「……風祭。何が言いたいのかわからない」
 端的な言葉に、咄嗟に怒鳴りたくなる気持ちを抑えて風祭は乱暴に言葉を継いだ。
「だから、勝負しろ、つってんだよ!」
 わざと一拍置いて、息を吸い込んで。
「逃げるなよ?逃げたら、ちょっと都合の悪い事になるからな」
 都合の悪い、に力を籠めて言うと、目の前の男は少し困ったように何度か瞳を瞬かせる。
 そんな仕草すら気に触って、風祭は小さく舌打ちした。


 気に入らない。
 ずっと気に入らないとは思ってたのだが、ここのところは特に強くそう思う。
 あまり表情の出ない顔も、寡黙な癖に、時折ひやりとしたものを感じさせる物言いも、何を見ても物怖じのまるでしない態度も、およそ新参者とはかけ離れている。
 どこからどう見ても「怪しいヤツ」なのに、桔梗や九桐、更には忠誠を誓った主でさえも、何故かあの男に信頼を寄せている風なのだ。
 風祭がどれほど口を酸っぱくしてその危険性について訴えても、そんなことはないとか、考えすぎだと軽く一蹴されてしまう。それどころか、桔梗辺りには
「やきもちかい?坊や」
 等とからかってくる始末。
 なにより、一番気に入らないのは、あの男が自分と同じような系統の技を使う事だった。
 異質な、しかしどこか似通った型と、技。
 嘗て師と呼んだ相手は、風祭に己の流派を陰陽の陰と語った。その意味を全て聞く前に飛び出してきた風祭には、師があの時本当に言いたかった事はわからない。
 しかし、この男の技を見ているとあの時の言葉が何故か妙に浮かんでくる。
 陰陽の、陽。
 もしもそれが実在するとしたら―――
 それに、一度聞いただけではっきりとは思い出せないが妙に耳に残る『緋勇』の名は、もしかして―――
 そんなことを思い浮かべてしまうほど、あの男の技は自分のそれと似ていて―――けれど確実に違っていて。
 そして、強い。
 村に来たばかりの頃、幕府の役人がどさくさに紛れて、結界の内側に入り込んだ事があった。勿論、下っ端の役人など鬼道衆の敵ではないのはわかっているのだが、あの時は村への、それも奇襲に近い夜討ちだったので、村は一時騒然となった。その混乱の中で、あの男は無防備にも見える足取りで最前線に出て、唐突な行動に呆気に取られている敵に技を振るった。浪人達を4〜5人纏めて吹き飛ばしたのだ。
 戦場と化したその場で、敵と味方、誰もの動きを一瞬にして釘付けにした男は、後日、危険な行為の理由を逃げ遅れた負傷者が居たからとけろりと言い放った。
 圧倒的な強さはどんな言葉よりも雄弁で、村の者は一遍に新参者への視線を改めてしまった。
 だが、風祭はそれが逆に気に入らない。
 あの、強さ。
 技の型が似通っている故に、誰よりもよくわかる。あれは、相当な鍛錬をこなし、その上でかなりの修羅場を潜って磨かれてきたものだ。

 しかも―――
 恐らく全てを出し切っている訳では、ない。

 それに気づいた時、鳥肌に近いものを覚えて、すぐにそんな自分に嫌気が差した。
 冗談ではない。
 あんな得体の知れない奴に、僅かでも―――畏怖を感じたのは一生の不覚である。
 誰もやらないのなら、自分でやるしかない。
 あの男―――緋勇龍斗の化けの皮を、自分が剥いでやるのだ。
 密かな決意を抱えて、風祭は龍斗の動きをこっそり追う事にしたのだった。
 そして、その足がかりはすぐに掴めた。問題は、それをどう使うか、だった。



「手合わせなら何もこんな時間にやらなくても、いいんじゃないのか?今日はもう、遅い」
 風祭と龍斗は、同じ部屋が割り当てられている。夜も更け、屋敷内も静まりかえって布団を敷くような頃合いだったから、龍斗の言い分も尤もなのだが、風祭がこの時間を選んで言い出したのにはちゃんと理由がある。
「遅いも早いも関係ないだろ?どうせ、お前は今からどっかに抜け出すつもりなんだろうが。それとも…お出かけを邪魔されちゃ拙いってのか?」
 一息に言い切って、風祭はじっと相手の反応を見守った。
 惚けるか、警戒するか、諦めて正体を顕すか。
 どれにしても不覚を取るつもりはなく、少しでも動揺が見えたら、逃さず追いつめてやるのだ。

