正月松の内。いつもの年なら穏やかな静寂に包まれている如月骨董品店は、この日、華やいだざわめきに包まれていた。 柳生との決戦を制し、闘いの疲れも振り切った一同が、その勢いで、新年会に雪崩れ込んだのである。 何せ大人数のこと、一軒家で一人住まい、庭も確保されている如月骨董品店が格好の集会場にされてしまったのは当然の成り行きだった。 しかし、静寂をこよなく愛し、我が家にも深い愛着のある家主は、当然この事態には納得していなかった。 「まったく、うちは貸し出し宴会場じゃないんだよ?こんなに大勢で…」 憮然としている如月を、劉が笑顔で宥める。 「まあまあ、如月はん。今日は無礼講やから仕方ないって。誰からも文句の出えへん会場なんて、そうそうないんやし」 「うちにもご近所は存在するんだよ」 「そ、それはそやけど…まあ、ええやん。たまには」 「確か、忘年会もここだったと思うが?」 「…よう覚えてんなぁ…」 「一週間も経ってないのに、忘れられる訳がないだろう。あの時も、後でご近所回りにどれだけ汗をかいたことか…」 「あははは…大変やったんやなぁ…そういう心遣い、偉いよなぁ。尊敬してまうわ」 「それじゃ、今度は君が行ってくれるのかい?」 「そ、それは…」 ぴしりと言われて詰まる劉に代わって、村雨がのんびりと言った。 「いいじゃねェか、普段は賭場代わりになってんだからよ。賭場も宴会場も大した違いはねェだろ?」 「村雨、一番足繁く出入りしている君がそれを言うかい?なんなら出入り禁止でもいいんだよ?」 「そりゃ勘弁。ここはやりやすくって良いからなぁ」 「それは、いかさまを認めた、という事ですか?村雨さん」 ここのところ負けが込んでいる壬生が、村雨の台詞を聞きとがめて割り込んでくる。 「いいや?俺はイカサマなんぞに頼らなくても、幸運の女神様ってヤツに愛されてるからな」 「ほぉう、それじゃあ、前回の負けは、遂に女神様に見捨てられたという証かい?」 「一回の負けでそこまで言われたくはねェぞ?なんなら今から一局打つか?」 「ふふふ、それもいいですね…」 「負けたら、今度こそ仕入れに付き合ってもらうよ」 「おいおい、今日の俺は絶好調だぜ?自分が負けた場合のことも考えておいた方がいいんじゃないのか?」 立ち上る異様なオーラに、劉はぞくりと身を震わせた。 「なんや、あんさんら怖いわ…」 ちなみに、各自の手にはしっっっかりとグラスが握りしめられている。要するに、全員出来上がっているのだ。
最初は酒は入っていなかった。しかし、無礼講の名の下に、一部の
人間が持ち込んだ酒類は、最初は密やかに、いつの間にか堂々と回され、気が付けば机の上には酒の瓶が所狭しと並べられている。いつもなら説教と共に制止に入る面々も、誰もはっきりと文句を言わなかったのは、やはりその雰囲気に酔っていた所為かもしれない。飲める人間は遠慮なく、飲めない人間もその雰囲気に酔う形で宴はたけなわとなっていた。 そして、その輪の真ん中近くで飲んでいた京一は、手招きをする村雨に気が付いて眉を顰めた。 「んだよ、村雨。酒か?」 「いんや、蓬莱寺、お前も混ざるか?」 村雨の牌を打つ手付きに、京一も破顔する。 「なんでェ、打つのか?」 「こないだの決着をつけようってな」 「よっしゃ、やるやる…っと」 いそいそと立ち上がろうとした京一だったが、腕を強く引かれて足が滑り、その場に尻餅をつく羽目になった。 「ってー…なんだよ、ひーちゃん」 京一の隣には、龍麻が座ってずっとグラスを傾けていた。龍麻も飲めない人間では無い。差し出された杯を喜んで受けていた筈だ。 そういえば、さっきから妙に静かだとは思っていたのだが… 「ひーちゃん?」 覗き込んだ龍麻の頭がふらりと揺れるのに、京一は慌てて手を差し伸べる。しかし、揺れるだけで倒れはしなかった龍麻は、逆に京一の腕をがしっと掴んだ。 