丁度よく晴れた満月に近い夜。『お月見』の夜は風があって少し寒いくらいだった。
 季節柄、月が綺麗だから集まって騒ごうというのは当然口実で、目的が『騒ぐ』方であるのは言うまでもない。
 更に学生の身で気兼ねなく、余計な金を掛けずに楽しむとなれば、場所も限られてくる。いくら騒げるからと言って、まさか旧校舎で月見と洒落込む訳にもいかない。いつもなら会場に使われる某骨董店の店主が、丁度商売の方で多忙を極めていたのもあって、一人暮らしの龍麻のマンションが会場になったのは自然な成り行きだった。殆ど旧校舎に潜る時のような感覚で集まった面々は、最初こそ場所柄を考えて大人しくしていたのだが、次第にいつもの調子を取り戻し、場がお開きになる頃には、部屋は散々な惨状を晒していた。今日ばかりは、家賃が勿体ないと思っていたマンションの防音の良さに感謝してしまう。
「本当に、いいの?やっぱり片づけ、手伝った方が良くはない?」
「そうだよ、こんなんじゃ足の踏み場もないじゃない」
 近場と言う事もあり、最後まで残っていた葵と小蒔だったが、玄関で靴を履いた時点でもまだ、室内を気にしていた。なにせ、10人からの人間が集まっていたのだ。大雑把に片づけてはいても、惨状は否めない。
「そうだぞ、みんなでやれば早い。これでは片づけないと眠れないだろう?」
 それに醍醐も加わるが、龍麻は笑って首を振った。
「大丈夫だよ、洗い物とかあんまりないし、ゴミ集めるくらいだから。もう時間も遅いしね。それに―――人手が欲しくなったら、あれを叩き起こすし」
 龍麻が、一人だけ奥に残っている人物を顎でしゃくると、小蒔と葵はやっと納得の表情になった。
「そうだね、一番騒いだのにやらせるのが一番だよね」
「ふふ、京一くんなら、起きれば手伝ってくれるわよね」
 その言葉に、龍麻は笑いながら頷いた。
「一番騒いだ挙げ句、真っ先に寝入るような馬鹿に、後片付けは全部押しつけるってことで。二人とも遅いし気をつけて。醍醐、よろしくな」
 帰りを頼むとばかりに視線を向ければ、醍醐は頷いて二人を促した。
「ああ、今日は色々世話になったな。おやすみ、龍麻」
「こちらこそ、楽しかった。おやすみ」
「おやすみなさい、龍麻」
「お休み、ひーちゃん。またね!」
 手を振る小蒔に手を振り返して、龍麻は扉をゆっくりと、静かに閉じた。気をつけたつもりだが、やけに音が大きく響いた気がして、思わず首を竦める。
 そのまま、そっと室内を窺うが、窓際に横になる人影に、動く気配はなかった。自然、ほうと安堵の息が漏れる。
 叩き起こす、どころではない。
 寧ろ逆だ。
 今起きてもらっては、絶対困る事になる。
 龍麻は足音を忍ばせて室内へと戻り、散らかった室内を片づけ始めた。放り出したいのは山々だが、後で困るのは自分である。せめてごみを回収しておく位はやっておきたい。
 散らかったごみを片端からゴミ袋に詰め込み、洗い物をシンクに積み上げると、何とか格好は付いた。幸い、京一が目を覚ます様子はない。
「まぁ、あれだけ騒げば無理ないか」
 ほんの1時間ほど前の出来事を思い出して、龍麻は思わず笑みを零した。
 カラオケもどきから始まって、ミサの出し物と称した妖しげな術まで、殆どなんでもありの騒ぎだったのだ。部屋が散らかる程度で済んだのは僥倖と言えるだろう。そんな中で先頭を切って騒いでいたのである。少々の事では起きないのも当然かもしれない。
 実際、龍麻が手を洗うついでとばかりにシャワーを使って出てきても、京一は起きる気配がなかった。
