St. Valentine's day






 毎年、この季節になると食べきれない量のチョコレートが持ち込まれる。
 職場でもらう義理チョコだ。
 部署によっては禁止されているところもあるのだが、受け取る男性側がそれを不服とするので、なかなかこの習慣はなくならない。
 青島と一緒に住むようになってからは、持ち込まれる量は倍増している。
 湾岸署の方が女性が多いので、持ち込まれる量も、それに見合って多かった。その分お返しも大変なようだ。
 もっとも本人は、口では出費が多くて大変、食べきれない、などと言っている割には表情が明るい。内心では嬉しいのだろう。
 それが少し癪に触るので、長い間、この季節はあまり好きになれなかった。
 目の前で、恋人が嬉しそうに他の人間からの好意混じりの贈り物を食べていたら、楽しくは思えない。
 青島を好きになるまでは一度も、そんな気持ちになった事は無かったが、同性の恋人を持つと予想もしない事でやきもきさせられてしまう。
 ただの義理チョコならまだしも、中にはとてもそうとは思えないような物もあるからだ。
 青島自身が気付いているかどうかはわからないが、表だっては恋人がいないと宣言しているから、期待を込めて贈る女性もいたことだろう。
 それが室井にははっきりと感じ取れてしまうから、余計に嬉しくなかった。
 それを言うなら、こちらも同じではないかと思われそうだが、女性には申し訳ないが、室井にとってはこの習慣は煩わしい物でしかない。
 そもそも甘い物もそれなりに好きな青島と違って、室井は嫌いとまではいかないものの、あまり欲する事がない。
 だから、チョコレートをもらっても、なかなか消費できず、いつも始末に困っている。
 それに職場に義理でチョコレートを贈らねばならない女性の負担は金銭的に大きいだろうし、手間も掛かるだろう。
 男性側もそれに対するお返しがあるから、お金も時間もかかる無駄な習慣としか室井には思えなかった。
 希にこれを機に関係を変えようとしてくる女性もいるから、そういう場合も始末に困る。
 青島に出会うまでは、もう長い間、そういった気持ちにはなれなかったし、青島と付き合うようになってからは、女性に応える事は絶対に出来ないので、断るしかない。
 だから昔はともかく、現在の室井にとって、バレンタインデーのどこにも、好ましく思える要素はなかった。
 ところがある時から、それは一変した。
 たまたまバレンタインに時間が取れて、青島に会った日の事だ。
 双方ともに職場からチョコレートを持ち帰っている状態だったが、青島は会うなり、突然、紙袋の中から小さな箱を差し出した。
 綺麗な包み紙の上には、熨斗紙がかかっている。
 表書きには御祝という文字と、青島の名前が記されていた。
 何の祝いだと訝しく思い、青島に問いかけると、いいから開けてくれと言う。
 不思議に思いながらも、中を開けるとそれはチョコレートの詰め合わせだった。
 驚く自分に、さすがに恥ずかしかったから、熨斗紙を付けてもらって贈答用に誤魔化したと、青島は照れながら話してくる。
 その時に食べたチョコレートは、味そのものは他と変わらなくても、とても感慨深いものがあった。
 学生時代にも、恋人にチョコレートを贈られた事はある。その時も嬉しかったし、そこに彼女の愛情も感じ取れた。
 だが、恋人に贈るチョコレートを購入するのは、女性にとっては楽しいイベントの一つだろうが、男の青島がそうする事はとても勇気のいった事だろう。
 おそらくバレンタインを快く思わない自分の為にそうしてくれたのだと思うが、それ以来、室井にとってバレンタインはとても喜びを感じられるイベントの一つになった。
 その年は、ホワイトデーにお返しをさせてもらったが、翌年からは室井も同じように、バレンタインデーに熨斗紙の掛かったチョコレートを渡す事にした。
 今では毎年、恋人とチョコレートと愛を贈り合う日となっている。
 
 
 
                                              END