京一の笑顔には種類がある。 子供のように邪気のないものと、自信に溢れた不敵なものと、そしてもう一つ。 何か企んでますと書いて貼り付けているかのような笑顔は、見る度に警戒心を抱くのだが、どうも上手く逃げ切れない。口惜しくて一度嫌味を言った事があるけど、逆に『そりゃ、あれだ。惚れた弱みって奴だな』とにやけて言い切られ、えらい目に合ってしまった。それ以来、注意を払ってはいるものの、そんな時のあいつの要領の良さときたら名人技の一言に尽きる。あれを少しでも学生の本分に回せば、少なくとも夏休みを毎年補習で潰すことにはならないと思うんだけどなぁ…
「御褒美?」 何の事かわからずに首を傾げると、京一は例の、何かありそうな笑顔を浮かべて大きく頷いた。 「そう。あの暑くてつまんねー補習に最後まで付き合ったんだからよ、ちょっとぐらい特典があってもいいと思わねぇ?」 その言い分に、半分呆れて肩を竦める。 「って、本来ならもう補習はとっくに終わってるだろ?お前が今日まで引っ張ったのは、仕上げの小テストに引っ掛かって、もう一回やり直す事になったからじゃないか」 「それだよ、ったく…犬神のヤロー…絶対俺に目ェつけてやがるしよ。って、まぁそれもやっと終わったんだから、ちょっとぐらいいいだろ?」 「だからって、なんでそれを俺が出さないといけない訳?」 補習に引っ掛かったのは居眠りが過ぎて期末の結果が散々だったからだし、そもそもそれ自体、誰の為でもない京一本人の為のものだと思うのだが、どうもこいつはそれを押しつけられた苦行かなんかだと思っているらしい。 「だって、終わったのはひーちゃんも嬉しいだろ?これで心おきなく夏を満喫できるし」 む。 だから、なんでそうなるんだか… 俺の頭に浮かんだ疑問を読んだように、京一はにやりと笑って顔を近づけてきた。 「だから、恋人との夏が、満喫出来るって」 一瞬、恋人って誰の?などという疑問が浮かんだのだが… 気が付いた時には手が動いていた。 「てっっ!なにすんだよひーちゃん!」 「馬鹿かお前は!恥ずかしい事言うな!」 こんな事を面と向かって堂々と言うのが、こいつの信じられないところだ。臆面がないっていうか、恥じらいがないっていうか…いや、恥じらう京一はそれはそれで怖いけど。 「恥ずかしいって、そりゃ今更だろーが…そこまで照れなくってもいいだろ?折角恋人が苦労の挙げ句、補習を乗り切ったこの喜ばしい時に…」 「同じ補習を2回も繰り返すような馬鹿が恋人、っていうのは考えるなぁ…」 「……ひでぇ」 叩いた後頭部を押さえて、京一は頬を膨らませて拗ねたような表情を浮かべている。その様子がおかしくて、我慢出来ずに俺は吹き出した。 「ぶっっ!なっさけない顔だなぁ」 「てめ、誰の所為だと思ってやがる!」 怒った京一が、捕まえようと手を伸ばしてくる。2回目まではなんとか避けたんだけど、肩を捕まえられたら振り払えなくなって、京一の胸に抱き込まれた。 クーラーをつけてない部屋では、抱き込まれるとはっきり言って暑い。しかし、その鬱陶しさよりも、ほわりと胸に広がるのものが強かった。 顔を上げて、まだ不機嫌そうな顔をしている京一の首に腕を回す。 「嘘だよ」 「ひーちゃん?」 「嬉しいよ、俺も。京一が喜んでるとさ」 子供みたいに拗ねてるのも実は嫌いじゃないんだけど、やっぱり笑ってる方が京一には似合う。補習中はホントにへばってたから、終わるとやっぱり嬉しいんだろうし。 「お疲れさん、頑張ったよな」 そう言って、軽く唇を啄む。触れるだけのつもりだったのに、後頭部に回った手がそれを許してくれなかった。 「ん…」 頭を支えられ、しっかり合わせられた唇から、熱い舌が入り込んでくる。触れあう熱に眩暈を覚えて、首に回した手に力が籠もった。 こいつは本当にキスが上手い。慣れてる風なのが全然引っ掛からないって言ったら嘘になるけど、気持ちがいいのは嫌いじゃないし、取りあえず今は俺限定な訳だから、まぁいいとして。 