君の名は 〜パート2〜


 彼に関する噂は多い。
「龍斗殿は実はああ見えても実は凄い力もちで、なんでも熊を素手で投げ飛ばすらしい」
 とか
「俺は大人が三人がかりでも食べられそうにない量の飯を一人で平らげたと聞いたぞ」
 とか
「あんなかわいらしい顔をして、実はあちこちに女がいるらしい」
 等々。
 天戒の耳にまで届く、下忍の間で囁かれる噂は多種多様でいろいろいろいろ後を絶たない。
 もちろんその噂はデマで、確かに熊にも勝てそうだし(実際は戦った事などないだろう)見た目は細いのに二人分は軽く食べるし(風祭もそれくらい食べるし、まぁまだ育ち盛りだ)、かなり鈍いので自分がもてていてもそれに気付かないから女をあちこちに作るような器用なまねは出来ないだろうし(これは断言できる)、本人は至って普通(・・・とは決して呼べないが)な少年だ。少なくとも天戒はそう認識している。
 ただ、謎が多いのは確かだった。
 多くを決して語ろうとはしない彼の過去には謎が多いが、この村に住む者は過去は詮索しないという暗黙の了解があり、その為彼の過去を知りたいと思っても知る術はなかった。

 そうして、彼に対してのあだ名も多い。
「くそー、たんたん!次は絶対!負けないからなぁぁ!」
 今日も元気に吠えるのは、この村で一番元気であろう風祭澳継。
 近頃よく彼に手合わせを申し込み負けると言う事を繰り返している(天戒が知る限り、風祭が彼に勝ったことは今まで一度もない)。
 今日も今日とて彼に向かっていき負けたのだろう。近頃は二人の手合わせを見る為に仲間が集まっているので、負けると言う事は風祭にとって屈辱なのだろう。だが、決して風祭が弱い訳ではない。彼が来てからめきめきとその技や力を上げ、この村の欠かせない戦力として大きく育ってきた。
「あらあら、たーさんも手加減してあげりゃあいいのに」
 二人の手合わせを見学していた桔梗が楽しそうにそんな事を言う。そんな事を言われて黙っている訳がない風祭をからかっているのだ。
「師匠にそんな器用なまねが出来るとはおもえんな。それに、いつだって全力で向かっていってこそ勝った時の喜びが大きいのだ」
 ぎゃんぎゃんと噛みついてくる風祭の相手をしていた彼は、その九桐の言葉に少し苦笑する。
「そんな器用なまねが出来ない・・・って、俺そんなに不器用に見える?」
「見えるねェ」
「見えるに決まってる」
「それが龍斗師の良い所です」
 即答で答えた桔梗と九桐に、御神槌が柔らかく微笑んでフォローする。
(たんたん・・・たーさん・・・師匠に、龍斗師)
 本当に彼・・・緋勇龍斗に対するあだ名は多い。
 それぞれが思い思いの呼び名で彼を呼んでいる。
 龍斗に不満はないらしく、どんな名前で呼ばれてもきちんと返事をしている。
(あだ名・・・か)
 またしても、ここに来て天戒を悩ませている事。
 前回は、下の名前を呼ぶのにかなりの時間を要した天戒だったがようやくその壁も乗り越え、今では自然と下の名前が呼べるようになった。
 父親の墓石の前で練習(・・・)をしている所を、龍斗が通りかかり返事をしたあの時から、また幾月か時は流れ・・・。そうして今度は天戒はあだ名で呼んでみたいと言う野望(・・・・・・)を抱くようになった。
 だが、今回は名前と違って決まった呼び名があるわけではない。天戒としてはここは一つ自分だけが(重要なポイント)呼ぶ龍斗がすぐに誰に呼ばれているかわかるようなあだ名にしたいと思っている。
 思っているのだが、考えるとこれがなかなか浮かばない。
 浮かばないからあだ名呼びなど出来なくて、現在天戒のみが律儀に龍斗と呼んでいる。
 このままでは駄目だと思って、天戒はひっそりと龍斗にまつわる呼び名を聞いていた。
(確か・・・他には弥勒は龍さんと呼んでいたか・・・奈涸は龍君だったな)
 仲間全員の呼び名をチェックしている訳ではないが、ある程度は傾向はわかってきた。
