「休日」
休日の朝、昨晩宿直だった青島が、真っ赤な顔をして帰ってきたのを見て、室井は驚きの声を上げた。
「どうしたんだ!?」
「……なんか、夜中に熱が出てきたみたいで、震えが止まらないんです」
そう言って、ふらふらとしながら寝室へと向かう。
室井が慌てて後を追うと、青島はスーツを脱ぎ捨てて、ベッドへと潜り込もうとしていた。
「食事はいいのか? 薬は?」
「いりません。食べるより、寝たい。何飲んだらいいのかわからないから、それも後で」
宿直明けの青島は、その時の状態によって、すぐに寝たり、食事も風呂も済ませた上で休んだりと様々だが、今はどう見てもそうするだけの気力が無さそう
だった。
気がかりで様子を見ていると、青島が横になりながら話しかけてきた。
「昨日から、ちょっと変だな、って思ってたんですけど。深夜になってから、急に寒気がして震えが止まらなくなってきたんです。……咳は無いけど、風邪か、
インフルエンザかもしれません。一人で寝かせて下さい」
「わかった」
心配だが、そういう事なら側にずっと付いててやる訳にもいかない。
時々様子を見に来て、起きられるようになったら、休日診療をしてくれる病院に行こうと、室井は側を離れた。ドアに手を掛けると、青島が声を掛けてくる。
「あ、俺、帰りに選挙に投票してきたんで、室井さん一人で行って来て下さい」
「その状態でか?」
今日は選挙の投票日で、二人とも休日だったから、前から一緒に投票をしに行く予定をしていた。
まさか宿直明けにふらつきながら行って来るとは思わなかった。二十時まで受け付けるのだから、もうちょっと具合が良くなってから行っても良かっただろ
う。
「寝たら、もう起きる気力が無いかもしれないんで、動ける内にと思って。すいません」
「謝らなくていい」
どのみち一緒に出かけても、書類上は別に住んでいる事になっているので、投票所も別の場所になるのだ。一緒に行ける訳ではない。
室井はもう眠りについたらしい青島を見ながら、そっと部屋を後にした。
「おはようございます」
ちょうど様子を見に来た時に、青島は目が覚めたようだった。
もう昼をだいぶ過ぎていて、朝の挨拶をする時間では無かったが、室井は鷹揚に答えた。
「おはよう。少しは良くなったのか?」
「さっ
きに比べたら、いいみたいです。熱はあるけど、悪寒とか、頭痛は無くなりました。署に居る時が、一番きつかったっすね。置いてある服全部着込んだけど、そ
れでも寒くて、ガタガタ震えてましたから。事前にわかってたら、宿直交代するのもありだけど、深夜じゃなぁ。もう電話番以外は何も出来ませんでしたよ。事
件起きなくて、ほんと良かった」
それだけしゃべれるなら、もう大丈夫だろう。
休日診療をしてくれる病院を探しておいたが、その必要もなさそうだ。
「腹は減ってないか? もう食べられそうか?」
「食べます! 十九時にカップラーメン食べたきりなんで、さすがに腹減りました」
「そうか」
微笑みながら、室井は用意しておいた食事を並べ始めた。
結局、食欲の戻った青島は、用意したおかゆだけでは足りなくて、作り置きしてあった副総菜や、デザートに果物まで平らげるという健啖ぶりだった。この分
なら、普通の食事で全く構わなかったようだ。
どうやら風邪を引きかけたものの、熱以外の諸症状が出る前に、ウイルスを自力で追い出してしまったらしい。薬ももう飲む必要はなさそうだ。風邪が移る心
配もいらないだろう。
だが大事をとって、食事後、青島は再びベッドの上に横たわった。
身体は復調しつつあるが、熱はまだある。
本人はもう眠気が覚めたようなので、寝ているのは退屈そうだが、起きれば確実にぶり返してしまう。今日だけは、一日寝ていた方が良い。
一人で横になっているのは退屈だろうと、室井が側に付いててやると、青島が急に思い出したように言った。
「……今日、あれ見に行く予定でしたよね。すいません、行けなくなって」
青島が宿直後の仮眠を取ったら、選挙に行って、その後、ある映画のリバイバル上映を見に行く予定になっていた。
二人の都合が付くのはこの日だけだったので、今日行けなかったら、もうそれは見られない。
申し訳なさそうにしている青島に、室井は微笑んで言った。
「そうでもない」
出かけようが、家にいようが、青島が居ればそれだけで室井は幸せだ。
風邪を引いているのは気掛かりだが、回復に向かっているから、心配する必要はない。
そのおかげで一日側に付いて、世話を焼いていられたのだから、自分にとっては、充分に満足できる休暇だった。
それに、と室井は言いかけて、青島に顔を近付ける。
「外だとこんな事は出来ないからな」
唇に触れるだけのキスをしかけると、青島が嬉しそうに笑みを浮かべる。
それを見ると、室井はいっそう幸福感が増していった。
END