読んだ月別、ジャンル別のインデックスがあります。
■■本の感想タイトル・インデックス■■

本の感想

読んだ本の感想を載せていきます。文章から面白かった本、良くなかった本が
分かるようにうまく表せなかったので5段階の★印評価を付けました。
最高は“★★★★★”、★が多いほど良かった本です。


文庫本を主に読んでいます。ジャンルは出来るだけ広くと思いつつ
SF、ミステリー、ホラーがほとんどを占めています。
発行から数年たっていて、手に入らない本もあるかと思います。


2007年06月 経過報告

= 現在2タイトル、2冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

New『清水義範ができるまで』 清水義範
講談社文庫 本体:571円(07/05初)、★★★★☆
 斬新な発想を駆使し、ユーモア、SF、歴史ものなど、数多くのジャンルの小説を執筆し続ける著者の素顔とは? 幼少期の読書体験から、作家を目指した経緯、そして小説の創作法まで、すべてを明かす。唯一無二のマルチ作家による、自伝的エッセイ集。

 色々なテーマのエッセイをまとめた物で、自伝的エッセイ集というのはちょっと無理があるかも。でも、第一室「小説」ではどんな小説を書きたいとか、良く題材にする科学や歴史への興味とかを書いているし、第六室「過去」では子供の頃の出来事や、電化製品を通じて思い出などが語られる。第二室「読書」や第四室「教育」などもあるから、自伝的エッセイ集ではなくても、タイトルの“清水義範ができるまで”は許せる範囲か。

 デビュー前後の話や、興味の対象、好きな小説、国語の入試問題に、旅行の話や日常の事など、色々なエッセイが詰め込まれている。どのテーマも語り尽くした感じじゃないので、寄せ集め的な印象は拭えない。でも、他の一冊では得られない集大成的な面を供えているので、著者の入門書として最適。

 子供の頃に飼っていた犬についてのエッセイ「犬にとっての私」は、「小説現代 2007年6月号」のペット小説特集の「メルのいた頃」と同じ題材だったので、エッセイと小説を読み比べる事が出来て興味深かった。

 この文庫版では、創作落語「お天気屋」、小説「添乗さん」を追加収録している。  

『砂漠で溺れるわけにはいかない』 ドン・ウィンズロウ
創元推理文庫 本体:720円(06/08初)、★★★★☆
 無性に子どもを欲しがるカレンに戸惑う、結婚間近のニールに、またも仕事が! ラスヴェガスから帰ろうとしない八十六歳の爺さんを連れ戻せという。しかし、このご老体、なかなか手強く、まんまとニールの手をすり抜けてしまう。そして事態は奇妙な展開を見せた。爺さんが乗って逃げた車が空になって発見されたのだ。砂漠でニールを待ち受けていたものは何か? シリーズ最終巻。

 1993年の『ストリート・キッズ』から続くニール・ケアリー・シリーズの最終巻。非情な探偵業を通じて傷つきながら成長していくニールの姿を描いたシリーズだが、初期の3冊から一転して前作から短めのコメディタッチの作品に変化した。

 ラスヴェガスから帰ろうとしない元コメディアンの爺さんを、ニールが依頼を受けて自宅に連れ戻す話だけれど、様々な人物の思惑が絡んで、命懸けのドタバタが繰り広げられる。前作の凄い訛りで強烈な個性を発揮していたポリー同様に、元コメディアンの爺さんネイサン・シルヴァースタインの我儘とおとぼけが話を引っ張っていく。

 重厚で深い感動を残してくれた初期3作と比べると、物足りない点もあるけれど、コントの台本のような軽妙な会話が絶妙のテンポで楽しめる。4、5作の中編2作でシリーズを締めくくってくれたと思えば納得できる。  

2007年05月 完了報告

= 現在2タイトル、2冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『影踏み』 横山秀夫
祥伝社文庫 本体:638円(H19/02初)、★★★★☆
 深夜の稲村家。女は夫に火を放とうとしている。忍び込みのプロ・真壁修一は侵入した夫婦の寝室で殺意を感じた――。直後に逮捕された真壁は、二年後、刑務所を出所してすぐ、稲村家の秘密を調べ始めた。だが、夫婦は離婚、事件は何も起こっていなかった。思い過ごしだったのか? 母に焼き殺された弟の無念を重ね、真壁は女の行方を執拗に追った……。

 忍び込み専門の泥棒・真壁を主役にした連作短編ミステリ。主人公が、亡くなった弟と会話が出来るという設定で、横山秀夫さんとしては異色の作品。色々な伏線により合理的な解釈も可能になっており、そんなに荒唐無稽な話ではない。

「消息」
刑務所を出所した真壁は、2年前に忍び込んだ稲村家で感じた異常について調べ始める。真壁は稲村家の出来事の意外な真相にたどり着く。
真壁と弟の特殊な状況や、弟の特殊能力、彼らを取り巻く状況などを紹介しながら、きっちりとした短編ミステリに仕上がっていて、感心させられた。