 そのまま寝かせる事にして、龍麻は寝室からタオルケットを引っ張り出してきた。まだ暑い日もあるとは言え、季節の変わり目にTシャツにGパンで寝入れば風邪をひいてしまう。
 少し考え、電気を消して様子を窺ってみる。光の消えた事で急に静けさが増した気のする室内に、規則正しい寝息が微かに聞こえる。それが変わりないのを確かめて、龍麻はそっとその傍らに立った。
 大きめの窓からは、蒼い月の光が差し込んでいて、電気を消しても意外なほど明るい。月光に白く映し出された寝顔は酷く大人びて見えて思わず手が止まる。
 瞳を閉じて眠るその様子からは、いつもの威勢の良い言動は連想できない。それが少し複雑なのが自分でもおかしかった。起きて、騒いでいる方がずっと落ち着くなどと、本人が聞いたら頬を膨らませるような事を考えつつ、龍麻はその身体にそっとタオルケットを掛けた。
「―――ッッ!」
 次の瞬間、いきなりぐっと手を掴まれて、龍麻は飛び上がりそうになった。月明かりの下、閉じていたはずの京一の目はいつの間にか開いて、じっと龍麻を見つめている。
「京一…」
 起きたのか、と言おうとして、龍麻はある事に気づく。
「お前…起きてたのか?」
 今の今まで寝ていたのに、このタイミングで起きるのは幾ら何でも都合が良すぎる。案の定、京一はにやりと笑って肩を竦めた。
「最初は、ちゃんと寝てたぜ?」
「……お前な。驚かすなよ」
 狸寝入りとは質が悪い。驚かされた事に対する苛立ちもあって少しばかり不穏な目つきで睨むと、京一は何故か明後日の方向を向いてぼそりと呟いた。
「別に、驚かせるつもりじゃなかったんだけどよ…」
「暗がりでいきなり手を掴んどいて、何言ってる。普通、誰だってそんなことされたら……」
 不機嫌にそう言いかけた龍麻だったが、戻された京一の眼差しに、それ以上の言葉を封じられる。
「へへっ、悪かったって。目は覚めてたけど、なんか起きだしにくくってよ。寝惚けてたのもあるし。叩き起こされんのは困るから起きた訳じゃねェぜ?」
 言葉は軽く、口元にも笑みが浮かんでいるが、その眼差しだけは違っている。
 真っ直ぐで酷く―――熱っぽい眼差し。
 射竦められ、途端に龍麻は落ち着かない気持ちになって視線を逸らした。
「そりゃあ、あんだけ騒げば居眠りもしたくなるだろ。苦情が来たら、一緒に謝りに付き合えよ?」
「ちぇっ、わかってるって。………でも、俺的には、ちょっと物足りないんだけど」
 その言葉は流石に聞き流せず、龍麻は思わず視線を戻した。
「って、あれでまだ物足りないってのか?」
 ものには限度があるだろうと続ける筈だった言葉は、そのまま口の中で消えた。
 視線がぶつかった瞬間まずいと思ったが、絡まった視線はもう解けなかった。気が付けばいつのまにか京一に掛けてやる筈だったタオルケットは龍麻の肩に回され、その端はしっかりと京一の手にある。動きを封じられた龍麻は逃げる事も出来ずに、膝を突いた体勢のままで固まった。
「今からでもいい、月見、しよーぜ」
「しただろう…散々。まだ、騒ぎ足りないのかよ?」
 返す言葉が掠れてしまった龍麻に、京一は意味ありげに笑った。
「ったく、やられたぜ。やけに簡単にOKすると思ったら…まさか仲間連中総動員とはね」
「…月見って、どうせ殆ど宴会なんだから、大勢居た方が楽しいだろう」
 言い返す声にも力がないのが自分でもわかって、龍麻は眉を寄せる。そんな龍麻にも、京一は容赦しなかった。
「俺は、二人っきりで、って言わなかったか?」