 やはり下の名前をもじって・・・と言うのが正しいのかもしれない。
 皆の中で楽しそうに笑っている龍斗を遠くからそっと見て、天戒はあだ名を決めよう、そう心の中で決意する。
 あだ名を決めて呼んで、そうしてあの笑顔で返事をして貰うのだ。
 ・・・なんの事はない、天戒はつまりの所龍斗に惚れているのだ。
 恐いことに、天戒自身はその事に気付いていない。何故あの笑顔で返事して欲しいかと考える事はしないのだ。九桐と桔梗など、かなり前から薄々感づいている(風祭はそう言う事には疎くまた興味もないので、蚊帳の外。当事者である龍斗もかなり鈍いので当然気付いてはいない)にも関わらず。
 龍斗は男女問わず人気がある。
 本人にその気はないのだが、周りに不思議と人があつまるそんな魅力を持っている。
 それが頼もしくもありまた複雑にも思う自分の気持ちを把握してない天戒も、龍斗の事を鈍いなどとは決して言えない。
 何はともあれ、まずはあだ名を決めなくてはならない。
 笑顔の龍斗にそう固く心の中で決心をし、名残惜しいがそっとその場を離れようとした天戒の後ろから、天戒の姿に気付いた龍斗が嬉しそうに声をかけた。
「オヤカタ様!」
「龍斗。奇遇だな」
 さも今気付いたとばかりに振り向く天戒。
 龍斗はつい先ほどまですぐ近くで風祭と話していたし、その話声が聞こえないほど離れてはいない場所で龍斗の事に気付かない訳はないと思うのだが、龍斗は別に疑問に思わなかった(嘘くさい事この上ない天戒の態度は九桐や桔梗なら振り向いた時点でばれているだろう)。
「どうしたんですか、こんな所で」
「いや・・・たまたま通りかかっただけだ。気にするな」
「そうですか」
 気にするなと言われたら本当に気にしないのが龍斗で、だから天戒の嘘はばれた事がない。
 屈託なく笑う龍斗に、良心が少し咎める。
(すまぬ・・・龍斗)
 だが遠くから龍斗を眺めていました、などと話せるはずはなく・・・。
 大体遠くから眺めなくても正々堂々と声をかければいいのだが、なんとなく声をかけるのを躊躇う天戒の、恋する男心は複雑だった。
 それから少し他愛ない話をした。
 龍斗は今あった手合わせの報告を天戒にして、それを知った風祭が乱入してきた。その上、桔梗も九桐も風祭をからかうのが楽しいらしく、会話に参加してさらにその場は賑やかなものになった。
 その中心にいるのはやっぱり龍斗で、その龍斗の横で笑いながら天戒は幸せな気分になる。
 こんな風に、些細な事で笑顔で笑いあって・・・など昔ではなかった事だ。鬼道衆としてそれぞれがそれぞれの思いを抱いて、必死になっていた。笑いあう事など、本当に少なかったかのように思う。
 それは、自分たちが果たそうとしている目的の為には仕方のない事だと思っていた。そう言うものだと、思いこんでいた。
 だが、そこに龍斗と言う新しい仲間を迎えた事で、皆の関係が少しづつ変わってきている。
 九桐も風祭も自分たちに引けを取らない相手を得たことでますます強くなり、桔梗も前より優しい笑顔を見せるようになった。
 村の中にあった張りつめた糸のような雰囲気はなくなり、代わりに優しい和やかな雰囲気をもつようになった。
 それは本当に良いことなのか・・・まだ分からないが、天戒は今のこの雰囲気を否定する事は出来なかった。このなんとも言えない温かい雰囲気が、全ての者を癒している。癒される場所があるから、また闘いの場に行けるのだと・・・そう思えるようになったから。
 そう思えるようになったのも、きっと龍斗の存在があるからだ。
(本当に不思議な奴だな・・・)
 何も考えていないように見えて、たまに鋭いことを言う実はいろいろ考えているらしい龍斗の事を皆頼りにしている。
 その場でまた手合わせしようと言い出す風祭の言い出しに、またその場は盛り上がって今度は天戒も二人の手合わせを見ることになる。
 こんな穏やかな日々がずっと続かない事を知っているからこそ、その大切さをしみじみと味わう天戒だった。


