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四宮正貴の短歌作品 平成十九年

 

高きビルが絶壁の如く立ち塞がる神保町も変りゆくなり

古き街の面影消え行くさみしさを癒すがごとき學士會館

窓辺より桜田門を眺めつゝ安政七年の天誅を思ふ(出光美術館)

豆腐屋の前を行き過ぎ幼馴染のあるじと挨拶を交はす嬉しさ

有難き電話の声に涙してたゞに祈れり神のご加護を

五月末の空に泳げる鯉幟 日の本の國の男児よ生ひ立て

わが歌はわが魂の絶叫か 生きて行く身の切なき心

絶対に生き行くことを肯定す 朽ち果てることのいかであるべき

これの世を深く憂ひてゐることを一人よがりと言ふ人や誰

年老いし母と連れ立ち街を行く 命のきづなはとことはにして

母上と共に歩みて行く道で母の長寿をひたすらに祈る

祖先(みおや)たち眠りましますみ墓辺を母と共にぞ清めまつれり

たゞ一人ものを思へば夕月がやさしき姿で浮かびゐるなり

志ん生の住みたる家もなくなりて日暮里九丁目といふ町名もなし

都電に乗り鈴本へ通ふ志ん生の姿を幾度か見たる思ひ出

驟雨の後空の彼方の雲の波眺むる時の爽やかさかな

夕日さしビルを朱色に染めにけり 雨のあがりし後のさやけさ

何時ものやうにわれを迎へて酒を注ぐ居酒屋店主はやゝに老けゆく

冷え冷えと五月の雨は降りしきる白魚のうまき季節といふに

何となく心通はぬ人をりて悲しかりけり良き人なるに         

天津日嗣絶えるものかは天地と共に栄えてとことはなれば

大きみかどまつる宮居の森を行く梅雨の晴れ間の夕つ方かな(明治神宮参拝)

梅雨の晴れ間に訪れ来たりし御苑辺(みそのべ)に花菖蒲あまた咲きて美し(同)

あじさゐの花に雨のしずくあり 渇きたる心に救ひの如く

たまきはる命激しく燃えさかり今日のこの日を生きてゆくなり

大声で話す男の顔見つゝ奇人変人は我のみにあらず

三十余年昔に逢ひし乙女子(をとめご)は今や議政壇上に立つ

病みたまふ友の電話の声細し命甦れとたゞに祈れり

遠き世の歌の祭りを思ひつゝ筑波の山をこほしみてをり

神の山に多くの子らが登り来て写真撮りゐる雲の中にて(筑波山)

虫麻呂の歌が刻まれし碑(いしぶみ)を仰ぎて偲ぶいにしへの筑波(同)

太古より神の山とぞ仰がれし筑波の山に今日来たりけり(同)

人ら多く筑波の山に登り来るこのにぎはひはいしにへのまゝ(同)

贈られしサクランボの實を一つ一つ家族と共に食すうれしさ

宰相がアメリカではしゃぐ姿をば見つゝ思へり元宰相の死去

元宰相が苦しみの果てに逝きたりとのニュースを聞けばあはれなりけり

み墓辺に来たりて幽世(かくりよ)の御祖(みおや)たち やすけくゐませとたゞに祈れり

わが姿老いざることを喜びて今朝も鏡に向ひて立てり

高きビルに向ひて大声で演説す西新宿の夏の夕暮(馬英九不歓迎運動)

