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日本天皇の國家統治と和歌

四宮正貴

わが國は祭祀國家であり、天皇はわが國の祭祀主であらせられる

わが國は祭祀國家であり、天皇はわが國の祭祀主であらせられる。天皇は、神と人との間に立って「まつりごと」を執行され、神のみ言葉を宣せられる祭り主であらせられる。

天皇・皇室は、神代以来、祭祀を継承されると共に、和歌の道を連綿として継承されてきた。そもそも和歌の起源は、皇室のご祖先であられる神代の神々のお歌に遡る。天皇の國家統治は、祭祀と和歌がその基本である。

天皇の國家統治を、やまとことばで、「しろしめす」「しらしめす」と申し上げる。「しろしめす」「しらしめす」とは、「知る」の尊敬語で、お知りになる、承知しておられる、おわかりでいらっしゃるといふ意である。「しらしめす」は、「しらす」(「知る」の尊敬語)に、さらに尊敬の補助動詞「めす」の付いた言葉で、お知りになるといふ意である。また、「きこしめす」とも申し上げる。「きこしめす」は「きく(聞く)」の尊敬語「きこす」に「見る」の尊敬語から転じた「めす」が付いて一語となった言葉で、聞きあそばす、お聞きになるといふ意である。

神の心を承って民に知らしめ、民の心をお知りになって神に申し上げることが、天皇の國家統治の本質である。このことによって、「君と民とは相対立する存在ではなく、精神的・魂的に一体の関係にある信仰共同体」としての日本國が成立する。

  萬葉集歌人・大伴家持はその長歌で、「葦原の 瑞穂の國を 天降り しらしめしける 天皇(すめろぎ)の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と しらし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の國には…」(四〇九四)と歌ってゐる。現代語に訳せば、「この豊葦原の瑞穂の國を、高天原より天降られまして御統治あそばされました皇祖邇邇藝命から御代を重ねられ、天津日嗣として天の下を御統治になった御歴代の天皇の御代御代、治められたこの四方の國は…」といふほどの意である。

  さらに『萬葉集』には、「泊瀬朝倉宮御宇天皇代」(はつせのあさくらのみやにあめのしたしらしめししすめらみことのみよ)とか「高市岡本宮御宇天皇代」(たけちのをかもののみやにあめのしたしらしめししすめらみことのみよ)と記されてゐる。

  天皇統治は、天の神の御委任により天の神の地上における御代理としての天皇が、天の下をお治めになるといふ雄大なる神話的発想に基づくのである。この信仰は日本固有のものであって、神話時代より継承されてきた。人為的に権力・武力によって民と國土を治めるのではなく、あくまでも神の御心のままに宗教的権威によって國民と國土を治めるといふのが、天皇の國家統治である。

 

天皇と民の心をつなぐものが「やまとうた」

天皇は、神の御心のままに國を治められると共に、臣下・民の心を良くお知りになり、お聞きになって、この國を統治あそばされるのである。そして、天皇と民の心をつなぐものが「やまとうた」=和歌である。

天皇は御製によってその御心を民に示したまひ、民もまた歌を捧げることによって民の心を天皇にお知りいただくのである。その傳統は、毎年行はれる「新年歌會始」に継承されてゐる。

したがって、天皇の國家統治とやまとうたは切り離し難く一体である。君民一体の國柄は和歌によって保たれて来た。神代より、今日に至るまで、高下貴賎の区別なく継承されて歌はれて来た日本代表文藝が和歌である。このやうな優雅にして清らかなる君民一体の國柄は他の國には見られない。

小田村寅二郎氏は、「遠い遠いところに居られるやうに感じてゐた御歴代の天皇がたが、御歌を拝読するわれわれの目の前に、身近にお姿を現され、お聲をかけてくださるやうな気さへしてくる。『詩歌』とはまことに不思議なものであり、とくに『和歌』を介しての作者と読者とは、時空の隔たりを超えて心一つに通ひ合ふことができさうである。」(『歴代天皇の御歌』はしがき)と論じてゐる。

 

わが國文藝の起源は祭りにおいて神に奏上する詞

わが民族は、「やまとことば」とりわけ和歌には靈力がこもってゐると信じて来た。これを言靈信仰といふ。日本文藝の発生は、神への祝詞・唱へ言である。わが國の文藝(歌・物語)の起源は祭りにおいて神に奏上する詞から発生した。「やまとうた」や物語は、祭りから発生し、その本質は藝術といふよりも、祭祀に於ける「唱へごと」としての存在であった。神への「訴へ」が歌であり、神への「語りかけ」が物語の起源である。

歌に籠る言靈を神に捧げることが祭祀において最も大切な行事である。神にものごとを訴へ祈る人間のひたすらなる営為が、和歌を発生させたのである。

 

混迷する今日においてこそ「勅撰和歌集」の撰進が行はれるべきである

和歌は宮廷を中心として継承されて来た。日本國民は和歌の正調は宮廷の歌にあると考へ、「宮廷ぶり」「みやび」を大切にして来た。和歌に限らず、日本文藝そして日本文化全体の軸が、天皇・皇室である。

