「ベルセルク」
白泉社/三浦健太郎

 

<過去と現在の類似>
 圧倒的な画力と表現力、魅力的なキャラクター、深みのあるストーリー展開で読み手を引きつける「ベルセルク」。様々な謎が登場し、その多くにはまだ明確な答えが出ていない。
 今回は、過去(鷹の団編)と現在との間に見受けられる、様々な共通点を取り上げ、分析してみる。

1.シスとキャスカ
●シス――登場した時点で気が狂っており、木に吊された死体から生まれ落ちたガッツを拾った。ガンビーノに「捨ててこい」といわれても抵抗し、結局ガッツを自分の子供のように扱っていく。彼女はその後、ペストにかかって死亡。
●キャスカ――現在、蝕の恐怖によって気が狂っている。そして彼女が、産んだ赤子を大事に抱き抱えるシーンがある。ガッツがこの“呪われた赤子”を殺そうとすると、必死の形相で抵抗する。

 赤子が実の子であるかどうか、という違いこそあれ、両者の行動は非常に似ている。発狂と保護行動。

2.ガッツとガンビーノ
●ガンビーノ――ガッツを「呪われた子」と考えていた。時には気まぐれからか、彼に傷薬を渡すなど優しい行動もとっているが、基本的に冷たい。ガッツに殺される直前に吐いた言葉は、「悪いことが起きたのは、すべておまえ(ガッツ)のせい」。愛人のシスは、流産をきっかけに発狂している。
●ガッツ――自分の子供を「呪われた子」として忌み嫌い、殺意を抱いている。ガッツが唯一愛した女性はキャスカであり、彼女は現在、気が狂っている。

 また、両者とも自分が愛する女性が苦しんでいるときに、敵と戦い続けていた(ガンビーノは病床のシス、ガッツは地下牢のキャスカ)。後になって、人からそれを責められる点も同じである。
 また、戦いの中で身体の一部を失っているのも、二人の共通点といえるかもしれない。
 これらの要素で違う点があるとすれば、ガッツがキャスカを守るために戦っているということだろう。ガンビーノはそれをする前にシスを失っている。

3.ガッツと“呪われた赤子”
 双方ともに“呪われている”と言われ、父親から拒絶される。それでも好かれようと必死に努力するが報われることはない。
 両者とも母親から愛情を、父親から殺意を向けられている。
 なお、呪われた赤子の「好かれるための努力」とは、ガッツが憎んでいる魔物たちを呼び出し、彼に殺させることである。実際はそれによってガッツを苦境に立たせているだけなのだが、髑髏の騎士いわく、「魔は魔なりのやりかたで親を慕う」。

<類似点から見る今後の展開>
 以上の点を総合して考えると、次のような展開が予測できる。

1.キャスカの死亡
 キャスカは呪われた赤子のせいで死亡(とガッツは考える)し、ガッツが赤子への憎しみを増大させる。シスの死亡、及びガンビーノの考え方に対応。

2.ガッツが“呪われた赤子”に殺される
 己の子を殺そうとしたガッツが、逆に殺される。ガンビーノの死に様に対応。

 しかしガッツは17巻において、キャスカを救い、守ることを決意した。手遅れになる前にその意志を固めたという点が、シスに何もしてやれなかったガンビーノとは異なっている。ここで注目すべきなのは、ガッツが自らの行動によって運命を変えようとしていることである。
 髑髏の騎士が言うように、この世界は「律」という運命に支配されている。その中にあって唯一、ガッツだけが運命に抗って生きている。
 過去と現在の相似が「律」によって定められたものであると仮定すると、この運命をガッツがどう打ち破るかという点が、作品の重要なポイントになるだろう。
 そして「律」は、すでに彼の手によって変えられつつあるのだ。

<テーマに沿ったエピソード>
 ロストチルドレンの章において、ジルという少女をガッツが助ける。無力な少女が己の置かれた状況を変えるために立ち上がるところで、この物語は終わりを迎える。
 これもまた、運命に立ち向かうというテーマに沿ったものと考えることができる。

<グリフィスがゴッドハンドになった理由>
 ミッドランドを手中に収めるため、と考えられる。作品中でも、彼の精神世界が描かれ、それを表現している。しかし、本当にそれだけだろうか。
 グリフィスはかつて、シャルロットに「夢の前に立ちふさがる者がいれば、私に対してでも全身全霊をかけて立ち向かう“対等の者”こそ、真の友」と発言している。ガッツが鷹の団を抜けたのは、このセリフを聞いたのがきっかけとなっている。
 この言葉は、恐らくグリフィス自身にも当てはまる。彼はミッドランドに捕らえられて以来、拷問によって身体を損傷し動けなくなった。そのせいで、唯一の友と認めていたガッツに、遠く及ばない存在に成り下がったのである。
 つまりグリフィスは、ガッツと対等になりたくてゴッドハンドになったのではないか。
 ガッツがゴッドハンドとなったグリフィスと戦い、倒したとき、ようやくふたりは「対等の存在」になれるのではないだろうか。

 もうひとつは、純粋にガッツを消したいがためにゴッドハンドになったという可能性だ。
「ただひとり、ガッツだけが俺に夢を忘れさせた」というグリフィスのセリフがあった。夢を追うために、ガッツという存在を自身の中から消すという意味にとることもできる。
 しかし現在、グリフィスがミッドランドを手中にするために行動しているようには見えない。
 グリフィスは蝕において、ゴッドハンドたちが待つ巨大な手からガッツが転落したとき、彼を助けようと手を差し伸べる。そして、彼を支えきることができなかった(ここでも、グリフィスとガッツの関係が対等ではないことが強調されている)。
 加えて、ゴッドハンドとなった後、髑髏の騎士やキャスカもろともガッツを殺せる状況にありながら、彼らを見逃している。
 ガッツへの感情が純粋な殺意ではないことが、繰り返し表現されているのである。するとやはり、グリフィスがゴッドハンドになったのは、友であるガッツへの想いからであるという考え方が可能になってくるのだ。