* * *


「お屋形様は絶対たんたんに甘い!」
 そう風祭が言い出したのは、周りに見学者が増える事を嫌って風祭が選んだ山での鍛錬を終え一休みしている時で、その時丁度龍斗は村の人が握ってくれた握り飯を口いっぱい頬張っている時だった。
「ひょうひゃ〜?」
「お前!口に物を入れて喋るな!」
 普段自分はそう桔梗に注意されているくせに、人がすると得意顔になって注意をする風祭にそれでも反論せず、龍斗はしっかり味わって握り飯を食べる。
(ああ、幸せだなぁ)
 美味しい握り飯、万歳!
 なんの変哲もない握り飯がこんなに美味しく感じるのは、一度食べたら二度と忘れられないアノ思い出があるからだろうか。
(あれは辛かったけど・・・)
 思わずあの味を反芻して遠い目になる。
(いや、けどあれはお屋形様が俺たちの為に作ってくれたものだし!)
 俺たちと複数系なわりには、食べたのは龍斗一人だったが・・・。
 普段そんな事は絶対しないお屋形様の手作りの握り飯を食べられると言う幸運は確かに嬉しいことだったのだが、いかんせん味が・・・。
(いかん、いかん。思い出すな)
 心の中で、こんなに美味しい握り飯を作れる人をお嫁さんにしたい・・・などと考えながらしっかり咀嚼して飲み込む。
 二人とも、握り飯を食べるたびにあの日の事を思い出すようで、龍斗の横で風祭も神妙な顔をして握り飯を食べている。
「そうか?」
 今度はしっかり飲み込んで鮮明な発音で、先ほどの風祭の問いに疑問で返す。
「絶対!そうだって!」
「そんな事ないと思うけどなぁ?オヤカタ様、村の人には全員優しいよね?」
「当たり前だ、お屋形様はそんな事で誰かを特別あつかいする人じゃねー!」
「・・・言ってる事が矛盾してない?」
「だーから!そのお屋形様がそれでもお前だけには甘いんだよっ」
「そんな事・・・」
「いや、絶対ある!」
 自信満々に言い切る風祭には、根拠があった。
 例えば。
 今日のおかずは何だと村の者が報告しに来た時に、こっそり龍斗の好きなおかずを作るように頼んだり(風祭の名誉の為に付け加えておくが、盗み聴きをした訳ではなくたまたま前を通ったら聞こえたのだ)。
 例えば。
 そう、二人で鍛錬をしていて天戒がたまたま通りがかった時必ず最初に龍斗を褒める。勿論風祭も褒めてくれるのだが、必ず龍斗が先だったり。
(絶対!甘いよな)
 風祭としては、そう思わずにはいられない。
 ただ、それを狡いとは思わないのは、そう言うときの天戒はとても嬉しそうにしているからである。
(あんな顔どっかでみたんだよなぁ・・・。どこだったかな)
 天戒が龍斗が絡む時だけ見せる顔に、風祭は見覚えがあった。
 そうかな、そんな事ないんだけど、と首を傾げている龍斗の隣で、風祭も首を傾げる。
「あっ思いだした!」
「え?何を?」
 龍斗の問いかけには答えず、思いだした光景に風祭は頷く。
(確か村の子供があんな顔してた!)
 確かその子は一人っ子でようやく待ち望んだ弟が出来たと言って、たいそう弟を可愛がっていた。小さな弟が自分の後をついて回るのが嬉しくて仕方ないらしく、あれこれと世話を焼いては天戒が見せるような笑顔で笑っていた。
(お屋形様、一人っ子だもんなぁ)
 弟が可愛くて可愛くて構いたくて仕方ない、なんて笑顔で笑われたら風祭は狡いとは思えない。
「・・・まぁたんたんだしな」
「なんだよ?さっきから」
 龍斗の疑問を無視して、風祭は一人で考えて一人で納得した。
 この村の誰とも違う龍斗だから。
 風祭は決して天戒の弟などにはなれない。なりたいとも思わない。風祭は天戒に仕えている事を誇りに思っている。それでいいと思っている。
 だから、狡いとは思わないのだ。
 天戒が龍斗に甘い理由が解れば気にならなくなった。
「まぁ許してやる!」
「だから、なーにを?一人で納得してないで、俺にも教えてくれよ」
「自分で気づけよ、お前!」
「相変わらず無茶を言うなぁ」
「鈍すぎだぞ、たんたん!」
 ・・・天戒の気持ちを弟へのものだと勘違いしている風祭に、龍斗も鈍いと言われたくはないだろう。しかしその問題をただす事の出来る者など、どこにもいなかった・・・。