 それは確かに聞いている。しかし、それに素直に頷けなかったからみんなを呼んだんじゃないか。
 そう言いたかったのだが、結局言えずに龍麻は黙り込む。


 夏の終わりに、妙に改まった風に京一から告げられた言葉。

 お前の事が好きなんだと言われて、笑って俺も好きだよと返したら、不意打ちのキスに見舞われた。いつもの冗談のつもりだった龍麻は死ぬほど驚いたのだが、生憎と京一は本気だったらしい。
 勿論、龍麻とて京一は好きだ。それは、確かにただの『友人』の枠に押し込めてしまうには、少しばかり強い。
 しかし、だからといって『恋人』かと聞かれると、それはそれで悩んでしまう。
 何とも思ってないとも言い切れないのもあって、正直、龍麻は返事に詰まってしまったのだが、京一は待ってはくれなかった。

 確かに、好きだ。

 でも、『どんな風に』かと問われれば、自分でもわからない。

 思い悩んだ結果、龍麻は京一の『誘い』を避けるに避けられずに右往左往する羽目になったのである。
 『月見』をしないかと言われた時も、その眼差しに―――こう言えば京一は怒るだろうが―――実に不穏なものを感じたから、二人っきりは避けて皆を呼びだしたというのに、この状況はまずい。
 京一の表情は酷く真剣で、何時の間にか背に回されたタオルケットは身動き出来ないほどきつく引かれている。
「ひーちゃん…」
 間近に迫ってくる京一の顔に、龍麻は焦って身じろぎした。
「ちょっと…京一!」
「なんだよ」
 息の掛かりそうな距離でぴたりと止まられるのは、それはそれで心臓に悪い。でも、そのまま迫られるのはもっと困る。
「前にも言っただろうっ!俺、こういうのはちょっと…」
 いくら『好き』でも、それがこんな風に触れあいたい類のものかというのはかなり悩むところなのだ。だから散々逃げ回っていたのだが、龍麻の戸惑いなど京一はものともしなかった。
「なんでだよ?……もしかして、怖いとか?」
「誰がっっ!」
 反射的に言い返した後で、龍麻ははっと口を押さえた。
「なら、別にいいだろ」
 京一は許可は取ったと言わんばかりに頬に唇を寄せてくる。
「いいだろ、じゃないっ!お前、絶対おかしい」
「なにが?」
 けろりと聞き返してくる京一に、龍麻は殆ど眩暈を覚えながら自由にならない手を動かしてその肩を押し返した。
「お前、なんでそう普通に迫ってくるんだよ。おかしいだろう、こんなのは!」
「だから、なにが?」
 本気で首を傾げている京一に、龍麻は苛立ちを隠せずに声を荒げた。
「俺は男、お前も男。それなのになんでこうなるんだって聞いてるんだよ!」
 捕らえられたままの身体を身振りで示せば、京一はちょっと眉を上げて肩を竦めた。
「ひーちゃんこそ、忘れてんじゃねェの?俺が何言ったか」
「そ、それは…」
 京一の言いたい事がわかって、龍麻は言葉に詰まる。
「ひーちゃんも、好きだって言ってくれたよな?」
 タオルケット越しに腰に腕を回されて、龍麻は飛び上がりそうになった。このままでは危ない。とにかく、この腕から逃げなければ。
「そりゃ、お前の事は好きだけど…」
 途端に嬉しそうに綻んだ顔に妙な罪悪感を感じながら、龍麻は言葉を継いだ。
「けど、どれとこれとは別だろう。何もこんなことしなくても、好きなのは確かなんだ。別に良いじゃないか」
 今更『嫌い』とは言えないし、嘘を吐いて傷つけたくもなかったから、龍麻はそんな言い方を選んで、京一の腕を外そうと試みた。しかし京一は、腕の力を弱めようとはしない。
