目を閉じて、深く息を吐き、『氣』を整える。目を閉じたままでも、正面の『氣』が静かに、しかし確実に高ぶっている事を感じて一瞬頬が緩む。
 しかし、それも一瞬のこと。
 次の瞬間、踏み込んだ勢いで肩を狙えば、それはあっさりと躱された。生半可な攻撃が通用しないのは知っている。勢いを殺さずに今度は下からすくい上げるように腕を狙えば、一歩下がるのと同時に刀身に横から拳が飛んでくる。無手だと油断し、うっかり受ければ刀そのものを折られかねない事は、先日、身を以て体験済みである。
 引くか、攻めるか。
 しかし、一瞬の判断の迷いを龍斗は見逃してはくれなかった。瞬時に顔に飛んできた拳を避ければ、浮いた身体を狙ったように『氣』を叩き込まれる。なんとか躱したのは『氣』が十分に練れてなかったからというより只の幸運だ。
 この距離―――龍斗の間合いで向き合うのは自殺行為だ。飛ぶ勢いで下がれば、今度は龍斗が逃すまいと踏み込んでくる。
 直撃は避けたものの、飛ばされた勁は避けきれずに腹に熱い衝撃が来た。咄嗟に庇ったものの、動きが鈍くなる程の痛みに眉を寄せた。代償に、肩を捕らえる事は出来たが、手応えは今ひとつ。完全では、ない。
 しかし、瞬時に下がった龍斗の様子からすれば、狙いは悪くなかったようだ。捕らえた肩が、僅かに下がっている。
 とにかく素早い龍斗に一撃入れたのは上出来だ。こちらの痛手も小さくはなかったのだが。
 距離を取った龍斗の目が、油断無く京梧の動きを追っている。

 腹に走る痛みよりも、込み上げる高揚感に、京梧は頬を緩めた。

 この、緊張と高揚。そして、龍斗の目に映る京梧自身。
 どうしようもなく、心が沸き立つ。
 京梧が知る中で一番『強い』男。それが、己を前に全身を緊張させている。同じ緊張に身を置いて、同じ光を目に宿している。
 身体の奥底から突き上げる強い感情は愉悦にも似て、京梧は慌てて奥歯を噛みしめた。
 気を抜く訳にはいかない。自分の感情に捕らわれ過ぎれば、龍斗はその隙を逃さないだろう。
 もう一度技を食らえば、流石にそれ以上は続けられない。それではつまらない。この緊張感を、もっと楽しみたい。

 しかし、唐突にそれは終わりを告げた。
 龍斗から、不意に張りつめていた氣が消え失せたのだ。
「………?」
 仕掛けてきたのかと思ったが、どうもそれにしてはおかしい。龍斗は構えまで解いて両手を広げて見せた。
「今日はここまでだな」
「ちょっと待て。いきなりなんでだ?」
 構えも解かず、不満も露わに眉を顰める京梧に、龍斗は親指で空を指してみせた。
「雨、降りそうだ」
 言われれば確かに、さっきまで晴れていた筈の空に真っ黒な雲が広がり、時折遠雷が微かに響いている。
 しかし、それを理由にするには今の緊張は心地よすぎた。
「いいだろ、別に。ガキじゃねェし、濡れちゃいけませんなんてこたねェだろうが」
「お前はそうでも、俺は雨に打たれて寝込むのはごめんだ」
 そう言って、龍斗はさっさと踵を返した。その様子に、京梧は説得の無理を悟って仕方なく後を追う。




 龍斗の予測は違わず、直に暗くなった空から大粒の雨が落ちてきた。
 雨足に追われるように足を速め、何時しか駆けだしていた二人だったが、とてもそれは追い越せるものではなくて、たちまち全身濡れ鼠になった。
 降り出した雨は滝のような勢いで、たちまち路上にいくつもの水溜まりを作り出していく。先も見えないような勢いで降る雨は、まるで水の中を進んでいるかのような有様で、少し油断すれば足元すら危うくなってしまいそうだった。
 水煙の上がる中、先を走る龍斗が、腕を振って進む方向を変える。目指した先には古い小屋があった。





