| 「・・・・もう・・・・限界・・・・っ・・・・・」 気持ちが悪い。 墜落していく感覚がする。 眩暈がする。 大地がいきなり足元から消えうせていく感覚がする。 誰もいない所を半分無意識的に探しあてると緋勇龍斗はそのままかがみこんだ。 「・・・・ぐ・・・・う・・・え・・・っ・・・・」 こらえきれずそのままかがみこんでしまう。 視界が半分以上ぼやけてしまって思い切り視界が狭くなっている。今幕府の軍隊にでも襲われたとしたらおそらく逃げることも出来ずそのまま斬られておわりだろう。 食道を通るひりつく痛み。 鼻をつく酸の匂い。 「・・・・・う・・・・げ・・・・」 涙が流れてくる。もう何の涙なのかわからない。嘔吐反射による生理的な涙なのかそれとも届かない大切なものに対する涙なのか。 限界だった。 死んだと思っていた。 目の前の赤い一面の朱の景色に染まっていく大切な人たちをたしかにこの眼で見た。 たしかにこの手で触れたその身体と生暖かい紅い体液。 そのあと空白の時間を経て気がついたら自分だけがこうして生きている。しかも敵と思っていた鬼の仲間として。 奇跡的に生き延びたことに対する安堵感と罪悪感。それから"彼ら"の噂話を耳にしてはたして命をとりとめていたのか、それとも名前がおなじだけなのか、と半信半疑でいたのだが 王子稲荷で再会した。 「あれが龍閃組だ。」 "仲間"の声。 強張る自分の笑顔。 ・・・しっているよ・・・。 新しい"自分の仲間"に紹介されるまでもなくよくわかっている。自分はあの中にいたのだから。あの笑顔をいつも向けられていたのだから。あんなに不敵な笑顔だけではなくてもっと柔らかい笑顔を。もっと優しい笑顔を。もっと愛しい笑顔を。 「次は手加減しねえぜ!」 どういう意味で言ったのか・・・。おそらく次に会う時は敵として命のやり取りをするということだろう・・・?ほかに何がある? 自嘲する。口の中は鉄の味と酸の味と涙の味が混ざり合って気持ちが悪かった。 敵と味方。 憎みあい殺しあう間柄。 本当にもう戻れないのか? 「・・・・っいたい・・・よぉ・・・・・っ・・・・・!」 ・・・・あいたい会いたい逢いたい遇いたい・・・・・・・・・ 「・・・・京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧京梧・・・・」 壊れたように何度も名前を呼ぶ。やがて嗚咽とともに掠れて消える。 「・・・助け・・・・もう・・・・限界・・・だ・・ぁ・・・・・っ・・・」 どうしていいのかわからない。 命を預けて背中を預けてなにもかも分かり合えていたあの時間は?あのふたりの時間はただの自分の夢だったのか?幻だったのか・・・? こんなにも大切な人はもう自分を覚えていない。あんなにも愛した人はもう自分に微笑みかけてくれない。どんなに想ってもこの願いは届かない。 ぐるぐると眩暈がする。胃が痛い。心臓が悲鳴を上げている。 「・・・・・・京梧・・・ぉ・・・・・」 どうしてその大きな暖かい手がここにはないんだろう・・・?どうしてあの声で名前を呼んでくれないのだろう ・・・・・ドウシテ・・・・? その時も蓬莱寺京梧は龍泉寺の廊下に寝そべっていた。理由は単純で本堂や部屋にいたら必ずや用事や小言をいわれるからである。この本堂と庫裏を結ぶ廊下が丁度死角にでもなっているのかいはゆる安全地帯という場所なのだった。"お勤め"が無い時くらいはゆっくりと休んでいたいのである。 「・・・・ん・・・?」 ふ、と門からこちら、本堂を伺っている人影を見かけた。 「・・・!?」 誰だろうと眼を細めてそのまま反射的に起き上がり構える。 「・・・・・鬼・・・?」 あの王子で九桐の隣にいた人物だった。見覚えあると思ったが間違いない。あの無手の使い手だ。だがこのような処にいるにもかかわらずその雰囲気はどこかちがっていた。 それを訝しく思って構えたままゆっくりと歩み寄る。 「・・・・おい・・・・?」 声をかけるとのろのろと視線を向けた。 「・・・・・・あ・・・・・」 生気の抜けた顔。反射的にその様子に驚愕する。 こいつはこういう顔をするような奴ではなかったはずだ。いつもなら近づく前にこちらに気がついて微笑むはずだ。そうしてこちらの名前を呼ぶのだ、それが普通だ、 そこまで一瞬で考えて次の一瞬で首をかしげる。 ―――今、俺何を考えていたんだ・・・?? 「・・・・・きょ・・・・」と小さく呟いて相手は周りを見渡しながら慌てた様子を見せる。今気がついた。そんな風情だ。 「・・・あ、オレ、何でこんな所・・・?」 「・・・?」 太刀から手を放した。「ちょっと待て、えーっとおまえ・・・・」 「・・・緋勇・・・・」 「緋勇?じゃあ、緋勇おまえ、ちょっと来い!」 と言いながら有無を言わさず引っ張っていく。ただし寺の門の外の方へである。 「えっ!?ちょ・・・ちょっと・・・・!?」 「いいから!下手にあの中に入ってみろ!口うるさい女やらクソ真面目な坊主やらが・・・とにかく面倒くさいことになるんだよっ!!」 