「なぁ、なんで俺が、改めて好きだって言ったかわかるか?」
「……え?」
「ただ、普通に好きなら別にトクベツあれこれ言わなくていいだろ?ダチで、相棒で、いつも一緒だったらそれでいいし」
 そう言われて龍麻はちょっと戸惑った。
 確かに、そうだ。
 実際、こんなに気の合う奴はちょっと他には居ないと自分でも思うし、それ故に一緒に居るのは楽しいから最近は大抵一緒だ。
 特別に、『好き』を確認する必要など何処にもないではないか。
 龍麻の顔に浮かんだ疑問の色に気づいたのか、京一は深々と溜息を吐いた。
「やっぱり…。ってか、なんでここの体勢でそう思うかねぇ…」
「……何言ってる?」
「あのな、俺の『好き』は…」
 そう言って京一は、素早く伸び上がって龍麻の唇を塞ぐ。
「京一っっ!」
 軽く触れるだけだったそれにも真っ赤になってしまった龍麻に、京一はにやりと笑ってみせた。
「こういう事もしたい『好き』なわけ。OK?」
恐ろしくわかりやすい形で、欲込みでの『好き』だと主張されて、龍麻の顔が更に赤くなる。
「そ、そんなこと言われても…」
 お前の中に普通の『好き』はないのかと返せば、京一は肩を竦めた。
「じゃあ――――試そうぜ?」
「試す?……って、おい!」
 何の事だと聞き返す間もなく、足を割られ、内股を撫で上げられて龍麻は焦った。
「京一!」
 しかし、制止の言葉にも京一の手は止まらなかった。服の上から腰や腿を辿り、シャツの隙間から肌を探ろうとでもいう風に指を滑らせる。
「嫌ならやらねェよ。けど…ちょっとくらいは、興味ねぇ?」
「………」
「反応してる、よな?」
 その言葉に、龍麻は何も言えなくなって俯いた。
 腰や、内股のきわどい部分を柔らかく撫でられれば、反応を返してしまうのは無理のない話だ。
 興味がない―――訳じゃない。
 健全な青少年である以上、別に興味あってもいいだろうとは思う。しかし、それがこんな形でとなると…
 黙り込んだ龍麻に力を得た様に、京一は伸び上がって耳元に口を寄せた。
「ちょっとだけ―――試してみるだけ、な?やばくなったら止めるからよ」
 その間にも、京一の手は休まずにありこちと動き回り、そこから生まれる熱が、龍麻の体内に積もっていく。
 耳を擽る息の熱さに眉を寄せながら、龍麻はとうとう頷いた。
「ちょっとだけ…だからな?」


 電気を落としている室内だが、月の光が差し込んでいる窓際は意外なほど明るい。間近にある京一の顔が気恥ずかしいが、正直にそれを言うのも躊躇われて、龍麻は視線を伏せつつ身体を寄せてくる京一の腕を突っついた。
「ここじゃまずいって…窓際だぞ?」
「ここ、何階だと思ってんだ?んなこと、気にすんなよ」
 そう言って一蹴すると、京一は龍麻のシャツに手を掛けた。
 前のボタンを一つずつ外していく指先は何故か酷くゆっくりと動いて、龍麻は何となくいたたまれない気持ちになる。
「な、なんで脱がないといけないんだよ」
「脱がねェでやんの?ま、それはそれでいいかも…」
 何がいいんだと言い返そうとして、しかしそれは言葉にならずに口の中で消えた。京一の手のひやりとした感触が、じかに肌に触れてきたのだ。
 膨らみも柔らかさもない胸を、京一は丁寧に辿っていく。その指が胸の尖りに触れる度に、じわりと下腹が熱くなる。
「あ…っ」
 柔らかく撫でる様な仕草から一転、不意に強く引っ掻かれて、龍麻は堪らず声を漏らした。やけに耳に甲高く響く自分の声に、龍麻は赤面して唇を噛んだ。
 しかし、強く噛みしめたつもりでも、止まらない京一の指に唇はすぐに解けて息が零れる。
