その日、俺は諸羽と一緒に旧校舎に潜っていた。いつもなら面倒で何かと理由を付けて断るんだが、コイツは何故だか俺が一人で潜ろうとすると現れる。 それに、今回はさやかちゃんのコンサートチケットを回してくれるという諸羽の言葉に抗えなかったのだ。 おまけに、いざ潜る段になると何故か劉までやってきた。今まで試したことのない組み合わせだったが、成果は悪いものじゃなかった。 「よっしゃ、っと。こんなモンか?そっちは片付いたか?」 「はい、京一先輩。ここはもう大丈夫ですッ」 「こっちもや。このフロアはもう空やな」 雑魚が倒れ、見通しが良くなったフロアには、動くものの影はもう無い。 ちらりとポケットに突っ込んだ携帯に目をやると、時間は午後4時過ぎ。昼過ぎに潜ったから、運動としては軽いモンだ。お供付きじゃ、まぁ、こんなもんだろう。 「んじゃ、そろそろ上がるか」 「京一先輩、さやかちゃんが仕事で近くまで来てるんです。終わったら寄るって言ってましたから、一緒にラーメン食べに行きませんか?」 「おおっ、ええなぁ、ラーメン!わいも混ぜてや〜」 「さやかちゃんが来るのかッ?そりゃあ魅力的だけどよ…」 さやかちゃんも捨てがたいが、今日は龍麻との約束がある。忙しいさやかちゃんとのラーメンも捨てがたいが、それとこれとは話が別、というやつだ。 「悪ィな。今日はひーちゃんと約束があるんだ」 「龍麻先輩と?」 気のせいか、そう言った途端諸羽の顔が曇った気がした。 「なんや、アニキと会うんか?ええなぁ〜」 そう言う劉のこめかみにも、戦いによるものではない汗が一筋、光っているのが見える。 「けど、さやかちゃんもラーメン楽しみにしてたんですよ?行きましょうよ」 「そうやって。たまにはワイらにも付きおうてや」 「…お前ら、な〜んか隠してねェか?」 そう言ってやるとぎくりと肩を揺らす辺りが、こいつらの修行の足りないトコだ。 「な、何言ってるんですか、京一先輩ッ」 「そーやで。ワイらが何を京一ハンに隠すことがあるっつーんや」 「…もうちょい、下まで潜ってみっか?自分の限界に挑戦してみるのも気持ちいいかもな」 そう言ってやれば、目に見えて二人の顔色が変わる。コイツらが決して弱い訳じゃないんだが、最近の俺は絶好調で、体が軽い。さっきまで一緒に戦っていたコイツらはそれを身を以て実感しているはずだ。 「俺は飛ばしすぎると回りがあんま気にならなくなンだ」 さりげなく、木刀を一降りして、 「もしかしたら置いてきぼり食らわす羽目になるかもしんねーけど、ま、お前らなら大丈夫だろ?」 本気で笑いかけてやると、劉はぶんぶんと首を振った。あんまりあっけないと面白くねぇ。 「わーった、わーったからっ!そないな意地悪言うのはやめてくれんか…」 別に虐めてる訳じゃねぇが、隠し事をされるのは気持ちの良いモンじゃない。 「…で?」 「ったく、京一ハン、鋭すぎや。なんであんだけでわかるん?」 「俺に、ひーちゃん絡みで隠し事が出来るなんて思うな」 断言してやれば、劉も諸羽も絶句した。 「な、なんでそこでアニキの名前がっ」 「んー、お前ら、ひーちゃんの名前が出た途端強張ったしな」 諸羽も劉も、二人揃って固まられりゃ、俺にだってわかる。 「すみませんでしたッ、京一先輩!騙すとか、そういうつもりじゃなかったんですけど…」 がばっと頭を下げた諸羽は、 「どうしても龍麻先輩と話したいことがあるから、京一先輩を足止めするように、って…」 「足止め、ねェ…さやかちゃんもか?」 「さやかちゃんは何にも知りませんッ!美里さんが、さやかちゃんが居れば京一先輩は間違いないからって…ッ」 語る諸羽の背後で劉が頭を抱えている。 「美里か…」 ここんとこ、美里が何かとちょっかいを出してくるのには気づいていた。