萬葉集に歌はれた日本の心 第四十一回
四宮正貴
天皇、藤原夫人(ぷにん)に賜へる御歌
わが里に大雪ふれり大原の古(ふ)りにし里にふらまくは後(のち) (一〇三)
天武天皇が藤原夫人に賜った御製。藤原夫人は鎌足の娘。夫人とは、律令制で天皇の配偶の女性の一人。皇后・妃に次ぐ地位。諸王・諸臣から出る。光明皇后以前は、皇族以外の出身の天皇の配偶は、「皇后」になることはできず、「夫人」が最高位であった。藤原夫人は、後に異母兄・藤原不比等の妻になる。
「わが里」は皇宮のある飛鳥清御原の地のこと。「大原」は、今日の奈良県高市郡明日香村小原。飛鳥清御原から東南約一キロメートルの距離にある。藤原鎌足の生誕地といふ。「ふらまく」のマクは、推量の助動詞ムのク語法。
通釈は、「私の里には大雪が降って、雪景色が非常にきれいになりました。あなたの住んでゐる大原の古びた里に雪が降るのは後のことですよ」といふほどの意。
「大雪」と「大原」、「ふれり」と「古りにし」と「ふらまく」といふやうに、それぞれ同音の韻を踏んでゐるところに、この歌の面白さがある。藤原夫人を歌でひやかしたのである。
藤原夫人、和(こた)へ奉(まつ)れる歌
わが岡の?(お)神(かみ)に言ひてふらしめし雪の摧(くだけ)しそこにちりけむ
(一〇四)
天武天皇の御製に藤原夫人が答へ奉った歌。
「わが岡の?神」とは、山奥に住む龍神のこと。雨や雪を降らせる神。雨・雪・水・雷の神様。山上の龍神のことを特に高?神 といふ。京都の貴船神社の御祭神である。他の地方にも渓谷の上の方にこの神を祭ったよく小社がある。『日本書紀』では、伊耶那美命が火の神・迦具土神を斬った時に生まれた神とされてゐる。
源實朝に「時により過ぐれば民のなげきなり八大龍王雨やめたまへ」といふ歌がある。八大龍王とは仏法守護の善神で、雨を司る神はその中の娑伽羅龍王といふ。この神も龍神のことである。
龍を水神とし、龍の神祠を祀って雨乞ひをすることは古来行れてゐる。雷神が、雨や水を支配する神として崇められたのは、雷雨が稲の成熟にきはめて適した良い条件をもたらすものと信じられたことによる。だから、雷電を稲妻・稲光・稲つるびと云った。
稲妻とは、空中に自然に起こる放電に伴って、空を走る光のことであり、「いなびかり」ともいふが、これで害虫が死に、稲が豊作になるといふ。また、雷の発生しやすい高温多湿の気象状況が、稲の成長にきはめて適してゐる。古代人は、多年の経験によって、雷神を水の神・稲の豊饒をもたらす神として信仰したのである。
反面、實朝の歌にある通り、雨が降りすぎると洪水になる。それだけでなく、稲妻や雷鳴は恐ろしいものであるし、落雷によって被害も蒙るので、古代人にとって、雷神は、豊穣を持ち来たす神であると当時に恐ろしく忌み憚るべき神でもあった。
雷が龍神として信じられるやうになったのは、稲妻の姿が、龍のやうにのたうちまはりながら光を発するからだとされる。それは蛇にも通じる。さらに、稲妻と落雷炸裂の音のすさまじさは、火焔の立つ刀剣を連想させた。ゆへに、剣の神霊・鍛冶の神ともなった。
本居宣長は、日本の「神」を定義して、「何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微(かみ)とは云なり」と述べてゐる。古代人にとっての「雷」はまさに「神」であった。
須佐之男命が退治した八俣大蛇(やまたのおろち)は、斐伊川の氾濫による洪水の象徴であり、奇稲田姫(くしなだひめ)は稲の田の象徴だといふ説もある。また、八俣大蛇の体の中から出現した草薙剣は、雷神・水神たる龍神・蛇神の象徴である。日本神話は古代日本人の生活から生まれてゐることがわかる。
「摧し」のクダケは破片のこと。シは強め。
通釈は、「(陛下はそうおっしゃいますけれど)私の住んでゐる里の岡にゐる龍神様に頼んで降らせた雪のかけらがそこに散ったのでせう」といふほどの意。
天智天皇のユーモア精神溢れる御製に答へ奉った御歌で、いかにも女性的な歌である。機智の中に親愛の情が込められてゐる。これらの二首は、天武天皇とその夫人のがお互ひに愛情豊かに相手をひやかし合ってゐる。お二人の人間的なあたたかみが感じられる。お互ひにユーモアを解し、歌を贈答して楽しんでゐる姿が彷彿として来る。楽しい相聞歌である。