四宮正貴の短歌作品 平成十八年 その一
| 飛翔して訪ねたき地は大和なる三輪山の麓の元伊勢の宮 友どちの情身に沁むる夜にしてカレーライスのことのほか美味し 乃木大将をまつれる宮に友ら集ひ日の本の道を學ぶ今日かな(三潴修学院) ひたぶるに生き行くことが良きかなと静かなる部屋に一人し思ふ 夜深く部屋に響ける時計の音刻々として命過ぎ行く 言靈の高く響けと祈りつゝわが思ひをば文(ふみ)に表す 命燃ゆるごとくに生くる日々(にちにち)にわが肉體も常若にして 天つ日の豐栄昇るまぶしさに手を合せつゝ命さきはふ 気弱にぞたなりたまひたるわが父の背をさすりつゝ涙さしぐむ 仰ぎ見る秋の青空すがすがし ひたる湯船に身を清めつゝ 手紙書くことのうれしさ 人と人の心の通ひ路絶えることなし やすらけき世をば祈りて靖國の宮居に立てり日の暮れる頃 靖國のみやしろの公孫樹は黄葉して日に輝ける美しさかな 真紅なる紅葉美しき神の苑しばし佇む夕暮の時 天心の歌の碑(いしぶみ)仰ぎつゝ堂々男児を恋ほしみにけり(岡倉天心記念公園) 開きたる短歌雑誌に懐かしき人の歌あり讀みて喜ぶ 遠き日に駅のホームで待ち合はせし美しき女(ひと)の歌を読みをり この國のはるかいにしへの大君のみ姿を仰ぐ福井足羽山(継體天皇尊像) そのかみのすめらみことの御姿を雨に濡れつゝ仰ぎたるかも(同) 氷雨降る越前の國を旅行きて美味き蕎麦をば食すうれしさ 蝶の舞ふ姿をしばらく見なければ下町の路地を行くもさみしき 銀行のキャッシュコーナーに我立ちて さても支払ひの多きを嘆く やがて今年も暮れてゆくなり 人の世の悲喜も苦楽も生死も共に 贈られし果物一つ一つをば食してうれしき年の瀬の日々 大いなる御手の内にぞわれはあると思へば楽しきこの世なるかも 丘の上の社(やしろ)の祭りの笛太鼓 夏の終りを告げつゝあはれ(日暮里諏方神社祭礼) 祭囃子の聞こゆる夕べ丘の上の鎮守の森に夕日かがよふ(同) ベランダに蝉のむくろを見つけたり過ぎ行く夏のはかなき命 寅さんの映画を見れば出演者の多くはこの世を去り行きにけり 森川信松村達雄の懐かしき姿をテレビで見てはさみしむ 人間はとにもかくにもこれの世を去らねばならぬことのさみしさ せはしなき一日(ひとひ)を終へて今宵またにノートに向ひ歌つくりをり 敷島の道にははるか及ばねどわれは日々(にちにち)歌を詠み継ぐ つゝしみて神に向ひて手を合はす朝のひとゝきに新たなる力 書棚より本や資料が落ちにけり地震の度のならひなりけり 激しき文章書きたる後にわが心鎮めんとしてコーヒーを飲む 夕暮の石段を下り行く時に日輪燦然と眼前にあり やすらけき人の世となるを願ひつゝなほ戦ひに明け暮れしける 古き御堂に花を供へて観音の慈悲を祈れり秋の日暮れに 大き墓と大き樹木を仰ぎ立つ谷中の墓地の秋の夕暮 恋歌を忘れたるかと己(し)に問へど答へはあらずさみしき心 部屋内の灯り点さず満月の光を浴びることのよろしさ 月光は常に心をなごませるものにしあれば仰ぐうれしさ 写實にして写實にあらざる迫力に圧倒される祐三の絵画(佐伯祐三絵画展) 絶唱といはるゝ歌は幾度か読みても涙出でぬことなし 母の死をかくも切なくうたひたる茂吉の歌を繰り返し読む 満月と共の旅ゆへ何となく神に守らるゝ心地するなり 電源を入れ忘れたるまゝにしてパソコン始動を待つ愚かさよ 丘の上の先祖の眠る墓地に来て花を供へることのよろしさ 丘の上のみ寺の墓地に眠りたまふ先祖の御霊に手を合せたり つひにして我もこの墓に眠らむか しか思ひつゝ墓石を洗ふ 葡萄の實を一粒づゝ食す楽しさは幼き頃より変る事なし 良き日には葡萄一粒食すにも心たらへる我にぞありける ホリエモンといふ男のにやけたる顔を厭ひてテレビを切りぬ 夜の更けにラジオをつければバタヤンの歌声聞こえてうれしかりけり 十代より歌ひ来たりしバタヤンの歌を聞きつゝ夜を過ごせり 吊り橋を渡り行きなば後南朝の皇子のみ墓に辿り着きたり(奥吉野への旅を思ひ出して) 友と来て山寺の庭を歩みたり戦國武将の果てにし處(甲斐の國にて) 僧侶が一人庭を掃きゐる晩夏(おそなつ)の山の古寺に今日来たりけり(同) わが友は甲斐の大地に三人の子を育てつゝ生きてゐるなり(同) 