| ―――駆け込みで乗り込んだのと同時に痺れを切らしたように動き出した、成田発のエアポートリムジンの中。 「おッ、あったあった。ここだぜ、ひーちゃん!」 集まる衆目なんか勿論気にすることの無い、憚りも無い大きな声で 京一は、早々に指定された座席を後部に近いところに見つけると、その身を、どかっ、と、シートに強か沈めて、満悦そうに、ただ笑う。 「よっしゃ、ラッキィッ♪これでよっぽど酷ェ渋滞にでも掛からない限り、あと2時間もしねェで、居眠りでもしてる間に新宿だなッ」 ……そして、俺も。 …5年振りの日本。 晴れやかな5月の午後。 もうゴールデンウィークも少しずれていたから観光帰りのそれよりは如何にもビジネス絡みと云ったスーツ姿の客の方が多い静かなその中で、そのどちらにも属していない、今どう見ても浮きまくって多分かなり得体の知れない京一と俺とで集めるその視線が、乗り込み方自体もちょっとばかりお騒がせだったし、当然さり気なく痛いものだという事は分かってる。 分かってるんだけど。 「ふふ………だね…♪」 ………大体、『奇異なものを見る眼差し』なんて、正直この旅の間何処へ行っても割と日常茶飯事だったから、すっかり慣れてしまったし。 それに『天下のジャパニーズビジネスマン』は、基本的にみんな概ね忙しくて、冷たくて、優しくて、『少し異質』程度の他人の事など、どうせすぐに忘れてくれるから――― なんて。 一応、この彼よりは少しは傍目も気になる方だけどその実開き直ってしまうのも結構早い、元々持っているところにこの5年で多分更に磨きを掛けてしまったかも知れない能天気さで。 ………或いは、もしかしたら、あっけらかんと嬉しげに細まるその瞳の明るさに、またちょっと、何時ものようにただ釣られてしまっているだけで… 「確かにラッキー。時間はちょっと不確かだけど、これも乗り換えは無いしね。ふふ、まー、なんか、発車、3分くらい遅らせちゃったみたいだけど?」 …それでも、彼よりは少しだけ配慮を見せて、控え目に、そっと。 けれど、座ればシートに深く背中を預け楽な姿勢で一息吐いて、やっぱり俺も、ただ笑ってしまう。 ……こうして二人して空港に着いてから新宿方面行きのバスに乗り込むまでの間は、まるでこの5年間の珍道中を集約しているかのように最後まで騒がしく、慌しく、はた迷惑で………気侭で、賑やかなものだった。 聞き馴染みのある言葉が当たり前に其処此処に溢れてる光景は、放浪中特に恋しくなるような事も無かったんだけど、やっぱり直に触れればそれなりに懐かしく… しかし、京一はそんなしみじみとした感慨に耽る暇など持たず、くれず、人波の流れのままに到着ロビーに出れば、何か抜け目無い感じですぐさま辺りをきょろきょろと見渡し始めて。 「のんびり帰れるし、『成田エクスプレス』にしようか?」と暢気に尋ねた俺の提案など聞いてさえいなかったのか返事も無いままあっさり却下して、「お、“ヒルトン行き”が丁度居るから急げ、ひーちゃん!」と発車直前のリムジンバス目掛けて、いきなり俺の手を引っ張って。 …まあ、手荷物のほとんどは別便で送ってしまっていたから、身軽なもの… 駆け込んで、そして口には決して出したりしないけどそれだけはどうしても別便などには出来ないらしく、気付けば何時だってさり気なくその肩にしっかりと担いでる恐らく彼の命と魂の木刀は、当然“危険物”扱いで航空機同様車内には持ち込めない。 だから、もう一旦閉めてしまっていたトランクを、ここは京一よりも俺の方が適任ということで、ニッコリ意図してちょっとだけ派手に“お願いスマイル”を振り撒いて頼み、渋々にでもすんなり開けてもらって預け、かなり迷惑がられながらもしっかりちゃっかり乗り込んで…。 