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 中華帝國主義を封じ込める「東アジア共同體」を確立せよ

四宮正貴

 

日本文化と支那大陸の文化とは全く異なる

最近「東アジア共同體構想」なるものが盛んに論じられている。モデルは、数々の困難を乗り越えて今日に至った半世紀の歴史を持つ欧州連合(EU)であろう。欧州とは全く異なる歴史を歩んできた東アジアにおいて、今日の時点で「文化統合」「地域統合」「経済統合」などという事が安易に語られるのは、東アジアの歴史と現状、とくに「中華帝國主義」の實態が正しく認識されていない証拠である。

 「日本と中國は同文同種であるから他の國々よりもずっと深い友好関係を結ばねばならない」という意見があるが、これは重大な誤りである。こういうムードに酔って日本が支那共産政権と無原則な関係を結ぶことはまことに危険である。

支那大陸内部においてすら、同じ漢字という文字表現を用いていても、時代により地域によって全く異なる文化を形成している。

 和辻哲郎氏は「漢字の機能ゆえに、シナの地域における方言の著しい相違や、また時代的な著しい言語の変遷が、かなりの程度まで隠されている…現代の支那において、もし語られる通りに音表文字によって表したならば、その言語の多様なることは現代のヨーロッパの比ではないであろう。またもしシナの古語が音表文字にもって記されていたならば、先秦や秦漢や唐宋などの言語が現代の言語と異なることは、ギリシア語やラテン語やゲルマン語が現代ヨーロッパごと異なるに譲らないであろう。文字の同一は…必ずしも…緊密な文化圏の統一を示すものではない」

「同じシナの地域に起こった國であっても、秦漢と唐宋と明清とは、ローマ帝國と神聖ローマ帝國と近代ヨーロッパ諸國とが相違するほどに相違している…ヨーロッパに永い間ラテン語が文章語として行われていたからと言って、直ちにそれがローマ文化の一貫した存続を意味するのではないように、古代シナの古典が引き続いて読まれ、古い漢文が引き続いて用いられてきたからと言って、直ちに先秦文化や漢文化の一貫した存続を言うことはできない。」(『孔子』)と論じられている。

 支那大陸では色々な民族が混在したり融合したりして来たし、種々の國が相次いで興亡を繰り返してきた。それはヨーロッパにおいてギリシアやローマが相次ぎ、種々の民族が混在したり融合して来たのと同じである。

支那大陸を統一したといわれる秦、そしてそのあとの漢の大帝國も、人倫を喪失した権力機構なのであり、「天子」と言われる君主も實質は権力者・覇者であって、支那大陸の王朝はわが日本のような天皇を中心にした同一の文化と信仰と傳統をもって統一され継承された信仰共同體・人倫國家ではなかった。強いもの勝ちの覇道(権力・武力・経済力・権謀術数の力)が支那を制して来たのである。またそうした覇道でなければあの広大な大陸を統一できなかったのである。

 従って支那大陸に生活する人々は、親子・夫婦・兄弟といった家族関係即ち血縁共同體たる「家」を大切にしても、國家観念はきわめて希薄であった。支那の古典『十八史略』に「日出て作り、日入りて息ふ、井を鑿りて飲み、田を耕して食ふ。帝力我に何かあらむや」という言葉があるのでも分かる通り、支那大陸に住む人々の生活は、家を中心としていて國家の保護や干渉は否定していたのである。それだけ権力者が好き勝手は事をして民衆を苦しめてきたということである。それは今日の共産政権も同じである。

第二次世界大戦後、中國共産党の一党専制政治によって、支那大陸全體が一つの國家として存在しているように見えるが、これはむしろ不自然な状態である。戦後支那大陸がまがりなりにも統一を保ってきたのは共産党一党独裁体制によるのである。共産主義イデオロギーはすでに破綻し一党独裁体制も揺らぎつつある。支那大陸の共産党独裁體制が崩壊する可能性は十分にある。それを食い止めるために共産支那政権は「反日」を煽動しているのだ