「きょーいちぃ〜」 妙に間延びした物言いに、京一は苦笑いを浮かべた。 「どーした?ひーちゃん?酔ったのかよ?」 「お前…何処へ行く気だよ?」 「何処へ行く、って…何処にも行かねェよ。ただちょっと麻雀をだなぁ…」 「麻雀?」 「おうよ、村雨のヤローと決着着けねーとな!」 意気込む京一に、如月が口を挟む。 「蓬莱寺、僕にも前回負けてるのを忘れてはないだろうね?これで負けたらちゃんと精算して貰うからな」 「ちっ、忘れてなかったのかよ…」 「当然だね。貸しはちゃんとつけてる」 「お前たち…毎回賭け事をしているのか?」 今日ばかりはと飲酒にも黙っていた醍醐が、それは聞き流せないと呆れた声を上げる。 「んだよ、金じゃやってねーって」 「そういう問題じゃないだろう。大体お前はなぁ…」 説教を始めようとした醍醐を、雨紋が笑って止める。 「醍醐サン、ほっといていいッスよ。どーせ京一が負けっぱなしなんだし」 「てめぇ雨紋、先輩をつけろ、つってるだろーが!」 喚く京一に、雪乃が肩を竦めた。 「尊敬されてない日頃の行いが悪いんだろ?」 「姉様、それは少し言い過ぎでは…」 「事実じゃねーか」 言い切る雪乃に、小蒔が笑い声を上げる。 「あはは、雪乃、その通りだよね」 「小蒔…喧嘩売ってんのか?」 「けど当たってるんだろ?どうせその面子でやれば、京一の一人負けなのは毎度のことってとこじゃないの?」 「…藤咲、てめェ、そういうことを言うか?」 「オ〜、ジゴロのまかないが悪いってヤツですか〜」 「アラン、そりゃ日頃の行いだろ?」 「確かに素行は悪いな。俺っちたちが新宿をパトロールするようになったら、間違いなく一番の要注意人物だろうしなッ」 「ついでに言うなら、負けっぱなしってのも当たってるぜ」 「確かに、そうですね。確か僕も貸しがあったような…」 「う〜ん、京一くんって可哀想な人だったのねー」 「だーーっ、やかましいっっ!てめーら、黙って聞いてりゃうだうだうだうだと…如月に村雨に壬生っっ!俺の華麗なる勝ちっぷりを見せてやるぜ!そーゆー訳だ、ひーちゃん。離してくれ」 言いたい放題に言われ、切れた京一は龍麻の手を振りほどいて立ち上がろうとするが、龍麻はその手をしっかりと掴んで離さない。 「龍麻、大丈夫かい?具合が悪いのなら…」 案ずるように掛けられた如月の言葉に、龍麻はゆらりと顔を上げた。 「翡翠…村雨に紅葉も…負けないからな」 「おっ、やっぱひーちゃんは俺の勝利を信じてるんだなッ!そーだろーそーだろー。任せろ、ばっちり勝ってみせるぜッ!」 「麻雀じゃない」 「…ひーちゃん?」 様子がおかしいと顔を覗き込もうとした京一の首を捕まえると、龍麻はきっとなって言い放った。 「絶対駄目」 「…?龍麻、一体…」
「これは、俺のだから。翡翠たちにはやらない」
瞬間、部屋の空気が凍り付いた。もちろん、抱えられた本人―――京一も例外ではない。 「ひ、ひーちゃん??」 上擦った声で龍麻の名を呼ぶが、龍麻の目は完全に据わっていた。 「……やらないからな」 京一の首を更に強く抱え込んできっぱりと言い切る龍麻の様子はまるで子供のようである。その様子からは、普段の落ち着きと穏やかさは完全に消え失せてしまっていた。 龍麻は酒には強い。何度かやった飲み会では、酔った面子を介抱することはあっても、潰れたことは無かったから京一も気に止めてはいなかったのだが… 首を抱えられたため、自由の利く視線だけで周囲を見渡してみれば、龍麻の回りには空の空き瓶がごろごろと転がっている。クレムリンスカヤにゴードン、越乃寒梅に果てはスピリタスまである。 ……これを全部一人で空けたのならそれは只ではすむまい。確かに、泥酔もするだろう。
