「さ、見てやって下さい」
そう言われて覗き込むと、柔らかい布に包まれた赤ん坊はぱちりと目を開けて京梧を見返してきた。抱き上げると居心地が悪いのか、もぞもぞと動くものの泣きはしない。
「なかなか元気じゃねぇか。三月目くれぇになんのか?」
夫婦は幸せそうに頷いた。
「ええ、一番寒い頃に生まれたんですよ。予定じゃもう少しお腹の中に居るはずだったんですけど」
「はは、そりゃあ待ちきれなかったのかもしれねぇな」
そう言うと、傍らに居た少女が不満そうに口を尖らせた。
「あんまり急ぐから、お祝いの準備しないうちに生まれちゃったの」
頬を膨らませながらも、赤ん坊を見る目は優しい。それを示すように、
「いいじゃねぇか、その分早く会えたんだからよ」
という京梧に、すぐに笑顔になって頷いた。
「うん!」
その場に流れる柔らかい空気に、京梧もまた妙に優しい気分になった。
随分と久しぶりに訪ねた家で、出迎えてくれた若夫婦は、挨拶もそこそこに報告があると京梧を部屋へ招き入れた。
そこに大事そうに寝かされた赤ん坊が、若夫婦の『報告』だったのだ。
「ちょいとのつもりが、随分御無沙汰しちまった。知ってりゃ、なんか祝いを用意したんだが…すまねぇな」
「そんなこと、気にしないで下さい。こうして会いに来て下さっただけで嬉しいんですから」
微笑む妻に夫も頷き、そしてちょっと含むような笑顔になった。
「それに…実はもうお祝いはいただいてるんですよ」
「あん?」
覚えのない京梧は眉を寄せたが、目の前の家族はね、と微笑んで頷き合った。
「ええ、とてもいいものを」
「そうそう、貰ったのー」
訳が解らずに肩を竦めた京梧に、夫が少し改まったように京梧の腕の中の赤ん坊を示し、こほんと咳払いをした。
「紹介します。我が家の新しい家族、京一です」
目を瞬かせる京梧に、妻が優しく笑う。
「本当は名付け親になっていただきたかったんですが…どうしても連絡が取れなかったので。京士浪さんの字を一つ、いただいたんです」
「きょーさんみたいに、強くなりますように、で、きょーいちなの!」
少女の元気のいい声に、京梧はふ、と口元を緩めた。
「そうか。蓬莱寺、京一、か……」
その響きは、今はもう誰も呼ぶ者の無い名前に似ていた。
「いい名前、だな」
京梧の言葉に反応したかのように、腕の中の赤ん坊はびくっと震えたかと思うと、途端にぐずり始めた。
「あらあら」
慌てて腕を伸ばす妻に赤ん坊を返すと、京梧は笑ってその頭を一撫でした。
「いい、名前だ」
早咲きの桜が、ちらほらと花をつけている。
その中を、京梧はゆっくりと足を運んだ。幸いにも、この辺りのの景色は初めて来た時からさほど変わってはいない。移り変わりの激しいこの街は、住宅地といえど例外ではない。未だ似たような家並みに慣れたとは言えない京梧にとって、変化が少ないのは有り難い事だった。
「変わらねぇな、この辺りも」
この道を歩くのは、かれこれ3年ぶりになるだろうか。
意識していた訳ではないのだが、色々と厄介を片づけている内に気が付けば時間が過ぎていた。
一つ所には落ち着けない性分の京梧だが、どうしても足を向けてしまう場所もある。
人の良い夫婦が、思いだしたようにふらりと訪れる京梧をいつも歓迎してくれる事もあるが、一番の要因はこの場所そのものかもしれない。
嘗て、京梧自身を大きく変える闘いのあったその場所は、今では大きな建物と運動場を備えた施設に様変わりし、嘗ての面影はない。辛うじて、敷地の隅にある桜の古木に覚えがある、といったところか。
記憶より随分と太くなった幹に身を預けて、時折落ちてくる薄紅の雪を見上げる。
学校になっているという事を知った時は、少しくすぐったいような、安堵にも似た気持ちを抱いたのを覚えている。新しい時代と、それを担う若者を育てる事を何よりの望みにしていた女傑が、このことを知ればきっと喜ぶだろう。
あり得ないと知りつつもそんな事を想像してしまったのは、嘗ての自分に連なる場所が確かにあるということが、予想外に嬉しかったのかもしれない。
