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四宮正貴の短歌作品 平成十九年 その二

 

言靈のさきはふ國に生まれ来て 歌詠み続ける日々の楽しも

桜花散りたる後の寒き夜に父と二人で診察を待つ

心こめ言靈のことを語りゐる夜に聞こえ来る雨の音かも

氷雨降る春の夜更にたゞ一人もの書きてをり憑かれたるごとく

隠り口の泊瀬の山を走り行く電車の窓より眺めけるかな

日の本のふるさとの山を眺めつゝわが乗る電車は泊瀬を走る

穢れをば祓ひ清むる如くにも春風吹き来る新緑の山

老いたる父母の會話を隣室で聞きにつゝ涙さしぐむわれにしありけり

夕暮れの雨に濡れつゝ歩み行く道に咲き満つるあじさゐの花

一心不乱に祈ることこそよろしけれ神のめぐみの中に生くれば

五月晴れの明るき光に照らされて古寺(ふるでら)のつつじは咲き盛るなり

五月晴れの空にはあれど 鯉幟の泳ぐ姿が見えぬさみしさ

ニョキニョキと大きビルたちが伸びて来てわがいつくしむ町を見下ろす

炎天下靖國の宮に出會ひたる老政治家の姿忘れず(奥野誠亮氏)

隅田川きらきら光る水面を渡り行きなば両國の町

はるけき日に逢ひたる人の面影は常に新しく美しきかな

忘れじの面影が今日も浮かび来てたゞすこやかに生きませと祈る

わが齢六十路を過ぎて今もなほ心定まらぬをいかにとやせむ

谷川にそへる道行き水の神祀れる古き祠に参る

墓石を水にてきよめ花供へ手を合はせたり青空のもと

老いし人らが『同期の桜』を肩を組み歌ふ姿に胸迫り来る

天高く飛び行く鳥を眺めつゝ自死せし人の魂を思ふ

妻といふものを持たざる男一人餅を買ひ来て焼きて食べゐる

痛み激しく苦しみたまふ父君を見守りにつゝなすすべもなし

急ぎ行く病院への道 父君の癒しを願ひ はやる心に

痛みおさまり安堵の顔を見せたまふ父をし見ればわれもうれしゑ

山上にある記念館はわが國の元勲をあやめし人を祀れる

南山に登り来たりて見事なる安重根の書を仰ぎたり

日韓の悲しき歴史を偲びつゝ南山に登りし遠き日の旅

「負け上手」などといふ言葉を使ひつゝ祖國を貶しめる筑紫哲也氏

今日の日は幾萬の人が無残にも焼き殺されし三月十日

日本人を人とは思はず爆弾を落したりと米兵は言ふ

鬼畜米英と言ひしは嘘にはあらざりしと三月十日にわれは思ふも

隅田川を電車で渡れば大空襲の生き地獄のことを思ひ出したり

朝の掃除心晴れやかに為し終えてシャワーを浴びるひと時ぞ良し

高層のビル現われて古き町を見下ろしにけり日暮しの里

大空が次第に狭くなりゆけば心も寒くなりまさるなり