原因には思いっきり心当たりがあるが、だからといって大人しく思惑通りに動いてやる事も出来ないから逃げてたんだが、どうも痺れを切らしちまったらしい。 まぁ、アイツの気持ちもわからない訳じゃねェが、人には譲れないモンがある。アイツの欲しい物は、俺にとって絶対に譲れないものだ。 「…取りあえず、出るぞ」 旧校舎を抜けると、外ではさやかちゃんが待っていた。 「こんにちは、蓬莱寺さんッ!」 相変わらずさやかちゃんの微笑みは可愛い。思わず顔がにやけてしまうのは仕方ねェよな。 「おうッ、さやかちゃん」 「ふふふっ、ラーメン、楽しみにしてたんですよ」 「あぁ、それだけど…悪ィな、野暮用でひーちゃんと待ち合わせしてんだ」 さやかちゃんは、小さく首を傾げて、 「龍麻さんなら、さっき見ましたよ」 「さやかちゃん、それホントか?」 「ええ。醍醐さんや小蒔さんと、マリィちゃんも一緒みたいでしたよ。声を掛けようと思ったんですけど、車でここまで送ってもらった途中だったから、届かなかったみたいで」 俺は、無言で劉を振り返った。 「いや、ワイはどこ行ったかまでは…」 本当なら、ここから程近い龍麻のマンションまで行くつもりだったのだが、思いついて携帯を取り出した。 チェックすれば、思った通り、メールが一件入っている。龍麻はこういう点、恐ろしくマメなのだ。 携帯をポケットに仕舞い、俺はさやかちゃんに笑いかけた。 「なぁ、たまにはラーメンじゃなくて普通の喫茶店にも行ってみねェ?」
龍麻がメールで教えてくれた店は、真神からそんなに遠くない店だった。しかし、さりげなくいつもの通り道からは外れている辺りに、美里の策略を感じる。 表から中を覗けば、どっかで見たような面々が奥の席を取り囲んでいた。 「京一ハン…この中にはいるのはやめといた方が…」 劉は完全に腰が引けてしまっている。どうも、店内に美里を見つけちまったらしい。 「劉、お前美里に何を言われた?」 「………それだけは勘弁してや」 そう言う劉の背中には言いようのない悲哀が漂っている。 まぁ、相手があの美里なら、コイツには対抗手段なんて無いに等しいだろうが… 「ま、気にすんな。美里はひーちゃんが絡むと怖ェからな」 「…それ、京一ハンだけには言われとうないわ」 「同感です、京一先輩」 なんでだかげんなりと肩を落とす劉と諸羽を置いて、俺はさやかちゃんを誘ってとっとと店に入った。二人も、なんのかんの言いつつも付いてくる。 店内ではなにやらでかい声が響いていた。しかも、話題に上っているのは俺らしい。見渡してみれば、藤咲や高見沢といった女の子連中から如月に壬生に村雨に…御門までいやがる。しかも、場を設定したのが美里とくれば、胡散臭いことこの上ない。この面子で、俺を遠ざけて一体何するつもりだったンだ? 「違う、そうじゃないんだ、龍麻!」 「そうだよ、龍麻サン。蓬莱寺サンは来ない。大体あの人は今頃…」 「俺がどうしたって?」 割り込んでやると、龍麻以外のその場の全員が固まりやがった。なんの話をしてたか、大体は想像がつく、ってモンだ。 「き、京一…?」 醍醐が顔を引きつらせてこっちを見てる。多分、コイツも美里に引っ張り込まれたクチだろう。額に浮かんでいる汗を見れば、流石に少々同情しちまう。 龍麻だけが、俺の顔を見ていつもの笑顔を向けてくれた。わかってても嬉しいよな。 それを見て、さっきまでへこんでた筈の劉が心底ほっとしたような叫びを上げた。 「アニキ、会いたかった〜」 「龍麻先輩、こんにちはッ!」 コイツらも、ある意味現金な奴らだ。 「ユエに霧島に舞園も…どうしたんだ?みんなで一緒に旧校舎に潜ってたのか?」 「私は、後で合流させて貰ったんです。学校で、龍麻さんも見かけたんですけど、声をかけられなくて」 さやかちゃんには笑いかけたものの、劉と諸羽を見た龍麻がすっと眉を寄せる。 「二人とも、なんか元気ないな?どうした?