この旅は、終始こんな珍妙な連携プレイで、何やかやとすったもんだやドタバタの挙句、だけど何でか上手く転がって、結果は何時も着いて来た。 「なに、3分くらい、どーってことねェって。たとえ3分早く出たって、3分早く着くワケじゃねェんだから。年中無休で渋滞してやがる、『東京』ってのはそういう街だろ?」 「ふっ、そりゃそうだけど、だからって、ヒトサマの時間を3分奪っていいってモンでもないじゃん?」 「・・・・・・・・・いや、しかし、飛行機ん中もそうだけどよ。やっぱ野郎二人並ぶにゃちょいと狭いよな、ここも」 京一は、思い切りシートに深く身を沈めたまま窓枠に肘を掛け、窓越しに燦々と照り付ける太陽を目一杯横顔に浴び、光に透けてなお明るく見える茶色の前髪なんか軽く掻き上げながら、やっぱりあんまり悪びれた様子も無く、屈託無く。 …まあ、飛行機の席は勿論バリバリのエコノミーだったから、上海からの3時間弱、海外線としては短い時間だけど、それでも一般成人男子の平均身長よりはずっと高い男二人にしてみれば、かなり窮屈な感じで過ごしてて。 ………と、いうかさ。 相変わらず、人の話は、旨い具合に聞いてないよね。 今も。さっきも。 昔から。 「だから『成田エクスプレス』にしようか、って、俺、一応聞いてみたんだけど、お前、まるで聞いてなかったみたいだし?ゆったり座りたいなら、あっちの方がシートは大分広かったのに」 …そして、バスの方が、値段こそ、確かにシャレやモノのたとえなんかじゃなく明日からマジで1円に泣いてしまいそうにビンボーな今の俺らに優しくほんの110円安いけど、シートは狭いし、所要時間だって不確かな上にほぼ確実に掛かる。 何故、京一はバスを選んだんだろう。 しかも、何故、『ヒルトンホテル行き』を見付けて、慌ててまで? わざわざ走らなくてもいいくらい頻繁に出てる普通に西口ターミナルに着く路線があるのを、新宿育ちの京一が知らないとは、まず思えない。 …………というか…か…。 何故だろう。 こんな人の話も聞かず勝手気侭に意味不明に俺まで巻き込む京一を見るたび、腹が立つよりは何時だって可笑しくて、これもまた相変わらずやっぱりついつい笑っちゃってる俺。 この5年で、要らないオメデタさにも、相当磨き掛けちゃって。 「―――あァん?誰がヤだって言ったよ。好都合じゃねェか」 「え?」 「ヘヘヘェ〜ッ」 そして、『…ああ、その笑みはマズイ』と、ふと過るヤバい予感に、今改めて気を廻してみれば。 …………?意外と……狭過ぎるシートが、返って他の乗り物よりは何となく少し、機密性を高くしてる感じ……? なのをいい事に、京一は。 「―――っ、……」 …窓際の席から通路側に座ってる俺の後腰の辺りを潜らせ、今、誰にも見えないよう密やかに腕を廻し、その腕にぎゅっと力を篭めて俺を寄せて。 隙だらけのドサクサ紛れに、ぐりぐり頬まで摺り付けて。 「…こうして、『ぎゅーっ』とか…………、出来るしよ」 嬉しげに細められた瞳のまま近付いた笑みを含む口唇が、最後の方だけほんの少し悪戯さを篭めた掠れた声音で、俺の耳元に柔らかく触れる。 その熱と力は、感じれば何時だって、ストレートに、ダイレクトに、俺の何処か奥の方に届く。 届いてしまう。 「…ああ、俺って、なんか、すごくアイされてるかもしれない」なんて恐ろしくファンタジーな夢の世界へ、そんなに夢見がちでもない筈の結構リアリストな俺にうっかり片足突っ込ませてしまうほど、有無を言わさず、確かで、温かい。 胸の奥から込み上げて来る熱が、止められない感じで頬の辺りを微かに熱くする。 ……けど。 「………。