孔夫子祀れる廟に集ひ来て大き声出し論語読みたり

大成殿の前に友らと整列し学而篇第一を読みにけるかも

彼岸中日丘の上なる菩提寺に参り来たれば春うららなり

線香を手向けて花を供へればみおやたちの御霊は喜びたまふ

老和尚の法話を聞きつつ手を合はす南無観世音大菩薩様

玉堂の描きたる絵に入り行き山川の旅に遊びたき思ひ

窓の外の丘の景色を眺めつゝ桜の花の満開を待つ

健やかさやゝ取り戻しにこやかな笑みも蘇るわが父君は

泉岳寺 線香の煙り絶えずして義士の忠義を今に傳へる

泉岳寺 桜の花は咲き盛るもののふの道を讃へるごとく

すがすがしき泉岳寺境内 忠義の道貫きし人らの眠りたまへば

遠く見ゆる桜の花は霞みゐて今年もめでたく春は来にけり

激するな驕るな静かにたいらかに六十路を生きよと自(し)に言ひ聞かす

未だ心身衰へざるを喜びつゝ還暦の日を迎へけるかな

夕暮れの谷中の墓地の花吹雪 身に浴びにつゝ一人歩みぬ

春の雷が鳴り響く下の講演會「従軍慰安婦」のことなどを聞く

雨降れる神保町を急ぎゆく老いたる母が家で待てれば

半月が夜空に浮かぶ麗しさ喧噪の世に慰めの光

散り敷ける桜の花びら踏みにつゝまた来年も逢はむとぞ思ふ

母校なる小学校の体育館に来たりて慎太郎氏に一票を投ず

散り残る桜の花を眺めつゝ流れ行く時を惜しむ夕暮         

しんしんと夜の更けゆけばわが執れる筆の音のみさらさらと鳴る

湯島なる酒場を今日も訪ね来て仲良き夫婦の店でくつろぐ

やすらけく生きてゆきたき思ひにて日々拝ろがむ如意輪観世音

君が代は千代に八千代にとことはに天地と共に栄えゆくなり

午前三時に近づきつゝあれば筆を置きていざや布団に入らむとぞ思ふ

戦ひの日々にしあれどおほらかに神と共にぞ進み行くべし

みんなみの島の岸壁の波の音 いつまでもわが耳朶になりゐる(沖縄の旅を思ひ出して)

摩文仁の丘をのぼり行きたり この地にて命捧げし人を偲びて(同)

病院の喧騒の中で順番を待ちつゝ思ふ病む人多しと

母上の健やかにゐますを救ひとし今日も父上の見舞ひにぞ行く

春浅くわが母の背をさすりつつ幼き日よりの思ひ出を語る

湯島なる天満宮の白梅はすでに散り果てし春の夕暮

参り来たりし多くの人に混じりつゝ菅丞相にわれも手を合はす

ちょうど良くバスが来たれば乗り行きて歩くことなく家に着きたり

燃ゆる火の如くに照れる夕つ日の眩さにわれの心も燃ゆる

友どちの住みゐし彼方の丘の上 夕日眩く照り返しゐる

映像の中のみの人と思ひゐしに市川右太衛門わが前を行く(右太衛門に偶然出會った日の事を思ひ出して)