常ならば、感傷めいた気持ちは殆ど持たない京梧だが―――
この、場所は。
今の自分には遠い記憶と、何よりも懐かしく慕わしい存在を思い出させるから。
この、季節は。
互いにはっきりと言葉に出来ないものを抱えたまま、再会を約束して別れたあの時と同じ花が、迎えてくれるから―――
追憶に浸っていたその時だった。
微かに聞こえた異音に、京梧の意識は現実へと引き戻された。
見れば、周囲は既に薄闇に包まれている。
覚えている頃はまだ日があったから、予想外に長く意識を取られていたらしい。一つ頭を振った京梧の耳に、再び異音―――甲高い悲鳴にも似た声が届く。
「…めて…!」
声に含まれる切羽詰まったものに、京梧は身を起こした。門の辺りで、何人かの男達が何かを囲んでいる。その中心にいる人物に、京梧は眉を顰めた。
白い制服姿の明るい髪の少女と、それを庇うように手を広げる幼さの残る少年。その頬は、打たれたようにはっきりと赤く腫れ上がっている。
覚えのある顔だった。
「止めて!弟は関係ないでしょう!」
声を荒げる少女に、中心の男が猫なで声で応じる。
「ああ、勿論皐月ちゃんの弟に手を上げたくはねえよ。けど、ちょっと年上に対して生意気だからよ、ここは世間の厳しさってものを教えてやらないとな」
そう言うと、男は一転、見下す口調で少年に声を掛けた。
「ひっこんでろよ、ガキ。お前に用はねぇんだ」
「煩い、お前こそ帰れ!ねーちゃんに触んな!」
小柄だが、随分と威勢のいい少年である。割って入るつもりが、興味を引かれて京梧は足を止めた。
「そうはいかねーよ。俺はお前のねーちゃんに用があるんだ。びびって腰が抜ける前にどけ。それとももっと痛い目みねぇとわかんねーか?」
嘲るように言う男の言葉に、周りの男達もどっと笑い声を上げる。
「そうそう、ガキにゃはえーよ」
「引っ込んで、家でママに甘えとけよ」
「泣かしてやろーか?」
「やれるもんならやってみろよ!集団で女一人をつけ回すよーな奴らになんか、泣かされるもんか!」
「京一!駄目!」
慌てて少女が制するが、男達は少年の挑発に顔を引きつらせた。
「ガキが…言わせて置けば…」
「お望み通り、泣かせてやらあ!」
流石に、この辺りが潮時のようだった。
「ったく、どっちがガキかねぇ…みっともねぇから、その辺にしときな」
泣きそうに歪んでいた少女の顔が、京梧を認めた途端、喜色に彩られる。
「京士浪さん!」
喜びを隠さない少女の態度は、男達には不快なものだったらしい。
「なんだぁ、てめぇは…」
「今時、おかしなカッコしやがって…」
向けられる実に解りやすい敵意と、不審を混ぜた視線に、京梧は苦笑いを零した。
変われば変わるもので、今はこの国では着物を着ている人間の方が珍しい。着物は夏祭りか初詣の決まり物と考えているらしい彼らには、和装というだけで京梧の姿が何やらおかしなものに映るらしい。
「人の格好を云々する前に、てめぇのがよっぽどおかしかねぇか?」
「何おかしなこと言って…っっっ!」
京梧に向き直ろうとした男は、いきなり滑り落ちたズボンに足を取られ、前のめりにつんのめる。京梧は呆れたという風に肩を竦めてみせた。
「今時ってなぁ、ケツ出して歩き回るのが流行りなのか?悪いが、俺の好みには合わねぇな」
揶揄するような京梧の物言いに、その場の空気が一気に固くなった。
「この野郎…」
「俺達に喧嘩売るってのか?」
「てめぇ、何しやがったっ!」
悲鳴じみた問いかけは、ズボンを落とされた男のものだ。切られたベルトと布地にやっと気づいたらしい。勿論、京梧の仕業なのだが、すっぱりと切れた切り口に、男達はまた別の事を想像したらしい。
「まさかそれ…ホンモノなんじゃ…」
肩にある木刀に視線を当てられて、京梧は今度こそ本気で呆れ返った。
「馬鹿か、お前ら。破落戸相手に真剣振り回す程、俺は暇じゃねぇよ。それに…」
言葉を切って軽く木刀を一振りすると、京梧はにやりと笑った。
