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最近出した手紙から
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宗教家への手紙
内田良平先生が権力側の謀殺の犠牲になられたということ、あり得ることと思います。戦前の権力は実に恐ろしい体質をもっていたことは確かです。そしてそれは戦後になっても充分に反省されてはおりません。
あれほどの犠牲者を出した大本教弾圧も正しい歴史的清算が為されていないと思います。やはり、無道・非法な拷問を実行した当局者は厳しく糾弾され法的に裁かれるべきであったと思います。それが為されず半世紀以上も経過してしまいました。残念なことです。これは宗教上の愛と赦しとは別の次元の問題だと思います。権力犯罪は繰り返されるのです。
過去のことを蒸し返すのはどうかと言う人もいるかもしれませんが、これは過去のことではなく、今日唯今の問題だと思います。今日の治安当局も戦前ほどひどくはないでしょうが同じような体質を持っていると思います。刑務所におけるリンチ致死事件を見てもそれは明らかです。
こんなことを申し上げる小生はおかしいのでしょうか。ただ、無抵抗の人を違法・無道に痛めつけて、殺したり、精神異常を来たさせたということが不問になった事はどうしても納得ではません。出口日出麿氏や小林多喜二氏をはじめとした多くの犠牲者の無念を思うと本当にお気の毒に思います。これは犠牲者の思想云々とも別次元のことです。いかなる逆族であったとしても等しく陛下の赤子であり神の子です。言向け和し、まつろわざる場合は、法と正義に照らして処罰するべきであって、無法な暴行凌虐は許せません。
唯今、内田良平先生の『黒龍澗人歌集』を拝読いたしております。大本のことを詠まれた歌がありました。
「栄え行く松の大本切り倒し跡方もなくなさんとすらん」
「瑞月師を懐ひ 曇りなき月も獄屋に入る影の暗く見らるゝことの悔しさ」
「世を挙げて罵る声の浅ましや正しき人を悪しざまにして」
などです。
また内田良平先生の『時代思想を顕現せる天理教と大本教』(昭和十一年二月発行)という書を発見し、早速読んでおります。
その結論部分で内田氏は「大本教愛善運動の欧米進出と黒龍会の地下運動とは相俟って、天皇主義即ち惟神の皇道をして益々外国人の間に了解せしめ、光は東方よりの預言も日本を宗主国たらしむる思想の実行上に顕現すべき形勢を誘致していたのであった。惜しい哉大本教の厄難、私の病患、天運未だ熟せないのであるか。否乎」と書いておられます。
また次のような歌ものこされています。
「出口瑞月師来たる談偶々時事に及び
天神地祇ともに怒りて大祓ひ清め給はん時近づきぬ」
やはり王仁三郎氏と内田氏の連携は大いに権力側を震えあがらせたものと考えられます。
ともかく「大本弾圧」は日本近代史上の大問題であります。日本近代の覇道化=皇道の隠蔽・忘却という大問題と関わっております。
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ある政治家への手紙
中曽根康弘氏には色々批判があります。特に靖国神社公式参拝問題では強い批判を持っています。しかし、憲法・国防・外交などではまともな姿勢を示してきた政治家であると思っています。中曽根氏は戦後政治史を体現する人物です。総理総裁を経験し、宮沢氏よりもずっと国家に貢献してきた人に定年制を適用して強引に引退に追い込むということは許されません。
そもそも政治家に定年などありません。国民に支持されればそして本人にやる気があれば何歳になっても政治家を続けることができるべきです。ましてこれから高齢化社会になるのです。高齢者の政治家は増えるべきであって、減らすべきではないのです。高齢者を大切にしない社会にしてはなりません。小泉氏のやり方は許し難いと思っています。
今回の中曽根切り捨ては、福中上州戦争の怨念晴らしのような気がしてなりません。小泉という人は改革とか恰好の良いことを言っていますが、なかなかしたたかで、結局旧福田派の覇権確立・自民党支配を達成したのです。
まあ、そんなことは私にとっとはどうでもいいことですが、旧福田派は改憲・自主憲法制定に執念を燃やしていた岸信介氏の系統です。であるならば、恩讐を超えて改憲派の中曽根氏を大事に出来なかったのでしょうか。ともかく政治家の資質の低下はひどい。年配者を平気で切り捨てるような人を信用することは出来ません。
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ある歴史学者への手紙
先生ご指摘のとおり、終戦時に自決された方々は、死して護国の鬼となられたのだと存じます。自決現場を訪れた際、御霊たちは、今も日本を護って下さっていると実感致しました。ただ問題なのは、そうした御霊たちのお心を今の国民の殆どが顧みることなく過ごしていることであります。
ご高説の通り、今日の日本の頽廃と混迷の根本原因は、戦勝国(アメリカとソ連)及びその手先による日本民族の精神基盤の破壊にあると思います。貴先生の仰る『思想統制』『東京裁判史観』はその典型です。戦後に行なわれたそうした日本弱体化策謀が、敗戦後五十有余年を経た今日、花開き実を結んでいるのであります。
憲法問題・経済問題・国防問題・教育問題・外交問題等々の根本にあるのは、日本国民が民族の誇り・日本人としての自覚を喪失したことにあります。
小沢・羽田・菅・小泉・鳩山兄弟といった「政治家」(彼等に言葉の本当の意味における政治家の資格があるかどうか疑問ですが…)はまさに、貴先生の仰せの「戦後の亡国教育の洗礼を受けた世代」です。小沢や鳩山はたまたまオヤジや祖父が自民党の有力政治家だったからその地盤を引き継いで「政治家」になったのだと理解しています。彼等に本当の愛国心・國體護持の心・尊皇心・伝統精神があるとは思えません。つまり真の「保守政治家」ではないと思っております。
そういう世代の人々が政界のみならず、官界・教育界・言論界・学界・宗教界・財界を支配しているのです。だから今の日本はおかしくなっているのです。
先生の言われる「そういう人が通り過ぎた後の人」に期待するという意味では、安倍晋三氏に期待が持てるかな、と思っております。野党では西村眞悟氏だと思います。
小生は、江畑謙介氏が核武装反対論者であったことに驚きました。小生は、国力の具現化、また戦争抑止力として日本も核武装を視野に入れるべきと思います。しかし、アメリカが容認するかどうか疑問です。
戦前の日本が、「軍国主義国家」ではなかったというのは全くその通りと思います。それは、『青い背広で』『東京ラプソディ』『ああそれなのに』『もしも月給があがったら』『マロニエの木陰』など戦前に流行った流行歌を見れば一目瞭然です。こういう歌は軍国主義国家では許されません。
日米全面戦争が開始された昭和十六年十二月八日以後は、軍国主義国家というよりも國を挙げて軍事体制になったということでしょう。仰せの通りそれは「戦争の真っ最中なのだから当然」であります。
小誌に対して身に余るご評価を頂き恐縮致しております。今後とも御指導御鞭撻の程伏してお願い申し上げます。