診療所に来たれど頼りなき医師のゐて心悲しくなりにけるかも

温(ぬく)き風に吹かれて歩み厳冬の季節あらざりし今年とぞ思ふ

流れゐる雲に隠れし満月がまた現れて照り映えるなり

月光のさやけく輝く大空を仰ぎてうれし下町の春

一人行く夕暮の町にしばしの間満月を仰ぐ静かなる心

夜の町を老いたる母と歩み行くこの時の間を大切にせむ

父母よ健やかにあれと祈るなり日々の暮らしはせはしくはあれど

父上よ母上よ わが命生みくれし二人にわれは手を合はす          

嵯峨の地を経巡りにつゝ南朝の悲しき歴史を偲びつるかも

遠き世の國難を偲び拝ろがみぬ 後亀山天皇の尊きみささぎ

夜深くもの書きをれば風の音激しく聞こえてさみしかりけり

おほらかに友らと酒を酌み交す久方ぶりの集ひなりせば

古き御堂に安置されゐる観世音拝ろがみまつればゆたけき心

冬なれど寒さはゆるく日々を春の如くに過ごしゆくかな

冬といふに汗かきにけり毎朝の部屋の掃除はすがしけれども

冬の夜に老夫婦が営む店に来てラーメンを食すひと時ぞ良し

待ち続けいまだ来たらざる伴侶かな かくて六十歳の年を迎へる

六十歳といふ年齢を拒絶して常若の命を生きて行くべし

有難き人の情の身にしみる夜にしあれば合掌の心

萬葉の大君の御歌を口ずさみ遠き吉野の山を恋ほしむ

節分會に豆撒きながら幸を祈る人々の声を聞きつゝうれし

福は内と声を出しつゝ豆を撒く暖冬の日の節分會かな

永き日々を病に苦しむ父君をあはれと思へどなすすべもなし

癒えませとたゞに祈れり救急車の中で父の手を握りしめつゝ

夜明けの前の町を走りゆく救急車 苦しみたまふ父を乗せつゝ

父上の手を握りつゝ言の葉を交す時にぞ親子の絆

さみしさに耐へつゝ一人病室に横たはりゐるあはれなる父

ビルの隙間の空に半月が浮びゐる日の暮れ方を歩み行ければ

神楽坂の夜の賑ひの中を行き懐かしき昔を思ひ出しをり

高らかにラッパの音が鳴る如くわれも高らかにものを言ふべし

遥かなる昔の戀の甦る永き歳月は夢のごとしも

鶏のししむらを食ふを喜びとする人間といふ恐ろしきもの

幼き日に覚えし讃美歌 結婚式で幾十年ぶりかで歌ひたるかも

変りゆく世の中なりと思へどもあまりに酷き事件の続く  

跡形もなくなりし建物を思ひ出す 友らと行きたる神田日活

老人がビール注ぎゐる姿をば今も思ひ出すランチョンといふ店

帰るべき故山といふを持たずして千駄木の地に六十年を住む

千駄木の町に育ちて六十年を生きて来たれり家族と共に

母君もこの地に生まれて九十年千駄木の町に生きたまひたり

昔日の上野浅草の賑はひを荷風日記で知る楽しさよ

大君の玉の御声の響きわたる皇居の庭に民草は集ふ(天長節参賀)

民草が参り来たれる大皇居(おほみかど)天津日の御子の生まれましの日に(同)

雲一つ無き大空を仰ぎ見て天津日の御子の聖壽ことほぐ(同)

師走の夜激しき雨に雷鳴が轟きわたれば心やすからず

小さきバスでわが町へと急ぐ夕つ方ふと旅人の心となりぬ

小さきバスで上野の山を越え来ればクリスマスイヴの夜の煌めき

上野山越え来る小さきバスの名を「めぐりん」といふ面白きかな

古き手帳を捨てずにしまひこんでゐる過ぎ去りし日を惜しむ心に

若き日の戀を今更思ひ出し面影は常に新しきかな

おほつごもりの夜にパトカーが音立てて走り行きなば心やすからず

大晦日をあはれ病院に臥せりたまふわが父君を慰めまつる

幼子と母とが神を拝ろがめる姿麗しき根津のみ社

天地の初発(はじめ)の時に立ち帰り大日の本の國は麗し

敷島の大和の國に新しき日は照り映える元旦の朝

新しき年迎へてもわが父が病に臥してゐるが悲しき

父上の乗りし車椅子を押して行く かかる事する日がつひに来たれり

幼き日父に手をとられ歩みしを思ひ出しつつ父の手をとる

民草が二重橋をば渡り行くすめらみことを拝ろがまむとて(新年参賀)

大皇居(おほみかど)の広庭に立ち大君の萬壽無窮を祈り奉る

声の限り聖壽萬歳謹唱す 御手振りたまふ大君を仰ぎ

天津日の照り輝ける下にして伊勢の宮居に参り来たれり

大澤の池眺めつつ いにしへの國難を偲ぶ初春の京

空澄める大覚寺の広き庭に立ち南北朝の國難を偲ぶ

象山と大村益次郎が討たれたる高瀬川沿ひの道に立ちをり

雪をかぶりし山々眺め心地良し 雪國の冬に今日来たりけり

都より来たりて眺むる山々の雪の姿は清らけきかな

山の名は知らねど雪をかぶりたるその姿こそ美しきかな   

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