「ちょっと…そんなにしつこく触んな…って」
 息を吐く間もなく撫で回されては、『ちょっと』どころでは済まなくなる。しかし、龍麻の言葉を何と取ったのか、京一は嬉しそうに笑った。
「なんだ、もう良いのか?」
 言いながら脇腹をするりと撫でられて、身体が震える。
「ん…」
 ぞくりと走る感覚に身を竦めた龍麻は、しかし次の瞬間目を見開いて身体を強張らせた。
「京一…!」
 ズボンの中まで入り込んだ指が、熱を蓄えた龍麻自身を捕らえたのだ。
「ちょ…やめ…っっ」
 咄嗟に身を引こうとしたが、京一の反対の手は龍麻の腰をしっかりと抱えている。
「く…んっ…」
 先端を割られ、強く擦られて息が止まる。じかに触れられれば、生まれる熱は先刻までの比ではない。
「ちょ…あ…っ」
 文句を言おうと口を開く度に、まるで心得た様に握り込む指がばらばらに動いて震える龍麻自身を刺激する。
「んんっ…ぅあ…」
「へへへ、い〜い反応…」
 楽しげな京一の声に、飛びかけていた意識をなんとか繋ぎ止めて、龍麻は声を上げた。
「待て…きょうい…ちっ」
 しかし、京一は龍麻の制止などまるで意に介さずに、龍麻の熱を育てる事に熱中している。ふ、と耳元に息を吹きかけられて、龍麻の焦りは更に強くなる。
「きょういち!」
 二の腕を強く掴めば、やっと京一は動きを止めた。
「んだよ、ひーちゃん…」
「やばいだろ、もう!」
 こんな調子で触れられれば、限界などあっさり訪れる。もういいだろうと訴える龍麻に対して、京一は不満げに鼻を鳴らした。
「んだよ、これからだろ?」
「これから、じゃない!もうお仕舞い!十分だろ?」
「全然十分じゃない…」
 京一は頬を膨らませたが、不意に悪戯っぽい笑みを浮かべて、龍麻の顔を覗き込んだ。
「ひーちゃんは、それでいいのかよ?」
 同時に、捕らわれたままの自身を軽く握り込まれて、龍麻は息を詰めた。
「………っっ」
「こんなになってるのに、お仕舞いにする?」
 京一は楽しげに言いながら、ちらちらと半分はだけられた龍麻の下肢に視線を向ける。下着は膝に引っ掛かっている程度で、露わになった下肢は明るい月明かりの中で龍麻自身にもはっきりと見えてしまう。それが、余計に羞恥心を煽った。
「く…んっ」
再び押し寄せる波になんとか抗いながら、龍麻は切れ切れに零した。
「それは、お前が…っっ」
「だろ?だから最後まで責任取るって」
 うんうんと頷く京一に、龍麻は殆ど泣きそうになって噛み付いた。
「取らなくっていい!大体どうして俺だけこんな…」
 腰を捕らわれ、一方的に煽られる今の状態は、龍麻にしてみれば恥ずかしくて憤死ものだ。そう訴えると、京一は笑って龍麻の手を取った。
「なんだ、んなことか。んじゃ、これでどうだ?」
 そう言って、龍麻の手を自らの下肢に押しつけた。
「ちょ…!」
 驚いて反射的に手を引こうとしたが、京一はそれを許してはくれなかった。逆に、さらに強く手を押さえ込む。
「こうすれば、一緒だろ?」
 服の上からでもはっきりと、京一のそれが熱を帯びているのがわかる。龍麻の様に直接熱を煽った訳でもないのに、京一は酷く熱かった。それを感じた途端、何故か抗う気が失せて、龍麻は諦めの息を吐いた。
「んじゃ、続きな」
 そう言って笑う京一に、どんどん抜きさらしならない所へ追い込まれているよう感じながらも、龍麻は言われるままに京一の前をくつろげた。



 向かい合うように座り込んで、互いの熱を煽り立てて行く。
