引き戸を開ければ、そこから爽やかな風が吹き込んでくる。龍斗はぐっと身体を伸ばして、大きく息を吐いた。湯を使った後の火照りが、風に溶けていくようだ。
「やっぱりここだったか、龍斗」
 振り返れば、雄慶が何やら盆を抱えて立っている。
「お前の事だから、昨日の今日ではどうせ風呂だろうとは思っていたが…」
 無類の風呂好きである龍斗を揶揄する雄慶に、龍斗はあっさりと笑い返す。
「ああ、たまには昼の風呂というのも良いぞ?それより…どうした?何か用か?」
「藍殿と小鈴殿が持ってきてくれたのだ。どうだ?」
 見れば、盆の上には饅頭が山のように盛られている。
「こんなにどうして?」
 目を丸くした龍斗に、雄慶は笑って盆を差し出した。
「うむ。どうも昨夜の一件を時諏佐先生に聞いたらしい。甘いものは疲れが取れると言ってな」
 数日前から、内藤新宿に物の怪が出るという噂が流れていた。昨夜は、その真相を確かめるべく、男連中が噂のある辺りを張り込んだのだ。
 張り込む事しばし、騒ぎの元は物の怪ではなく人間であることがわかったのは早かった。物の怪の噂に乗じて追い剥ぎを働いていた、なんとも情けない小悪党が騒動の元だったのだ。
 しかしこの小悪党、見つかったとみるや凄まじい勢いで逃げ出して、しかも恐ろしくすばしっこかった。
 捕えることは出来たものの、それが殆ど夜明けと変わらない時刻だったため、竜泉寺に帰り着いた頃には完全に夜が明けていた。結果、雄慶と龍斗、京梧は殆ど寝ていない。
 流石にそれを慮ったのか、今日は百合も何も言ってきてはいなかった。
 差し出された盆に破顔して、龍斗は廊下の柱に凭れるように座り込んだ。
「じゃあ、有り難くご相伴に預かるよ」
 そう言って饅頭を摘み上げた龍斗に、雄慶も頷いて腰を下ろす。
「ああ、先程一つ貰ったが、なかなかに美味い。たまにはこういうものも良いものだ」
 妙に生真面目な顔で感想を述べつつ饅頭を頬張る雄慶に、龍斗は思わず笑みを零す。
「雄慶は甘いもの、好きなのか?」
「ああ、割に好きだな。ただ、毎日食いたいとは思わんな。時々貰うからこそ、こういうものは美味い」
 もっともらしく頷く雄慶に、龍斗は悪戯っぽく、
「雄慶、誰かの顔が浮かんでるだろ?」
 そう言えば、更に雄慶は頷いた。
「ああ、浮かんでるぞ。好きとなれば馬鹿の一つ覚えさながらにひたすらそればかりを食う奴の顔がな」
 澄まし返った顔に、龍斗はぷっと吹き出した。
「あはははっ、俺もそう思った」
「そうだろう?やはりな」
 ひとしきり笑い合った後、雄慶は笑みの収まらない頬のままで尋ねた。
「それで、その馬鹿はどうしたんだ?」
「さぁ…朝から見かけてはいないけど」
 そう言えば、朝から京梧の姿を見ていない。
「どうせそこらをうろうろしているんだろう。腹が減ればそのうち出てくる」
 まるで餌に引き寄せられてくる野良猫の扱いだが、雄慶は何故かそれを聞いて笑った。
「まったく…お前らは面白いな」
 その含んだような笑顔に、龍斗が眉を寄せた。
「どういう意味だ?雄慶」
「蓬莱寺の居所、見当がついているのではないか?」
 笑みを含んだ声で言われて、龍斗の眉が顰められた。
「……どうしてそう思う?」
「どうしてもこうしても…」
 雄慶は酷く面白そうな表情で龍斗を見た。
「お主は普段は酷く優しい男だ。関わった人間には特に、な。しかし、あやつだけにはどうにも素っ気ない。かといって気に入らないのかと思えば、いつも一緒に居る。それこそ、お主は気に入らぬ相手と共には居るような奴には見えん。つまりは、そういう事なのだろう?」
 雄慶の物言いに、龍斗は益々眉間の皺を深くする。
「………訳がわからない」
「お主は、どうにも素直ではないということだ」
 意味深に言い切られては、龍斗は苦笑するしかない。
「しょっちゅう京梧と喧嘩してる雄慶には言われたくないんだけどな。―――ごちそうさま」