龍麻が強かに酔っているのは解った。しかし、この体勢はまずい。いや、京一的には非常に嬉しいと言えなくもない体勢なのだが、如何せん場所が最悪だ。事実、凍結から復帰の兆しを見せている周囲には、不穏な空気が広がりつつある。 京一は、そろそろと自分を抱える龍麻の腕を叩いて声を掛けた。 「ひーちゃん、どこにもいかねェから離してくんねェ?」 しかし、帰ってきたのは即答だった。 「駄目。どっか行くだろう?」 その答えに、不穏な気配が更に高まる。 この一年、色々な意味に置いて仲間達の中心であった龍麻に対しては、皆それぞれ拘りを持っている。 穏やかで、いつも笑っている癖に、戦闘時には冷静さと共に敵陣に突っ込む激しさをも持ち合わせている。そのアンバランスが、不思議な魅力にもなっている、皆のリーダー。中心に龍麻が居たからこそ、あの激しい闘いを乗り切ってこれたとも言えた。 かくいう京一自身にも、龍麻に対する拘りは譲れないものがあるから、もちろんこの展開は嬉しい。あの、何事にも動じない性格の龍麻が、他ならぬ自分に対して、子供のように独占欲を見せている。それはかなり…いや、ものすごく嬉しい事態ではあるの、だが… しかし、流石に、この人数に囲まれての吊し上げは避けたい。 それでなくても、京一はいつも龍麻と一緒に居て、そういう意味ではよろしく思われていない節がある。 「京一…ちょーっとそれはあんまりじゃない?」 「Oh!キョーチ、そういうの、良くないネ!」 「うふふ、蓬莱寺さんたら…駄目ですよ。龍麻さんを独り占め、なんて…」 密かに最終兵器と噂される最後の仲間の、背筋が寒くなるような笑い声に京一の顔が引きつる。 「紗、紗夜ちゃん…これは不可抗力っていうヤツだっ!ひーちゃん、な、離してくれって。こういうのは二人っきりの時にしてくれ、頼むから!」 その、京一の言葉に今度は壬生がぴくりと眉を引きつらせた。 「二人っきり…」 低く呟いたその表情はまさしく『仕事』用のもので。 「ちょっと待て、壬生ッ!その物騒な目つきをやめろーー」 喚く京一の頬に、すっと白い手が当てられた。 「へ?」 「二人っきりもいいかもな」 その、どこか艶めいた仕草に、京一の顔に瞬時に血が上る。 「二人っきりも良いけど…」 至近距離にある龍麻の白い貌がふわりと微笑んだ。 「それだどちゃんと俺のだってみんなにわかんないし?」 発言内容に、再び、場の空気が凍り付いた。
しかし、世の中には、好んで地雷原を踏み荒らす物好きもいる。 「先生、蓬莱寺に随分懐いてるねェ…。聞いてもいいかい?」 面白そうに言う村雨に、龍麻は据わったままの目を向けた。 「なに?言っとくけど、あげないよ?」 「別に、蓬莱寺は欲しかねェが…そいつのどの辺がそんなに気に入ってるんだ?」
揶揄混じりに尋ねる村雨は、完全に面白がっている。
欲しくない、と聞いた時点でにこりと破顔した龍麻は、村雨の言葉に小さく首を傾げた。 「村雨!何て事を聞くんだ!!」 「まあまあ、如月。お前も興味あンだろ?」 「それは確かに…じゃないっ!龍麻は酔っているだけだ。変なことを聞いて覚めたときに不快な思いをしたらどうするんだ!」 「変な事たぁどーいう意味だっ!」 「蓬莱寺ッ!貴様はさっさと龍麻から離れろッ!」 「だから、俺が離れないんじゃなくて、ひーちゃんが離さないんだ、って見りゃわかるだろう!」 噛み付き合う如月と京一の間に、見えない火花が散る。 しかし、そんな事を龍麻は気にしちゃあいなかった。 「うーん…壊れにくいところ」 「壊れにくい?」 「そう、だって…ほら」 いきなり龍麻の氣が膨れあがった。 「うわああああっっっ!」 予備動作無しで雪蓮掌を食らった京一が、まともに凍り付く。 「こんなことしても壊れないし」 にっこりと笑う龍麻に、流石の村雨の顔も引きつった。 「壊れないって…」 どう見ても、京一は氷像と化している。 