四宮正貴の短歌作品 平成十七年
| 幕臣鐡舟 明治大帝に仕へまつり 人生を終へぬ 激動の世に 谷中寺町歩み行きなば 幕末明治の激動の歴史 甦り来る 豊旗雲と歌ひたまひし大君のみ歌思ひつつ仰ぐ夕焼け 窓開けて夕焼け雲を眺めつつ明日の命を振ひ立たせん 母と児が鳩と遊べる秋の午後 根津権現の静かなる庭 妹の生みし子二人がいとしくてならぬわれなり一人身なれば 行動の決意も力も無きわれはただに筆とりものを書くのみ 天の怒りか地の声かの歌思ひ出す今年の秋は 夢路にて語り合ひたるわが友はこの世を去りてひと月となる 雨の降る見知らぬ町を歩み行き友の葬儀に参り来たれり 大き岩の下につぶれし自動車の中より幼子は助け出されぬ 秋の日の豊かなる空を仰ぎ見て命さきはふわが身なりけり 本棚を手で押さへつつ無事を祈る今宵の地震はややに強しも 深き御心つゞりたまへる手紙読みたゞ手を合はす今宵なりけり 少しの酒呑みてうるほふわが心 秋雨つゞく夜なればなほ 友どちは今日天上に昇りゆき再びはこの街で会ふこともなし 病魔との闘ひ終へて天界へ旅立ち行きし友を偲ぶも 一枚の葉書遺してこれの世を去り行きにける友よあゝわが友よ わが講義聞きに来てくれし良き友がこの世を去りしと聞くは悲しき わが怒り燃え上がるなりこれの世の穢らはしきものを撃ち祓はなむ 空襲も飢餓も焼死体も知らぬわれ戦争を語る資格ありや否や 「看護婦」も「婦人警官」も差別語といふおかしな世の中となり果てにけり 箸墓と名づけられたるみさゝぎに眠りたまふや古代の姫は 三輪山を仰ぐ地に眠るひめみこは大和の国の祭り主とぞ 健やかに二人で暮らす父母に今日もまみえることの嬉しさ 明け方まで仕事をしたる喜びに心昂ぶり日記書きゐる 文明の歴史は数千年経てきても人類の残虐さはとめどなかりき 五百人の幼子の命が奪はれて憎しみの連鎖は留め難きか 唯一神を信じつゝ争ひ殺し合ふ人類といふは恐ろしきかな 朧月下町の空に浮びゐて静かなる心を養ひたまふ 若き日に道を尋ねて辿り着きし浜町明治座の懐かしきかな 島田辰巳の大立ち回りを息こらし見てゐしはおよそ四十年昔 幼子の笑顔を見ては清らなる心のままに生ひ立てと祈る 二匹の蝶にいざなはれしまま歩み来て観世音菩薩の御堂にぞ至る からゆきさんの墓を尋ねて踏み入りし草むらより蚊の群が舞ひ立つ 出身地と死亡年齢が刻まれしからゆきさんの墓に涙す (以上二首マレイシアへの旅を思ひ出して詠める) み民われ日の若皇子のみ言葉を悲しくも切なく聞き奉る この國の道を尋ねてひたぶるに神に祈りつゝ書物読みゐる 重き雲の中より響く雷の音われの心を正すが如し 空を覆ふ雲の中より響く雷 わが魂にしみて悲しも 母上の詠みませし句を読みにつつ涙さしぐむ生みの子われは ビルの上に人群がりて眺めゐる花火の上に満月浮ぶ とことはに照る月の下 一瞬に散りて消えゆく花火はあがる 満月の下に花火のあがりゐて大江戸の夏今盛りなり 文字を書くことの少なくなりゆくを思ひつつ今日もパソコンを開く 「アサリ・シジミ」と呼ぶ声われに懐かしき 五十年前の下町の朝 燃え熾る炎恐ろし高層のマンションの火事を間近にぞ見る 激しき炎マンションの窓より吹き出でて黒煙あがる夏の夜の火事 幼子が乳母車にて進み行く天下はわれのもののごとくに |