「ふ……あっ」 首筋を柔らかく撫でられて、身体が震える。腰に回る腕が次に来るものを予感させて、妙に気恥ずかしくなった。 こいつの何が問題かって、時と場所を全然選ばない事だ。その気になれば、場所柄なんか頭から抜け落ちてるんじゃないかってくらい、手が早い。よくよく考えたら、最初にそういうことになったのも、確か学校だった。 口惜しいけど、キスだけじゃなくてそっから先も俺の遙か上を行ってるこいつに主導権を握られると、どうにも抵抗しづらいのだ。幸い、今日は俺の部屋だから誰かに見られるとか近づいてくる人の気配とかには気を配らなくていい。 しかし、やっぱ『御褒美』ってこれか? けど、いつもとどう違うんだか…… そんな事を思っていたのが伝わったのか、京一は不意に唇を離すと声を上げた。 「そう、御褒美!いいだろひーちゃん?」 って、なんだ、違うのか? キス一つで上がってしまった息を整えるべく、目の前にあった京一の肩に頬を置いて、俺は聞き返した。 「御褒美ってなぁ…俺がやるもんでもないと思うけど、何が欲しいんだよ?」 「ひーちゃんじゃなきゃ駄目なんだよ!欲しいってか、お誘いってか…」 そう言って、京一はごそごそと何かを出してきた。 「これ!」 出てきたのは、紺色と白の布。 じゃなくって、これは… 「浴衣?」 久しぶりに見たなぁ、こんなの。 「そ。これ着てさ、夏祭り行かねえ?」 夏祭りって…それが『御褒美』? 「それ、わざわざ持ってきたのか?」 「家の箪笥から引っ張り出してきた。俺がいけたから、ひーちゃんも丈は大丈夫だろ」 妙に嬉しそうに、京一はそれを広げてみせる。 別に浴衣着なくても夏祭りには行けるだろうに。 そりゃ、気分は出るけど、後始末とか考えたらなぁ。浴衣って一応着物だろ、あれも。手入れとか面倒じゃないかと思うんだけど…そもそも、うちには下駄って奴がない。浴衣にスニーカーってのは駄目だろやっぱ。 と、色々問題点を上げてみる。 ああでも。 「そんなん、下駄じゃなくても、サンダルとか、それっぽかったらいいんだよ。別にカッコつけなくても誰もそんなとこまで見てないし、気分の問題だし。な?」 ちょっと窺うみたいな表情に、思い切り気持ちを揺さぶられる。 こういう時のこいつは、まるでわくわくして許しを待ってる子供みたいっていうか…犬?そう、お預け食らって待たされてる犬みたいに見える。最初は嬉しそうに、けど、時間を置いたら段々眼差しが切なげになってくるのが困りものなのだ。 「…着物姿で事件に出くわしたらどうすんだよ。そのまんま立ち回りやらかす羽目になったりしたら、洒落になんないんだけど」 何か、どうも負けたみたいで口惜しくてそう言うと、京一はにかっと笑って、 「どうせ箪笥の肥やしだったんだから、汚しても文句は言われねェよ」 と、妙な太鼓判をくれたのだった。 しかし、浴衣… 何かが妙に引っ掛かると思いつつも、結局俺は京一の懇願に負けたのだった。
着物ってのは、普段着慣れない分着た時にちゃんとしてるかどうか気になってしまう。 悩んでたら、着替えて終わってた京一が覗き込んできた。 「あ、ひーちゃんそれ、前が逆。ちょっとこっち向いて」 そう言って、京一は不格好に結んでいた腰紐を解いて、襟を綺麗に合わせてくれる。 人は見かけに寄らない…って言ったら怒られそうだけど、京一は道着やらなんやらで、結構着物慣れしてるんだよな。まぁ、道着は正しくは着物とは違うけど… そこまで考えてやっと、何が引っ掛かっていたのかを思いだした。 「あーっ!」 思わず上がった声に、京一が動きを止めて訊ねてきた。 「ん?どした?」 「な、なんでもない!」 それが、腰紐を結ぶべく腰に手を回したとこだったもんだから、俺は慌てて首を振る。自分でも上擦った、おかしな声になったと焦ったけど、京一はちょっと笑っただけだった。 「なんだよ。脅かすなよな」 「うん、ごめん」 反射的に謝りながらも、俺の頭に浮かんでいるのは全然違う事だった。 久しぶりじゃない、夏休み前に一度、浴衣に袖を通したんだった。