の名を杉並区桃井といふがゆかしき

田園の中に働く人を描く玉堂の絵に心なぐさむ

宴席で一人窓辺に立ちてゐし友はいづこかに旅立ち行きぬ

和宮の悲しきみ歌に涙せり 徳川幕府崩壊の歴史(『大徳川展』にて)

黄金の茶道具を見つつしみじみと覇者の奢りを思ひ知りたり(同)

東叡山寛永寺本坊の跡どころ「大徳川展」が開かれてをり(同)

綱吉の豪華な墓所の前に立ち京都泉涌寺の御陵を思ふ

はるかなる昔の戀が今にしてよみがへり来る秋の雨の日

夕餉にて生の帆立を食みにけり ただ食欲の赴くままに

煙草吸ふ習性を何とかせねばならぬ しか思ひつつ灰皿を洗ふ

大陸につはものとして戦ひしわが父は今病床に伏す

長病みの父を支へてゐる時に共に行きたる旅思ひ出す

長病みの父の手を取り散歩する晴れわたりたる秋空の下

熱は無きかと父の額に手を当てるやさしき心になりたまひし父の

父の手を握りながらに今日の日を無事に終へたるを喜びてをり

夜のしじまを一人過ごせる時にしも あらためて読む『生命の實相』

すでに亡き人のことをば偲びつつ共に来たりし酒場に一人

松陰の門下なれども武蔵野に大き屋敷を建てし有朋

雨の降る椿山荘の広庭を眺めつゝ心騒立ちにけり

年月の早く過ぎゆくを思ひつゝ一の酉といふ日に雨に濡れ行く

立冬といへども汗をかきにつゝパーティー會場の人の中にゐる

ナマコ酢を食す夕餉にしみじみと日本に生れし幸を思へり

拝ろがめる観音像の慈悲の面 懐かしくもあり清らけくもあり

麗しき東御苑より出でて来て高層ビル街に入り行きにけり

夜の雷窓を震はすかそけさよ怠惰を叱る神のみ声か

紅葉の真盛りの景色を車窓より眺めゆくなる忙しなき旅

天空より白き花びら舞ひ降りてわが身華やぐ冬の日の朝

上野山朝の光に照らされし黄葉まばゆく耀ひてをり

「智・感・情」と名付けられたる裸婦の絵を見上げてしばしたじろぎにけり(黒田清輝記念館にて)

陽のあたるベランダで父と二人して日向ぼっこする昼下がりかな

衰へし父と母とをいたはりて過ごす日々なり苦しくはあれど

老いませし父母と共にぞ生きて行く命の絆を深く思ひて

友どちが病となりぬと聞きしより神の恵みを祈る日日

懸命に働きて来しわが友が病に倒ると聞くぞ悲しき

大神の大きいのちが天降り友の病をいやしめたまへ

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