疲れたのか?」 「べ、別にそんなんやないって。元気やで?京一ハンがアニキに会う言うから、顔見よう思おて一緒したんや」 「そうですよ、龍麻先輩。僕達は元気ですッ!」 ちょろっと顔を見ただけで、こいつらの不調がわかっちまうってのは龍麻らしいが、それにちょっとばかし不満を覚えちまうのも今の俺の正直な感想だ。 「ま、今日はちょ〜っとばかし飛ばしすぎたのさ。まぁ、二人ともまだまだって事だな!」 「京一ハン…」 我ながら、ちょっと強引だったと思う。案の定、劉は肩を落としたし、霧島もげんなりしてやがる。フォローしてやったのに、薄情な連中だ。龍麻も少し首を傾げたが、すぐに諸羽達を労う笑顔になる。 「まぁ、先頭で突っ込んで行く時の京一の勢いにはちょっと凄いものがあるからな。後ろを守るのは大変だと思うよ」 「なんだよ、それ。誉めてんのかよ?」 「誉めてるんだよ。…一応ね」 一応ってェとこが気にあるが、楽しげに笑う龍麻の顔からは曇りは消えている。 「なんか、そーゆー気がしねェんだけど」 和んだ龍麻はいいが、周りの連中は相変わらず固まっちまってる。一体、何を企んでたんだか… 「な、何故ここが…」 やっとまともに口を開いた壬生も、らしくなく引きつっている。コイツらがここまで動揺するってのは珍しい。俺は本気で何の話をしていたのか気になった。 「そりゃどっちかってーとこっちの台詞だな。随分沢山集まってるじゃねーか?」 けれど、壬生の野郎に向けた問いに答えたのは龍麻だった。 「何言ってるんだ、主催者はお前だろう?」 何が、だ? 訳がわからない。なんで俺が自分を抜かしてこういう危険な面子が集まる場を企画しなきゃなんねーんだ。 「はぁ?なんだそりゃ?」 疑問のままに聞き返すと、龍麻は目を丸くした。 「だから、みんなで集まって、俺を驚かせるつもりだったんじゃ…ちがうのか?」 冗談じゃない。なんでわざわざ競争相手に塩を送ってやる必要がある? 「初耳だぜ?」 肩を竦めると、龍麻が考える表情になった。 途端に、周りの連中にやたら緊迫した空気が生まれる。マリィと小蒔はなにがなんだかわからないといった風だが、醍醐は見るからに辛そうな表情だ。 どうも、この場を仕組んだのが俺で、そんでもって龍麻をどっきりにハメようと企んだってェ事になってるらしい。そんでもって、連中はそれを言い切らなきゃなんねェ理由がある、と。 こりゃ、マジで何をやってたのか聞き出す必要がありそうだ。
視線を下げてしまった龍麻の首に腕を回して覗き込む。髪をくしゃくしゃを掻き回すと、龍麻はくすぐったそうに身を捩った。さらりと手に馴染む髪の感触が心地良い。 「別に、いいんじゃねぇの?こういう場所でこれだけの面子が揃うのは久々じゃねーか」 その場に俺が外される、ってのに作為を感じるんだが、ここではそれは出さない。別に、誰の企画でもいいんじゃないかという風に言うと、龍麻がふわりと笑う。 やっぱ、コイツには悩んだり悲しんだりはさせたくねェしな。しかし、それとは別に気になることは確認しとかなきゃ落ち着かない。 「で?何の話をしてたんだ?」 「…お前が、俺を甘やかしてるっていう話だよ」 甘やかしてる?一体、どんな話をしてればそんな結論が出てくるんだ? よくわからなかったが、向けられる、常とは少し違った鮮やかな笑みは相変わらず綺麗で。 思えば、こんな表情を今のように何気なく見せてくれるようになったのも、進歩だよなぁと思っちまう。 「そりゃ、まぁ…ひーちゃんも俺を甘やかしてるから、あいこじゃねーの?」 そう言って笑い返せば、やっぱり龍麻は綺麗に笑ってくれた。 「ホントに、ひーちゃんと京一って仲が良いよね…」 おおっ、小蒔、良いこと言うじゃねェか。 笑った龍麻の顔に頬を寄せると、抱え込んだ首がぴくりと揺れる。 「おうよ。俺とひーちゃんはラブラブだぜ!」 