「お主と俺では立場が違うと言う事だ。行くのなら、これも持っていってやれ」
 立ち上がった龍斗に、雄慶は下に敷いていた布巾でいくつかの饅頭を包んで差し出した。
「…何処にいるか、知らないと言っているのに」
「ならば、顔を合わせたら渡してやってくれ」
 笑いながら差し出されたそれを気の乗らない風に一瞥して、それでも受け取った龍斗の後ろ姿を見送って、雄慶は浮かんだ笑みを隠すことなく身を翻した。



 竜泉寺の裏には、小さな広場がある。周囲から化け物寺などと囁かれているが故に人目の少ないそこで、京梧が時折素振りをしているのを龍斗は知っていた。
 丈の長くなってきた夏草を踏み分けて行けば、案の定、馴染んだ気配がそこに在るのを感じる。
 結局雄慶の言いなりになっているのは業腹だが、気になるのも否定出来ない龍斗は、ゆっくりとそちらへ足を向けた。
 建物の角を曲がれば、一心に刀を握る京梧の姿が目に飛び込んでくる。
 見慣れているものとは言え、それが妙に眩しく感じられて、龍斗は目を細めた。
 目の前に難敵を見据えているのか、酷く真剣な眼差しと、抑えた、しかし鋭い動き。そして何より、圧倒的な『陽』の氣。
 常は、技は実戦でのみ磨かれると公言して憚らない癖に、時折こんな風にひっそりと己と向き合うように刀を握ったり、する。そんな所が酷く京梧らしいと思う。
 回りの何もかもが目に入らない勢いで刀を握るその目には、龍斗の姿など映っては居ない。それが少し業腹だと、そう思った次の瞬間、龍斗は身の内に溢れた感情に苦笑して息を吐いた。
「本当に、どうしてだか…」
 思わず漏れた言葉は嘆きにも近いものだった。

 理由など、知らない。
 普段は馬鹿と言い切れる程の単純な男なのに、時折見せる鋭さと、これと定めた道(けん)に対する情熱は信じられないほどで。
 何より己を偽るという事を知らないその傲慢なまでの姿に。
 どうしようもなく惹きつけられている。

 今も、声を掛ければ届く距離にありながら、龍斗の事などまるで気づかぬように刀を握る姿が、気に触りながらもその場を立ち去る事が出来ない。鍛錬の邪魔はしたくないが、もっと、その姿を見ていたい。
「…っと」
 近くの木に背を預ける形で腰を下ろした龍斗は、膝の上に乗せた包みを解いて、中の饅頭を取りだした。取りあえず、何かで気を散らしていないと、京梧の邪魔をしてしまいそうだったのだ。
 柔らかい饅頭に噛み付けば、口の中に小豆の香りが広がる。その、程良い甘味を味わいながら、龍斗は京梧の『氣』をより感じるように、深く息を吸い込んで目を閉じた。





 気が付けば、日差しが随分高くなっていた。
 流れる汗を拭って視線を巡らせた京梧は、一番大きな木の根元に馴染んだ姿を見つけて驚く。
「ひーちゃん?」
 しかし、呼びかけに返ってくる答えはない。近づいてみれば、龍斗は目を閉じてすっかり寝入っているようだった。
「こんなところで昼寝たぁ、珍しい…」
 そういえば、昨日はすっかり夜中駆け回った所為で殆ど寝ていない。部屋で休めばいいのに、こんな所で居眠りしている姿が、なんとなくおかしかった。
「ん…?」
 見れば、膝の上には饅頭が乗っており、おまけに龍斗の手には食べかけの塊まである。
 どうやら、囓りかけてそのまま眠ってしまったらしい。
「ホントに、珍しい…」
 そう笑って、京梧は眠る龍斗の前に座り込んだ。
「ひーちゃん…龍斗?」
 呼びかけても返ってくる答えのない事が、龍斗の眠りの深さを示している。しかし何より、この至近距離での呼びかけにも答えがない事が、京梧の頬を緩めていた。
 龍斗は、気配には敏感だ。そして酷く慎重でもある。常ならば、こんな風に無防備な寝姿を屋外で晒すなどあり得ない。それが、ここまで近づいても目を覚まさないのは京梧の気配に安堵しているか、それこそ気にも掛けられていないからか。
