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この頃出した手紙・この頃思ったこと

四宮正貴

 

この度は、お心に掛けていただき、御句集を御恵贈賜り、まことに有難うございます。心より御礼申し上げます。

未だ全ての御句をゆっくりと拝読させて頂いてをりませんが、先生のおやさしいお人柄の滲み出たしみじみとした句が多く、心洗はれる思ひで拝誦仕りました。

御句集全体に先生の敬神尊皇の思ひ・御家族への愛・自然への慈しみのお心が切々と表現されてゐると思ひます。

「歳旦の千木中天に積もる雪」

「祖父の印曽祖父の印書を曝す」

「ふと父に会ひたくなりぬ鰯雲」

「初参賀小旗が渡る二重橋」

「弔砲の心に寒き雨降りぬ」

「雪被き杜の奥処に憲兵碑」

「老境に入りし同期の桜かな」

「英霊の声聞こゆがに花の宮」

「神となりし兄に捧ぐる秋灯」

「散る花や虜囚拒みし兵の遺書」

などの御句に感銘を覚へました。

これから一句一句ゆっくりと拝読させて頂きたく存じます。

巻頭に掲載されました小堀桂一郎先生の「祈願詞」まことに深い内容で、感銘深く拝読仕りました。

「今日の世界に於いて、秩序の安寧と理性の清浄な機能を保障し得るものは、依然として力であります。但し、凡そ力といふものが、そのあるべき様を實現するためには、人から畏怖されるのみならず、尊敬も受けなくてはなりません。その道理を御祭神の事績は實に明瞭に、また嚴粛に語ってゐるのであります。…この道理こそは、明治の聖代が我等後世の徒に遺し置いた重要な教の一つでありませう。我が國のみならず、廣く現代世界が直面する様々の難しい政治的局面に於いて、先づ要求されるのはこの教えを身に帯しての果敢な決断と實行であります。」

武勇と道義とを一身に於いて体現された明治の軍人が乃木希典大将であられたと思ひます。今日、我が國に於いてそしてアメリカ・支那などのいはゆる軍事大国に於いてもこの精神を学ぶべきであります。

さらに、佐竹義宣氏の「『乃木大将放蕩論』を排す」も大変勉強になりました。司馬遼太郎氏は肝心要のところでおかしな議論を展開され歴史を誤り伝へてをります。小生は『翔ぶがごとく』を拝読しましたが、やはり肝心のところで西郷南洲への理解が不十分のやうに思へました。ただ、最晩年の台湾紀行は素晴らしかったと思ひます。

台湾人にも、国民党・連戦・宋楚瑜を支持する人が多いことに驚いております。

やはり戦後半世紀以上にわたる国民党の台湾支配の結果であろうかと考えております。中国人意識が植え付けられているのでしょう。マスコミ・教育界はまだまだ国民党の影響力が強いと言われております。

羅福全氏の後任の許世楷氏も台湾独立運動の闘士で、長らくブラックリストに載っていて台湾に帰国できなかった方です。民進党政権が長く続くことを祈りおります。

日本の台湾の連帯が、アジア平和の基であります。わが國の安全確保のためにも日台同盟が大切です。

中曽根康弘氏は、国防問題などではなかなか良いところもある政治家ですが、根本のところでおかしい。特に「昭和天皇退位論」者であったことが大きな問題です。

それにしても、御皇室をお護りするいわゆる藩屏がなくなってしまった今日、様々な由々しき事態が起こってきております。皇室は国家の根幹であります。

戦争直後の戦勝国による日本弱体化策謀の一環としての皇室弱体化が今日、花開き実を結んでいるとしか思えません。

ともかく、わが祖国日本の危機的状況は尋常ではありません。小生も微力ではありますが、一層言論活動に精進致したく存じております。今後とも何卒宜しく御指導御鞭撻下さいませ。

小生が以前から考えてきたことなのだが、戦後において「國家神道批判」が横行し、神社神道への批判や反感が一部の勢力に根強くあるのは、戦前戦中の國家権力による宗教統制に行き過ぎがあったからではないか。

大本弾圧などにおける治安当局のやり方(拷問致死・教団施設の徹底破壊など)は、まったく日本の大らかなる伝統信仰・神道精神に反する行為である。天皇絶対敬神崇祖を説き「天皇機関説排撃運動」を行なった皇道大本や、現人神信仰を持ち「天皇中心主義」を唱えた創価教育學會が、戦後「左傾化」したのは、戦時中の弾圧にその原因があるのではないだろうか。獄死した牧口常三郎氏は、現人神信仰を持ち、靖国神社にも参拝していた。

一神教は、多神教を「野蛮であり非理性的」としながら、他の宗教を信じる人々に対してそれこそ非理性的にして野蛮な排撃、殺戮を行なった。否、行なったのではなく、今日唯今も行なわれている。

昭和十年代の日本においても、一神教的思考が幅を利かせてきて、闘争的にして非寛容な状況が生まれたのではないか。それが言われるところの「國家神道の幻想」である。こうしたことの原因についてはこれから探求しなければならない。大正期以後わが國に國體否定の共産主義革命思想が侵入して来たこと、近代以後の西洋化がその原因ではないかと考えている。