「てめぇら、木刀以下だしな」
「んだと…っっ!」
「うわ…!」
「な、なんで…」
落ちるズボンを慌てて掴み、次々と座り込む男達に京梧は人の悪い笑みを浮かべて言った。
「ガキは家でママにでも繕ってもらいな。喧嘩はそっからだな。但し…」
そこで言葉を切り、京梧は笑みを消して中心にいた男の前に膝を突いた。
「喧嘩は俺に、だ。この子らに手ぇ出したら―――わかるな?」
首筋にとんとんと当てられた木刀の感触に、男の顔から血の気が引いていく。
「―――行け」
「お、覚えてやがれっ!」
捨て台詞を残して、あたふたと両手でズボンを押さえて走り去る男達を笑いながら見送る京梧に、少女が嬉しそうに声を掛けた。
「京士浪さん、ありがとうございました!」
「皐月ちゃん、久しぶりだな。怪我はねぇか?」
「ええ、私は。でも、京一が…」
見れば、少年の頬は見事に腫れ上がっている。
「こりゃ、結構ひでぇな。冷やした方がいいか」
しかし、少年は首を振ってそれを拒んだ。
「平気だ、こんなの」
「平気って…何言ってんの、腫れてるでしょ?水で冷やした方がいいわ」
「平気だ!」
姉の言葉にも頑なに首を振る少年に、京梧はちょっと笑ってその頭を軽く叩いた。
「そうだな、男だしな」
その言葉に、少年は京梧をきっと睨みつつ頷いた。どうも、頭を叩かれた事が気に入らなかったらしい。
少年の性格を知っているのか、少女の一つ息を吐いて頷いた。
「わかった。じゃあ、帰りましょ?京士浪さんも、ゆっくりしていってくれるんですよね?」
「ああ、お許しが出ればな」
「わ、父さん達も喜びます!」
嬉しそうな少女とは裏腹に、少年は何処か張りつめたような表情を崩さない。それが妙に懐かしく、京梧は少年に見えないように上を向いて笑みを零した。
少女の予想通り、彼らの両親は久しぶりに訪ねた京梧を喜んで迎えてくれた。逆に、もう少し足繁く通ってくれてもいいのにと言われ、京梧は苦笑いして肩を竦める。
「悪ィな。気の向くままにあちこち流れてたら、足が遠のいちまってよ」
「京士浪さんは、本当に旅行お好きですよね」
「ええ、また色々な所の話を聞かせて下さい」
「今度はどこへ?また中国?」
和やかな空気の中で、一人唇を引き結ぶ少年にちらりと視線を走らせると、京梧は笑ってそれを了承した。
通された客間で、京梧は床につくでもなく、窓辺に腰掛けて外を眺めていた。実は先刻から戸口の辺りで気配がするのだが、なかなか入ってこようとしないのだ。
いい加減待つのにも飽きて、京梧は気配の主に声を掛けた。
「入ってきたらどうだ?なんか用があるんだろ?」
一瞬の沈黙の後、ゆっくりと戸が開いた。
予想通り、そこには何やら硬い表情をした少年が居た。
「どうした?難しいツラしてよ」
言いながら、京梧は改めて少年を見直した。
子供の成長は早い。
前に訪れた時は落ち着かない様子で好奇心一杯にまとわりついてくる子犬といった風情だったのだが、身体も大きくなり、挑むような目つきで睨んでいる今の姿は、以前とは随分違う。まぁ、大きくなったとは言っても、今も子犬には違いないのだが。
少年は立てかけてある木刀に視線を当てて、京梧を窺った。
「それ…触ってもいいか?」
袱紗を払い、それを投げてやると、器用に受け取った少年は、それを確かめるように握りしめる。少年の手には大きすぎ、重めに作ってあるそれは、先端が揺れて落ち着かない。それを差し出すようにして少年は京梧を見上げた。
「昼間…あいつらのベルトやったのはおっさんだよな?」
京梧は問いには答えず、おもむろに少年の頭を叩いた。
「ってぇ…なにすんだっ!」
「お前、俺の名前を知ってるよなぁ?」
笑顔で、しかししっかりと額を押さえて、ん?と聞けば、少年は恨めしげな目で京梧を睨みつつ言い直した。
「あれ、京士浪がやったんだろ?」
「お前には目上の相手を敬う気持ちはねぇのか?さんをつけろ、さんを!」
「いてぇっ!」
今度は拳固で殴ると、少年の表情は一層引きつった。
しかし、それでも律儀に言い直す。