…ふ…、お前、どーでもいいけど、これ以上ここでやったらコロすから☆マジで」 …そう…まだ“片足”で、ちょっと踏ん張ってみたい。 こんな些細なことでまで呑まれてしまうなんて、さすがに少し悔しいじゃない…? だから、取り敢えず“心意気”。 涼しい顔で遣り過ごしてみせる。 だけど、どうしようもなく囁きに近い声で笑って言ってる俺のその釘刺しに、迫力なんかは、まるで無い。 情けないけど、出やしない。 だって…。 「…クッ、しねェよ。さすがに俺も、こんな時にまで、もうそんな“覚えたてのガキ”みてェに無闇にガッツイたりしねェって。 …ただ、ちょっと……。…なッ、こういうのもイイだろ?ずっと同じ姿勢で凝り固まってっとよ、こうしてぎゅーっとかしたりされたりするだけで、なんかキモチ良くねェ?」 …「いや〜、まァ、“ご要望”とあれば、もちろん何時でも応えちゃう、っつか、応えずにはもう居ても立っても居られねェ、何時でもスタンバイOKなオトコマエのカラダだけどな?」と、二ッ、と得意の笑みで、ふざけてみせながら…。 「ふふ…」 …だって……そう…。 …呪わしい…。 ああ、呪わしい。 その酷く程好い熱の伝わり方も、抱き締める力の加減も。 この今欲望よりほんの少し無邪気さやさり気ない優しさを多く含んで俺を抱く、時によって様々な表情に変化するしなやかな気持ちの有様も、どうやら本気で心地良くて全然抵抗する気になれない、もう少しこのままで居たい気持ちに負けて為されるがままただ笑みを零すだけの正直な自分も。 もう、何もかもが、甘く呪わしい。 何年経っても。 何時まで経っても。 京一は、俺でさえ気付いていない俺の望むものを、他意があったり無かったりしながら上手に与える、昔から天才で。 俺をシアワセなキモチにするのが、きっと世界中の誰より上手い。 ……そして。 この5年の思い出話ならお互いなかなか寝付けなかった昨夜に散々していたし、今はもう特に言葉なんて何も要らなくて、ただこんな風に柔らかく触れ合っていたい気持ちのままに、こそこそと、ごそごそと。 案の定、5分もすれば意識の片隅からも消去してくれ今はもうすっかり無関心になっている周囲の気を新たに引いてしまうのだけは避けるよう、息を潜めて、秘めやかに。 他愛無いばかりのくすぐったいアイコンタクトとじゃれ合いだけのとても人には見せられない甘ったるさで二人だけの無事帰国の喜びを分かち合っているうちに、だんだんとその心地良い褐色の腕の力は緩やかに抜けていく。 程無く、まるで動かなくなっていく。 「………京一………」 「……………………」 ……分かってる…… …ちゃんと、薄々予想はしてたよ。 もう分かってて………何となく、今、呼んでみただけ。 ほら…、思った通り、ちょっと上向きに、口なんかマヌケに半開きにして。 こんな時にしか見られない、酷くあどけない顔をして。 「…………ふ……」 幸せそうに俺の肩にしこたま寄り掛かって、俺を置いて、さっさと一人寝てしまいやがるヤツ――― 京一は、幸福なまま俺をほんの少しセツナイキモチにさせるのも、きっと世界中の誰より上手い。 ……まあ…無理も無い、か…。 その肩を貸したまま、ひとり―――。 そしてひとりになれば、晴れやかな午後の光に輝く離着陸の機影が少しずつ遠くなっていく窓の向こうの有様に、さっきまであんなに能天気だった胸が、今微かにチクリと疼いていることまで自覚して。 俺は、所在無くて、微笑いながら再びシートに深く身を委ね、少しだけ深い息を吐く。 ……どうせ、あまり眠れそうにもなくて。 その有耶無耶に出来ない勢いで今広がり出しているココロのモヤモヤと真摯に向き合ってみる事に決め、ふわりと宙の何処かに視線を預け、暫し思いを巡らせる。 …京一が眠ってしまうのは、無理も無い。 昨夜はほとんどカンテツ状態だし、機内でも真ん中のシートだったから、寝るほどのリラックスした環境なんて、とても得られなかったし。 ……そして………無理も無い。 この晴れがましい日に不似合いの、微かな疼き。 すぐに思い当たる。 それは、祭りの後とか、花火の後とか、そんな感じ。 この5年間、色々あるにはあったけど、総じて、本当に楽しかったから―――。 旅の間、京一とはほとんど一緒だったけど、別行動を取っている時もあった。 ……『父さん』…なんて面と向かって一度も呼んだ事も無い、まるで記憶の無い俺なんかより俺の親父の生き様についてずっと詳しく、ずっと愛して、ずっと胸を痛め、終には柳生の手に掛かり今は親父と共に眠る人達のせめてものささやかな供養になれたらいいと俺が弦月の村に暫くのんびり滞在している間、京一は京一らしく、一人旅をして。 彼は彼で、その間に高校の頃から時折思い出したようにぽつりぽつりと口にしていた彼の噂の師匠に、偶然にもあの大陸で出逢ったらしく、俺がその再会の場に立ち会えなかったのは、とても残念だったんだけど…… でも、再び俺のところに戻って来た時、言葉少なにその件について何か文句だけ言いつつも、その纏う気配も、眼差しも、勿論腕も、出掛ける前よりも一段上の品格を身に付けていた京一を確かに見止めれば、その人物が京一に与える影響………大きさだけは、容易に想像出来て。 もっと深い興味も沸いて。 ……親父の事も、そして俺の事までも、何でか、少し知ってるらしい。 機会があれば、やっぱり、何時か逢ってみたい、と思ってる―――。 ……まあ、そんな風に、色々と……… 時に別々に、だけどロクな約束なんかしなくてもまた合流して二人であちこち廻って、自由気侭に互いを損なう事無く、この5年、本当に仲良く、実り多く、楽しくやって来れたから…… とてもありきたりな言い方だけど、まさに夢のように過ぎた日々だった。 から――― 「京一…」 もう一度、呼んでみる。 寝ていて聞こえないのをいい事に。 気付かれないように、その手に、そっと、指を絡めてみる。 肩に寄せられている頭に、頬を合わせてみる。 ………なァ、俺、今、少し、サビシイみたいだ。 旅の終わりは、夢の終わり。そんな気がしてるみたいだ。 とても楽しかった遠足帰りの子供みたいな気持ちなんだ……… …なんて、見えてないのをいい事に。 この夢の終わり、いっそこのファンタジー世界にもう頭のテッペンまでどっぷり浸かって、そんな事を戯れに、心のうちだけで訴えてみる。 そして、もう一度… その寝顔をよく見たくなって覗き込んだ拍子にふと眼に入る、午後の明るい窓辺に幽か映った俺の顔は、自分でも意外なほど憂いを乗せていて、それでいて自分でも知らない、鏡では見たことも無い、酷く優しい顔をして。 また、苦微笑が零れてしまう。 ……ああ、俺って、なんかすごくお前をアイしてるかもしれない。 お前が俺をアイしてくれるのに負けないくらい、俺もお前をアイしてるかもしれない。 ………ああ、返事なんか要らないから。 慰めとかも要らないから。 言葉は要らない。 起こしたりしないから―――…ただ、ほんのちょっと…… …こうして、ほんのちょっと………今だけ、少し弱気になってしまう俺を、知らないまま、そっと、許してほしい。 触れれば何時でも溢れる微笑に混じって、今、不意に零れそうになるアツい感じは、慌てて瞳を閉じて止める。 だって、こんな日に涙は似合わない。 お前との晴れやかな日に、涙は似合わない。 終わる事を、嘆こうなんて思わない。 ただ、そっと――― 絡めた指先に想いと願いを篭めて、笑って、放ちたい。 