「ぶは…っ!」
「はぁ…はぁ…」
 転がり込んだのは、古い物置小屋のようだった。薄く埃を被った室内は綺麗とは言い難かったが、それでも、雨漏りはしていない。床があって雨をしのげるだけでもマシだった。
「んだよ、いきなり、こんなに降るたぁ…」
 整わない息の下、切れ切れに京梧がそう呻けば、龍斗も息を切らせたままで答える。
「仕方…ない。通り雨、だろ…」
 そのまま、暫く室内には、荒い息と、それをかき消す勢いの激しい雨の音だけが響いた。
 京梧は、何とか息を整えて龍斗を見る。
 濡れた髪を鬱陶しげにかきあげる龍斗の姿が、妙に意識に触った。
 濡れて張り付いた道着から透ける肌の色や、首筋に出来た水の筋、濡れ羽色の髪から滴る水の雫―――そんなものが、やたらと目について離れない。
 雨に水を差されたものの、先程の高揚は未だ京梧の中にある。それ故か、他の理由か―――濡れた龍斗の姿に、酷く正直な飢えを感じて京梧は手を伸ばした。
 髪をかき上げる腕を掴むと、龍斗が酷く驚いたように京梧を見た。
「なぁ」
「……なに?」
「続き、しねェか?」
「続き?」
「さっきの続き。どうせ雨が止むまでは出られねェだろ?」
「…お前、ここを壊す気か?」
 呆れたように息を吐く唇は、少し紅く色づいている。顎を掴んで親指で触れば、唇は僅かに冷たかった。
 触れた瞬間、驚いたように身を竦めるのが妙に嬉しくて、京梧は顔を傾ける。
 己の唇で触れてみれば、やはり唇は少し冷たかった。見開かれる瞳に視線を合わせたまま、何度か触れるだけのそれを繰り返す。
「…これは続きじゃないだろう?」
 唇を解放した直後、龍斗はそう言って京梧を見つめた。闇夜の彩の瞳には、京梧の持て余す熱は見えない。
 何故と、眼差しでそう尋ねてくる龍斗に、京梧は苦笑した。
「続き、じゃあねェけどよ…同じだろ?」
「同じ?」
 何が同じなのかと眉を寄せた龍斗に、京梧は薄く笑う。
「おんなじだ。俺を、とことん熱く、させる」
 そう言って腰を引き寄せれば、龍斗はあからさまに眉を寄せた。
「これと、か?」
 皮肉めいた口振りで、既に熱くなっている京梧自身を指してそう言われれば、京梧は笑うしかない。
「ま、男だからな。熱くなる場所は決まってらぁ」
 頭か、心か。でなければ残るのは一つだけだろう。
 下心を隠さない笑みを浮かべれば、龍斗は大きな溜息を吐いた。
「お前が熱くなるのは結構だが、俺を巻き込むな」
 冷たく、拒絶めいた物言いにも、京梧は動じることなく笑い返す。
「大体、お前も悪いんだぜ?」
「…自分の節操の無さを人に押しつけるような事を言うつもりか?」
「お前が途中で止めようなんて言いださなけりゃ、こんなにはならなかった」
 勝手な物言いに心底呆れたように、龍斗は相変わらず激しく雨の打ち付ける外を指差した。
「濡れたいのなら、構わない。今からでもいいから外に行って来い。丁度頭を冷やせるぞ?」
「そう言うな。お前も…熱くねェか?」
 その問いに、ほんの一瞬、沈黙が生まれる。
 しかしそれだけで、京梧には十分だった。
「…何でも自分を基準に考えるな」
 そんな、素っ気ないほどの言葉も、もう腕を引く力を緩める理由にはならない。
「―――なら、分けてやるよ」
 肩をぐいと引き寄せて、再び唇を奪う。今度は、遠慮なしに、熱を煽る本気のそれを仕掛ける。閉じた唇をこじ開けて、触れるだけなんて可愛いものじゃなく、はっきりと欲望を見せつけるように。
 冷たい言葉の裏に隠してる、本音の激しさを引き出すために。
 唇は冷たいのに、割った歯列の奥は酷く熱かった。思う様、掻き回して絡め取って、吸い上げる。押し返そうとする舌の動きを利用して逆に追いつめれば、咎めるように袖を強く引かれた。
 それに応じたように一度引いて―――力の抜けた肩を強く押して床に倒れ込む。
「…っ!京梧っ!」
 上がる抗議の声を無視して再び口づければ、冷たかった唇はもう熱を持って熱かった。
 端正な龍斗の貌が、眉を寄せて何かを堪えるかのように歪んで、閉じられる。しかしそれが、余計に京梧を追い立てた。

「…っは…」
 切れ切れに漏れる息が、眉を寄せたその表情が―――

 やっぱり、熱い。

 眩暈のしそうな熱さは、向き合ったあの瞬間と同じ。
 いや、もしかすると…

「熱い、だろ?」

 至近距離で囁けば、龍斗の瞳がぴくりと動いて京梧を映す。その瞳に映るのは、間違いなく求めていた同じ光。隠し通す事など許さずに突き崩せば、そこにあるのは京梧と同じ、高揚に浮かされる眼差し。

