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私のメインアーム遍歴

TOP64式

TOP 64式

ここで、管理人のメインアーム遍歴を語ってみたい。

私が、初めてエアガンを使ったサバイバルゲームに足を踏み入れたのは、小学校卒業間近、元号が昭和から平成に変わった頃だった(歳がばれる…)。サバゲというよりも、子供の鉄砲ごっこと言った方が相応しいが、これが何とも面白かった。最初は大人しく借り物を使っていたが、間もなく自分の銃が欲しくなり、初めて買ったのが、東京マルイのエアコッキングのルガーP08だった。ルガーにしたのは、値段が安いということもあったが、当時既に旧日本軍の軍装に興味があり、日本の南部14年式に似ていたせいだった(同じシリーズで、ズバリ南部14年式が出ているのを当時は知らなかった)。

その後、ガスガンならフルオートができることを知り、マルゼンのUZIピストルに手が伸びた。しかし、これが程なく壊れてしまう。1年のブランクの後、今度はKG9を買った。UZIピストルはフルオートしかできないが、KG9はセミ/フル両方の撃ち分けができる。この時、ガス代が勿体ないと思ったので、ポンプ内蔵のプラ製エアタンクも併せて買ったのだが、これが曲者で、金属製の2〜3万する本格的なエアタンクとは違って空気圧が低いため、すぐにエア切れになってしまう代物だった。1マガジン撃てる程度だったように思う。同じ歳の従兄は、同様のエアタンクをJACのMP5A5に繋いで使っていたが、こちらはもっと酷かったようだ。

そんなわけで、東京マルイから電動M16A1が出たときは、すぐに飛びついた。銃外部にエアタンクを付ける必要はないし、しかも1回の充電で3000発近く撃てるという経済性が魅力だった。以後、長物のガスガンは買っていないが、いつの間にかJACやらアサヒファイアーアームズ等のガスフルオートの雄は消え、東京マルイの電動ガンの時代となっていた。

電動M16A1には長いことお世話になったが、その後自衛隊装備に合う銃が欲しくなり(私が初めて買った迷彩服は、当時まだ珍しかった自衛隊新迷彩のPX品だった)、アームズマガジンのガンスミス記事を見ながら、リーダーの某氏と共謀し、大学受験勉強を放ったらかしにして89式小銃を作ることになり、M16は89式に化けてしまった。出来はまぁまぁであったが、MP5等の完成品と並べると明らかに見劣りした。しかも、ゲーム中、木の切り株の上に落とし、大破させてしまった。

大学受験そっちのけでガンスミスに明け暮れたツケが半年後の春に浪人という形で廻ってきて、1年間この趣味を封印していたのだが、浪人している間にTOPから64式小銃が出たので、2度目の受験を終え、進学先の目処が付いた直後に買いに行った。東京マルイ以外の電動ガンに手を出すことに一抹の不安はあったが、不安は的中。外観は良いのだが、内部のメカは東京マルイには遠く及ばない信頼性のもので、まずセミオートがかからなくなり、そのうち全く動かなくなった。

結局、ゲームでは、米軍貸与品と割り切ってM16A2を使うことにした。M16A2には、64式にマルイメカを組み込むまで、約6年間お世話になったが、2005年に64式のマルイメカ換装改造が完了すると、予備兵器に格下げ。さらに2006年、待望の89式が東京マルイから発売されると、完全に余剰兵器となってしまい、二束三文で売却してしまった。

待望のマルイ89式は、発売と同時に手に入れた。M16ベースで89式を自作してから12年の歳月が流れたが、出来は期待以上の素晴らしいもので、ようやく自分が求めていた銃に辿り着いた気がした。手に入れた日は、一日中舐めるように眺めていた。

なお、マルイメカに換装し、サバゲでまともに使えるようになった64式は、改修1年で予備兵器となってしまった。64式の改造は、いろいろ得るものが多かったので、無駄なことをしたとは全然思っていないが…。
(2007/7/8)

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