友どちの操る車で上りゆく山路の上の大菩薩峠(同) 嵐去りし後の青空わが上に澄み切りてをりうれしかりけり(同) 病みたまふ母上の背をさすりつゝ神の癒しを切に祈るも 老いませる母をいとしむ心にて體をさする早く癒えよと 夢の中母上はすでに癒えてをり目覚むればたゞに母を思へり 母上の體をさすり祈りたり早く癒えませとたゞひたすらに 夏の盛り下駄を鳴らして道を行くカンカン照りをものともせずに 嵐去りし朝のベランダ オーソレミオを歌ひつゝわが下着干しゐる 御料車の窓より御手を振りたまふすめらみことを拝ろがみまつる(東京國立博物館にて) 両陛下の来臨を仰ぐ喜びに涙さしぐむ上野の森に(同) 國思ひ自ら命を断ちたまひし人らの御靈よ永久にやすかれ(愛宕山尊攘義軍慰靈祭) やすらけく鎮まりたまふや この國の姿のあまりに醜かりせば(同) 大きビルの立ちはだかれる下にして愛宕の山の悲しきみ祭り(同) 走り行く地下鉄の中で眠りたり鉄道事故の恐怖忘れて 悲しみよりも怒りの念の多ければ人生未だ修行が足らず 広き庭に坐しつゝ仰ぐ天守閣 戊辰の役の悲劇は遠し(會津の旅) 大いなる城を見上げて そのかみのむごきいくさを偲びゐるかな(同) 成城の桜を見ずになりしより二十年と近くとなりてさみしも 中河與一幹子夫妻を訪ね行きし成城の町の懐かしきかな 中河與一幹子夫妻と旅行きし奥飛騨の地をはるかに思ふ 吹き出づる汗心地良し 部屋内を清めて一日が始まらむとす まともにさす夏の太陽仰ぎつつ 生きる命を尊びにけり 日暮里駅へと上る石段の名を問へば 夕焼けだんだんといふがおかしき 生きてゐることの証しと筆とりて歌つづりをり一人居の部屋 一晩で十萬の人を焼き殺せしアメリカ空軍のむごき行ひ 人道を踏み躙りたるアメリカが日本を裁きしことの愚かさ 日本人は人には非ずと思ひつつ爆撃せりと米兵は言ふ 読経して今日一日を締めくくり観世音菩薩の慈顔を仰ぐ 建ち続く高層ビルを見上げては砂上の楼閣てふ言葉を思ふ 港が見える丘公園に立ち眺むれど高速道路と橋見ゆるのみ 今宵また夕暮の町に歩み出てうまき酒をば呑まむとぞ思ふ 雨の音夜更けの部屋に聞こえ来てこれからの道を開く決意す 病みたまふ母の枕辺に坐りゐて早く癒へませとたゞ祈れり たまきはる命は今ぞ真輝き母の病ひを癒しめたまへ 三輪山を雲は隠さず電車より眺むれば青く美しきかな 實朝と啄木の歌が好きといひしわれを誉めくれし馬場あき子さん 裏切られし思ひを持てば夕闇に人を避けつゝ歩み行きたり 立法府の長が支那の手先となり大日の本を傾けむとする 外國の手先となれる野党党首許し難きをいかにとやせむ やがて行く伊勢の國にぞ鎮まれる日の大神を今宵恋ほしむ(伊勢皇大神宮参拝) 明日よりは友と二人で伊勢の地に旅立ちて行く弥次喜多のごとく(同) 初夏の日に照らされ耀ふ神路山 神代のまゝその姿はも(同) 日の御旗五月の空に翻る 伊勢の宮居の新緑の日に(同) 玉石を踏みしめにつゝ大前に歩み来たれば御稜威かしこし(同) 天をさしそゝり立つなる神杉に身もひきしまる伊勢の神垣(同) 参道の大き群杉仰ぎ見て心すがしくなりにけるかも(同) 五十鈴川の清き流れに手をひたし神の御代をば偲ぶひととき(同) 天つ神光遍く世を照らし大日の本を救はせたまへ(同) 立ちつくし身じろぎもせぬ人々の背を見つゝ聞く太祝詞(ふとのりとごと) (同) 今此處が神代なりけり 静かなる伊勢の宮居に佇む夕べ(同) 斎宮跡の広野原に立ち偲びたり みまつりの國の古き歴史を(同) 天照す御親の神に仕ヘたる姫のゐませし館跡とぞ(同) 神の國大日の本のみ光は伊勢の國より四方を照らせり(同) ねんごろに経を誦しゐる後ろにて手を合はせをり青山墓地で(青山墓地にて) 青山の靈園を巡りこれの世に偉業遺せし人らを偲ぶ(同) 大久保公の墓を仰ぎて日の本の近代建設の歴史を偲ぶ(同) 大久保公のみ墓辺に来て好きになれぬ人物なれど手を合せたり(同) 大久保公を誉め讃へゐる碑を仰ぎ江藤新平の無念を思ふ(同) 権力者の墓の隣りに眠りゐる斎藤茂吉の心や如何に(同) 大西郷の城山に果てし悲史を偲び川路利良の墓前に立てり(同) |