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萬葉集名歌鑑賞 第一回
四宮正貴 |
大嘗祭・天皇の神格の再生・復活のことを歌った柿本人麿の歌
東(ひむがし)の野(の) にかきろひの立つ見えてかへり見すれば月西渡(つきかたぶ) きぬ
萬葉集で非常に有名な歌であり重要な歌。輕皇子(後の第四十二代・文武天皇。草壁皇子の御子)が草壁皇子(天武天皇と持統天皇の間に生まれられた皇子)を偲んで阿騎の大野で行はれた御狩りが始まる朝明けの時の歌である。
「かきろひ」は、本来は水蒸気が日の光に当たって揺れ動く陽炎(日光が照りつけた地面から立ちのぼる気)のことをいふが、この歌の場合は白んでくる東天の光の動きことをいふ。朝日が昇る前の東方の茜色の明かりを「あけろひ」と表現した。しかし、その場合は「立つ」とはいはず「もゆ」といふのではないか、といふ異論もある。
通釈は、「東の野原に日が明け初めるのが見えて、振り返って見ると月が西に傾いてゐる」。
日は東に昇り、月が西に傾く情景が阿騎の大野で見られたのは、天文台の調べで、持統天皇六年(西暦六九二)十二月三十一日の午前五時五十分と推定されてゐる。その時に、輕皇子が阿騎の大野で御狩りをされた。
「東の野にかきろひの立つ」とは、未だ御年十一歳ではあるがやがて天皇の御位につかれる輕皇子が狩りをされてゐる御姿であり、「月西渡きぬ」とは天皇の御位につかれるはずであった草壁皇子が次第に隠れて行かれる御姿と解釈される。つまり、輕皇子が狩りをされる若い御姿を見て振り返ると、雄々しかった草壁皇子がお隠れになりつつある、といふ事を歌ってゐるのである。
この歌は、叙景歌ではあるが、単なる叙景歌ではない。草壁皇子を偲ぶために行はれた輕皇子の狩りの場で歌はれたのであり、しかも狩りは、君主としての御資格を得られるための重要な行事である。といふことは、草壁皇子の後継者として、國家を統治される天皇としての尊厳性を得られる行事である御狩りをされる輕皇子を祝福した歌なのである。
そしてこの歌は、大嘗祭のことを歌ってゐるとする説がある。天皇が御即位された後初めて行われる新嘗祭を大嘗祭といふ。大嘗祭は、全國各地から集めたお米を天照大神にお供へをして、五穀の豊饒を感謝すると共に、天皇がお供へしたお米を神と共に食される。そして天皇・神・穀物の霊が一体となる行事である。このみ祭りによって、天皇は、現御神(地上に現れた神)としての神聖性を保持される。
大嘗祭は、天孫降臨の繰り返しの行事である。「まつり」とは元初(ものごとの一番始め)に回帰するである。天照大神は邇邇藝命に稲穂をお授けになって「このお米を地上にたくさん実らせ、豊葦原瑞穂の國を統治しなさい」と御命令になる。邇邇藝命は、その稲穂を奉持して、真床追衾(まとこおふふすま)に包(くる)まれて地上の高千穂の峰に天降られる。真床追衾とは、床を覆ふ夜具で、おくるみ(赤ん坊を抱く時、衣服の上からくるむもの)のやうなものである。
日継の皇子の御魂と天照大神と神霊と稲穂の霊と一体となり、皇子が日の御子(現御神)としての神聖性を開顕されるまつりである大嘗祭においても、天皇は真床追衾に包まれるといふ。(折口信夫氏の説。異論もある)大嘗祭によって新しい天皇が、先の天皇と同じやうに神と一体となられるのである。つまり御歴代の天皇は、御肉体は変られても、「やすみししわが大君 高照らす日の御子」といふ神聖なる本質・神格は全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。
大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事実の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一体になられる「おまつり」であり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。大嘗祭は、この歌が歌はれた持統天皇の御代から行はれるやうになったといふ。
人麿のこの歌は、新しい天皇となるべき御方が出現されると、その父であられた御方はお隠れになっていくといふ意味で、大嘗祭或いは天皇の神格の再生・復活のことを歌ってゐるといふのである。言ひ換へると、この歌は、輕皇子は草壁皇子の復活であり再来であるといふことを歌ったといふのである。
しかしこの説には異論がある。この歌は草壁皇子を偲ぶ歌で、その思ひの象徴として太陽が昇りかけ、月が沈み行く実際の景色を詠んだのであり、草壁皇子は天皇に即位されてゐなかったから大嘗祭と結びつけることはできない、といふのである。
ただし、持統天皇の皇太子であられた草壁皇子は、日並皇子(ひなみしのみこ) と尊称された。「日並」とは、日の神と並ぶといふ意であり、日の神である天照大神の地上における御代理であらせられる天皇と並ばれるといふことで、日並皇子とは摂政皇太子のことである。ゆへに、天皇と同格と考へても誤りではない。
大嘗祭のことを歌ったかどうかはともかく、輕皇子が御父・草壁皇太子が生前よく狩りをされた阿騎の大野で、父君追慕のために御狩りをされた時に人麿が詠んだ歌なのだから、「日」と「月」に輕皇子と草壁皇子の面影を拝したことは事実である。そして、明け方の神秘的情景の中で、「今」と「昔」、「現実」と「過去」が交錯し二重写しになってゐる歌である。