萬葉集名歌鑑賞第十四回
四宮正貴
天皇、香具山に登りて望國(くにみ)しましし時の、御製の歌
大和(やまと)には 郡山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 國見をすれば 國原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うなはら)は かまめ立ち立つ うまし國ぞ あきづ島 大和の國は (二)
<通釈>「大和には多くの山々があるが、とりわけて麗しい天香具山に登り立って國見をすると、広々とした平野には、かまどの煙があちこちからたちのぼってゐる。広々とした水面には鴎たちが盛んに飛び立ってゐる。本当に結構な國だなあ、大和の國は」といふほどの意。
第三十四代・舒明天皇(敏達天皇の皇孫。天智・天武両天皇の父君。在位十三年。推古天皇元年〜舒明天皇十三年<五九三〜六四一>。四十九歳で崩御)の御製。
「大和」は、地域としての大和一國、正確には磯城・十市・高市の中央平原であるが、同時に日本全体=天皇・大和朝廷の統治範囲のことを象徴する。「大和」の語源は「山へ入り立つ口」即ち山の門(と)であると言ふ。山の門を抜けると広い平原=磯城平原に出る、そこを「やまと」と言ったとされる。
「香具山」は、橿原市東部にある海抜一四八bの山。高天原にあった香具山が、大和と伊予の國に天降って来たといふ伝説神話がある。だから「天」といふ修飾語を上に置いた。大和三山の一つ。山容穏やか。天香具山は古来、宮廷祭祀が行なはれた。天上の聖地が地上に天降って来たので神聖なる山と仰がれた。そしてこの山は大和全体を象徴すると信じられた。ゆゑに、神武天皇や崇神天皇が行はれた祭祀では、この山の埴土(きめが細かくてねばりけのある黄赤色の土)が用いられた。
「國見」とは、天皇が國を高い所から望み、土地の状態や農作物広くは民が豊かであるかをご覧になり、豊作と國民の繁栄を神に祈られる神事。
「郡山」は、山の連なってゐるのを言ふ。諸々の山といふ意。大和は國の周囲が山に囲まれてゐる。日本武尊はさうした地形を「大倭は國のまほろば。畳づく青垣。山こもれる大倭しうるはし」と歌はれた。天から降臨された聖なる資格をもつ現御神日本天皇が、天香具山といふ天から降った聖地に立たれて、國土の精霊や國民を祝福し繁栄を祈るするまつりごとである。
「うまし國」は、良い國。味覚から出た言葉。円満の意。立派に富み栄えた國。「ゾ」は感動詞。
「あきづ島」は、日本國のこと。神武天皇が國見をされたとき、國の形を蜻蛉が交尾をする如しと言はれてから、大和を蜻蛉島と言ふやうになったといふ。
「國見」を簡素な詠風で、大らかに表現してゐる。その上で、「うまし國ぞ」と讃嘆して、感嘆の御心を表白されてゐる。叙情の部分が端的なので、歌柄が明朗になってゐる。これを「國ほめ」の歌と言ふ。天子は國をほめることによって、この國がご自分の統治する國であることを確認された。と同時に、見渡しのきくところに立たれて、農村の豊かな稔り・國民の繁栄を祈り、予祝された。ゆったりとして希望に満ちた御歌である。かういふ歌ひぶりは天子でなければ出来ない。
天皇の國家統治のご本質が美しく歌はれてゐる。國原と海原、炊煙と鴎とを配して、日本の生活全体と景観とを合はせて歌った。炊煙は民の生活の栄えを象徴し、鴎は生命力を象徴する。日本國は「海」と「山」と「原」の國である。
無駄なく、ひきしまったしらべで荘重にして美しく、日本國と天皇の國家統治の重厚な内容か歌はれてゐる。「國原」も「海原」も、山と盆地と埴安の池を指しつつ、日本全体を広く象徴させてゐる。
昭和天皇は、昭和六十年、『旅』と題されて、
遠つおやのしろしめしたる大和路の歴史をしのびけふも旅ゆく
と詠ませられた。