今俺がお前に向ける、感じるこの想いが、夢の中だけでもいい、お前に届けばいい、と。 分からなくていい。 覚えなんかなくていい。 新宿に着いたら、またしっかりと新しい扉を開く準備は、お前に負けないだけの強いエナジーは、ちゃんとある。 お前が眼を醒ます頃には、ちゃんとフツーに戻ってるから。 だから、今だけ、この楽しかった夢の終わり、名残を惜しんでその身に頬寄せて。 ……ただ、この今の、この俺の真実を。 泣きそうに笑えるくらい、今もう俺独りでは抱え切れないほどで持て余し困ってしまう、俺から溢れる最大限の友情と愛と感謝を、その胸に。 密やかに。 矢のように走る時、2度とは来ない晴れやかな今日、俺だけのメモリアルに。 お前に…………届け――――。 なんて、ね……………… 「…………………………ぁ…………?」 「おう、や〜っと起きたか」 ……………不覚、だった…。 何時の間にか閉じてしまっていた眼を開けた時には、窓の外には僅かにオレンジがかかる陽射しを一面に受け照り返しも眩しい、懐かしい摩天楼。 バスは首都高からもう街へと下る、新宿ランプの大きな螺旋を丁度滑り降りているところまで来ていて。 ……というか、間近でニヤニヤと笑う、明るい鳶色の切れ長の瞳。 今、大きく緩やかに旋回するバスの揺れよりは、多分、その視線に俺は目覚めたんだろうと思われる。 「…ああ……もう、こんなとこまで……。俺、寝ちゃってたんだ…」 ……不覚、だった。 眠ってしまう前と、何でか立場は逆転していて。 今は俺の方が思いっきりその肩に寄り掛かってしまっている頭を、一人勝手に密かに感じる何とはなしの気恥ずかしさに、少し上げ。 「へへッ、無理も無ェよ。昨夜はお前、妙にテンション昂ぶっちゃって、あんま寝てねェだろ?」 そして、彼が目醒めたら俺こそがしたり顔で言ってやろうと思っていた言葉を、これもそっくり、したり顔で返されて。 何もかも、後で起きたこちらに分が悪いワケで。 というか、コイツ…………先にすやすや一人寝たと思ったら、ちゃっかり先に起きてるなんて、“イイトコどり”も甚だしい。 だけど…。 「まッ、それに、この俺の寄り掛かり甲斐のある逞しい肩の上じゃァ、気持ち良過ぎて、もう寝るなっつーのが、土台無理な話だ」 …こんな時、なぁんかエラそうに得意気に笑ってフザけた事を言ってるコイツを見て、やっぱりメデタクも何でかそう悪い気もしない俺は、きっとコイツとは、やっぱりウマが合ってるんだろう。 ……まあ、嬉しい、とは、さすがにこの今、言わないけど。 だって、ほら―――この手…。 ご丁寧に、まだ、こそっと俺が繋いだままで。 まったく、バツが悪いったりゃありゃしない。 どうやって誤魔化そうか。 …っていうか、まず、どうやって、それとなく離そうか…。 しかし。 「それにしても、ひーちゃん。今日のお前の寝顔―――。なんか、すげェ……ククッ、ありゃァもう、“ホラー”だったな」 「え?ホ、“ホラー”??…な、なに?俺、そんなブキミな顔してた?!」 …容姿なんて、特にウリにするつもりも無いけれど。 それでも、自慢じゃ無いけど、そんな事、今まで一度だって誰にも言われた事が無い。 据わった瞳で、ニヤニヤと、唐突に、想像も付かなかったちょっとショッキングな事を言われ、俺はまた不覚。 一瞬我を忘れて、手を離す機も逃してしまう。 全然違う話の激しいリアクションを返した今、きっとすごいチャンスだったのに。 「あァ、すんげェキモチ悪ィの。時々ヘラヘラ、マジでハッキリ微笑ってんだぜ?眠ったまま」 「あ、あはは……そう…」 「なァ、どんなノーテンキな夢見るとあんな顔になんだよ?教えろよ」 「……、夢なんて一々覚えてないよ。そういうもんじゃん?」 …言えないよ。 …言わないよ。 多分、起きてる間からなだれ込むようにお前を想って、何だかセツナクもムチャクチャシアワセなキモチになってた―――、なんて、言えない。 幾らお前にはかなり正直になってしまう俺でも、言わない。 そんな事口に出して言う事じゃないし、大体、コイツ、そんなの聞いたら何処まで昇り詰めちゃうか……。 「でもよ―――」 でも、そんなイジワルな事を言っておいて、京一は、不意に、耳元に近付いて。 「なんか、ミョ〜に、カワイかったな」 酷く無邪気で、優しげな声で。 「すげェ………カワイかった」 また、猫みたいに切れ長の眼を細めて…。 ……嬉しいよ お前にそんな顔でそんな事を言われれば、悔しいとか、情けないとか、そういうの、なんか全部どうでもよくなって、俺はただ嬉しいみたいだよ。 でも、嬉しい分、嬉しいと思ってしまう自分が……… もうどうしようもなくダメになってしまいそうな自分が居て、とても苦しくなる。 「―――ふ」 …だから、この今どんなものでもいい、取り敢えず小さな微笑を返して、俺は出来るだけそれとなく、それでも早く、繋がっている手を離そうと。 だけど、京一は。 「―――離すなよ」 ―――ぎゅっ、と。 そして、俺を捕らえてしまう強くて甘い瞳と声で、ニッ、と笑う。 「離すなよ―――……ずっと」 ……………それから――― 思わず負けて俯いてしまった俺を、京一が、多分傍目には車窓を覗き込んだ弾みにバスの揺れのまま傾いでいるようにしか見えない感じに引き寄せ、俺の顔を少しだけ上げさせて。 終着に近付いて降車の準備にそれぞれにそこはかとなくざわめき出す周囲の雰囲気に紛れて、車窓に緩やかに流れる懐かしいコンクリートの街並を背景に、この夢の締め括り――― 俺と京一は静かに、穏やかに、でも掠め合うだけじゃない3秒くらいの留まるようなキスをした。 ……聞かれたくなかった繋いだ手の理由は何も聞かないまま、ただ俺にくれた京一のその笑みに、そのキスに、どんな意味があるのかは知らない。 特に意味も無く気紛れで他愛無いものだったのか、それとも俺の脳内全部透視したみたいに思い切り意味を篭めたものだったのか――― だけど、そのどちらでも…… 何れにしろそれが、一つの夢の終わりに、こっそり……多分、少し怯えていた俺の胸に酷く優しい安らぎを齎し、微かな悲しみを鎮めた事に変わりはない。 …そう、京一は、俺でさえ分からない俺の望むものを、他意があったり無かったりしながら上手に与える、やっぱり、昔から天才で。 相変わらず、俺をシアワセなキモチにするのが、きっと世界中の誰より上手い。 そして、夢から醒めれば――― 「カァ〜ッ、長かったけど、ようやく着いたなッ!」 いつか俺らが熱い気持ちで護り抜いた街に今力強く降り立って、大きく伸びをして、木刀をその手に取り戻したなら軽く感触を確かめるように振り回した後、すぐさまその肩に。 そして、辺りを見回して、数呼吸分の沈黙―――多分、彼なりの密やかな感慨の後、やっぱり明るく、屈託無く、飄々と。 「しかし、よ―――、まァ、もう少し変わってるかと思ったけど、そうでもねェな」 だから、俺も、もう妙なセンチメンタリズムは、すっぱりと振り切って。 「うん、ほとんど懐かしい景色のままだね。まあ、もう、ここら辺はあんまり変わりよう無いか。…あ、でも、駅の方なら『大江戸線』が多分全線開通してる筈じゃない?」 「あァ〜、あのひーちゃんちの近く通ってる都営地下鉄な」 …やっぱり、晴れやかに新しい扉を開けたいと思うんだ。 それが、愛すべき、愛してる、『俺と京一』の昔からの基本スタイルだから。 ……そう、そして、『駅』で思い出したけど。 