KYK事件


「……すまんな、青島」
「室井さんのせいっすよ!」
 室井の指示に従って捜査をした結果、湾岸署の刑事課
では、捜査員達が山のような始末書を書き続ける羽目に
なった。
 とりわけ量が多いのが、青島だ。
 勤務時間を疾うに過ぎ、終電時間を確認する頃になっ
てもまだ帰れない。
 チラチラと時計を見ながら始末書を書かねば、宿直で
もないのに署に泊まり込みをしかねなくなる。
 そうなる事を予想しいてた室井が、探りを入れると、
案の定、恨み言が返ってきた。
 さすがに悪いと思った室井は、差し入れを持って行っ
てやると告げる。


 青島のリクエストで、KYKという店のトンカツサン
ドをテイクアウトした室井は、他に残ってるだろう署員
の分まで買い込んで、湾岸署に陣中見舞いに来た。
 署には山になっている書類の束があった。
 それだけの量を書き終えたおかげか、他の署員はそろ
そろ帰り支度を始めているが、青島はまだまだ終わりそ
うにない。
 帰ろうとする署員には土産に持たせて、青島にはお茶
を入れ、トンカツサンドを目の前においてやった。
 だが、顔を上げた青島は言った。
「食ってる暇なんか無い。そんな事してたら、終電逃し
ます!」
 自分からリクエストしてきたのに、そんな可愛げの無
い事を言ってくるが、青島の状況を考えたら、無理がな
いだろう。
 終電を過ぎたら、自宅まで送ってやるつもりでいたの
で、遅くなっても問題は無かったが、青島の鬼気迫る形
相を見ていたら、迂闊な事は何も言えなかった。
 元々、こんな事になってしまったのは自分のせいだ。
 けれど腹を空かせたまま、仕事をさせるのも可哀想で、
室井は一計を案じた。
「口を開けろ」
 言われたまま、青島は顔をこちらに向けて、一体何な
んだという表情をして、口を開ける。
「ほら」
 室井は手に取ったトンカツサンドを、青島の口に突っ
込んでやった。
 手に取って食べる暇が無ければ、食べさせてやればい
い。手さえ動いていれば、始末書は書ける。
 青島は差し込まれたまま、もぐもぐと口を動かし始め
た。
 最後まで咀嚼してごくりと飲み込むと、再び、口を開
く。
「うまいっすね。もっと!」
 必死の形相だったのが、いつもの明るい笑顔を浮かべ
て、求めてくる。
 それに室井も目を細めて、口を開いたままの青島に、
またサンドを口に押し込んでやった。
 その時、後ろからパシャッと音がした。
 誰かが、その様子を携帯に収めたらしい。
 何故、写真に撮るのかわからなかったが、特に問題は
無かったので、気にせず、最後まで青島に食べさせてや
る。
 青島が口を開いた瞬間に、『あーん』と言っている声
も聞こえてきた。どうやら実況中継をしている者もいる
らしい。
 しかしそれらのギャラリーも、終電が迫ってくると皆、
帰って行った。
 最後に残った青島を、予定通り自宅まで送っていって
やり、遅くなったので、そのままこの日は、青島の家に
泊まり込んだ。
 

 翌朝、青島と一晩を過ごした室井は、届いた新聞を見
て、驚いた。
 昨日の事件と共に、青島の写真が新聞に掲載してある。
 それ自体はこれまでもある事だった。
 青島はいくつもの難事件を解決している。
 その度にマスコミでも取り上げられていて、それなり
に名前と顔を知られていた。
 青島は張り込みや尾行がやりにくいと言っているが、
人気を博してしまうのは、ある程度、仕方の無い事だろ
う。
 しかし今回は、何故かそれが、トンカツを頬張ってい
る写真だった。
 時刻からして、土壇場で差し替えられたに違いない。
 そこまでして、何故この写真を採用されたのか全くわ
からなかった。
 けれど、リスのようにトンカツサンドで頬を膨らませ
ている青島はとても可愛く、携帯に収められたり、新聞
に載ったりするのも仕方がないように思えた。
 結局、室井はその新聞を持ち帰り、仕事場のファイル
に保管する事にした。


 その一件から、これから問題が起きた時は、食べ物で
青島を釣ろうと室井は決めた。
 赤子のように口を開く青島は可愛らしいし、餌付けを
するのも楽しい。
 食べ物を差し出されたら、断らない事もわかっている。
 だが、その目論見は翌日から不可能になった。
 昨日は一番に始末書を提出し、真っ先に帰っていた、
小柄で綺麗なハイエナによって、差し出した食べ物を、
鼻先から強引に奪い取られるようになったからだ。
 ハイエナは自分だけが食料にありつけなかった事を、
新聞で知って、怒ったらしい。
 おかげでその日から湾岸署では、餌付けされる青島よ
りも、食べ物を強引にかっさらう、ハイエナの方が注目
されるようになった。



                      
KYK(空気、読めない、小柄で綺麗なハイエナ)事件END