確か、遠野に頼まれて写真を撮るからって言われて…でも、実際の所は、ちゃんと着るどころか、引っかけて帯さえ締める間もなく京一に剥かれて、それから… 「…………っっ!」 思い出すと、かっと頬が熱くなる。こいつはよりにもよって、新聞部の暗室で事に及びやがったのだ。おまけに、人が入ってきても全然気にしないで悪戯を仕掛けてくるし… 一気にその記憶が蘇ってきて、急に腰に回った京一の手が気になり始めてしまう。別に、何かされてる…って訳じゃなくて、帯を結んでいるだけなんだけど、意識しだすと止められない。 「…ん?」 なまじ密着しているだけに、身体の強張りはダイレクトに京一に伝わってしまったらしい。 「ひーちゃん、きついのか?」 耳元で聞かれて跳ね上がった鼓動を必死に落ち着かせ、何気ない風を装って答える。ここで狼狽えたら、こないだの二の舞になる。そりゃ学校じゃないけど、ちょっと、いきなりは勘弁して欲しいし。 「違うよ、ちょっと驚いただけ」 どう来てもいいように身構えてそう答えたら、京一は意外な事に、あっさりとそうかと言って帯を締めた。 全体を見返し、ちょっと襟とか袖を直してみて、満足そうに頷く。 「よっし、完璧!さ、行こうぜ!」 てっきり手を出してくると思った俺は、そのあっさりとした反応に妙に拍子抜けしながらも、頷いた。
京一が行きたかったのは、花園神社の夏祭りだったらしい。日も暮れてきたし、折角だから歩いて行こうという事になった。京一は凄く嬉しそうで、あれこれと話しかけてくるのだが、どうも俺は冷静でいられなかった。一度思いだしてしまうと、どうしても新聞部での一件が頭を離れてくれないのだ。 まぁ、今度は学校って訳じゃないし、外なんだからいきなり襲いかかってくる…ってのはないと思うけど。 ちらりと窺うと、こっちの心情など知らぬ気に京一はにかっと笑顔を見せる。それが余計に熱を生むようで、俺は慌てて視線を外した。今日の京一は、甚平だったこないだとは違って俺と同じ浴衣を着ている。こないだはろくに見る事も出来なかったけど、京一に和服って、似合うんだよなぁ… 今も、すっきりとした立ち姿に、行き会う通行人がちらちらと視線を投げているのがわかる。 そうだよな、馬鹿やってる時からは想像も出来ないけど、京一ってかなり格好いいんだよなぁ。 ……って、駄目だ、こんなこと考えてたら余計におかしくなる。京一の言葉に生返事を返しながら、必死で意識しないように努めて歩いて、ようやく花園神社にたどり着いた時には、俺はかなり疲れてしまっていた。
「お、始まってんな」 それほど広くない境内には櫓が組まれ、夜店も出てかなりの賑わいだった。と言うか、思い通りに動くのが難しいくらいの人の波に、正直ちょっと引いてしまう。新宿に来るまで、ラッシュの電車とか行列とかとは縁がなかったから、こういうのは苦手なんだよなぁ。ただ、ここまで来ると浴衣姿も珍しくなくなって、それには少しだけほっとする。 「賑やかだな」 そう漏らすと、京一は何を思ったのかいきなり手を伸ばしてきた。 「ちょっと…京一?」 焦る俺ににっと笑いかけて、京一はしっかりと手を握りしめる。 「これならはぐれないですむだろ?ひーちゃん、人混み苦手だし、ほっといたらどっか行っちまいそうだしな」 「だからって!」 声を荒げた途端、周囲の視線が一気に集まったのに気づいて、余計に頭に血が上る。慌てて声を小さくして京一を叱りつけた。 「だからって、手を繋ぐことないだろ!見られてるじゃないか!」 「そりゃ、ひーちゃんが大声出すからだろ?黙ってりゃ、こんなとこで人の手元なんか気にする奴ァいねェよ」 「京一…!」 「御褒美御褒美」 勝手な事を言いつつ、京一は手を放そうとはせずに歩き出す。 だから、今はやばいってのに…! 大声を出せば藪蛇だし、かといってこの人込みでは言い争うのも周囲の目を引く。 仕方なく俺は、手を引かれるまま京一に着いていく羽目になった。 