「昼間のは、京士浪、さんがやったんだろ?」
「まぁな」
そう答えた途端、叩かれた痛みも消えたように少年の目が輝いた。
「これ、俺にくれないか?」
「あん?」
「そんで、俺にもあれを教えてくれよ!」
その剣幕にちょっと目を大きくした京梧だったが、肩を竦めて首を振った。
「止めとけ」
「なんでだよ!」
「ガキにゃ無理だ」
端的に言いきると、少年の表情が歪んだ。
「俺はガキじゃねぇ!」
口惜しそうに唇を噛む少年に、京梧は息を吐いた。
「ほれ」
軽く剣先を叩くと、手放しこそしなかったものの、木刀はふらりと揺れ、少年も膝を突きそうになる。
「しっかり持てもしねぇものを扱える訳ねぇだろが」
「…………」
言葉もなく俯いてしまった少年の頭をくしゃりと撫でて、京梧は尋ねた。
「なんでまた、そんなことを思った?」
「……………」
「それを、振り回したいだけか?」
重ねて問えば、少年は緩く頭を振った。
「あいつら…ずっとねーちゃんにつきまとってんだ」
京梧は眉を寄せた。あいつら、とは先刻の連中の事だろう。集団で女子供を囲む性根の曲がった連中だとは思っていたが、どうやら曲がっているのではなく腐っているらしい。
「ずっと、しつこく絡んでて、最近は酷くなってて…多分、また来る。ねーちゃんは女だから、俺が護ってやんないといけないんだ!だから、だから…」
思い詰めた表情で呟く少年に、京梧は溜息を吐いた。
「お前の、言い分はわかった」
ぱっと顔を上げた少年に、京梧はしかし淡々と言った。
「その気概は、まぁ、上等だ。けど、実際お前に何が出来る?今日の事一つ取ってみても」
「…………」
「あいつらを怒らせて、その間に皐月ちゃんを逃がすつもりだったらしいが……皐月ちゃんがお前を置いて逃げることが出来ると思ったのか?」
「でも、あいつらの狙いはねーちゃんなんだから…!」
「じゃあ、連中がお前を捕まえて皐月ちゃんを脅したら、どうなる?」
「……っ」
「それじゃあ何の解決にもならねぇ」
京梧は、殊更冷たく言い切った。
「ガキがどんなに粋がったとこで、今のお前じゃあいつらにはかなわねぇ。それは事実だ。もしあのまんま誰も来なかったら、お前はねーちゃんを護り切れたか?」
「じゃあ、だからってほっとけってのかよ!」
京梧の問いに、少年は怒りも露わに叫んだ。
「誰もそうは言ってねぇだろ。お前に出来る事をしろ、つってんだ。半端に振り回してどうにか出来るようなモンじゃねぇのよ、これはな」
取り上げた木刀をとんとんと示すと、少年はむっつりと黙り込んだ。
「皐月ちゃんの事は任せとけ。人の心配をする前に、自分の始末をつけられるようになるんだな。じゃなきゃ…」
「……わかった。もう、頼まねーよ!」
最後まで聞かず、戸板を蹴り出しそうな勢いで飛び出していった少年の背を見送って、京梧は溜息を吐いた。
よくよく考えずに姉を危険に晒した行為を叱るつもりだったのだが、子供相手に言葉が過ぎたようだった。
少年の言葉を聞くまでもなく、どうも諦めが悪そうな連中だと言う事は京梧も感じていた。だからこそ、馬鹿な事をしないように釘を刺すつもりだったのだが、どうも逆効果になった気がする。
「こりゃあ、あの坊主が突っ走らねぇうちにカタつけねぇといけねぇか…面倒だな」
そう零しつつも、京梧は不快になった訳ではなかった。己の無力さに足掻き、それでも走らずにはいられない少年の心情は、京梧にも覚えのあるものだったのだ。
「尻尾巻いて逃げ出さないのはいいが、判断はまだまだひよっこだな」
己が名を受け継いだ少年をそう評した京梧だったが、翌朝、その評価を改めることになった。少年は、京梧の隙を狙って木刀を持ち出してしまったのだ。
「ありゃりゃ…無謀の塊みたいな坊主だけど、行動力だけは一人前だな」
「あの子、まさか…」
昨日の少年の剣幕を思いだしたのか、青ざめる少女を安心させるように京梧はその肩を軽く叩いた。
「大丈夫だ、皐月ちゃん。坊主はちゃんと連れ戻してくるから。あいつが知ってる、昨日の連中が居そうなとこを教えてくれ」