「…っつかさ…、お前、実は俺、バス乗った時からずっと聞きたかったんだけど………俺ら、正直、今また、何か、ものすごぉく気まずい視線感じてない?」 「あ?そうか?何で?」 「ほら、あれ―――。何で、俺ら、『ヒルトン行き』のバスに乗って、ヒルトンに入らずに、出迎えのヒルトンのポーターの刺さるような視線を浴びつつ、今そそくさとヒルトンの前から遠ざかろうとしてるんだろ?」 「はァ?…お前、久し振りに遠いトコから新宿まで戻って来て、わざわざホテルに泊まる新宿在住者が何処に居るんだよ。…っあッ!って、何だよ、ひーちゃん、もしかして、アレか?帰国記念に、『ニッポンの高級ホテル』のフカフカベッドでしてェとか?!ヘヘヘッ♪もう〜そういう話ならまァしょうがねェ、俺も何時でもOKだけどよ、でもとりあえずそれは明日以降になッ♪今日はさすがにノンビリ懐かしい…」 「……………あのぅ〜、なーんかすっげえメデタイ妄想街道爆走中のとことても悪いんだけど、そういう事じゃなくてさ」 「んだよ、違うのかよ」 「・・・。お前、何でわざわざ『ヒルトン行き』狙って走ったの?『西口ターミナル行き』なら、走らなくても10分間隔くらいで出てんじゃん。わざわざホテル行きのバスに乗って、ホテルのエントランス前で降りて、ホテルに入らずどっか行くのって、すっげー気まずくない?」 「だって、これが一番近ェじゃねェか、ひーちゃんちに。西口に着くのとじゃ、その『大江戸線』一駅分歩く量違うぜ?また、それ使うにしたって、乗るまでが結構あるしな。だから、そりゃァ居なきゃしょうがねェけど、丁度居るならこれが一番都合良いだろ?ほぼ一駅分、黙っててもちゃんと運んでくれんだから」 …ああ…? なんだ、そのココロは『優しさ』だったの? 『愛』だったの? でも、なぁんか釈然としないものが……? 「…そりゃまーそうだけど…、でも、お前んちは西口の方が近くない?お前が大変じゃん、こっちじゃ。多分『西口から俺んち』より、『ここからお前んち』の方が大分遠いと思うんだけど…。…その上、気まずいし……って、あっ…!」 そこまで言って、俺は京一がそのバスを選んだ真意がやっと見えて来る。 「…京一…、もしかして、今日俺んち来る…っつーか、泊まる気…とか?」 「え?何だよ?ダメかよ。俺とお前の『愛の巣♪』に俺が行っちゃダメなのかよ」 …あああ、『愛の巣』っ…?!…まっ、まあいいや…(?) 「今日はダメに決まってんじゃん…!お前、何年家出してたと思ってんだよ。帰るって言った日に帰らなきゃ、エラく心配掛けるって!」 「…おい、『家出』たァ、随分と人聞き悪ィな。『修行の旅』じゃねェか。『修行』のッ」 「…ふはは、『行方知れず』だったんだから、そんなに変わんないって」 「でも、そういうことなら何も問題無いぜ?俺、帰るなんて、家の奴らにゃまだ一言も言ってねェからな」 「えええっ?!」 「―――多分今日帰ったら、余計心配されちまう。遂にどっかで野垂れ死んで、ユーレイんなって帰って来やがったか、とかな」 「…いや、そんな生気漲っちゃってるユーレイは居ないって…」 「だからよォ、今日はひーちゃんちに泊めてくれよォ〜。なァ、5年もほとんど一緒に居て、今更別々の家に帰るなんて、サビシ過ぎるじゃねェかッ…!」 「・・・・・・・・・・・・」 …それは、何でもないただの何時もの畳み掛けるような気侭なワガママなのか、それともまた自覚があるのか無いのか分からない相変わらずのエスパーっぷりを発揮して、また俺すらも把握出来ていなかった俺の望みを知っていて言ってるのか… 結局、俺はまた、彼の何処まで本気なのか分からない駄々が何だかやはり嬉しい自分に気付いてしまって、絆されてしまって、甘えてしまって、頷いてしまって…。 