 他人を煽った事などない故に、龍麻の手つきはどうしてもぎこちなくなる。それなのに、確実に熱と質量を増していく京一自身に、龍麻は途方に暮れてしまった。やり方など自分でするのと同じ筈なのに、仕掛けられる愛撫に反応してしまうことも相まって、上手く指を動かせない。
 そんな龍麻に気づいた京一が、小さく笑った。
「ひーちゃん…緊張してんの?」
「……ふ…っ」
 揶揄めいた口振りに反論したかったが、口を開くと溜息しか零れなくて口を噤む。すると、京一は龍麻の耳元に口を寄せて囁いた。
「じゃ、こういうのは…?」
「…あっ、ん……」
 今まで、巧みに龍麻を追い上げていた京一の手の動きが、急に止まってしまい、龍麻は思わず声を上げる。
「ほら…わかんねぇ?」
 そんな事を言いつつも、しかし触れてくる手の動きは鈍いままで、その中途半端さに龍麻は眉を寄せ…そして気づいた。
 これは、自分の手だ。
 未だ京一のそれを捕らえたまま、動けずにいる龍麻の動きを、そのまま返しているのだ。
「これなら、自分でやんのと一緒だろ?」
「そんな訳、あるかっ…」
 言いながらも、龍麻は段々息が上がっていくのを押さえられなかった。ぬるりと濡れた親指で先端を割り、掌で包み込む。触れているのは京一の手なのに、そっくり動きを真似られてはまるで自分自身を慰めているよう錯覚を覚える。
「ん…んんっ…」
「……いいぜ、ひーちゃん…っ」
 荒い京一の息づかいが、張りつめていく欲望が、まるで呼び合うように同調している。
 龍麻は、目の前の京一の肩に顔を埋めてその嵐のような感覚に耐えた。
 しかし、手は止めない。止められない。
 もう、京一が龍麻の動きを模倣しているのか、龍麻が京一のそれを模倣しているのかすらわからない。
「う…んんん…っ!」
「…く…っ」
 押し寄せる最後の波に、互いの手を熱い迸りが濡らしたのもほぼ同時だった。



「ひーちゃん?」
 少し掠れた京一の声が降ってきても、龍麻は目を開ける事が出来なかった。
 我に返れば、情動に突き動かされてしでかしたことがどうしようもなく恥ずかしい。いっそ夢だと思いたいが、濡れた手の感触がそれを許してはくれなかった。しかも、黙り込んだ龍麻が気になるのか、京一はしきりと呼びかけてくる。
「ひーちゃん、起きてんのかよ?」
 声が意外なほど近くで響いて、龍麻は驚いて目を開けた。
 すぐ目の前に京一の顔があった。京一の体温を感じ取れそうな距離に、思わず呟きが漏れる。
「京一……」
 途端、京一の表情が何かを堪えるように歪んだ。
「ひーちゃん…」
 言うなり、不意に足を持ち上げられて、龍麻は背後に倒れ込んだ。
「―――つっ!何すんだ、京一!」
 背中を思い切り打ち付けて抗議の声を上げた龍麻は、真上にある京一の顔を見て息を飲んだ。
いつもとは違う、思い詰めたような表情は真剣そのもので、明らかに熱を含んだ眼差しは、真っ直ぐに龍麻を捕らえている。
「京一…ちょっと!もう済んだだろ?今度こそお仕舞いだっ!」
「冗談…あんなカオ見せられちゃ、止められる訳ねぇだろ?」
「何勝手な事言ってんだ!重い!どけ!」
 じたばたと暴れてみるが、片足を抱え上げられ、のし掛かられた体勢ではどうにもならない。京一はその体勢のまま、何やらごそごそと動いている。
「京一!」
「ちょっと待てって…あったあった」
 首を必死に伸ばして見るが、自分の足が邪魔をして京一の手元が見えない。逆に、何やら再び元気になっている京一自身が目に入って、龍麻は顔を赤らめる羽目になる。
 その、直後。
