媚中政治家膺懲論
四宮正貴
国家緊急の場合は「超法規的措置」が必要な場合がある
法治国家とはも国民が何が何でも法律を守っている国という事ではない。言い換えると、『法治』とは法律を守る事が絶対的正義という事ではない。法治国家とは、国民の幸福と国家の安定という正義を実現するため国民が法律を守っている国という意味である。言い換えると、『法治』とは正義の実現の為に法律を用いるという意味である。法律特に成文法は絶対的なものではない。成文法を守ってかえって国を滅ぼすことになる場合がある。
国家・国民のために法律があるのであり、法律のために国家・国民があるのではないのである。本末転倒してはならない。
法律を守ってさえいれば、國は安泰であるというわけではない。悪法を守ると国がおかしくなる場合がある。「現行占領憲法」はその典型である。だから政府自身が憲法違反・解釈改憲をせざるを得ないのである。「現行憲法に違反するから、国を守るために外敵と戦ってはいけない」などという事があっていいはずがない。
国家緊急の場合は「超法規的措置」が必要な場合がある。法律を頑なに守っていては、明治維新は断行できなかった。現行憲法を頑なに守っていては、国を守ることはでない。
直接行動・テロというものは、現状変革の起爆剤となったり、政治家などの権力者に反省を促すための大きな契機になることは歴史が証明している。中大兄皇子・中臣鎌足による蘇我入鹿誅殺が大化改新を実現し、赤穂義士の吉良上野介義央への仇討ちが奢侈におぼれた元禄時代を覚醒し、勤皇の志士が大老・井伊直弼を誅殺した桜田門外の變は明治維新の発火点となり、島田一良などの西郷隆盛信奉者による紀尾井坂における大久保利通誅殺は有司専制政治廃絶と議会開設・憲法発布の導火線となった。
確かにテロなどの直接行動や他人を傷つけたりすることは、第一義的には「善」とは言えない。しかし、国家国民の為にならない人物に反省を促したり、あるいは国家の現状を打破するという大きな目的の爲にはテロ・直接行動が必要な場合がある。
実行者が本当に命懸けであった時、その心情を思うと、何とも言葉で表現のしようのない粛然とした気持ちになる。
対共産支那外交をおかしくしたのは加藤紘一である
加藤紘一氏は、小泉前総理が在任中年一回行った靖国神社参拝を全面否定して、「この五年積み重ねて、結局、日中関係、日韓関係、アジア外交がほぼ崩壊に近い結果になりましたね」と言った。小泉氏は総理在任中、年一回の靖国神社参拝をやり遂げ、共産支那を訪問しなかった。これまでの土下座外交・共産支那の内政干渉への屈服・朝貢外交を訂正した小泉外交は評価すべきであります。このことが共産支那を焦らせ、江沢民以来の反日外交を幾分かでもやわらげさせたのである。
むしろ、アジア外交とりわけ対共産支那外交を根底からおかしくしたのは加藤紘一である。加藤は宮沢内閣官房長官の時、「天皇御訪中」を推進し、窮極の「天皇の政治利用」を行ない、「天安門事件」によって国際的非難を浴びていた共産支那の国際舞台への復活の道をつけた男だ。糾弾されて当然である。
加藤氏は一九八九年の天安門事件によって欧米をはじめとした世界中の國々が共産支那に制裁を発動し、わが國もそれに倣い対支那ODA(政府開発援助)を中止した。しかるに、加藤紘一氏は「世界中から批判を受けている中國に今日本が恩を売っておけば、中國は日本に感謝してくれる」として制裁解除に尽力した。
ところが結果は全く逆で、共産支那はわが國に感謝するどころか、日本からの援助によって國力をつけ、軍事力・経済力を急激に発展させた。にもかかわらず、却って増長して、わが國に対する内政干渉、領土・資源・主権侵害を繰り返すようになった。そしてわが國をはじめとした周辺諸國に対して軍事的恫喝を加えるようになった。
「媚中勢力」による窮極の「天皇の政治利用」は「天皇御訪中」
加藤紘一氏ら「媚中勢力」による窮極の「天皇の政治利用」は、平成四年の「天皇御訪中」である。加藤紘一氏は、宮沢内閣の内閣官房長官として積極的に「天皇御訪中」を推進した。その時、加藤紘一氏などは、「天皇陛下による対中謝罪によって過去の不幸な歴史にけじめをつける」と主張した。これは「朝貢・謝罪外交」に、天皇陛下を利用し奉る不忠千萬な考えである。
天皇御訪中の七年後の平成十年、江沢民が来日した。その時に行われた宮中晩餐會において、江沢民は無礼にも、天皇・皇后両陛下の御前で「日本軍國主義は対外侵略拡張の誤った道を歩んだ」「われわれは痛ましい歴史の教訓を永遠に汲み取らなければならない」などと歴史問題・戦争責任問題を滔滔と論じ立てた。
共産支那は、わが國の誤れる対共産支那外交によって天安門事件後の國際的孤立から脱却し、わが國の経済・技術援助によって國力が増進したにもかかわらず、日本に頼る必要がなくなると反日姿勢に転換した。「恩を仇で返す」とはこの事である。