「気にされてねェ、ってのなら少々痛ェけどよ…」
 そうではない、という確信がある。腕に抱いて眠った事もある身体だ。こんな表情で眠るのは、その眠りが心地よいものである証拠だ。
 改めてじっと眠る顔を眺めれば、その秀麗な顔立ちはやはり目を引く。一番印象的なその瞳が隠されていても、それは十分に魅力的で。
 本当に、この相棒は京梧の目を惹きつけて止まない。いつもは何物にも捕らわれないような素振りで、しかし腕に抱けばその性は酷く熱い。冷静さの中に潜んでいるその熱は、京梧には好ましいものだった。
 その、熱さを知っている人間が限られていると知っているからなお、余計に惹かれる気持ちは強くなる。
 暫く、京梧は龍斗の寝顔を眺めていたが、龍斗は一向に起きる気配がない。眺めている内に、ふと悪戯心が涌いた。殆ど手から放れそうになっている饅頭を、龍斗の手ごと掴んで、口へと運ぶ。
 手を掴まれれば流石に目が覚めたのか、龍斗はん…と声を上げた。
「京梧…?」
「おぅ」
「……何してるんだ?」
「ちょいと、分けて貰おうかと思ってな」
 そう言って、龍斗の手の中の饅頭に噛み付く。ついでとばかりに戯れのように指先に歯を立てれば、驚いたのかその手がびくりと揺れた。
「ちょ…こら…っ」
 手を引く事を許さずに、更に手の中に残る欠片を囓る。
「ここに…ちゃんとあるだろう…!わざわざ人が食べてるものに手を出すなっ」
 膝の上を示されて、しかし京梧は笑って首を振った。
「こっちの方が美味そうだ」
「…って…っ」
 抗議の声を無視して指ごと餡を嘗め取ると、龍斗の口から溜息のような吐息が漏れる。その顔に自分のそれを寄せて、京梧は龍斗の唇をぺろりと嘗めた。
「こっちも甘ェな…」
「…寝込みを襲うのがお前の趣味か?」
 怒ったように言う龍斗に、京梧は笑って再び頬を寄せた。
「こんなとこで居眠りされてたら、襲われても文句は言えねェだろ?」
「生憎、そんな物好きはお前くらいだ。重い。どけ」
 京梧は、龍斗の投げ出された足を敷くようにして身体を乗せている。それを厭って身じろぎする龍斗を逃がさないように、京梧は更に腕を囲いにしてその身体を閉じこめる。
「…っ、重いって言ってる…っ!」
「いいじゃねェか」
 不機嫌な物言いを慰めるように、首筋をゆっくりと撫でて京梧はほのかに残る水の匂いに気づいた。指に絡めてみれば、髪もしっとりと湿り気を帯びている。龍斗は無類の風呂好きで、事ある毎に湯を使っているが、今日も例に漏れなかったらしい。眠るより先に風呂、というのが酷くらしくて、思わず笑みが零れる。
「お前、また風呂に入ってたのか?」
 そう聞けば、
「またで悪いな」
 と、怒ったような声が返ってくる。別に怒っている訳ではなく、照れを隠しているのだと知れるから、京梧も笑みを深くして言葉を返した。
「別に、悪かねェよ。俺も入ってくるか…汗、かいちまったからな」
「なら、さっさと行って来い。まだ暖かい湯が残ってると思うぞ」
 京梧はくつくつと笑いながら、やはり怒ったような口振りで言う龍斗の首筋に唇を寄せた。
「一緒に、入らねェか?」
「俺はもう、入ってきた」
「だから、もう一回…汗、かこうぜ?」
 そう言って首筋に歯を立てれば、戦くように震える身体が嬉しくて京梧は笑った。



「これ…どうしたんだ?」
 膝から転げ落ちそうな包みを指してそう尋ねれば、龍斗は息を吐いて答えた。
「小鈴と藍が…持って…っ」
 途切れる声に力を得て、京梧はさらに指を這わせた。
「止めろよ、もう…っ」
「別に、なんもしてねェだろ?」
「お前…っ!」
 睨んでくる目が熱を帯びているのを感じて、京梧は人の悪い笑みを浮かべた。
「俺は、指を綺麗にしてやってるだけだぜ?」
 そう言って、甲を引っ掻くように撫で、更に指を絡ませてその付け根を柔らかく引っ掻く。