 龍斗は夜、定期的に抜け出している。
 それが、風祭の掴んだ足がかりだった。
 一度は床につくのだか、夜半にするりと床を抜け、外へと出ていく。2〜3日に一度の頻度で繰り返されるそれに、今まで気づかなかったのが信じられないくらいだった。
 矢張り龍斗は幕府側か何かの人間で、夜中に出ていって仲間と繋ぎを取っているのだろうか。そう考えただけで胸が焼けるような気がした。
 そんなこと、絶対に許せない。
 夜中にこそこそ出ていくという事一つ取っても十分に怪しく、それを表沙汰にして糾弾すれば龍斗を追いつめる事は出来るだろうが、そうする気は風祭にはなかった。あくまで本人に問い質し、怯んで馬脚を現したところで叩きのめす。あくまで、己が拳で。
 しかし、そんな風祭の思惑に対して、返ってきた答えは余りにも意外なものだった。
「なんだ、気づいてたのか」
 そう言うと、
「じゃあ、今日は風祭も一緒に行くか?」
 と、龍斗はくるりと背を向けて歩き出す。
「は?一緒?って、お前…」
 予想していたどれとも違う反応を返されて、風祭は反応が遅れた。その間に、龍斗は部屋を出て行ってしまう。
「って、おい、こら!待て!」
 はっとなって部屋を飛び出せば龍斗の背は、既に廊下の角に消えようとしている。
「待てって言ってるだろうが!」
 風祭は慌ててその後を追いかけた。


 屋敷を出ると、既に龍斗は村の奥、双羅山の方へと歩いていた。
「お前…どこ行くつもりだ…っ!」
 呆けてた時間が長かったのか、龍斗の足が速いのか。息を乱してやっと追いついた風祭に、龍斗は不思議そうな目を向けた。
「気が付いてたんじゃなかったのか?」
 そこへ、見張り番だろうか、通りかかった数人の下忍が声を掛けてきた。
「緋勇殿、今日は澳継様とご一緒ですか?」
 心なしか何かを期待しているように聞こえる上擦った声に、龍斗は小さく笑んで頷きを返した。
「ああ、寝付けないらしい」
 その答えに、下忍達の表情が輝いた。
「そ、それではその…見学させて貰っても構わないでしょうか!?お邪魔は致しませんから!」
「俺は、いいけど…」
 そう言いながら龍斗に視線を向けられて、風祭は焦った。見れば、下忍達も期待に満ちた眼差しで風祭の言葉を待っている。
「何だってんだ?俺は別に…」
 勢いに押され、最後まで言いきらない内に喜色満面でありがとうございますと返されて、風祭はそこから先を聞けなくなってしまった。
 仕方なく、そのまま一緒に歩き出した一団の中の一人にこっそりと声を掛ける。
「おい、あのヤローが夜中にいつも何処に行ってんのか、知ってるのか?」
 風祭の問いに若い下忍は驚いたようだったが、頷いて答えた。
「ええ、滝で…鍛錬をされてるんですよ」
「鍛錬?わざわざ夜中に?なんでだよ?」
 人も寝静まったような真夜中に、なんでそんな必要があるのか。
「理由は知りませんが…2〜3日おきに」
 下忍は少し照れたように笑って付け加えた。
「緋勇殿の動きは、見ているだけでも随分と綺麗で、勉強になります。不寝番の者は楽しみにしているんですよ。けど、どうにもお邪魔をするようで近寄りがたくて……いつもは交替後にこっそり窺っているんですが、今日は澳継様のお陰で、近くで拝見出来そうです。それに、お二人で、ということになれば殊更ですし、今日の当番の者は運がいい」
 心底嬉しそうなその言葉に、偽りは感じられない。しかし期待に目を輝かせている相手とは対照的に、風祭はすっかり眉根を寄せてしまっていた。