「抱擁」
真壁は警察官に職務質問され、危ういところで難を逃れた。数日後、真壁を慕う久子の窮地を知らされる。久子と連絡をとった真壁は彼女にプロポーズした男がいる事を知る。
真壁と弟と久子の関係が大きく取り上げられた作品。久子のために陰で危険を冒す真壁の姿がいい。予想外の真相にも驚かされた。

「遺言」
暴力団員にリンチされ入院した泥棒の黛。彼がうわ言で自分の名を呼んでいると聞き病室を訪れた真壁は、黛の死に立ち会った。真鍋は黛の残したメモから事件の真相に気付く…。
裏の用語が多くて読みにくいけれど、深く胸に染み入る作品。素直な弟に比べて、物事を複雑に悪く捉えがちな真壁の性格が良く出ている。

 短編ミステリでありながら、真壁と弟、そして久子との関係がどうなっていくのか、長編的な興味も見逃せない。泥棒を主人公にSF的な設定もあって、気楽に読める作品に仕上がっている。「消息」「刻印」「抱擁」「業火」「使徒」「遺言」「行方」の7編を収録。  

『せちやん 星を聴く人』 川端裕人
講談社文庫 本体:514円(06/10初)、★★★★☆
 学校の裏山にぽつんと建つ摂知庵(せちあん)という奇妙な家。少年三人組はそこで神秘的な中年男と出会った。銀色のドームに籠もり、遠い星に思いを馳せる日々。「宇宙」に魅せられた少年たちはそれぞれ大きな夢を追いはじめた。しかし大人になって見上げる空は、ときに昏く……。切なくほろ苦い青春の果てを描く。

 仮面ライダーや手塚治虫さんのマンガなど、自分と同世代の設定が懐かしい。宇宙へのあこがれと博学な指導者・せちやんの存在が郷愁を誘う。中学生の彼らとせちやんがSETI(地球外知性探査)に夢を馳せる物語かと思ったら、どんどん物語は進んでいってしまった。薄い割に色々な事が詰め込まれていて予想外だった。

 宇宙にコンピュータに投資など、著者の今までの作品の総ざらい的な内容なので、やや雑な印象。余りにも嘘っぽい人生なので、どう感情移入して良いのか分からない。奇想天外な話を面白く読んだけど、ちょっとだけ違うかなという感じもした。SETIなんてそんな夢物語だという意味ではないと思うけど、ちょっとそんな気にもなってくる。

 人生って、どんなに成功しても空しい物なのか。夢を追っても、結局何も得られない物なのかな。彼のもとに何が残ったのだろうか?  

2007年04月 完了報告

= 1タイトル、1冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『走る男』 椎名 誠
朝日文庫 本体:600円(07/01初)、★★★★☆
 パンツ1枚で大勢の男たちとともに、おれは訳も分からずに「レース」を走りはじめた。――人の言葉を発する犬のコンちゃんとともに、奇妙な生き物や訳ありの人間から逃れ、不条理でへんてこりんな世界からの脱出を試みる。管理化された世界の不気味さがじわじわと伝わる近未来不思議冒険物語。

 男たちがパンツ1枚で逃げ出すところから始まり、訳も分からないまま主人公ひとりの逃走になっていく。何も考えずに書き始めたかと思うような話だが、「くわすです」など、片言の言葉を話す犬の登場などで、だんだんと面白くなっていった。荒廃した近未来を舞台にした『アド・バード』や『水域』などの一連の作品と共通の世界のようだ。

 言葉を話す犬や筏の男など、様々な未知の動物や不思議な人間が、逃げている主人公と関わって行く。どんな世界の生物にも、それぞれの生き方があると言った感じが、椎名さんの世界観として貫かれている。

 主人公がパンツ1枚で走っている謎など、この世界の事が読み進むうちに明らかになっていくが、ラストの展開はやや唐突だった。これからと言うとこで終わっていて、続きを読みたくなる。  

2007年03月 完了報告

= 1タイトル、2冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『日本沈没 上・下』 小松左京
小学館文庫 本体:各571円(06/01初、06/06,3刷)(同、06/03,2刷)、★★★★☆
 伊豆・鳥島の東北東で一夜にして小島が海中に没した。現場調査に急行した深海潜水艇の操艇者・小野寺俊夫は、地球物理学の権威・田所博士とともに日本海溝の底で起きている深刻な異変に気づく。折から日本各地で大地震や火山の噴火が続発。日本列島に驚くべき事態が起こりつつあるという田所博士の重大な警告を受け、政府も極秘プロジェクトをスタートさせる。小野寺も姿を隠して、計画に参加するが、関東地方を未曾有の大地震が襲い、東京は壊滅状態となってしまう。

 1973年に刊行され、映画化、ドラマ化、劇画化された大ベストセラー作品。2006年に再映画化され、当初から構想のあった第二部が谷甲州さんとの共著として出版された。これを機に読んでみる事にした。