* * *

 その夜。
(う〜、結局風祭は何が言いたかったんだろ)
 龍斗は、まだ昼間の風祭とのやりとりを悩んでいた。
 基本的に考えるより先に口が動くような風祭が、珍しく口を閉ざした。
 ・・・と言うより自分で考えて自分で納得して、興味が他に移り話してくれなかった。
「相変わらず勝手なんだから・・・」
 そうはいいつつも、風祭の話題が他に移った時に一緒に興味が移った事も否めない。あの時もっと食い下がっていればあるいは何を言いたかったか教えて貰えたかもしれないのに、と龍斗は今更ながらに後悔した。
 天戒が自分に甘い、と風祭は言ったが龍斗はそんな風には思わない。
 天戒は、誰にでも優しい。下忍一人一人の癖を知っていて仮面をつけていてもすぐ誰だか解ってしまう。それが龍斗は凄いと思う。龍斗など仮面をつけられてしまえば誰が誰だかわからないの
に、天戒はすぐ見破ってしまうのだ。
 そんな風にこの村に住む人みんなに気を配り、守ろうとしているのが天戒で、そんな天戒が龍斗一人を特別あつかいする訳などない。
(オヤカタ様は風祭の事だってちゃんと見てるよなぁ)
 褒める時はしっかり風祭の良くなった点を褒める。それはすなわち前の悪い点を知っていると言う事で。
(そういうのは羨ましいなぁ)
 前ほどこの村での違和感はなくなったとは言え、風祭がこの村で過ごした時間と比べたら龍斗がこの村で過ごした時間など微々たるものだ。それは言い換えれば、天戒と過ごした時間も短いと言うことで。
「・・・?」
 なんでそんな事で風祭を羨ましいと思うのだろう?
 そんなの当たり前の事なのに。どうしようもない事だとわかっているのに。
(・・・)
「・・・まぁいいか」
 そりより風呂風呂とこれ以上考える事を放棄して、龍斗はこの村のお気に入りの場所の一つである露天風呂へと向かう。
 と、その露天風呂への道で天戒とばったり出くわした。
「む?たつ・・・」
「あ、オヤカタ様!」
 龍斗と呼ぼうとした天戒の言葉を遮って嬉しそうに駆け寄ってくる龍斗に何、故か天戒は顔を赤らめて視線を逸らした(そうしてその事に全然気付かず天戒に嬉しそうに話しかけている龍斗は、やはり鈍い)。
 天戒としては。
(く、不覚)
 思わず口を押さえる。
 何故か。
 何故か、自分の姿を認めて嬉しそうに駆け寄ってくる龍斗を見て「可愛い」と思ってしまった。可愛いと思ってさらにそんな風に駆けて来てくれる事を「嬉しい」と思ってしまった。
 相変わらず何故自分がそう思うのかに気付いていない天戒は少し動揺する。
「オヤカタ様?」
 首を傾げて少ししたから見上げてくる心配そうな龍斗の顔を、正視できずに天戒はさらに焦る。
(何故、こんなに動悸が・・・)
 これから日課である父の墓石に行く途中で龍斗に出会ったそれだけのはずなのに。
 何故、龍斗の顔をみてこんなに動揺しなければならないのか。
「どうしたんですか?気分でも悪いんですか!?」
 口を押さえて何も喋ろうとしない天戒に焦りを隠せない龍斗は、そのままきびすを返して誰かを呼びに行こうとする。
 それに気付いて天戒は慌てて龍斗を引き止めた。
「良い。たいした事ではない。それより、たつ・・・」
 と、と呼ぶより先に龍斗が天戒の言葉を遮って珍しく慌てた様子で言い募る。
「けど!もしかしたら悪い病気になってるかもしれないし!オヤカタ様に何かあったら、俺っ」
 思わず勢いで何かとても凄い事を言いかけた自分の行動に驚いて、思わず止まる龍斗。
(オヤカタ様に何かあったら、俺・・・)
 その先をなんと続けようとしたのか自分でもわからず、龍斗に動揺が走る。
 凄い剣幕でそこまで言って、突然言葉を切った龍斗に驚いてやはり動作が止まる天戒。
 龍斗の言葉のその先を聞きたいようななんとも言えない不思議な気分を味わう天戒も、平静ではいられない。
 しばし動けず、二人で見つめ合う。
 天戒は龍斗の腕を持って引き寄せたままなので、二人の距離は近い。
 この展開は前にもあったな・・・と二人冷静になった後でそれぞれ思い出すのだが、今はそれどころではない。相手が先に何か言い出すのを待っている。
 そうして先に沈黙に絶えきれなかったのは、龍斗の方。
「オヤカタ様・・・もう人を呼びにいきませんから腕を・・・」