 それだけのことで、酷く敏感に反応する身体は既に熱を帯び始めている。
「止めろ、って…っ」
 厭うように払いのけようとする手にも、力は籠もっていない。龍斗の状態を承知の上で、京梧は更に意地悪く問いかけた。
「止めて…いいのか?」
「………っっ」
 その問いに、息を詰めた龍斗が目を見開く。その眼差しが、京梧の表情を捕らえて歪んだ。
「頭に…来る…」
「なんで?」
 流石に、お前の思い通りになっているのが業腹だとは言えないのだろう。龍斗は恨めしげな目で京梧を睨んだ。
「お前が、聞くな…っ」
 怒りと羞恥を混ぜたかのような表情に、京梧は喉を鳴らして笑った。
「そうか?俺は、嬉しいけどな?」
「…そりゃ、お前は…っ」
 言いかけた龍斗の言葉を防ぐように、京梧は指を絡ませたままの手を引き寄せた。
「こうやって、熱くなるってことは…」
 そして、今度はその指に舌を這わせる。
「期待されてるって、ことだろ?」
 目の前に見せつけるように掌を翳されて、龍斗は目を細めた。
「誰が期待なんか…」
「してねぇ?」
 そう言って視線を向ければ、龍斗は諦めたように息を吐いた。
「…馬鹿」
「おぅ、何でもいいぜ?馬鹿でも何でも…」
 絡めた指を名残惜しげに解放して、京梧は龍斗の前を乱す。
「お前と一緒に汗、流せるんならな?」
 言葉と共に熱い息を耳に吹き込めば、龍斗はくすぐったそうに首を竦めた。
「そんな汗なんか要らないって言っても…聞かないくせに」
「そりゃそうだって」
 露わになった鎖骨に朱印を刻みながら、京梧は笑う。
「こんなに…熱い癖に、要らないなんて言わないだろ?」
 そう言えば、龍斗は眉を寄せて息を吐いた。
「誰の所為でこんなになってると思ってる?」
 解放された腕を京梧の首に絡めて龍斗は京梧の顔を覗き込む。
「けど…」
「何だよ?」
 首を傾げる京梧に、龍斗は艶やかに笑んだ。
「俺に汗を掻かせるんなら、こんなもんじゃ足りない」
 その、蠱惑的な笑みに京梧の息が詰まる。
 本人に自覚があるのかないのか、『その気』になった時の龍斗の顔は思わず息を呑むほどの艶がある。その表情は何度見ても京梧を熱く駆り立てるものだった。
「ったく…」
 小さく舌打ちして、京梧は噛み付く勢いで笑みを刻む唇を奪った。
 からかうつもりが、こんな表情(かお)を見せられてはそんな余裕は何処かに吹き飛んでいってしまう。煽るように口腔を嬲れば、応じてくる舌が余計熱を誘う。
「は…っ」
 唇を解放し、熱い息を吐くその顔を覗き込んで、京梧は不敵に笑った。
「安心しろ。ちゃんと汗…かかせてやるから」
「上等」
 そう言って笑い返してくる瞳はやっぱりなんとも言えぬ艶がある。誘われるままに胸の尖りに唇を落とせば、跳ねる勢いで返ってくる反応に京梧は目を細めた。
 片方を舌で、片方を指で嬲れば堪え切れぬと言った風の声が上がる。
「ふ…あっ」
 そのまま下肢に指を伸ばして、腿の内側を撫で上げる。それだけで一層高い声が上がった。ぴったりと閉じておらず、緩やかに開かれた足の間に身体を割り込ませるように座り込めば、木の幹にすっかり身体を預けている龍斗の上半身も小さく震える。
「…ん」
 無意識の内にであろう、膝を立てようとする仕草を見て、京梧は頬を緩めた。
「覚えてるよなぁ…ひーちゃんも」
 その言葉にうっすらと目を開けた龍斗は、京梧の言葉の示す物に気づいて顔を顰めた。
「お前がしつこいからだろう…っ」
 確かに、もう数を覚えては居れぬ程抱いた肌だ。しかし、それでも飽く事はなく、それどころか、抱く度に深みに嵌っているような気すらする。そして、その執着に無意識に応じるかような龍斗の仕草は、京梧の胸に新たな熱を呼び覚ます。
「へへ…俺にゃ嬉しいけどな」
 笑み崩れた顔でそう言えば、龍斗は呆れた様な息を吐いた。
「何をそんなに…」
