「正月の過ごし方」
今年の正月はどうする?
毎年、年末になると二人の間で、そういう話が必ず出てくる。
室井と青島の二人は共に警察官ではあるが、キャリアの室井と捜査員の青島とでは勤務形態が、大きく違う。
青島は年末年始は休みという事になっているが、実際にはこの通りに休めた試しがない。
宿直、当直がこの合間に入るし、年末年始はイベントが多く、事件も起きやすい。
独身だとどうしても、既婚者、それも子供の居る家族持ちを優先して休ませる事になるから、休日出勤はしょっちゅうだ。
だから二人で過ごそうと決めていても、そうできない事も多々あった。
一方の室井は、役職によって青島以上の激務の時もあれば、閑職に回されて、時間通りの勤務しかしていない時もある。
だから、その時の状態に応じて、正月の過ごし方が変わるのだが、青島と付き合いだしてからは毎回試行錯誤だ。
正月のみならず、何時だって時間さえ取れれば、二人で居たいと思っているが、他の休日と全く同じように過ごそうとは思えなかった。
ろくに顔も合わせられない激務の時は、正月がどうのなどとは言っていられないのだが、それでもやはり僅かばかりでも新年を迎える行事をしたくなる。
暇がある年なら、尚更だ。
そこで、問いかけが始まる。
予定外の勤務が入るのはわかりきっているが、青島の予定はどうなっているのか。
それから、正月の食卓はどうするのかだ。
青島の方はあまりそういう事にこだわりがないようで、いつもこれといった要望は無いのだが、室井は正月は正月らしく過ごしたい。
年末には大掃除、新年になれば年始の挨拶。信心深くはないが、近所の神社にお参りの一つも行きたいし、正月の食卓にはお雑煮やお節料理が欲しくなる。
そして、ここで一つ問題が生じる。
一人暮らしが長いので、室井は簡単な料理なら作れるが、お節料理などという手の込んだ物は作れない。
青島も料理は意外に凝っていて美味かったが、レパートリーが偏っていて、ありきたりな物が作れなかったりする。
一人暮らしに必要だから覚えたというのではないだろう。あれは休日の男の手料理に近い。
勿論、お節料理など作れる筈も無かった。
そんな訳で、料理は毎年どこかに注文でもしようという事になるのだが、この加減が難しい。
青島自身がさほど関心を示さないので、バカ高い金を出して買おうとは思えないし、かといってその辺りで適当に買えば、口に合わなくて食べるのが苦行に
なったりする。
煮物はその家の味付けが好みになるから、余程上手い物でなければ、不味く感じてしまうのだ。
それでそれなりの物を用意すると、今度は青島が立て続けの事件で署から帰れなくなって、残るという事態になったりした。
単純に、二人用を一人で片付ければ余る、というだけでなく、室井も青島とだからこそ、正月らしく過ごしたい気持ちになるのであって、一人ならあまりそう
思わないのだ。
事実、青島と付き合う前は、お節料理を買ったりなどしなかった。
年末の掃除はするが、正月に休みがあっても、腹が減れば開いてる店に食べに行くだけで、後は仕事に関する調べ物に没頭するような日々だった。
青島と付き合ってからなのだ。
正月を単に休日として過ごすのではなく、迎えようと思うようになったのは。
青島自身はイベントは好きなようだが、正月の行事にはさほどこだわっていないから、それで室井の行動が変わった訳ではない。
青島と出会ってから、室井が無意識に押し殺していた欲求が、段々と表面化するようになってきたのだろう。
自分でも随分変わったものだと思うが、青島は変わる前がどうだったのか知らないから、室井慎次という人間は正月の行事好きなのだとしか思っていない。
だが、それでいいと思う。
どれほど自分が青島に傾倒して、変わっていったのかなど、青島自身は知らなくても良いのだ。
青島の重荷にはなりたくない。
いつも思うままに、自由でいて欲しい。
青島らしく、生き生きとしている姿が好きだから。
そういう青島を見ている内に、いつの間にか自分自身も枷が取れて、自分らしく生きるようになっているのだと、後になって気が付いた。
もっともその為に青島を求めている訳ではなく、それはあくまでも二義的な事で、本音のところはただ好きだから一緒に居たい、それだけだ。
それで、意識するようになった自分の欲求と、青島が一番喜ぶ事との兼ね合いを取る為に、毎年正月は試行錯誤している。
今年は、室井の誕生日である1月3日にどうしても休みが欲しいからと、青島は2日を宿直とした。
では、一緒に正月を過ごせるのは、元旦と3日だけになるので、その予定で料理を注文しようと考えていたら、青島が3日は誕生日なので、自分に作らせて欲
しいと言い出してくる。
ならば、そのお返し、というのもおかしいが、元旦に食べるものは自分が作ろうと思い付き、料理の本を片手に、今年は自分で簡単なお節料理を作ってみる事
にした。
青島の反応が楽しみである。
END