「ヨーヨー釣りってさ、なんか好きな色を狙うと外れんだよなぁ。やってみっか?」 「確かに、狙うと難しいよな」 「お、りんご飴がある。でもたこ焼きもいいよな〜。ひーちゃん、どっちがいい?」 「別に、どっちでも…」 「んじゃ、先に飴買って、後でたこ焼き食うか?」 「うん…」 妙に汗ばんだ手のひらを意識してしまい、生返事を返していると、急にぐっとその手を引き寄せられた。 「……っっ!」 びっくりして京一を見ると、なんでだか面白そうに笑ってる。 「人混みは鬱陶しいけどよ、たまにはいいだろ?」 こんなことも出来るし?と、指に力を籠められて、俺は呆気に取られる。 絶対、絶対この辺りの感覚は俺には理解できんっっっ! 「お前、時々寒いよな」 「そりゃねーだろ、ひーちゃん…」 寒いって言った割りに妙に熱くなった気がして、俺はふいと顔を逸らした。わざとらしく傷ついたような表情を浮かべる京一が、まともに見られない。彷徨った視線の先に、沿道の出店を見つけて、俺ははっと声を上げた。 「そう、たこ焼き!たこ焼き食べよう!」 何もせずに人混みを歩き回ってたら、いつまで経ってもこのまんまだ。でも、何か食べるとか、買うとかしたら実に自然に手を離せるじゃないか! 急に勢いの良くなった俺を京一が不思議そうに見るが、気にせずに繋いだ手を引っ張る。直にまともに進めなくなって、逆に京一に手を引かれる羽目になったけど、どうにか出店の前に辿り着いてたこ焼きを買う。 これを持つと流石に手は繋げないだろう。 そう思ってたら、いつの間にか京一はちゃっかりりんご飴を買ってきたらしい。両手に串を持っている京一とたこ焼きを庇ってる俺じゃ流石にそのまま人波には乗れない。なんとか人の流れを抜け、足を止めていられる壁際に辿り着いた俺は溜息を吐いた。 つ、疲れた…。 息も絶え絶えな俺とは反対に、京一のフットワークは軽い。 「大丈夫かぁ?」 のんびりと聞いてくる京一が妙に小憎らしい。こいつは、なんだってこんなに元気なんだ? 「お前は元気そうだよな」 多少の嫌味を籠めてそう言うと、京一は肩を竦めて言った。 「そりゃあ、御褒美だしな。ひーちゃんと夏祭りデートってだけで、かなりテンション高いし」 さらりと言われて、思わず返す言葉に詰まる。 こ、こいつは… なんだってそんなこと、さらりと言えるんだ!? 俺だったら、こんなことを言った日には恥ずかしくて憤死もの…いや、それ以前に絶対言えないであろう台詞をあっさり言ってのけて、けろりとした顔をしてる京一が信じられない。これも、経験値の差って奴なのか? そう思うと、なんだか無性に腹が立ってきた。 何がって、なんか京一に負けてる臭いのがだ。 こんなのは勝ち負けじゃないってわかってるけど、何かむかつく。 けど、こんなんで怒ってたらそれこそ大人げない。 もやもやをぐっと押さえ込むべく、たこ焼きの皿を握り直したのに、京一はあっさりその努力をぶち壊してくれた。 「じゃ、ひーちゃん。食わせてよ」 「ああ、ほら」 皿を差し出したのに、京一は眉間に皺を作って首を振る。 「食べられねーって。手ェ、塞がってるし」 ああ、そっか。飴を一個引き取ってやんないと食べられないよな。そう思って飴を受け取ろうとしたら、何故か京一は更に首を振る。 「違うって、そっちじゃなくて。ここはお約束だろ?」 「って、なにが?」 わかんなくて首を傾げたら、京一はわざとらしく大きく口を開けてみせる。 ………まさか。 「ひーちゃんが食べさせてくれたらいいだろ?」 やっぱりそっちかっっっ! 「馬鹿言ってないで、さっさと食え!」 強引にたこ焼きを押しつけようとしても、京一はわざとらしく手を振って、受け取ろうとしない。 「いいだろ別に。誰も見てないって」 「そんなにしたけりゃ一人でやれ!」 苦し紛れに怒鳴ったら、 「あのな、一人でやってどうするよ?そんなにやりにくいんなら、俺がお手本見せてやろうか?」 と、今度はりんご飴の串を持って迫ってきやがった。 「いい!いらない!」 