「ひっっ!」
 あらぬ場所に京一の指を感じて、龍麻は飛び上がった。身体の奥、自分でも触れないような場所を、何かぬるついた感触が撫でていく。
「おま…どこ触って…んんっ!」
 体内に異物の入り込む違和感に、龍麻はぎゅっと目を閉じた。押し込まれた指は、まるで探るようにどんどん奥を目指している。その意味するものに気が付いた龍麻の全身から、一気に血の気が引いた。
「まさか、お前…」
「任せとけって。ちゃんと慣らしてやっから」
「そうじゃなくて!放せ、抜け…っっ!」
 しかし、いくら文句を言ってもこの体勢では効果がない。逃れようと身を振って、逆に奥を探る指を強く意識してしまう。
「いや…んっ、あぁっ」
 身体の奥を探られて、時折そこを押し広げるように指を回されて、目の前に星が飛ぶ。更に、引っ掛かっているシャツの上から胸の尖りを押し潰されて、龍麻は喘いだ。
「あ…あっあっ…」
 次第に、頭に霞がかかったように何も考えられなくなっていく。閉じた場所を無理矢理開かされる痛みも、不快感も、押し寄せるうねりのような感覚とごちゃごちゃになって、何がなんだかわからなくなる。いつの間にか2本目の指を飲み込まされて、龍麻の唇からはもう意味を為さない言葉しか出てこなかった。
「うぁ…く…っ」
 良いように奥をまさぐっていた指が、予告もなく不意に引き抜かれる。その感触に眉を寄せる間もなく、更に足を高く抱えられて、龍麻は息を飲んだ。
「…はっ」
「行くぜ?ひーちゃん」
 先刻、龍麻の手の中で弾けたものが、すっかり熱を取り戻して散々嬲られた奥の蕾に押し当てられる。そのまま、一気に突き入れられて龍麻は声もなく仰け反った。
「ひ…やっっ」
 熱い塊は、先程までの指の比ではなく、龍麻の身体はたちまち痛みに竦み上がる。しかし、すかさず前を握り込まれて龍麻はひゅっと喉を鳴らした。
「こっち…追っかけてろよ」
 前を柔らかく握り込まれて、扱かれる。どこか緩やかで曖昧な動きに、逆に龍麻は追いつめられた。
「ふ…ん…くっ…」
 もどかしい熱を抱え込んだ身体は、押し入られる痛みよりも何よりも疼きを大きく感じてしまう。ぐいと大きく突かれて、龍麻の唇から零れたのは、明らかに痛みを訴えるものではない、掠れた嬌声だった。
「く、んっ、あっあっ」
 堪らず、龍麻は京一の背に縋り付いた。背中越しに、丁度真円を描く月が目に飛び込んでくる。
 まるで、月に全てを暴かれているようだと、そう思った途端、喉元まで迫り上がってきた感覚に飲み込まれるような思いに捕らわれ、龍麻は悲鳴を上げた。
「京一…きょう…いちっ!ここは…嫌だっ」
「なん…でだ?」
 訊ねながらも小刻みに奥を突く京一に、龍麻は声を詰まらせながら必死に訴えた。
「こんな…んっ、明るい、のは…」
「ふん…気になるか?」
「月が…見てる…っ」
 龍麻の訴えを聞いた京一は、ふっと笑って、乱れた龍麻の前髪をかき上げた。
「明るいのは丁度いいじゃねーか。ひーちゃんが全部見える」
 楽しげにそう覗き込まれて、龍麻は真っ赤になる。
「な……っっ」
「どうせなら、お月様にも見せつけてやろうぜ?」
 同時に激しく突き上げられて、龍麻は必死に背に縋る腕に力を籠める。
「―――あああっっっ」
 頭が、部屋を染める月光がじかに差し込んだように真っ白になっていく。
「ひーちゃん…くっ」
 繋がっている部分が、火傷しそうに熱い。
「ああああっっ…んんん…っ」
 一層強く突き上げられて、龍麻の意識はそこで途切れた。




「ん……」