「・・・・・・・そういえば・・・そうかも・・・」 青白い顔で納得したように呟いている。肩に手を回しておぼつかない足取りで歩くその身体を支えてやりながら近くの神社につれていった。 境内に入り賽銭箱の近くの縁に座らせ湧き水を柄杓に汲んで奨めると素直に飲んだ。 「・・・・ありがとう・・」 小さな声で礼を言う。その横に腰を下ろして話し掛ける。 「なあ、なんであんな所にほいほいと来たんだよ?まさかあのボロ寺が俺たちの住んでるところだとはしらなかったわけじゃないよな?」 住んでいるということはわかっている。自分も"昔"すんでいたことがあるから。 「・・・・わからない・・・気が付いたらあそこを歩いていたんだ・・・。多分懐かしくてそれで・・・・」 夢遊病のような白濁とした記憶。夢うつつのような感覚でふらふらと歩いて気が付いたらあの場所にいたんだ。とは口には出さない。 「・・・・・懐かしい?」 「なあ・・・本当に覚えてないのか!?オレの顔見ても何も感じない!?会ったことあるとか、一緒に酒飲んだとか、一緒に・・・・」 いきなり堰を切ったように矢継ぎ早に質問されて呆気に取られて見ているとそれに気づいたように語尾が小さくなった。 「・・・だよね・・・ごめん変なこと訊いた・・・・」 眼が潤んでいる。泣くのを我慢している。そんな表情だ。 「・・・・わかんねえ・・・。でもどっかで会ったことあるような気はしてる。」 そう言うと泣き笑いのような顔をする。無理をしている。そういう笑顔だ。 「・・そっか・・・・」 「・・・今はサ、ほら、あれだよ。ド忘れ!そのうち思い出すからさ、そんな顔すんなよ?」 ぽかんとした顔で聴いていた緋勇はそのまま笑った。 「・・・・ホント・・・かわってないよな・・・オマエ・・・・・」 その声が段々涙に混じった声になる。 「・・・そうやってさ優しいこと言ってくれるからオレいっつも甘えそうになって・・・」 「おい緋勇?・・・ひょっとして泣いてるのか・・・?」 「・・・泣いてないって・・・ごめんな・・結局こうやって心配かけちまうんだよなー・・・」 ぽんっとその頭に手を置く。まるで何度かやったことがあるように違和感もなく自然にできた。それを頭の隅で引っかかりを覚えながらそれでも心地よいと思いながら蓬莱寺は声をかける。 「・・・・・なあ、だからもう泣くなよ、ひーちゃん!」 そう言った途端眼を見開いて緋勇が蓬莱寺を凝視した。 「え、京梧おまえ、今何て・・・!?」 「!?・・・おいっ、何で俺の名前知っているんだ・・・?」 ふたりそのまま無言になる。 ややあって蓬莱寺のほうから笑いかけた。 「約束する!絶対思い出すからよお、それまで誰にも殺されるんじゃないぞ?」 「わかった・・・。そっちこそしょうもないことで死ぬなよ?」 「なんだよそのしょうもないことってのは?」 「色々だ。酒だの女だの博打だの。あとはそうだな・・・蕎麦の食いすぎとか・・・。」 取ってつけた冗談らしい言葉に「なんだよそれ?」と抗議するとようやく明るい笑い声を上げた。その声に懐かしさを覚える。 「えっ?」 声が耳元で聞こえた。 「・・・・・・・・・え・・・・・?」 はっとして視線を向けると抱き寄せていた。 「うわっ!?」 あわてて離すと緋勇は余程驚いたらしくぼーっとしている。 「・・・・あー・・・その・・・悪い・・・」 頭を下げるとぼーっとした面持ちでふるふると首を振る。 「良かった。」 「は?」 「覚えててくれてるんだな・・・。今はまだだめかもしれないけど希望持ってもいいんだな・・・・良かった・・・・」 「なあ、緋勇・・・」 足を組みなおす。 「鬼道衆だったか?あんなトコ抜けて俺らの所に来いよ。百合ちゃんは俺が説得してやるからさあ!」 そう言うと今度は切なそうに首を振る。 「・・・ありがとう・・・でも駄目なんだ、今は多分・・・。」 「何だよそれ?」 「オレにもわかんないよ!けどそんな気がするんだ・・・だから」 緋勇はそう言いながら顔を近づけていく。 ――・・・ダカラソノ時ニマタ会オウヨ・・・・・ 唇に無意識に触れながら反芻する。"敵"であるはずなのに唇を合わせる。その行為を当然のように受け入れていた。 「・・・・緋勇・・・・・ひーちゃん・・か・・・・」 大切なものを呼ぶようにそっと口に出してみた。 「また・・・逢えるよな・・・。」 その時には全てを思い出せるような気がする。と蓬莱寺は直感する。 別れ際の寂しそうなそれでも嬉しそうな笑顔を思い出して胸のどこかが温かくなった。 パズルの失くしていたピースがひとつ埋まる感覚。 なくしていた珠玉を取り戻した感覚。 ――・・その時には・・・ともう一度呟いた。 「その時には絶対迎えにいくからな。」 |
| 悠麒夜さまにいただいてしまった京梧主ですvv 外法帖は、陰サイドの龍斗の葛藤が大きな萌えポイントですが(←決めつけ)、 それに対する京梧の態度も気になりますよね〜 「切ない」のは大好きなので、読んでかなりほわ〜んとなってしまいました(*^_^*) 悠麒夜さま、ありがとうございました♪ 悠麒夜さまのサイト、「無限幽玄」はこちらです♪ |