「うわ……っっ!」
 鋭く刺す拳を避けきれず、風祭の身体は大きく後方へ飛んだ。辛うじて踏みとどまったものの、衝撃は大きい。防御した腕がじんじんと痛むが、なんとか体勢を崩さずにいられただけマシである。舌打ちを隠さずに構え直した風祭だったが、対する龍斗は何故か息を吐いて構えを解いた。
「今日は、ここまでだな」
「な…っ!冗談!こっからだろうが!」
 今止めてしまえば、まるで『勝ち逃げ』されたようではないか。
 しかし、抗う風祭に龍斗は首を振った。
「仕舞いだ。これ以上は意味がない」
「てめェ…っ!」
「動きが、いつものお前じゃない。こんなことで怪我してもいいことなんかないぞ」
「……っっ」
 心当たりのしっかりある風祭は、その言葉に反論出来ない。集中出来てないのを見抜かれてしまったのは己が不覚だが、それを正直に認めるのも口惜しくて、風祭はごろりとその場に転がった。
「……おい?」
 名を呼ばれても返事をする気になれなくて、硬く目を閉じ沈黙を守る。
「風祭?」
 子供じみた反抗だったが、口を開けば余計な事を言いそうだったのだ。この場には、見稽古と称した見物の下忍達もいる。負けた腹いせに中傷している等と取られるのは風祭の矜持が許さない。
 諦めて帰ってくれればいいと思っていたのだが、しかしそれは叶わなかった。
 些か乱暴にぐいと引き上げられ、驚いて目を開けると息のかかりそうな距離に、強張った龍斗の顔があったのだ。
「な…!な、なに…っ!」
 驚きのあまりまともに喋る事の出来ない風祭に対し、龍斗は真剣そのものの顔つきで尋ねてくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫か…じゃねぇ!いきなり、何しやがるんだ!」
「……ごめん。怪我でもしたのかと思ったから」
「てめぇ…」
 それは本調子を出せない俺に対する嫌味かと言いかけて、しかし目の前の龍斗の表情に最後まで言えなかった。
 心配…というより、不安を色濃く顕した表情。
 その顔に毒気を抜かれて、風祭は息を吐いた。
「……なに、ヘンな顔してんだよ」
 そう言えば、龍斗はやっと少し緊張を解いて目を伏せた。
「人が倒れてるとこってのは、あんまり気持ちのいいもんじゃない」
 意外な事に、その声にはまだ動揺が残っているようだった。
「そりゃ当たり前だ。お前、驚きすぎだっての」
「倒れて…動かなくなって…冷たくなってくのかと思うと、な」
「緋勇…」
 まるで怯えているかのような声だった。
 いつも、いっそ憎らしいくらいに落ち着いている龍斗の意外な一面を目にして、風祭は思い切って聞きたかった事を口にした。
「なんでこんな夜中にうろうろしてんだよ」
「なんでって…」
「昼間やりゃあいいだろが?こんな、夜中に何こそこそやってんだよ」
 龍斗は、少し驚いたように目を見開き、次いで考え込むように首を傾げた。
「…こっちの方が能率が上がる気がするから…かな?」
 その答えに、風祭は露骨に眉を寄せた。
 嘘、だ。
 根拠は何もないが、直感的にそう感じる。
 大体、夜中にこそこそ起きだしては鍛錬したところで、能率も何もあるわけがない。睡眠不足でこけるのがオチだ。
 夜半に出ていくのにはきっと、何か他の理由がある。
 しかも、人には言えないような何かが。
 やっぱり、無茶苦茶怪しいじゃねーか。
 そう結論づけた風祭は、しかしそれを口に出す事はしなかった。
 怪しいのは確かだが、少なくとも害意を持っている訳じゃない。
 これも勘だったが、多分、外れてはいないはずだ。
「風祭?」
 黙ってしまった風祭を訝しんだのか、龍斗が覗き込んでくる。息のかかりそうな間近でその顔を見た風祭は思わず息を飲んだ。
 額にかかった前髪の間から、吸い込まれそうな瞳がこちらを窺っている。鼻筋は通っていて、物問いたげな唇は薄く開かれていて、何か言おうとしているように見える。
 今まで考えた事もなかったが、白く、整った顔立ちを意識してしまいかっと顔に血が上った。
 よくよく考えれば、風祭はまるで龍斗に抱き起こされているような体勢で話をしていたのだ。慌てて、その手を引きはがす。
「やっぱ、やめだ。も一回やる。膝を突かせてやるまでやめねーからな!」
 いきなり引きはがされて龍斗は驚く。
「風祭…顔が赤いぞ?」
 指摘されて風祭の顔は余計に赤くなる。
「やっぱり、具合が悪いんじゃ…」
「なんでもねぇ!やるぞ緋勇!」
 怪しいのは確かだが、ほんの少しだけ、信用してやってもいいかなという気持ちが芽生えていた。
 自分でも馬鹿らしいとは思うが、先刻の龍斗の表情はそれだけのものがあった。
 要は目を離さないようにして、見張っていればいいのだ。
 今のところは、それで勘弁しておいてやる。
 そう、思った。



 後日、見物していた下忍達から、『緋勇殿に抱き起こされていた澳継様』の話が村中に広まり、風祭が烈火の如く怒る一幕があったのだが、それはまた別の話。