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やまとうたのこころ 名歌鑑賞 第五回




瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり

正岡子規

明治三十四年『日本』連載の随筆『墨汁一滴』(四月二十八日の条)に発表の十首詠の第一首目の作品。子規は翌年九月十九日に亡くなってゐる。

典型的な写実の歌。花瓶にさしてある藤の花房が短いので、畳の上にとどかないでゐるなあ、といふほどの意。

この歌一首だけを何の前提条件無しに読めば、「それがどうした」と反問したくなるやうな歌である。言ひ換へれば、子規の作である事も、作歌の背景も示されず、この一首だけを鑑賞しろといはれたら、これが文芸作品かと疑ひたくなるやうな作品である。この歌一首を、名もない人が現代の歌会や新聞・雑誌の短歌欄に提出しても、高い評価は与へられないであらう。

つまり、不治の病床に伏した正岡子規晩年の歌であるといふこの歌の背景が分からなければ、「ただごと歌」(内容のない歌・感動を覚へない歌)といふ批判を受ける可能性がある。「ただごと歌」ばかりが短歌だったら、「短歌は第二芸術」「病人文学」といはれても仕方がない。しかし、「やまとうた」は決して「第二藝術」でも「病人文学」でもない。わが国の伝統文芸の中核である。

これは子規の代表作であり、最も人口に膾炙した一首である。それだけ問題作だといふことである。主観はまったく歌はれていないが、ていねいに対象を写実する事によって作者の切なる思ひを表白してゐる。写実歌は詠むのも難しいが、鑑賞するのも難しい。一体何に感動してゐるのかを正しく把握する努力が読者にも必要になって来るからである。

この歌は、「夕餉したゝめ了りて仰向に寝ながら左の方を見れば机の上に藤を活けたるいとよく水をあげて花は今を盛りの有様なり。艶にもうつくしきかなとひとりごちつゝそゞろに物語の昔などしぬばるゝにつけてあやしくも歌心なん催されける。斯道には日頃うとくなりまさりたればおぼつかなくも筆を執りて」といふ『詞書』と、「おだやかならぬふしもありながら病のひまの筆のすさみは日頃稀なる心やりなりけり。をかしの春の一夜や」といふ『後書』を読み、「かめにさす藤の花ぶさ花垂れて病の牀に春暮れんとす」「去年の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも」などの連作中の他の作品を読めば、文字通り「鬼神をも泣かしめる」やうな感動を覚へる。

この歌は、重い肺結核の症状に喘ぐ極限状態において行く春を惜しみつつ、切々たる心情を吐露してゐる。読者に格調高い「あはれさ」を感じさせる。実景を凝視している子規の心の感動から生まれた歌である。

正岡子規に一貫してゐたのは、事物を客観的にありのままに写しとろうとする態度であった。しかし、写実は手段であると思ふ。写実した作品によって読む人に感動を与へなければ藝術とはいへない。作品が「ただごと歌」になってしまふか、「読む人に感動を与へる歌」となるかが難しいのである。写実を全面的に否定する事はもちろんできないが、写実だけでは文藝にはならないと思ふ。

正岡子規=俳人、歌人。伊予(愛媛県)松山の生まれ。雑誌「ホトトギス」を創刊。写生主義と万葉調を主唱して根岸短歌会を結成し、短歌革新運動を行ひ、アララギ派の基礎を築いた。慶応三年(一八六七)〜明治三十五年(一九〇二)

 

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