 放してください、と言う前に天戒が龍斗の腕を放す。
 天戒がつかんでいた所から熱が奪われて、それを残念に思う自分の気持ちが分からない龍斗と、掴んでいた腕の熱を失って、急速に冷えていく熱を何故か逃したくなくて閉じこめるように手を握りしめた天戒との間にまたしばしの沈黙が降りる。今度は互いの視線は逸らされている。
「たつ・・・」
 と、と最後まで呼びきれず天戒は言葉をとぎらせる。
 何と言えばいいのか解らず、天戒は困ってしまう。
(何故、こんな事になったのか・・・)
 気がつけばなにやら気まずいととれなくもない雰囲気になっている。
 何か言ってこの雰囲気をうち消したいと思うのに、こういう時にかぎって何も浮かばない。
「その・・・これからお風呂に行こうと思って・・・。オヤカタ様は?」
 この場の雰囲気を変えたいと思っていたのは、天戒だけでなく龍斗も同じだ。
 なんとか普通の笑顔を浮かべる事に成功して天戒に話しかける。
 何故か先ほどから鼓動が早くなって天戒の顔を見るのが恥ずかしいのだが、この雰囲気をなんとかしたくてそんなものに構ってはいられない。
「そうか。俺は父上の所に今日一日の報告をしようと思ってな」
 天戒もその龍斗にあわせて、なるべく普通に見えるよう最大の努力をはらって笑顔を浮かべる事に成功した。
 先ほどから何故か早くなる心臓の音が龍斗に聞こえやしないか、そんな事を心配しながら話す天戒も、この雰囲気をなんとかしようと必死だった。
 それぞれが、それぞれの胸の鼓動の意味を考えれば二人の仲もきっと進展するのだろうが、あいにくと二人ともそんな事を考える余裕すらなかった。
「・・・」
「・・・」
 お互いがぎこちない笑顔で必死になって会話をしているので、沈黙が訪れるのは必至。
 その間二人は必死に会話を捜す。
(そう言えば・・・)
 先ほどから龍斗と呼ぶたびに当の本人に遮られていたが、『龍』と呼ぶのもいいかもしれない。
 ふっと思いついた天戒の考えは、このうえなく良いものに感じられた。
 幸い他の誰もそう呼んでいない。
 ようやく天戒が会話の糸口を見い出したと、ほっとする。
「うむ」
「なんですか?」
「いや・・・その、実はこれから龍斗ではなく、龍と呼ぼうと思うのだが・・・」
「はい」
「・・・嫌ではないか?」
「それ、龍斗って呼ぶ時にもきかれましたけど・・・」
「・・・そうか?」
「別に嫌じゃないです。オヤカタ様の好きなように呼んでください」
「そうか・・・ならこれからはそう呼ぶ事にしよう」
「はい」
 それぞれの胸の動悸も収まってきたし、なんだか雰囲気も和んできた。
 ようやく、普通通りの会話が出来るようになったとそれぞれ二人胸を撫で下ろす。
 他愛ない会話だが、それがなんだかほっとして嬉しかった。今はまだこのままがいいと、それぞれが無意識に思っているから。
「では・・・試しに呼んでみようか」
「どうぞ」
「うむ・・・龍」
「はい」
「龍」
「はい」
 そうして今回も前回と同様、律儀に返事を返す龍斗と名前だけを呼び続ける天戒の姿がそこにはあって。


「結局行き着く所は同じパターンなのか」
 そう感想を漏らすのは、前回同様するつもりもなく盗み見をする事になった九桐で。
「あだ名で呼べるようになっただけでも、進歩だと言うべきかねェ」
 こちらも九桐同様、一部始終を見る羽目になった桔梗がどこか諦めたように呟いている。
 今度こそ。
(勝手にしてくれ・・・)
(勝手にやっとくれ・・・)
 そうそれぞれの心の中で呟いたとしても、誰も二人を責められはしないだろう。


 後日談。
 実は壬生も龍斗の事を『龍』と呼んでいる事を天戒が知るのは、それからすぐの事である。

 
 


雪ちゃん〜!
むっちゃツボな御屋形様!!しかも天然!!!
すっげぇ可愛くて一目(?)惚れvv実は『2』とあるように、この話には前編があるのです。
そちらはサークルの突発本用に書かれたものなんですが、修羅場中に読んで、すっかり癒されました〜
そしてそして、強請るよーにして2を奪取!!ありがとうねvv
ちなみに、『1』はさーらーに、可愛いですvv
興味を持たれた方は是非、お手にとって頂きたく…なーんて、宣伝なんかしてみたり(笑)