「こ、こら、京一!くすぐったいって…!」 身じろぐ反応が楽しくて、首をそのまましがみついていると、背後でなにやら割れるような派手な音が響いた。 「黙って見ていれば、狼藉の数々…蓬莱寺ッ!その手を放さないかッ!」 「そうよお〜京一くん、ずるい〜」 「その通りっ!グリーンに馴れ馴れしく触るなど言語道断」 どうやら、呆けてた連中が正気に返ったらしい。壬生が、もろに殺気を漂わせてゆらりと構えを取っている。 「僕に喧嘩売るとは、良い度胸だね。…あの世を見せてあげるよ」 そりゃ、こっちの台詞だ。一体龍麻に何を吹き込むつもりだったのか。内容によっちゃ、マジであの世を見せてやる。 「おぅ、やるってのか?俺はいつでも受けて立つぜッ!」 その時、壬生よりも更に物騒な気配の主が、俺達の間に割り込んできた。 「美里、か…なかなかやってくれるじゃねェか」 首謀者登場って訳か。笑ってはいるが、美里の目には殺気が宿っている。美里のヤツ、この場に龍麻が居るってのを忘れてんじゃねェか? 「うふふふ、京一くんたら…神に仕える大いなる力…」 案の定、聞き覚えのある台詞が聞こえ、それを聞きとがめたらしい醍醐の悲鳴じみた声が響く。 「ま、待て待て待て!美里、ここでジハードはッ…!」 確かに、ここでそんな大技をかまされりゃ、無事ではすまねェ。どうするかと考えるより早く、龍麻が立ち上がった。 「…なんかおかしい」 「へ?」 「さっきから、みんななんか変じゃないか」 龍麻は、ちらりと一同に視線を投げると、俺に向き直った。 「なぁ京一、みんなと何かあったんじゃないのか?喧嘩でもしたのか?」 俯き加減に尋ねる龍麻の顔は、悲しげに歪んでいる。 大体の事情が読めた。どうも、コイツらはさっきまで龍麻に俺の悪口か何かを吹き込んでやがったな。そこへあわや乱闘で龍麻が驚いちまったってトコだろう。細かいところは違うかもしんねーが、大体は間違ってねェ筈だ。ったく…美里も壬生も、龍麻の前だってことを考えねェからこーなるんだ! 「ひーちゃん…」 龍麻の肩に手を掛けると、それだけで一度は消えた周囲の殺気が復活するのを感じだが、気にしてたらキリがねェ。こうなったのは誰の所為だと思ってやがるんだ。 「ごめん、そんな風に心配させるつもりじゃなかった。ちょっと驚かせてやろうって思っただけだったんだ」 「え、じゃあ…」 思いっきり不本意だが、連中の尻拭いをしてやる。何より、龍麻の悲しむ顔は見たくねェし。 「そ、ちょっとどっきりを狙ってみたの。けど、逆に心配させてやりすぎたみたいだな。悪かったよ」 「…十分驚いたよ。あんま、びっくりさせるな」 息を吐いて力を抜いた龍麻の顔に、柔らかな笑みが戻る。コイツはやっぱ笑ってる方が断然良い。 「悪かった。驚かせた詫びに、何でもするから、よ」 「じゃあ、今日の夕飯の一つでも作って貰おうかな?最近は俺ばかり作ってるだろう?たまには京一の作ったものを食べたいよ」 …この場で、そういう言葉が聞けるのはこっちの方が嬉しい。回りにちょっとばかし殺気が復活してるが、いい気味だと思っちまう位は許されるだろう。 「なんだ、そんな事か?そんなんで良ければ、いつでも」 周りの連中はうだうだ言ってたし、龍麻も何か言いたげだったが、俺はさっさとその場から抜け出した。勿論、龍麻を引っ張り出すのも忘れずに。 何か言いたげだった龍麻は、強引に手を引けば仕方ないなという風に笑ってついてきた。結局、最初の約束の買い物にも行かずに、そのままアイツのマンションに転がり込む。 部屋にはいると、龍麻は息を吐いて俺に向き直った。 「…で?さっきのはなんだったんだ?」 「何が?」 「あれで誤魔化せるなんて思ってる訳じゃないよな?」 「うっ…」 ったく、おっそろしく鈍い癖に、コイツは忘れて欲しい事には妙に鋭い。