「…先生、それ凍ってないか?」 「ん〜?」 流石に触り心地が悪くなったのか、龍麻は京一を抱えていた腕を緩めた。 「ホントだ。凍ってるな〜」 あはははと笑った龍麻は、再びおもむろに氣を高めた。 「んじゃ、溶かそう」 「ふぎゃっっ!!」 今度は巫炎で焦がされて、京一の身体からはぶすぶすと白煙が上がる。 その様子に、流石に一同も息を呑んだ。 「…あれはちょっと、可哀想かも、ねぇ…」 独り占め以前の問題で、他の仲間があんな調子で絡まれれば、間違いなく彼岸を見るだろう。焦げて黒くなっていても京一が辛うじて生きているのは、なんのかんの言いつつも、仲間内では龍麻に次ぐ実力を備えているからに他ならない。 「まあ、あれなら確かに、京一じゃないと駄目だろう…」 「龍麻サンって、絡み酒だったのか?」 「絡み酒ッテ、ナニ?」 「どちらかというと、壊れているような…」 「どうしよう、あれじゃいくら京一の馬鹿でも持たないんじゃない?」 「確かに…」 「龍麻ったら…あんなに服を焦がしたら、京一くんが帰るときに困るのに」 「…葵、問題はそこじゃないと思うよ…」 こそこそと囁き合う一同を余所に、何事か思案するように首を傾げていた龍麻は、急にくすくすと笑い出した。 「そうだよ、前に村雨が言ってたんじゃないか」 「俺ェ?先生に何か言ったか?」 「惚れたら迷わず追っかけて、虫が付きそうだったら叩き落とせ、ってさ」 言われてみれば、以前飲んだ折りに、行きがかり上そんな話をしたような記憶もある。確か、あの時はドラマの話題から横恋慕や不倫なんかの馬鹿話まで話が発展していたのではなかったか。 「だから、手を出しちゃ駄目だぞ?これは、俺の、だから」 「…龍麻、それ、は…」 「ん〜虫は、叩き落とさな、きゃ…」 いきなり、とろんとした目つきになった龍麻は、焦げた京一の身体を抱えたまま、ずるずるとその場に潰れた。 「た、龍麻?」 潰れたはいいのだが、龍麻の身体からは不穏な気配が立ち上りつつある。血の気の引いた如月が止めるより一瞬早く。 「………虫退治〜」 放たれた秘拳・黄龍に、如月骨董品店の一室は完全に崩壊する事になったのだった。
半壊した部屋の中、うふふふと不気味な笑い声が広がる。 「ちょっと〜効きすぎちゃったかしら〜」 芙蓉に庇われ、その間にちゃっかり結界を張ることで難を逃れた御門は、矢張りどうやってか難を逃れた裏密に、溜息を吐いて問いかけた。 「裏密さん、龍麻さんに何をしたんです?」 「自白剤〜のつもりだったんだけど〜お酒と〜一緒に飲んだのがまずかった〜みたいね〜」 「…何故また、そんなものを?」 「ひ〜ちゃんは〜ガ〜ドが硬いから〜ちょっとね〜」 「…………」 「普段〜心の奥底に秘めた願望が〜現れるはずだったんだけど〜失敗したかも〜」 うふふふと笑う裏密に、御門は何とも言えない視線を向けた。
普段、冷静沈着で滅多に自分を表に出さない龍麻の深層心理を知りたい、というのはわからなくもない。
しかし、それがこの結果ではどうにも笑えないのではないか、と思うのだが… 「それで、そのことを…いや、こうなったことを龍麻さんは覚えてるんですか?」 強かに酔った上に、裏密作の怪しげな薬を飲まされたのでは、その後の後遺症が気になる。しかしその問いに対して、裏密は笑うだけだった。 「うふふふふふ〜それ〜は〜ひ〜ちゃん次第〜」 あちこちに気絶した仲間の転がる部屋の中央では、龍麻が京一を抱えたまま、幸せな眠りについている。 「それは…」 言いかけた御門は、続く言葉をぐっと飲み込む。 朝、目覚めた時にどうなるか。見物だとは思う。 だが、しかし。 その場には絶対に居合わせないことを硬く心に誓った御門だった。
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