「そう言うなよ、ほら、あーん」 「いらないって…!」 「あ…」 逃げようとした俺の動きと、面白がって進めてくる京一の動き。避けようとしたのが見事に間に合わず、気が付いた時には、頬に生暖かい、べたつく感触がしっかりと貼り付いていた。 「きょーいちぃ……」 「ひーちゃん、ごめん!悪気があった訳じゃないからな。ただちょっと、タイミングが…」 タイミングで、頬に飴パンチを食らったのか俺は? 「喧しい!いらないって言っただろうが!」 「ひーちゃんが逃げるから、ちょっと目測が外れたんだよ。ほら、拭いてやるから」 ふーん、そうか。逃げた俺が悪いのか。 「…いい、拭かなくても。お返しに、お望み通り食べさせてやるよ」 但し、お揃いで頬にな! カウンター狙いの一撃は、間一髪で躱された。くそ、余計むかつく! 「だから、悪気はなかったって…わ、ちょっと待てって!」 串を持ったまま逃げ出した京一を、俺は問答無用で追いかけたのだった。
「疲れた…」 思わずぽろりと漏れた言葉は、今の俺の真っ正直な心情。 あの混雑じゃ追いかけるのは流石に長続きしなかったけど、その代わりに出店を片っ端から制覇したんだから、まぁ当然の結果だ。ヨーヨーを取り合ったり、射的やってみたり、訳のわかんないくじ引いてみたり…なんか、とことん遊び尽くしたような気がする。 なんとか自分の部屋まで戻ってきたものの、玄関でへばっちゃってるのは我ながらちょっと情けない。まぁ、花園神社に着くまでにいい加減疲れてたからってのもあるけど… 「ひーちゃん」 呼ばれて顔を上げると、京一が悪戯っぽく笑って覗き込んでいた。 「平気か?」 「うーん、あんま平気じゃないかも…」 正直に言うと、なんでだか更に笑われた。 「ま、散々うろうろしたからな」 「お前はホント、元気そうだよなぁ」 「ま、そりゃ意気込みの差だな」 ほらよ、と伸びてきた手を、素直に掴んで引き起こして貰う。 「よ…っと。意気込み?なんだそりゃ…って、おい」 引き起こす、というより掬い上げられて抱き込まれるような形になって、背中に腕が回される。こら、いきなり何すんだ! 文句を言ってやろうと思ったのに、妙にしんみりとした京一の言葉がそれを邪魔した。 「御褒美、サンキュ。一緒に行けて嬉しかった」 本当に嬉しそうに言われて、なんだか少し力が抜けた。 まぁ、楽しんだよな、確かに。 そういや、随分夏祭りとかその辺の行事には御無沙汰してたし、久しぶりだったから凄く新鮮な気がした。京一は本当、こういうの好きそうだから多分毎年行ってたんだろうけど………………… 「ひーちゃん?」 「何でもない」 やめとこ。こいつが去年、誰と行ったかなんて、考えるだけで不毛だ。それよりも、楽しかった事に素直になった方がいい気がする。 「ありがとな。俺も、楽しかった」 そう言って、背中に腕を回して軽く抱きしめ返したら、なんでだか京一は硬直した。いつも平気で触ってくる癖に、触られると固まるってのが笑える。でも、直に強い力で抱き返してくるのが京一らしかった。 「へへへっ、ひーちゃん……」 「…うん。たまには、人混みも悪くない」 そう、真夏の閉め切った部屋の玄関先で抱き合うのはすごく暑苦しいけど、たまにはいいかもしれない。ふわふわとそんなことを思ってると、背中の手がなんだか不穏に動いている。おまけに、黙ってたらそれは段々下の方に降りてくる。 「こら、なにしてる」 ちょっとしんみりしてたのに、どうしてこいつはそれが長続きしないんだか… 溜息と共に身を離そうとしたけど、こういう時の京一の力は恐ろしく強い。ってか、妙な迫力で逃れられなくなるってか、要領が良いって言うか… 「ちょっと…こら!」 太股の辺りを彷徨く指が、浴衣の合わせ目を掻き分けようとしてるのがわかる。 「やめろ…って、待てってば!」 今日は結構暑かったし、人混みを歩いて騒いだから、当然俺も京一も汗まみれになってる。おまけにここは玄関から靴を脱いだだけの殆ど廊下だ。