共産党独裁體制が崩壊したら、支那大陸は群雄割拠の分裂状態になる。即ち支那大陸本来のあり方に戻る。少なくとも満洲・北支・中支・南支・チベット・内蒙古はそれぞれ独立しては別々の國となる事によってしか、支那大陸とその周辺の安定は図られないと思われる。「十億以上の民を単独の政権でまとめるのは難しい。上海料理・北京料理・広東料理・四川料理・台湾料理という料理で分けるべきだ」という意見もある。

要するに支那大陸は様々な氏族が覇を競い様々な王朝が興亡を繰り返した来た地域であって、全體が一貫した文化傳統を有する統一した國家ではあったことはなかった。天皇を中心に時間的連続性地域的統一性を連綿として維持し続けてきた信仰共同體國家たるわが日本とは、全くその性格を異にする地域が支那なのである。

日本人と支那人とでは根本的に異なる文化感覚を持っており、ものの考え方が實に大きく違っている。わが國のように四面環海で魚類の食べ物の豊富な所では、魚類で栄養を摂ったのだが、支那大陸のように広大な平野のある所では、牧畜が盛んに行われ、動物食で栄養を摂るのは自然である。支那人は豚肉をとりわけよく食する肉食人種である。明治以後になって初めて獣肉を食べ出した日本人とは大きな違いがある。

したがって、わが日本と支那大陸が同じ漢字を使用しているからといって、同じ文化傳統を有しているわけではない。わが國と支那が他の國と比較して格別に深い関係を持っていると考えるべきではない。日本民族及びその傳統文化と、支那大陸に存在する様々な民族及び文化とは、全く異なるものなのであって、支那に格別の親近感を抱くのは誤りである。

 

「同文同種」いう虚構に迷わされてはならない

たしかに日本は支那大陸から大きな影響を受けた。しかし、今日余りにそのことを強調したり、そのことによって支那大陸に負い目に感じたりすると、中華思想を有する支那共産政権の思う壺である。日本に対して益々属國以下の冊封地として対応し、内政干渉や不当不法な領土要求をしてくるであろう。

 古代において支那文化は日本に傳来した。そして思想・宗教・文學・美術・政治制度等々支那の文化文物が日本に輸入された。そして、日本においてより洗練された高度なものとなって発展している。

 つまり日本が支那の影響を受けたといってもそれは猿まねをしたのでもなければ、日本が支那文化圏に組み込まれたのでもないのである。支那から文化文明を取り入れ、日本独自の創意を発揮し、支那から入ってきた文物をより高度な洗練されたものにし、支那を超えてしまったのだ。思想も、宗教も、科學技術も、服飾等も皆しかりである。

 日本には儒教即ち孔孟の教えが今日も継承されている。支那は共産主義によって儒教は否定され迫害された。日本には東大寺・薬師寺・法隆寺といった空前絶後の偉大なる寺院建築やそこに安置されている仏像などの仏教美術が、今日も厳然として存在している。また仏教信仰思想もより一層高められ深められた形で傳承されてきている。ところが支那の仏教は美術・建築面でも思想面・信仰面でも衰微の極にある。

 支那文學・支那思想の研究においてすら既に日本の方が本家本元の支那よりも深く進んだ研究を行っている。支那には「諸橋大漢和」を凌駕する漢字に関する辞典すら無い。支那で発明された羅針盤を最も有効に用いたのは西洋人であるし、絹の文化を最も発展させたのは日本人であった。

 蓮田善明氏は「儒・道教、或は仏教が日本に入って来て、直接に日本の神に會って、どのやうに高いものに達し得たか、どのやうに大きな光に現に透されたかを見る必要がある。…神ながらのまさ道を、まことに無窮の隆昌を保有してきた事實を知る必要がある。日本文化が異文化を包合することによって高まったとなすが如き思想は正しくない」(神韻の文學)と論じておられる。

 日本は、支那などの外國の文化文明を受け容れはしたが、それによって日本文化文明が高められたのではなく、日本に本来的に高い文化感覚があったからこそ、支那など外國から来た文化文明をより高度なものより深いもの独自のものとして発展せしめ現代に至るまで受け継いできているのである。

ともかく、「同文同種」などという虚構に迷わされて、「中華人民共和國」という名の中華帝國主義國家・共産主義独裁政権と無原則な「友好親善」関係を結ぶことは避けなければならない。まして況や、「共同體」を構築したり「統合」するなどということは絶対にあってはならない。