 何故か圧迫されているような息苦しさを感じて、何度か目を瞬かせる。途端、視界に飛び込んできた明るい茶の髪に、龍麻はがばりと飛び起きた。
「―――っっっ」
 しかし、何故か起き上がる事が出来ずにそのままベットに沈み込む。おまけに、全身に広がる倦怠感は尋常ではなく、龍麻は枕に顔を埋めた。
「くそ…」
 落ち着けば、起きあがれない理由の半分が腰に回された腕である事がわかる。人の辛さなど露知らず、すかすかと眠っている元凶が口惜しくて、龍麻は目の前の頭を容赦なく殴りつけた。
「いっ…なんだぁ…?」
「なんだ、じゃない!放せこのボケ!さっさと起きろ!」
 顔を顰めて頭を押さえた京一は、怒りに震える龍麻の顔を見て首を傾げた。
「なんだよ、ひーちゃん…もうちょっと寝ようぜ?」
言いながら腰を抱え直そうとする京一に、龍麻は容赦なく二発目をお見舞いする。
「いい加減にしろ!大体なんでお前が一緒に寝てるんだよ」
 そう言えば、京一はやれやれ、とでもいうような溜息を零して龍麻の上にのしかかってきた。
「ちょ…京一!」
 昨夜の出来事を思いだして焦る龍麻に、京一はにやりと笑う。
「昨日の今日でこの態度、恋人に対して随分冷たいんじゃねぇ?」
「こ…!だ、誰が恋人だっ!」
「ひーちゃんと俺」
 あっさりと言い切られ、龍麻は真っ赤になって首を振った。
「違うだろう!俺はOKした覚えはない!」
「へー、ひーちゃんは恋人でもない相手とあんなことするんだ?」
 意地悪くそう訊ねられて、龍麻はぐっと唇を噛んだ。
「あれはお前が無理矢理…っ!ちょっとだけって言ったのに!」
 口惜しげな龍麻に、京一は呆れたような息を吐いた。
「あのな。男だったら止まれねぇって。わかるだろ?」
 その言葉に、龍麻は目を見開いた。
「お前…まさか最初からそのつもりで…」
「まー、あんなに上手くいくとは思わなかったけどな」
 けろりと言い放つ京一を殴ってやりたいが、自分に隙があった事も否めない。龍麻はぐっと拳を握りしめた。
「……それに関しては、もういい。流された俺も悪かったし。けどもう、二度とやらないからな!」
 そう言えば、京一は眉を寄せて龍麻を窺った。
「なんでだよ…嫌だったのか?」
「当たり前だっ!あんな、恥ずかしいし痛いししんどいし!今だって辛いんだからな!」
「ああ、それは大丈夫だって。慣れれば平気」
 慣れるなど真っ平ごめんだと言いかけた龍麻の耳に、京一はふっと息を吹きかける。びくりと身を竦ませた龍麻を見て、京一は笑った。
「ひーちゃんもちゃんとイってたもんな?だから、後は経験値積めばいいだけ」
 絶句した龍麻の反応を納得と取ったのか、京一は大きな欠伸をして突っ伏した。そうして、ついでとばかりに腕を伸ばして龍麻を抱き込む。
「ちゃんと、その辺は俺に任せとけ…って…」
 むにゃむにゃと言葉を途切れさせる京一に何か言い返そうとして、龍麻は諦めた。
 この調子では何を言っても駄目だろう。
 言い負かされたような雰囲気なのは気に入らないが、要はこの先、隙を見せなければいいのだ。今日の事は、それこそ、犬にでも噛まれたと思うことにして。
 そう思い切ると、欠伸を一つ零して龍麻も目を閉じた。
 触れている肌が妙に心地良いのも、疲れているが故の気のせいに違いない。
 隣の男を叩き出してやりたいのは山々だが、そんな気力は残っていない。取りあえず、今は我慢しておく事にする。
 腰に回ったままの腕だけは外したかったのだが、目を閉じればそれも面倒になって、龍麻はそのまま眠りの淵に落ちていった。