探し回るまでもなく、最初に訪れた住宅街の公園で、京梧は目的の人物を見いだした。昨日の男達を前に、危なっかしい手つきで木刀を握りしめ、威勢のいい啖呵を切っている。
「とにかく、もうねーちゃんにはつきまとうな!」
「そんなことをわざわざ言いに来たってか?ガキの出る幕じゃあねーんだよ」
「その木刀…昨日のヘンな男の真似のつもりかぁ?」
「ふらついてんぞ、ガキ」
男達はにやにやと笑い、少年を取り囲む。
「でもまぁ、手間が省けた。お前が居るって聞けば、彼女も安心して出てきてくれるだろうしな。おい、皐月ちゃん呼んでこい」
そう指示を出す真ん中の男に、少年は苛立ったように木刀を突き付けた。
「勝手なこと、言うなっ!」
薄笑いを浮かべていた男は、突き付けられたそれを片手で掴んで少年を覗き込んだ。
「お前、本気でこんなもんでどうにかなると思ってんのか?てめーみてーなガキがこんなモン振り回したとこで、オレらをどうこう出来る訳ねーだろが、馬鹿が…」
男は木刀を奪い取ろうと引っ張るが、少年は必死にそれに食い下がる。
「放せ、コラ!」
「誰が…っっ!」
言うなり、少年は思い切り木刀を振り回した。
「わっっ!」
払われる形になった男が、前のめりにつんのめる。
「この…!」
「お前らなんかに、やられるかよっ!」
別の男が反動でよろめいた少年を突き飛ばして懐に手を入れた。取り出されたナイフに、少年が息を飲む。
「どうも、痛い目に合いたいらしいからな。構うこたねぇ、痛めつけてやれ!」
「そこまで」
殺気立った男達の動きが止まる。
京梧はゆっくりと男達を見渡しながら、尻餅をついたまま、呆然と京梧を見上げている少年の傍らに片膝をついた。
「この馬鹿!」
「いてぇっっ!」
容赦のない拳固を落とすと、少年の手から木刀が離れる。それを拾い上げ、京梧は殊更ゆっくりと立ち上がった。
「確かに、コイツは馬鹿だ。どうしようもない大馬鹿ってやつだな。でも、な……」
「てめーらの馬鹿さ加減は、この坊主とは全然違う。それこそ、痛い目をみないとわからないらしい」
す、と、足を踏み出すと、気圧されたように男達は一歩下がる。だが、今度は京梧もベルトで済ませてやる気は無い。
不穏な物を感じたのか、次第に強張ってくる男達をもう一度見渡して、京梧はにやりと笑った。
「その性根、叩き直してやる」
「次に、あの子らの前にその顔出したら…今度こそ、わかったよな?」
地面に倒れ伏し、動く気力もないといった男達に念押しすると、京梧は少年を振り返った。
「おい、大丈夫か?」
そう声を掛けると、座り込んだままで少年は京梧を見上げた。
「ったく、お前俺の話をどう聞いてたんだ?振り回しゃいいってもんじゃねぇって言っただろうが」
しかし、少年は京梧の言葉をまるで聞いていなかった。燃えるような、求めるような目で、京梧の手の木刀を見つめている。
その表情で、何を考えているのか聞かなくてもわかってしまい、京梧は苦笑した。
自分にも覚えがある、息の詰まるような焼け付くような気持ち。
強さに焦がれ、なかなか上達しない事への苛立ちをかき消そうと夢中になって剣を振るった時期は、自分にも確かにあった。
「強く、なりたいか?」
思わず零れた問いに、少年が驚いたように顔を上げる。
こういうのも、絆されたっていうのかねぇ。
正しくは、絆されたというよりも、嘗ての自分によく似た少年の進む先を見てみたいと言った方が正しいのかも知れない。
たまにはこういう気紛れがあっても、いいだろう、と。
「強くなりたいか?」
繰り返された問いに、少年ははっとしたように何度も大きく頷いた。京梧はちょっと笑い、未だ尻餅をついたままの少年に手を差し出した。
「言っとくが、俺は礼儀のなってないガキにゃ、容赦しねぇからな」
その手に、少年と京梧自身との新しい未来を賭けて。
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