その後今日に到るまで、共産支那の反日姿勢はとどまるところを知らず、何かというと歴史問題で謝罪を求め続け、反日暴乱まで起している。加藤紘一氏などが主張した「天皇陛下による対中謝罪によって過去の不幸な歴史にけじめをつける」などということはまったく裏目に出たのである。
加藤氏らは、上御一人に対し、共産支那に対するされされなくとも良い謝罪を強制し奉り、天皇陛下の尊厳性を大きく傷つけたのである。申すも畏れ多いことながら、天皇陛下に外國への謝罪という辱めを受けさせ奉ることによって「外交問題」を解決しようとしたのである。しかもその「政治利用」によって、かえって中華帝國主義國家・共産支那を利し、國益を損じる結果を招来せしめた。加藤紘一氏らの責任はまことに大きい。
「人臣たる者は、君憂うれば臣労し、君辱めらるれば、臣死す」という言葉を、加藤紘一氏をはじめとしたわが國の政治家は深く胸に刻むべきである。
加藤紘一氏は、「媚中外交」の申し子と言っても過言ではない。加藤紘一氏ら「媚中勢力」こそ、対共産中國外交を破綻させ、日本を窮地に陥れてきたのである。加藤氏を始めとした「媚中勢力」を厳しく糾弾しなければならない。
「極東國際軍事裁判」は國際法上違法なのであるから一切無効である
加藤紘一氏は、平成十六年十月二十一日に北京で開かれた中國國際戦略學會での講演で、小泉総理の靖國神社参拝について「サンフランシスコ平和条約で明らかなように、十四人のA級戦犯がすべての戦争責任を負う。昭和五十三年に靖國神社が十四人を合祀して以降は、首相が正式に参拝することは外交上正しくない」と述べ、靖國神社は行うべきではないとの考えを示し、「条約を尊重するかどうかの観点から考えるべきものだ」と語り、その後も「首相の靖国神社参拝はサンフランシスコ条約違反」との認識を示し続けている。
そもそも敵性国家に赴いて自国の総理を批判すること自體利敵行為である。あらためて論ずるまでもないが、東京裁判=極東國際軍事裁判なるものは、「平和条約」発効以前の交戦状態継続中に行われた戦勝國による戦敗國に対する復讐である。「裁判」という體裁をとっているが、「罪刑法定主義」という大原則に反した國際法違反の軍事的報復である。その復讐によって殺された方々は、立派な戦死者である。ゆえに、いわゆる「A級戦犯」とされる方々こそ昭和殉難者として靖國神社に祀られる方々である。
「極東國際軍事裁判」は國際法上違法なのであるから一切無効である。第一、「サンフランシスコ講和条約」において日本が受諾したのは、「判決」であって「裁判」そのものではない。
昭和殉難者の靖国神社合祀に関して、「わが国はサンフランシスコ講和条約」で東京国際軍事裁判を受け入れたのだから、A級戦犯が祀られている靖国神社に総理大臣が参拝すべきではない」という意見がある。後藤田正晴や加藤紘一がこうしたことを述べている。しかし、「サ条約」でわが國が受諾したのは、「判決」であって「裁判」そのものではない。「サ条約」の英文には「judgment」と書かれています。これは「裁判」ではなく「判決」という意味である。「サ条約第十一条」は、日本政府が刑の執行を停止することを否定した条文なのである。
わが国政府も国民も、「東京国際軍事裁判」そのものを受けいれたのでは絶対にない。「極東国際軍事裁判」が国際法上違法なものなのだから、その「裁判」そのものは無効である。「極東国際軍事裁判」は勝者による敗者に対する復讐に過ぎなかったのです。このようなものを根拠にして靖国神社について論ずること自体全く間違っている。そういう人たちは余程祖国に対する誇りを喪失した人々であり、『法の正義』を忘却した人々と思う。マスコミ界や政界・官界にこういう人が多くいることが祖国を危くしているのである。
加藤氏は「媚中政治家」であると共に「対米追従姿勢」の持ち主である
さらに、加藤紘一氏は、「靖國神社の遊就館の展示や流されている映画で、日本を戦争に追い込んだのはアメリカだと主張している。日米対立の危険を抱えるから、首相は靖國神社には参拝すべきではない」と語った。(『週刊朝日』八月四日号)
遊就館は、わが國唯一といって良い近代史博物館であり軍事博物館である。本来、軍事博物館・歴史博物館は國家が建設すべきなのである。近代日本の歴史は、一面において欧米から多くのことを學んだ歴史である。しかし一面において、欧米列強の侵略から祖國を守る歴史でもあった。そのことは否定すべからざる事實である。遊就館の展示はそのことを素直に展示してゐるのである。歴史の真實を展示してゐるのだ。ただ単に反米を煽ってゐるのではない。