「お前が、俺を覚えてるってのは嬉しいぜ?無意識に染みついちまうくれーってのが尚更な」
 たちまち、龍斗の顔が朱に染まった。
「馬鹿を言って…」
「言ったろ?俺は馬鹿で全然構わねェって」
 そう言って、京梧は赤く染まる頬に口付けて笑った。



 忍ばせた指で、奥まったその場所を丁寧に解いていく。もう言葉もないのか、龍斗の喉から漏れる掠れたような声は意味を成さないものになっていた。色に染まったその声に力を得て、京梧は立てられた膝を抱え上げる。
「いいか?」
「…ん…あぁ…」
 京梧の言葉が果たして届いているのかどうか、熱を持て余すような龍斗の瞳は京梧を捕らえているのに、返ってくる応えはない。しかし、その身体の状態から判断していいのだろうと思い切った京梧は、ゆっくりと身を押し進めた。
「……っっ!」
 途端に跳ねる身体をあやすように、前を慰めてやりながら熱く狭いそこに自身を収める。最初の頃は自分も加減がわからず随分無理をさせたが、最近ようやっと加減を覚えた気がする。今も、眉は寄せられていても、以前のように熱が冷める程の痛みは覚えていないようだった。
「龍斗…」
 名を呼べば、閉じられていた瞳がゆっくりと開いて京悟を映す。
「いい…か?」
 もう一度問えば、今度は笑みと共にそっと唇が寄せられた。
「まだ…足りないからな」
「いいぜ?とことん濡らしてやるよ。全部、な」
 意味深に言葉を返せば、龍斗はあの、どこまでも京梧を熱くさせる笑みを浮かべて京梧の頬に手を掛けた。
「こい…よ、早く…っっ」
 言い終えるのを待たずに突き上げれば、龍斗はびくりと肩を竦めて京梧の肩を強く掴んだ。爪を立てられて痛みに眉を顰めるが、じきにそんなことはどうでも良くなる。
 絡みつく、熱い中に熱を煽られて他の事を考えるのは難しい。
 抱きしめる手に力を籠めて、京梧は龍斗を追い上げるのと同時に自分の熱も追いかけることにした。




 幹にぐったりと身を任せたままの龍斗の顔を覗き込んでみる。
「ひーちゃん?」
 しかし、返ってくる答えはなくて、京梧はやりすぎたかと頭を掻いた。動けなくなるほどやるつもりは無かったのだが、ついつい熱が過ぎてしまったらしい。
「けどまぁひーちゃんも誘ってきた事だしなぁ」
 そんな事を言っていると、腹に衝撃を覚えて京梧は慌てて視線を戻した。
「誰が、誘ったって?」
 見れば、龍斗が瞳を閉じたまま腕を投げ出している。どうも、その拳を腹に食らったらしい。常の龍斗ならばその衝撃も大きかったのだろうが、如何せんぐったりと伏している今ではその拳の威力も半減である。
「おっ…立てるか?」
 京梧の問いに、龍斗は何とも言えぬ表情で睨んできた。
「…お前、なぁ」
「なんだよ、ちゃんと濡れた、だろ?」
 言い切れば、もう一度拳が飛んできた。
「程度を考えろ」
 確かに、今の龍斗は立ち上がるのも億劫そうだ。寝不足の上に激しい行為では、流石に身が保たなかったらしい。
「……当然、最後まで責任は取るんだろうな?」
 かなり本気の眼差しで睨まれて、京梧はぽりぽりと鼻を掻いた。
「……どうしろって?」
「約束通り、風呂まで連れて行け。当然、人目に付かないようにだぞ?」
 言われなくても、この状態の龍斗を人目にさらすのは京梧とて嫌である。事の後の気怠い空気を纏った龍斗も、最中ほどではなくても十分色めいている。他人の目に晒したいものではない。
「わかった。ちゃんと連れてくって」
 龍斗はにやりと笑って付け加えた。
「それと…風呂場でおかしな事をしたら、わかってるだろうな?」
 その言葉に、京梧はがくりと肩を落として両手を上げた。
 この『相棒』にはいつだって敵わないのだ。
「わかってます…って」
その京梧の表情がよほど面白かったのか、龍斗はくすくすと声を上げて笑った。
「じゃ…よろしく」
 そう言って差し出された手を、京梧は苦笑しつつ掴んだのだった。