 

「中華思想」という名の差別思想・侵略主義

 支那には天下という観念は発達したが、國家という観念は無かった。國家観念とかナショナリズムが勃興したのは近代以降西洋や日本に対する対抗意識が生まれた後のことである。

 そうした國家観念の希薄さが、「中華思想」という侵略主義・大國主義を生んだ。津田右左吉氏は次のように論じている。「彼ら(註・支那人)は自分の國を我々が思ふやうな、又近代的意義での、國家とは思ってゐなかったのである。彼らは自分等を中華とし、自分等で無いものを夷狄として、中華は夷狄を支配するべきものと考へ、天の代表者である自分等の天子は、すべての夷狄、即ち全世界・全天下に君臨してゐるものだと考へてゐた。」(『文学に現はれたる我が國民思想の研究』)。

支那人に國家観念が無かったということは、自分の國も無いけれどもよその國も無いということなのである。外國の存在そのものを認めていないのだ。世界・天下の中心の支那があり、世界・天下の人民も國土も全て支那の皇帝のものだとするのである。しかして、世界各地域の王たちは支那皇帝によって冊封(さくほう・天子の命で官・位を授ける書きつけである『冊』により諸侯に封禄・爵位を授けること。言い換えると支那皇帝の勅書によって爵位や領土を定められること)されることによって初めてその地位と権力を認められ正統な王となり得るという考え方なのである。 

こうした支那の身勝手な文字通り帝國主義的論理をつきつめれば、支那と対等な関係の國は存在しないということになる。支那人にとって天下即ち全世界が支那の皇帝のものなのである。支那の皇帝に朝貢するという形式でしか外交というものはあり得ないのである。これを「中華帝國主義」という。その根底にあるのが「中華思想」である。

「中華思想」とは、支那民族・漢民族が天の真下・天下の中央にあり、文化が花のように咲き誇っているという意味で、支那を「中華」と称し、四方の異民族を東夷・西戎・北狄・南蛮と呼んで、獣や虫けら同然に考え差別し侮る考え方である。「中華である支那」は世界帝國であり、支那の皇帝に朝貢(皇帝にみつぎものを差し上げること)する属國の形式でしか外國の存在を認めず、支那以外の世界各地域は支那に朝貢しなければならないと考えて来た。

「東夷」は日本・満州・朝鮮などの民族を指した。「夷」とは弓を射るのがうまい民族のという意である。「西戎」とは西方の野蛮人のことで、チベットやトルコ系の諸民族を指した。「南蛮」とは南方の野蛮人のことで、インド支那など南海諸地方の民族を指した。「北狄」とは北方の野蛮人のことで、匈奴(きようど)・ウイグル・韃靼(だつたん)等の遊牧民族を指した。「戎」は槍術のうまい民族、「狄」は犬扁、「蛮」は虫扁がつくということで、いづれも野蛮な民族ということである。

これほどの差別思想・侵略思想・大國主義はない。「中華思想」こそ、とてつもない帝國主義思想・差別思想なのである。「支那」という言葉は差別語だと批判があるが、「中華」「中國」という言葉こそ窮極の差別語である。

支那はこの「中華思想」という差別思想によってこれ迄の長い歴史において周辺諸國を侵略してきた。秦始皇帝・漢武帝・隋煬帝(ようだい)・唐太宗のように内乱の後に大統一帝國が成立した時には、強力な國外侵略を行っている。

 

日本に今必要なのは中華帝國主義と戦う姿勢の確立である

前述したとおり、「中華思想」には國境という観念がない。なぜなら、自らを「世界帝國」と見做し、世界は全て支那の領土と心得ているからである。もちろん實際には、支那大陸にある政権の権力支配の及ぶ範囲は限られている。しかし、支那人の観念からすれば、そのために生ずる境界は「國境」ではなく、その境界の外は「辺境」だとされる。

大東亜戦争後、國民党政権が台湾を接収した時、台湾のことを「辺境」と言った。この「辺境」とは「本来支那が支配すべき地域だが、目下のところそうはなっていない地域」という意味である。