今更やるなとは言わないけど、せめて風呂入って、部屋の中でその気になれよ! しかし、それをそのまんまここで口にしたら、速攻で 『んじゃ、中で』 とか言われてそのまま雪崩れ込みに決まってる。せめて風呂くらいは入らせて貰わないと。俺は身を捩って京一の肩を掴んだ。 「京一!」 耳元に向かって怒鳴りつけてやっても、京一はびくともしない。それどころか、 「んー、着物ってこういう時楽でいいよなぁ。張り切るってか…」 等と巫山戯たことを言っている。蹴りの一発でも入れてやろうかと思ってたら、京一は更に爆弾を落としてくれた。 「それにさ、ひーちゃんも期待してくれてたみたいだし。期待に応えないとな」 「待て、誰が期待…っっ!」 反論を封じるように背中を撫で上げられて、言葉が思うように続けられない。 「だってさ、ずーっと意識してただろ?俺のこと」 …………っっ! こいつ、知ってて…! 「着物着てた時から、だよな?意識しまくってくれるし、顔赤いし、俺も我慢すんの、結構大変だったんだぜぇ?」 「誰が…我慢だっ!この根性悪!」 「そりゃねぇだろ?外じゃひーちゃん嫌がるだろうから、ずっと我慢してたのに」 我慢って…ちっとも我慢してないだろーが! 「…あ…っ」 きちんと閉じていた前を割って入った指に、硬くなっている尖りを引っかけられて息が詰まる。 「なに考えてた?俺の浴衣姿に見とれてた、とか?」 「馬鹿…っ、そんな訳…」 「じゃあ、前に着物着た時のこと、思いだしてた」 言い当てられて首を竦めたら、京一にはそれが図星だと伝わったらしい。くすりと笑って耳に口づけられる。 「あの時、ひーちゃん凄かったもんな。すぐそこに人が居るってのに、反応は良いししがみついてくるし…」 「あれはお前が…」 強引に迫って仕掛けてきたからだろうがっ! そう言いたかったのに、ちゃんと言葉にならなかった。 言葉にすれば妙にはっきりと、あの時の事が蘇ってきてしまって余計身体が熱くなる。 「滅茶苦茶可愛くて、声を押し殺してるのもそそられて…でも人の気配に興奮もしてたし?」 「う…んっっ」 勝手な事を言う京一の手が、完全に剥き出しになっている太股を割って下着を取り去っていってしまう。 「あの時は全部脱がせちまったけど、こうやって半端に脱がせてる、ってのもすげーいいかも」 まじまじと眺める京一の視線に、余計頭に血が上る。 「ふざけんな!」 恥ずかしさも手伝って、思いっきり京一の手を蹴り上げてやる。けど、逃げようと身体を反転させたところを後ろからしっかりと抱きすくめられてしまった。やばい、これじゃ逃げようがない。おまけに、尻に当たってるのは、どう考えても……だし。 ぐっと引き戻されて、俺は本気で慌てた。 「ちょ…っ!京一!」 まさかこのまんま突っ込むつもりか!? 「たまには無理矢理っぽいのも、そそるし…」 勝手極まりない言い分に、俺は黙っていられずに自分の格好も忘れて噛み付いた。 「いい加減にしろ!さっきから勝手ばっか…大体、お前はいつも強引で無理矢理だろが!」 言ってしまったあと、しまったと思ったんだけどもう遅い。 「ふーん、ひーちゃん、そんなこと思ってたのか」 トーンの低い声に恐る恐る振り返ると、案の定にこやかに笑う京一の顔があった。但し、目は思いっきり笑ってない。 「そいつぁ、問題だな。無理矢理…ってのは、恋人としては聞き逃せねーし、その辺はっきりさせとかないと」 「京一…ちょっと、口が滑っただけ、言い間違えただけだって!うぁ…っ」 焦った俺の言葉を歯牙にも掛けず、俺の脇腹に優しく指を這わせた京一はきっぱりと言い切った。 「ひーちゃんはどうも素直じゃないからな。身体に聞いてみた方が良さそうだ」 「か、身体って…んん…っっ」 絶句した俺の唇を、京一が強引に塞ぐ。その激しさに翻弄されながら、俺は一つだけ、深く心に刻み込んだ。 もう二度と金輪際、京一の前で浴衣だけは着るもんか―――っっ!!
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