阿部正路氏は、「日本の和歌が、世界でもっとも長く美しい傳統に輝き得たのは…勅撰集に明らかに見ることのできる、一系の天皇の、和歌に対するゆるぎない信頼の中においてこそ悠久の世界を具体化し得たのであった。」(「和歌文学発生史論」)と論じてゐる。

大化改新の後の「萬葉集」編纂、平安時代の國風文化再興としての「古今和歌集」編纂、後鳥羽上皇の國體明徴化の戦ひの時の「新古今和歌集」編纂と同じやうに、明治維新においても「勅撰和歌集」が編纂されるべきであった。それが為されなかったのは、いはゆる欧化・文明開化の風潮が時代を覆ったためと思はれる。ここに近代日本の大きな欠陥があった。

ただし、明治天皇さまが十萬首に近い御製をお詠みになったことは、いかなる時代にあっても日本の傳統文化は、天皇・皇室によって正しく継承されることを証ししてゐる。皇室におかせられては、今日も、祭祀と和歌といふ日本伝統の核となるものを正しく継承されてゐる。
近代以後今日に至るまで、「勅撰和歌集」が編纂されなくなってゐるのは、わが國の國柄が正しく開顕せず、和歌文藝の道統が衰微してゐるといふことである。混迷する今日においてこそ、「勅撰和歌集」の撰進が行はれるべきである。

 

「現御神信仰」は今日においても「生きた真實」である

今上陛下におかせられては、祭祀に関する次のやうな御製を詠ませられてゐる。

昭和四十五年

新嘗祭

松明(たいまつ)の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古(いにしへ)思ひて

昭和五十年

歌会始御題 祭り

神あそびの歌流るるなか告(つげ)文(ぶみ)の御声聞え来新嘗の夜

平成十七年

歳旦祭

明け初むる賢(かしこ)所(どころ)の庭の面(も)は雪積む中にかがり火赤し

そして、今上陛下は平成二年に、「大嘗祭」と題されて、

父君のにひなめまつりしのびつつ我がおほにへのまつり行なふ

と詠ませられた。皇位の継承は祭祀の継承であり、それは現御神日本天皇のご使命・ご自覚の継承である。

天皇が即位の大礼を行はれ、大嘗祭を執行されるといふことは、すなはち天皇の神聖性の確認であり、現御神日本天皇の靈統の継承なのである。大嘗祭は、若々しい新生の「現御神御誕生」の祭祀である。

昭和天皇が、『昭和二十一年元旦の詔書』に於いて「神格」を否定されたなどといふ論議があるが全く誤りである。先帝昭和天皇も、今上陛下も、神人合一の神聖行事たる祭祀を厳修せられてゐる。この貴い事實は、「『昭和二十一年元旦の詔書』おいて、昭和天皇が『人間宣言』され、神格を否定された」などといふことを明確に否定する。

昭和天皇おかせられては、昭和三十四年、『皇太子の結婚』と題されて、

あなうれし神のみ前に日の御子のいもせの契りむすぶこの朝

と詠ませられてゐる。「日の御子」とは「日の神すなはち天照大御神の御子」といふ意味である。「日嗣(ひつぎ)の御子」とも申し上げる。昭和天皇におかせられては、天皇及び皇太子は「天照大御神の生みの御子=現御神である」との御自覚はいささかも揺らいでをられなかったことは、この御製を拝すればあまりにも明白である。
『萬葉集』に収められてゐる柿本人麻呂の歌には「やすみしし わが大君 高照らす 日の御子 神ながら 神さびせすと…」(四方をやすらけくたいらけくしらしめされるわが大君、高く光る日の神の御子、神ながらに、神にますままに、…といふほどの意)と高らかに歌ひあげられてゐる。

この人麻呂の歌は、古代日本人の現御神日本天皇仰慕の無上の詠嘆であり、現御神日本天皇のご本質を歌ってゐる。現御神信仰は、わが國古代以来、今日まで正しく繼承されて来てゐる。

天皇の即位は、聖なる『日の御子』御生誕であり天降りであり、新たなる大御代の始まりである。肇國(はつくに)・稚國(わかくに)への回帰である。

天皇即位の時、天津日嗣の高御座に登られ百官の前にお姿を現される御装束は、日の御子のお姿である。「天津日嗣の高御座」とは、天上の日の神がおられるところと同じ高いところといふ意味であるといふ。

今上天皇におかせられても、神代以来の傳統を継承され、御即位の大礼において天津日継ぎの高御座にお立ちになった。これは天の神の御代理(現御神)の御地位にお立ちになったことを意味する。

御歴代の天皇そして皇太子は、血統上は天照大御神・邇邇藝命・神武天皇のご子孫であられ血統を継承されてゐるのであるが、信仰上は今上天皇も皇太子もひとしく天照大御神の「生みの御子」であらせられるのであり、天照大御神との御関係は、邇邇藝命も、神武天皇も、今上天皇も、皇太子も同一である。天皇は、先帝の崩御によって御肉體は替はられるが御神靈は新帝に天降られ再生される。ただしその御肉體・玉體・御血統は、皇祖皇宗から繼承されなければならない。
「現御神信仰」は今日においても「生きた真實」である。

 

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