したがって、事情が許せば「辺境」は支那の支配下に置く意志を持っている。つまり「中國」「中華」を名乗っている支那大陸の政権は、有史以来帝國主義的侵略支配を意図する政権なのである。だから、國民が不法に外國に渡っていくことを抑止しない。日本への支那人の不法入國・密航が激増し犯罪が頻発しても、支那の官憲は真剣に取り締まろうとはしないのである。

「中華思想」が支那歴代王朝の精神であり、支那が今でもこのような考え方を持っていることは、その國号を「中華人民共和國」と称し、「中華人民共和國」成立の後にはチベット及びベトナム侵略を行っていることによって明白である。「中華思想」は今も脈々と生きているのである。と言うよりもますます顕著になっているのである。

支那共産帝國の初代皇帝は毛沢東であり、彼は皇帝としてモスクワに短期間行っただけで、他の外國に行ったことはなかった。そしてニクソンや田中角栄の朝貢を受けたのである。ケ小平も江沢民も支那の皇帝であり、國内的には残虐にして強固な独裁體制、國外的には侵略思想・差別思想を持ち続けた。

だから周辺諸國の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない國に対しては武力で恫喝し制裁を加えるのは当然という考え方なのだ。

共産支那は、朝鮮戦争・中印戦争・中越戦争・チベット侵略・中ソ武力衝突など数々の戦争を起こし、チベット・内蒙古・満洲・東トルキスタン(新疆ウイグル)に対して侵略支配を行なっている。國内においても國共内戦から大躍進運動、文化大革命、天安門事件まで武力行使が行われ、六千万人以上の自國民を殺戮している。そして、対外膨脹策を取り続け、台湾・尖閣諸島・南沙諸島などへの武力侵攻を企て、東シナ海の支配を確立せんとしている。

「中華思想」とは、國家的民族的規模での「功利主義」「利己主義」「自己中心主義」である。「中華の繁栄」のためなら他國を侵略しても良いし、他國が滅んでも良いという思想である。

共産支那は、「日本軍國主義がわが國を侵略した。そして今日日本に軍國主義が復活しつつある」などと嘯いている。しかし、今日のアジアにおける最大最悪の軍國主義國家は共産支那である。

黄文雄氏は、「軍國主義とは…國家最高の実力者とか、國家最高の権力者がすべての軍を握る体制だ。その最も典型的な例は、中國の皇帝制度だろう。…中國という國家は、中華帝國の時代から人類史上でもっとも典型的な軍國主義國家であったし、今もそうである。そのような軍國主義國家が、日本を軍國主義と叫びたがるのは、今の中國の軍拡を正当化したいからにほかならない。」(『反日教育を煽る中國の大罪』)と論じておられる。

共産支那政府が昨年末に発表した『二〇〇四年版國防白書』によると、國防費の伸び率は十六年連続で二桁を記録した。装備面では、海空軍と戦略ミサイル部隊を増強し、ハイテク化をさらに進めている。しかも、支那人の反日感情はますます強まっている。

こんな國と「統合し、共同體を形成する」などという事は不可能である。核兵器を保有する共産支那との『共同體』は、日本にとって軍事大國支那への屈服以外の何ものでもない。

「東アジア共同體構想」なるものは、中華帝國主義のアジア支配の別名であり「冊封体制」の再構築である。「日米軍事同盟解消」を志向する「東アジア共同體」の構築とは即ち、わが國をはじめとした東アジア諸國が軍事的・経済的・政治的に共産支那の属國になるということである。

共産支那が、わが國や台湾への軍事的恫喝や侵略策謀を止め、一党独裁體制が打倒され、真の自由民主國家になり、中華帝國主義を放擲しないかぎり、「日支連帯」などあり得ない。

また、共産支那が消滅しない限り東アジアにおいて冷戦は終結しない。わが國は、あくまでも、自主防衛體制を確立し、アメリカ及び台湾・インドなどと政治的・軍事的・経済的に提携し、支那の中華帝國主義と果敢に戦うことが今日最も必要である。そして共産支那の侵略策謀・中華帝國主義を封じ込める正しい「東アジア共同體」を確立することが急務である。

日本人に今必要なのは、日本民族の誇りを回復し、中華帝國主義と戦う姿勢を確立することである。先ず以て我々の行なうべきことは、國内の反日分子・親共産支那勢力に対する糾弾である。

 

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