欧米列強がアジア・アフリカを侵略し植民地支配した事は歴史的事実であり、大東亜戦争が、欧米列強の植民地支配を終息に向わせたことも歴史的事実である。この事を否定するような歴史観は誤りである。わが國の歴史博物館・軍事史博物館が、わが國の立場に立った展示をするのは当然であり、外国から干渉されることではない。
加藤氏は「媚中政治家」であると共に、まさに対米追従姿勢の持ち主なのである。自主性を喪失した政治家と言っても過言ではありません。
靖国神社の遊就館の展示内容について批判が出ているが、問題の根本は、わが國には、何処の國もある国立の『近代史博物館』『軍事史博物館』が存在しないことである。上野公園には、国立・公立の博物館や美術館や科学博物館はありますが、近代歴史博物館・軍事史博物館はない。
何処の國の歴史博物館・軍事博物館も、自國の歴史の誇るべきところを展示し國民の愛國心を涵養している。自國の歴史を暗黒面のみを強調し外國の悪いところを覆ひ隠してゐる國などありはしない。日米戦争は、アメリカが日本を追ひ込んだために起ったことは、歴史上明白になっている。そのことをわが國の歴史博物館が明確に展示し主張するのは当然のことであり正しいことである。
私が実際に訪問したところでは、共産支那・韓国・台湾はもちろん香港にまであった。イギリス・アメリカは当然存在する。展示は、その国々の歴史・戦争を誇りある歴史としている。決して自虐的な展示ではない。そして、青少年・学生生徒がそこを見学し、近代史・軍事史を学び、愛国心を醸成している。
靖国神社の遊就館は、その役割を果たしているのである。そもそも、自国の歴史の展示は、自国の暗黒面をことさら強調する内容にすべきではない。遊就館をより充実させ、国立の近代歴史博物館・軍事史博物館を建設すべきである。
「やまとごころ・やまとだましひ」の復興こそが今最も大切である
歴史問題の認識は、それぞれの國によって異なるのである。今日そして将来の日米の健全なる同盟関係は、アメリカの歴史観を日本が全面的に受け入れることによって成り立つものではない。言い換えれば、『日米友好』の為に、わが國の正統なる歴史観を捻じ曲げるべきではない。それは支那との関係においても同じである。
加藤氏は事件後、「私の発言は全然変らない。政治家である以上、話をやめたら任務放棄だ」「國と國は、あまり対立しないようにしなければならない。國民のナショナリズムをかき立てるような行動をやってはいけない。これからも発言し続けていく」「今の世の中の風潮が一方に流れつつあるような感じがする。まずい世の中になってきた。私には発言を続けなければならない責務がある」と語った。
加藤氏が自分の政治理念・思想に基づいて発言する事は自由であるし、それを否定してはならない。しかし、國を誤ると思はれる発言に対しては、これを批判しなければならない。加藤氏はナショナリズムを否定するやうな発言をしてゐるが、國家の危機にはナショナリズムの興起が絶対に必要である。それが日本を救って来たことは、元寇・明治維新の歴史を見れば明白である。「偏狭なナショナリズムは良くない」とか、「健全なナショナリズムは良い」とかいふ議論がある。一體、偏狭とはどういう事なのか、健全とはどういう事なのかはっきりしない。
ナショナリズムとは、「ある民族ある國家が他國他民族から圧迫を受けた時にそれに抵抗する精神及び行動」と定義される。わが日本は今日まさに支那および朝鮮半島から外交的・軍事的圧迫を受けてゐる。これを跳ね除けるために國民が一致団結して事にあたるのは、決して偏狭ではない。当然のことであり、独立國家として健全なあり方である。
ナショナリズムとは、國語で言へば愛國主義・民族主義といふ事になるのだらうが、戦後日本は余りにも愛國主義・民族主義を忘れ果ててきたのではないか。「やまとごころ・やまとだましひ」の復興こそが今最も大切である。「やまとごころ」は決して偏狭にして独善的な精神ではない。
歴史問題で、共産支那が我国に対していろいろと非難を繰り返している。歴史の捏造・改竄・隠蔽は、共産支那こそ本家本元である。国共内戦・大躍進政策・文化大革命において、何千万否一億以上という支那人が殺され、死地に追いやられた歴史をまったく隠蔽しているのが共産支那なのである。共産支那がいかに歴史を改竄し隠蔽するかは、毛沢東の葬式が行われた直後の報道写真では、四人組の姿がチャンと写っていたのに、粛清された後には、その写真から四人組の姿が消されてしまった事實が端的に示している。毛沢東が起こした内戦や専制政治によって殺されたシナ人の数は、満州事変や支那事変で死んだシナ人の数よりも比較にならならい位多い。共産支那はそういう歴史を隠蔽するために、日本を悪者に仕立て上げているのだ。そして、日本が日中国交樹立後の日本による莫大な経済協力を隠蔽しているのだ。
共産支那のこうした体質が是正されないかぎり、わが国との真の友好関係は成立しないと思う。