しかし、それは「神社神道」すなわちわが國伝統信仰そのものが非寛容にして排他独善なのではない。國内外の危機的情勢が、本来寛容にして包容力のあるわが國、とりわけ権力機関に、一時的にそういう「衣」を着せてしまったのである。

浄土真宗及びその信者が明治維新に貢献し、明治政府の宗教政策に大きな影響を及ぼしたということは、葦津珍彦先生の著書そして新田均氏の著書によって學んだ。

小生は、高校時代、帝都日々新聞社主・野依秀市先生の書生をしていた。野依秀市先生は、浄土真宗の熱烈な信者で、『絶対の慈悲に浴して』など数多くの仏教書を著された方である。その野依先生は、紀元節復活運動を全國的規模で展開された。また、『風流夢譚』事件では、中央公論社糾弾運動を行なった。「愛國の快男児」と言われ、戦時中は米本土爆撃論を唱えたし、東條内閣を批判して新聞発行禁止になった。それこそ愛國心の塊のような人だった。野依先生の戦後愛國運動に残された足跡は大きい。

その野依先生が強烈な真宗門徒だったのである。浄土真宗が反日・反皇室の教団ということはない。ただ、最近の真宗の中には、反靖國・反皇室の動きを示す輩が多いのは事実である。それは愛國敬神思想の強烈だった日蓮の系統を引く教団に、國家軽視・反靖國神社の姿勢をとる創価學會が存在するのと相似である。

紀元節復活運動は丁度小生が書生をしていた時に展開されたが、生長の家の谷口雅春先生、そして憲法學者で日蓮主義者(田中智學氏の令息)の里見岸雄氏も協力し、演説會を何回も行なった。日蓮宗と念仏は教義上絶対に相容れないと思うのだが、野依氏と里見氏は相協力した。野依氏が『創価學會を折伏する』という本を出版した時、里見氏も原稿を書かれた。『討論天皇』という書籍も野依氏の経営する出版社から出した。

また戦前戦中、野依先生は「國體知らぬ生長の家の神思想を批判する」として大々的に谷口先生を攻撃した。これは、天照大神そして日本天皇を絶対神として拝する谷口先生の「天皇絶対論」「天照大神絶対神論」を批判したのである。

しかし、戦後になって、野依先生は谷口先生と共に愛國運動を展開した。谷口先生は野依氏の主宰する『帝都日々新聞』そしてその後身の『やまと新聞』に原稿を書かれた。尊皇愛國の大義の前には宗教対立などは雲散霧消してしまうのが日本の國柄である。

「食は文化だ」とか言って美食を喜び自慢する輩がいるが、「国語」こそ文化の粋である。また食が文化だという事はなにも美味い物、贅沢な物を食すことではあるまい。

昔、吉田茂総理(当時)が李承晩大統領(当時)と会談した時、吉田氏が『韓国にはまだ虎はいますか』と聞いたら、李氏は『加藤清正に退治されてからいなくなった』と答えたという。

ことほど左様に韓国の反日家は、悪いことは何でも日本のせいにする。禿山の多いのも、朝鮮戦争に苦戦したのも日本が援助しなかったからだという。禿山が多いのはオンドルの燃料に木を使いつづけたからであり、朝鮮戦争当時は日本はまだ独立していなかったし、自衛隊すらなかった。当時の韓国軍人の中には『日本人が武器を持って救援に来たら北朝鮮軍と一緒になって日本と戦う』と言った人もいるという。

しかし、私の体験では韓国人の一人一人の本心はそんなに反日的ではない。むしろ韓国の近代化は日本のおかげだと思っている知識人は多い。何年か前、韓國を訪問した時、三・一独立運動が発生したパゴダ公園に行った。そこには数多くの老人たちが日向ぼっこをしていた。何か文句を言われるかと思ったら、『よく来てくれました』と歓迎された事がある。実際に日本統治時代を経験している人には日本を懐かしがっている人が多い事は事実である。

また、何かの問題で反日運動が起っていると報道されていた頃にソウルへ行った時、タクシーや喫茶店は日本人客を断るなどと言われていたが、全然そんな事はなく、かえってホテルの前で客待ちをしているタクシーの運転手が、日本人客の奪い合いをしていた。  

私宅の近くに講談師の宝井馬琴先生が住んでおられた。先生の晩年、駅でお會いした時、「四宮君。日本には今右翼はいるのかねえ。いるのなら何故田中角栄は生きているんだい」と言われたことがある。

以前、防衛庁が情報公開請求者の個人リストを作成していたことが問題になったことあるが、國防の任に当たる組織・役所がそのような事を行なうのは当然だ。それがいけないというのなら、治安維持のために情報収集活動を行なっている公安調査庁も警視庁公安部なども廃止しなければならなくなる。

小生は以前、都議會の警察消防委員會を傍聴しようとしたら、何と警視庁暴力団対策課の警察官三名に『何故傍聴するのか』などと威圧を加えられた事がある。國防や治安関係の官庁が組織防衛に気を使うのは当然だが、これは明らかに公務員職権乱用罪にあたる違法行為である。告訴しようかとさえ思った。警備公安の警察官が声を掛けて来るのならまだしも、何ゆえ暴対課の警官だったのか。今もって怒りは収まらない。

 

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