「……京、梧」

 己が名を呼ぶ声に誘われて、首筋に唇を落とす。白く、滑らかなそこに最初の花弁を刻めば、龍斗の腕がゆっくりと背中に回された。

「責任…取れよ?」

 どこか不機嫌にも聞こえる掠れた声に、ずしりと下肢の熱が上がるのを感じて、京梧は色を増したその唇を塞いだ。



 濡れた衣はやたらと張り付いて脱がせにくかったが、剥いでしまえばもう気にならない。露わになった胸は、女のような柔らかな感触がある訳でもなく、自分と同じ、平らな胸板だ。
 しかし、濡れた衣を腕に絡ませ、顔を背ける龍斗はどうしようもなく扇情的だった。
 胸の尖りを含んで舌で転がせば、びくりと身体が震える。
「ふ…っ」
 零れた声は、甘く京梧の耳を打つ。
「こんなとこでも…感じるのかよ?」
 そう問えば、龍斗があからさまに眉を寄せる。
「馬鹿なこと…あ…っ!」
 片方に軽く歯を立て、片方を指で摘めば答えなど聞かなくても明らかだ。その反応に、元々するつもりもなかった我慢は何処かへ行ってしまう。
 濡れて温度の下がった、肌。
 しかし触れた部分から熱は確実に広がって、肌が見る間に薄紅に染まっていく様は京梧の目を愉しませる。
 白い肌に花弁を散らしながら、力の抜けた足を割って太股に手を伸ばす。撫で上げて、隠しきれない欲望を伝えているその部分を握り込んでやると、ぶるりと龍斗の身体が震えた。
「あ…あっ、ん…っ…」
 咄嗟に逃げようとする身体を押さえつけて、足を抱え上げる。
「…っ、京梧…っ!」
 躊躇うことなく捕らえたそれを口に含む。舌で追いつめ、歯を立てれば、抱えた足が酷く所在なげに揺れた。
「イイ、か?」
「ひ…あああっっ」
 大きく身体を震わせた龍斗は、しかし堪えるように京梧の肩を掴んで爪を立てる。
「我慢するこたねェよ。出しちまいな」
 そう言って幾分強く刺激を与えれば、龍斗の背が綺麗に反り返った。
「い…ん…っ!あああああっ」
 びくびくと震える細い腰を押さえつけ、龍斗が吐き出したものを飲み干した京梧は、その残滓を指に絡めて奥の蕾に触れた。
 固く閉じたそこに指を滑らせ、濡らした指で少しづつ、解いていく。ようやく滑り込んだ指の感触に、龍斗はぶるりと身を震わせた。
「あ…」
 眼差しが、戸惑ったように揺れて京梧を捕らえる。
「これから、だぜ?今から音を上げんなよ?」
「お、まえが…言うな…っ」
 わざと挑発するような言葉を選べば、返ってきた答えはやはり強気なもので。

 それは予想通りで、けれど予想とは違っていて。

 こんな時でも支配を厭う眼差しは京梧を惹きつけ、熱を分け合う行為にも屈しない意志は京梧を苛む。

「なぁ…」
 中を探る指の動きを止めて問いかければ、龍斗が眉を顰めて京梧を見た。

「まだ、足らねェだろ?」

 何を問われたのかわからないといった風に傾げられた首は、京梧が二本目の指を突き入れた事によってびくりと仰け反った。

「いあ…っ」

 まだ、足らない。
 胸に燻る熱はこんなものでは昇華出来ない。
 まだ、強気を崩さないこの瞳を、同じ所に堕とすまで、この燻りは消えないままだ。

 火傷しそうに感じるほど熱い龍斗の中を性急に掻き回せば、狭いそこは京梧の指を締め付ける。肩に食い込む爪が、何よりも龍斗の状態を表していた。
 しかし、苦しげだった表情が、不意にその色を変える。
「ああっ!ひ…ゃあ…っっ!」
 堪え切れぬといった風に漏らされた声は酷く甘く、京梧は片頬を緩めて囁いた。
「ここ…いいのかよ?」
 問いかけながら奥を探れば、一際高い声が京梧の耳を愉しませる。
 雨音は激しく続いていたが、龍斗の声はまっすぐに京梧の耳に飛び込んでくる。
「あ…あっ、あっ…」
 指に絡んできた熱い襞の感触に、京梧は目を細めて更に奥を探り、一気にそれを引き抜く。
「い…あっ!う…んっ」
「力、抜けよ…?」
 蕾に押し当てた京梧の高ぶりに、龍斗は肩を掴んでいた手を京梧の首に回す。
「後で…覚えてろ…っっ」
 耳元で囁かれた龍斗らしい言葉に、京梧は違う意味で頬を緩めた。
「当たり前、だろ?」