それでも、心苦しいから『俺も挨拶がてら一緒に泊まりに行く』ということで、明日は必ず家にも帰る事を約束してもらい、もう、二人して俺の部屋のある西新宿のマンションまで向かう道筋。 「―――――じゃ、せっかくだから、ちょいと懐かしいとこ通って帰るかッ。ほら、丁度、あの頃の『放課後』と同じくらいの時間だしな」 真神からの帰り、何時も通っていた公園を突っ切って通ろうと、京一が言い出して…。 …ウチに来るのに、もう既に「帰る」になってるあたり、京一は本気で俺のところを今後の住処にする気なのかもしれない。 ……そりゃぁ、嬉しいよ。 嬉しいけど、嬉しくて、何処か、ちょっと怖い。 ふふ、まあ、きっぱりと振り払ったつもりだから、もうさっきみたいな『ファンタジーな俺』じゃないけどね…。 「ふふふ、でもお前、どーでもいいけど、こんなに年中一緒に居て、厭きないの?」 「あァ?何だよ、また今更…。って、あァ…?…いや……、へェ〜?心配なんだ。ヘヘヘッ」 「ふっ、なんで、そんな嬉しそうな顔になるワケ?」 「だって今更心配って事は、今でも俺にゾッコンらぶ!って事だろ?」 「…すっげぇポジティブシンキング」 「違うかよ」 ……違わない、よ…。 でも、その自信満々の顔に言葉は要らないと見て、俺はただ笑う。 そして、まるであの頃の俺らのように何だかふざけ合って帰る懐かしい制服を着た高校生なんか遠くに見掛けたら、二人揃って優しげな眼差しを向け何も言わないまま………多分あの頃をちょっと思い出しながら。 それでもまた、新しい日へと――― 歩みは止まらない。 初夏の陽はまだ強い。 丁度新緑眩しい木々が並木状に立ち並ぶ公園の中の道に差し掛かる辺りまで来て京一は、この5年の間に何時の間にか身に付けていた少し大人の落ち着いた笑みを湛えた面持ちで、不意に言う。 「・・・なァ、ひーちゃん―――」 「ん?」 「お前は、息したりすんの、『厭きた』とか思うか?」 「…うん?いや…、何か響きはカッコ良さげだけど、残念ながら俺、そんなにコワれ系のキャラじゃないかな」 「『眠い』とか『腹減った』とか、厭きることあるか?」 「ふっ…、ないよ?」 「それは、生きてる間、『厭きた』なんて考える隙もねェほど、当たり前に必要なモンだろ?もう、生きる為に」 「………うん」 そして、その大人の笑みに、昔馴染みの強気で屈託の無い笑みを、今も忘れず、上手に、器用に乗せて、京一は。 「―――俺とお前って、もうそんなレベルだって……、ヘヘヘッ、俺はそう思ってるぜ」 …それは、きっとこの節目、俺へのお返しの、とびきり眩しい、メモリアルスマイル。 夢から醒めても、きっとまた新しい、輝く明日―――そんな事を、俺に思わせる。 あの頃と同じ、並木の作る光と影が交互に延々と続くくっきりとしたコントラストの長い道の途中、出来過ぎたその夢のような光景の真ん中で京一は、だけど決して夢ではない確かな気配と眼差しで今真っ直ぐに俺を見て、ほんの少しだけ照れさえも浮かべながら、強かリアルに、酷くカッコ良く、鮮やかに笑ってみせた。 -fin-
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| うふふふふふ… 実はこっそり踏むのを目標にしていた響子さんのサイト『蒼の主張』の55000HITを 見事にゲットしていただいた京主ですvv 丁度京一帰還年ってことで、お題は『帰還』。 響子さんの描かれる京一はすっごく『子供でオトナ』なイメージでうっとり… そんな京一にベタ惚れな龍麻がまた良いのです〜ふふふふふふ←怪笑 響子さん、ほんっとうにありがとうございましたvv 【愛】激連打〜!!!!! |