日台の絆はこれからが正念場と 思へど為すすべなきが悲しき

わが祈り深く切なり日々を神と佛の前に坐りて

逢ふことの叶はぬ人へのわが手紙心をこめて書きにけるかも

老いませし父母にはあれどにこやかにすごしたまふは有難きかな

いと静かな夜更けに一人もの書けばペンの音のみさらさらと鳴る

あじさゐの色もあせたる夏の午後一人行く道に汗流れ来る

一生を千駄木で過ごす運命を六十歳にしてうれしとぞ思ふ

あわあわとよみがへり来る面影は三十年経てなほ美しき         

夕暮のベランダに家族相寄りて送り火を焚くひと時ぞ良し

お互ひに労りあひつつ日々過ごす父と母とを拝ろがみまつる

マンションの小さき部屋に二人して生きたまふなる老いし父母

やせ細りし父の體をさする夜 力甦れとただひたすらに

父君のみ體弱りたまへれば救急車を呼び病院へ運ぶ

静かにも眠りたまへるわが父の手を握りつつ祈りゐるなり

病院のベッドに横たはるわが父は牢獄の如しと嘆きたまへり

手を握り元気づけゐる病室に父と二人の時は過ぎ行く

一杯のコーヒーを飲みいささかの安堵の気持ちを確かめてゐる

戻り来し郵便物を見つめつつ縁薄き人と思へどさみし

打ち上がる花火を見つつ夜を過ごす下町に生きるこれの喜び

銀行のキャッシュコーナーに今日も立ち送金をする汗かきにつつ

苛立ちの心のままに仰ぐ空 ギラギラと照る日輪眩し

晴れ晴れと空打ち仰ぐ朝(あした)には心に中に悪魔はをらず

菊の御紋燦然と輝く大き扉くぐりて参る靖國の宮

御鏡に真向ひ座して國の爲散りし御霊の尊さを思ふ

南より北より西よりわが國を侵さむとする國を許すな

いよいよに危機の時代となりにける大日の本を神よ護らせ

命懸けて人を諌めしもののふの心を思ひ涙さしぐむ

わが領土奪ひたる上にわが國の人をあやめしロシアといふ國

わが國の人等をあまた極寒の地で死なしめしロシアといふ國

炎天下バスに揺られて行く先は駒込警察忘れ物係

忘れ物すること多くなりしことを不安に思ふ今日この頃ぞ

歌を詠み今日の一日(ひとひ)を終へんとす長き年月(としつき)の習ひなりせば

美味き蕎麦食してさらに嬉しきは美女店員が前に立つこと

有難き情身に沁みる夜にして礼状を書く時の静けさ

大き金魚が狭き水槽の中を泳ぐ ものは言はねどあはれなりけり   

掛け声は激しく高まり夜の雨に濡れる神輿の揺れの激しさ(根津権現祭礼)

右へ左へ神輿は揺れる雨の中 若者たちの掛け声と共に(同)

蝉の声を聞くこともなく過ごしたる夏の季節を恋ひ偲びをり

菩提寺への坂道を登り行きにけり 老いたる母と甥と我とで

大雨の中でバスを待つ時の間(ま)に 洗ひ流したき罪とがを思ふ

秋の雨に濡れつつ歩み来たれども何時もの酒場は閉じられてをり

夕日沈む瀬戸内の海を眺めつつ友と語らふ伊豫の夕暮

列車の窓に広がる海は 瀬戸内の麗しき海 見つつ旅行く

老いませし父が重き病にて苦しみたまふは切なかりけり

生命の尊さを思ふ 弱りたまひしわが父君の頬撫ぜながら

父上の病に苦しむ姿をば見ればわが身も苦しかりけり

いくらかは命甦りたまひたる父の額に手を重ねをり

生き難き世を生きぬきて九十年の 父を思へば胸迫りくる

父君の額に手をあて祈りをり神の子の力甦りたまへと

思ひ出の父の姿がよみがへる 重き病に臥せりたまへば

ひたすらにもの書きてゐる時にしも ふつふつと湧くわが雄心は

空海のみ姿仰ぎ手を合はす 谷中古寺の秋の日の午後

わが言葉やはらかにあれと祈りつつ もの書きてをり秋の長夜を

雨止みて秋の夜空を見上げれば半輪の月冴えかへるなり

神代より受け継ぎ来たりし日の本の麗しき天地を神よ護らせ

独立は未だ成らじと嘆きつつ君は黄泉路へと立ちたまへるか(伊藤潔氏・周英明氏逝去)

台独集會にはじめて行きし時に會ひし 周英明氏はみまかりたまふ

先帝の愛で給ひたる庭の道 落ち葉踏みしめ歩むかしこさ(皇居東御苑)

あかねさす日に照らされし紅葉は燃ゆるがごとく見えてまぶしも(同)

入りつ日に照らされ輝く公孫樹の葉 金色となりて散る美しさ(同)

道に落ちし黄葉を踏み歩み行く初冬の午後の広らけき庭(同)

池の上で動かざる鳥 作り物かと見てをればやがて飛び立ちにけり(同)

寛永寺本堂の跡に立ちにつつ上野戦争の悲史を偲べり(東京國立博物館)

上野山に来たりて思ふ戊辰の役で焼き尽くされし堂塔伽藍を(同)

母と子が遊びゐるなる公園は五重塔の焼け落ちし跡(谷中霊園)

左千夫の歌読みて心は奮ひ立つますらをぶりの歌のよろしさ

歌を詠むことを一日の締めくくりとなして深夜に筆をとるなり

晩秋の日の暮れゆくは身にしみてさみしかりけり父病みをれば

日毎日毎父のゐませる病院に通ひ行くなり父の待てれば

通ひ慣れし病院への道を今日も行くわが父君が臥せりたまへば

北支にて戦ひしのち戦後日本を生きぬき給ひしああわが父よ

今日もまた父を見舞ひて衰へしその手を握り元気づけたり

悲しげな顔を見せつつ手を振れる病室の父に別れ来にけり

父君は明日も来てくれとのたまへり病院に一人臥せりたまへば

あはれなる父の言葉に耐へ難く手を振りにつつ別れ来にけり

地下鉄の階段を慣れし足どりで小學生たちが上り行くなり

大公孫樹は黄葉を身にまとひそそりたちをり靖國の宮

大村像を仰ぎ見て思ふ日本の近代の夜明けとテロの歴史を

見知らぬ街に入り来たりて食堂のカレーの匂ひにわが腹は鳴る

これの世を去り行きし友の多くなることを悲しむ冬の雨かな

あの人もまたあの人もと数へつつこの世を去りし人を偲べり

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