<この作品は、誰についての物語か>
 様々なキャラクターが登場する本作であるが、中心にいるのはガッツとグリフィスである。キャスカやパックも重要な役どころだが、あくまでも二人を引き立たせるための存在だと考えるのが妥当だろう。
 ガッツは蝕におけるグリフィスの裏切りに憎しみを抱き、彼を狙い続ける。しかしその行動理由が憎しみだけではないという点は、繰り返し描かれていることである。今でもガッツは、鷹の団で過ごした日々を大切に思っているのは間違いない。グリフィスに対しても、特別な友であるという思いを捨てきれずにいる。
 対するグリフィスもガッツに特別な感情を抱いている。
 互いが憎しみの対象でなくなったとき、以前のように無二の親友に戻れたとき、それが二人の関係の終着点となるのではないか。
 それがどういった形で訪れるのかは分からない。しかし、ベルセルクという作品は恐らくそのときに完結するのだろう。

(2000/09/11)


追記
 いろいろ書いてはみたものの、やはりまだ分からない点は多かったりします。
 コミックが発売されて分かったことがあったら、ちょくちょく追記、訂正をしていくかも。

2002/10/31
▼その後
 更新しない間にコミックスが数冊発行されました。グリフィスが国を手に入れるために活動を開始しているため、すでに上で書いたことが崩れ始めてます。
 が、基本的なテーマについての考え方はまだ変わってません。はい。

2004/08/06
▼ベルセルク27巻感想

 新キャラである恐帝。登場してきた回で必要な要素をバッチリ提示している。三浦氏はネームの時点でも相変わらず上手い。

 一方のガッツ。鎧のせいでますます人間離れ。パックの心配といい、「人間でなくなる(使徒になる)」可能性の暗示なのか――作品の主題と併せて考えれば、あり得るともいえるし、あってはならないともいえる。どちらだ? ベヘリットや呪われた赤子の存在も気になり、目が離せないところ。仲間たちがそこに関わるのは間違いないが、絆を深めれば深めるほど蝕の再来が予想されてしまう……。

 シャルロットとグリフィスの再会。恐帝との対比でホッとさせるシーンになっているが、この先の展開はただ安らかなだけではないはず。かつてシャルロットに会いに行ったグリフィスは、ガッツとの別離に呆然としたままだった。グリフィスがシャルロットを手中に収めたのは、自分が目指すもののために必要だからだと思われる。そこに愛情があるとは思えない。

 さらにファルネーゼ。なんと魔術を習うという衝撃的な展開に。魔女狩りという体験をしてきた彼女が、自ら魔女になるという選択。セルピコが(冗談めかしたリアクションだが)愕然とするのも当然。極めて重要な転換点になるのは間違いない。滅びの予兆か、それとも運命を切り開く道となるのか?

 前後するが、ガッツの精神に飛び込んでいったシールケ。ガッツの声――「斬・戦」「敵・使徒」「敵・友」「グリフィス」――グリフィスを憎い敵だと考えながら、どこかで彼を友と思い続けていることの表れではないか。たった一コマだが、ガッツの本当の声という意味で重要だろう。

 それにしても、兜が外れた時のガッツや海辺のキャスカはいい表情だと思う。

2009/10/03
▼ベルセルク34巻感想と考察

 素晴らしい。
「蝕」以来の衝撃だった。
 戦魔兵の正体に恐怖し、グリフィスに疑いを向けた人間たち。
 そして鷹の団に起こった転換点――人と使徒の融和。
 両者が手を携えて戦う姿は、恐らくガッツとグリフィスの関係に重ねられている。
 これは二人の先にある物語を強く予感させるものだ。
 フェムトへと姿を変えたグリフィスは、ガニシュカにこう言っている。

「闇の中でこそ 真の光は見出せる」

 かつてのグリフィスは、ガッツに去られ、拷問を繰り返される日々の中で何を見たのか?
 何が彼をゴッドハンドとしての転生に導いたのか?
 ――彼にとっての光とは、唯一夢を忘れさせる存在だった親友・ガッツではないのか?

 人と使徒は果たして真に結ばれるのか。
 それともやはり相容れない存在なのか。
 人でも使徒でもない新たなる脅威の登場は、融和のための理由となるのか。

 短く刈り込まれた台詞と、無言で様々な情報を伝えてくる圧倒的な画力。
 無駄なコマは何一つなかった。
 ベルセルク34巻、必読です。

 ――34巻が素晴らしすぎて、簡単な考察を交えつつべた褒めしましたが(笑)。
 苦言を呈すとするならば、ガッツたち一行の旅路が冗長になっていること。
 以前のように切れ味鋭くエピソードを描いて欲しい。
 ガッツと仲間の関係を深めることは恐らく必須事項なんでしょう。
 やがて訪れる「蝕」の再来に向けての伏線です。

 ……来ないで欲しいけど、「蝕」かそれに類する選択はガッツに訪れると思うんだ。
 ベヘリットや狂気に染まる鎧もその一環。
 彼はグリフィスと同じ選択をするか否か?

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