まさか、お前を巡って張り合ってるとは言えねェだろ? コイツは果てしなく鈍いから、仲間連中の好意を自覚することはねーだろーが、危険なことには変わりねェし。大体俺があーんなに苦労したのに、なんで簡単に教えてやらなきゃなんねーんだ? 「何か、みんなおかしかった。醍醐は最初から変だったし、いきなりみんなで京一を甘やかしてるって言い出すし…」 「俺を、甘やかしてるって?」 「最初は小蒔と醍醐で、いつもの調子の冗談だったのに、いきなりみんなが出てきて…本当にあれ、お前が呼んだのか?」 はぁん。そういうコトか。最近の龍麻の様子が気に掛かる連中が集まって、問いただそうとしたと。まぁ確かに、龍麻は変わったと思う。…原因は俺だけど。 「ん〜まぁ、なんつーか、偶然だったんだ」 連中に同情はしねェが、この位置を譲るつもりもない以上、貸しを作っておいても良いだろう。この場は誤魔化すに限る。丁度気になってたコトもあるしな。 不審そうに眉を寄せている龍麻の肩に手を回して、俺は正面から顔を覗き込んだ。 「で?ひーちゃんはなんで俺が甘やかしてるって思ったんだ?」 龍麻は虚を突かれたように黙り込んだ。こういう状態になるのは、なーにか言いにくいことがある時だ。 俺達が、いわゆるコイビトってェヤツになったのはついこないだのことだ。そこに行き着くまでには、そりゃ、口に出しては言えねェような忍耐と苦悩の日々があったんだが…なにせ龍麻は致命的に鈍かったからな。まぁ、それも過ぎちまえば良い思い出状態で、めでたく想いの通じ合った今は、どうでも良いことだ。 しかし、コイツはやっぱりその、『コイビト』っていう位置に安住はさせてくれなくて、時々思いもかけないような事で悩んでたりする。気持ちの確かさはちゃんと自覚させたんだけどな。 「甘やかされてる、だろ?」 「甘やかされてるのは俺の方だと思うけど?」 逃げを許さないように、腕を腰に回せば、龍麻は諦めたように息を吐いた。 「なんていうか…お前さ、戦う時に俺に背中任せてるだろ?あれって命を預けてくれてるってことだよな?お前はいつもそうで…けど、俺はそれをちゃんと返せてるかどうか…」 「ひーちゃん…」 「お前は本当に俺にいろんなものをくれた。俺は同じだけ返せてるかどうか、自信がない。やっぱり俺が甘やかされてると思う」 「あのなァ、ひーちゃん」 ったく、なんでそんなことを思いつくんだか…呆けてるにも程がある。けど、そう思ってくれることが正直嬉しい気持ちもあって。 「俺がひーちゃんに背中を預けてるように、ひーちゃんも俺に背中、預けてくれてるだろ?んで、俺が何かひーちゃんにやってるとすりゃ、同じだけひーちゃんは俺に返してくれてるだろーが」 「同じ…か?」 取りあえず、まだ余計なことを紡ぎそうな唇を塞いでしまう。 「ん…っ」 まだ、どこかぎこちないキスはそれでも心地良い。 あまり深く探らずに唇を解放すると、ほんのりと紅く染まった耳元に囁きかけた。 「けど、ひーちゃんが足りねェって思うんなら、お返しはいつでも受け付けてるんだけど?」 龍麻は、一瞬目を見開いた後、鮮やかな笑顔を見せた。 さっきみたいな笑顔は別に連中に見せても惜しかねェが(俺以外に向けられてる、ってコトになりゃそりゃ困るが)この、艶を含んだ表情は、絶対に他の人間には見せてやんねェ。俺だけの特権ってヤツだ。 「やっぱり、俺の方が甘やかしてるのかな?」 「別に、どっちでもいいだろ?もしそうなら、その分俺がひーちゃんを甘やかすから」 「お互い様、ってヤツか?」 「そういうこと」 ゆっくりと背中に回る手が愛おしい。勿論、お誘いを遠慮するほど俺は聖人君子じゃなかった。
その後、開き直った美里達との間で一揉めも二揉めもあったんだが、それはまた別の話。
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