 忘れる事など出来る筈もない。薄紅に染まった肌も、濡れた瞳も、聞くだけで自失してしまいそうな嬌声も、とても手放せる記憶ではない。

「お前も…忘れるな」

 そう言えば、首に回った腕が、強く京梧を引き寄せた。


 苦しげな息が、耳元で忙しなく繰り返されている。押し入ったそこは酷く熱く、そしてきつく京梧を締め付けている。龍斗はきつく目を眇めていたが、京梧自身もこのままでは辛い。
「力…抜けよ。きつい…」
「勝手なこと…っっ、言う、なっ…」
 さっきまで熱情に掠れていた声は、今は間違いなく苦痛の為に酷く聞き取りづらい。
 心なしか青ざめている頬にそっと触れて、京梧は息を吐いた。
「抜かないと、お前もきついだろ?」
「…っ、は…っ、う…」
 京梧の言葉が届いているのかいないのか、龍斗は苦しげな息を繰り返して身を強張らせたままだ。
 小さく舌打ちして、京梧はすっかり力を失っている龍斗自身に手を伸ばした。
「あ…ゃっ!」
 力の抜けたその瞬間を狙って、一気に突き上げる。前を慰めてやりながらそのまま奥を目指せば、龍斗の頬に次第に色が戻ってくる。
「く…ふ…ぁっ」
 漏れる声に艶が混じる。
 きつい蕾が綻んでいくに従って、京梧自身にもたらされる快楽も跳ね上がっていく。
「ほら…もう平気、だろ?」
 そう耳元に囁けば、潤んだ瞳が抗議するように京梧を睨んだ。
「へ、いき…な訳…あるか…っ」
「…確かに、な」
 京梧は、口の端を歪めて笑った。

 平気な訳がない。

 まだ、あの熱は燻って胸を熱く焦がしている。それどころか、更に温度を増して、確実に全身を焼き尽くそうとしている。

 京梧の中にも、龍斗の中にも。

 向き合った時の熱さは形を変えて、熱病のように広がっている。

 熱く絡みつく龍斗の中に、抱え込んだ熱を全部吐き出してしまうまで。
 京梧が吐き出した熱を、龍斗が全て飲み込んでしまうまで。

 きっと、この狂乱は収まらない。

 雨はまだ強く降り続いていて、時折聞こえる雷の音も途切れない。
 激しい雨音に切り取られた世界の中で、腕の中の龍斗だけが確かなもので、それだけが真実のような錯覚が生まれる。

 言葉の代わりに突き上げれば、龍斗が悲鳴のような声を上げて身を竦める。その拍子に締め付けられて、京梧はその心地よさに目を細めた。
「あ…ぅんっ…きょう…ごっ!」
「いいぜ?平気になるまで…付き合って貰うから」
 その言葉に、龍斗が一度目を見開く。
「ば…か…っ」
 罵ろうとする唇を塞いで、快楽を追い始める。
 背中に回された指が、強く爪を立てる痛みも、生まれる快楽の波の前にはどうでも良くなって、いく―――





 熱が引いたと思った身体は、しかしまだ熱かった。
 綺麗とは言い難い床の上で、未だ整わない息を繰り返す龍斗の身体に手を伸ばし、胸の上に抱き込む。
 京梧より小柄な身体は、抵抗もなくすんなりと腕の中に収まる。しかし、腰に回した手で悪戯を仕掛けようとすると、容赦のない一撃が返ってきた。
「…ってぇ…ひーちゃん、加減しろよ」
「煩い。もう熱とやらは収まったんだろう?」
 素っ気ない言葉を返しながらも、龍斗は逃げようとはせずに大人しく京梧の腕に収まっている。
「へへ…良かったろ?」
 そう聞けば、最後は殆ど気を失うようにして落ちた事を思い出したのか、龍斗の顔が露骨に歪む。
「お前が男相手にも元気な奴だとは知らなかった」
「冗談。野郎はお前が初めてだって」
 そう言えば、思い切り不審そうな目で睨まれる。
「それこそ、冗談だろう?随分手際が良かったじゃないか」
「そりゃまあ、やるこた変わりねェしな。そういうひーちゃんこそ…」
 京梧の言葉は、すかさず飛んできた鉄拳で遮られた。
「い…っっ!」
「いい加減にしろ、この馬鹿!」
 かなり本気で怒声を上げられて、逆に京梧はおかしくなる。
 この、感覚。いつもの調子で手が出て、変わらない反応が返ってくる。
 身体を繋げてみても変わらないそれが、嬉しいのか、口惜しいのか。
 ふと、京梧は笑みを消して真顔になる。
「けど…」
 真剣な眼差しに、眉を寄せていた龍斗も不思議そうな表情になる。
「なんだ?」
「一つ、いいか?」
「……?」
「これ、癖になりそう」
 そう囁けば、もう一発、容赦なくぽかりと殴られて、京梧は笑った。