 地震や火山噴火が頻発する日本。近海の異常に気付いた一部の研究者らが極秘の調査を開始する。やがて最悪のシナリオが明らかになってくる……。前半は話の進みが遅くて少し退屈。“日本沈没”というキーワードを登場人物たちが遠回しに言うのがもどかしい。日本沈没までの経過を予想以上に地味に丁寧に描いていく。

 主人公の恋愛ドラマ部分は、当時の映画や小説の影響が色濃くて時代を感じる。それ以外の部分では古さを感じなかった。中盤からは、政治家や要人たちの世界的な政治の駆け引きに引き込まれた。また、地震や火山噴火などの地球物理学による小説として第一級の作品だと思った。登場人物たちの日本に対する想いにも心打たれる。

 下巻の最後は「第一部 完」となっており、既に続きの存在を感じさせる。日本沈没に劣らず日本人のこの後の話に興味がわく。  

2007年02月 完了報告

= 2タイトル、2冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『手紙』 東野圭吾
文春文庫 本体:590円(06/10初)、★★★★☆
 強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く……。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。

 本書と真保裕一さんの『繋がれた明日』(朝日文庫)は、同時期に二人の人気作家によって同じテーマの作品が書かれた事が話題なった。真保さんの『繋がれた明日』は殺人犯の社会復帰を描いており、本書は殺人犯の弟が様々な差別を受ける話。大きなくくりでは同じテーマではあるけれど、犯罪者の罪の償いという問題と、犯罪者の家族への差別の問題という、それぞれに違った焦点を持っている。

 『繋がれた明日』に比べ、ロックバンドでボーカルの才能が認められたり、金持ちのお嬢さんと恋愛関係になったりと、展開が派手で作り物っぽいけれど、より難しい問題をきっちりと正面から描いている。『繋がれた明日』のラスト、主人公は読者から許されてしまった感じがするのに対し、自分は何も犯罪を犯していない者への偏見と言うのは終りがなく、問題も深い。

 深刻なテーマを厳しい目で描きながらも、エンターテインメントとして十分に楽しんで読めた。殺人や犯罪者に対する差別と言う殺伐な話しの中に、兄弟の思いやりが描かれていて、主人公の兄弟に対する作者の温かな視線を感じる。  

『おれの中の殺し屋』 ジム・トンプスン
扶桑社ミステリー文庫 本体:800円(05/05初)、★★★★☆
 テキサスの田舎町のしがない保安官助手、ルー・フォード。愚か者をよそおう彼の中には、じつは危険な殺し屋がひそんでいた。長年抑えつけてきた殺人衝動が、ささいな事件をきっかけに目を覚ます。彼は自分の周囲に巧緻な罠を張りめぐらせるが、事態はもつれ、からみあいながら、加速度的に転落していく……。

 テキサスの保安官助手の一人称で語られる犯罪小説。過去に犯罪を犯した彼は、事件の発覚を避けようと、冷静に必要な処置を施していく。冷酷な中に優しさを持ち、発作的な怒りと思慮深さを併せ持つ彼が不気味だ。しかし、彼が自己を説明する様々な言葉に一理を感じずにはいられない。

 テンポ良く進むし、暴力的な小説の割にユーモアさえ感じさせるので、軽快に読める。1952年の作品という古さも感じなかった。スティーヴン・キングさんが解説で絶賛しているけど、確かにノワールの先駆者であり人間の心の暗い部分を見事に描いた作品だと思う。

 ジム・トンプスンさんの小説は2冊目だけど、『鬼警部アイアンサイド』(ハヤカワ・ポケットミステリ)はドラマのノベライズなので、オリジナルな小説は初めてだった。ノベライズでも『鬼警部アイアンサイド』の悪役の描き方には、著者らしさが表れていると思った。

 どんな人の心の中にも“内なる殺人者”がいると言う意味で、主人公を理解出来そうな気がする。実は『内なる殺人者』(河出文庫)も、邦題が違けど同じ作品らしい。  

2007年01月 完了報告

= 3タイトル、3冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『トワイライト』 重松 清
文春文庫 本体:629円(05/12初)、★★★★☆
 小学校の卒業記念に埋めたタイムカプセルを開封するために、26年ぶりに母校で再会した同級生たち。夢と希望に満ちていたあのころ、未来が未来として輝いていたあの時代――しかし、大人になった彼らにとって、夢はしょせん夢に終わり、厳しい現実が立ちはだかる。人生の黄昏に生きる彼らの幸せへの問いかけとは?

 26年前に埋めたタイムカプセルを開封するために、40歳を目前にした同級生たちが再開する。当時の天才やガキ大将も、リストラ、家庭の崩壊に苦悩していた。ピークを終えた人気講師、長期の入院生活と、それぞれの実像が明らかになっていく。死んだ担任教師の手紙が彼らの中に波紋を投げかける。

 どこにでもいそうな彼らの小学生の頃と現在の姿が、夢と現実をそこはかとなく感じさせて寂しい。夢を実現できなかった者、夢を実現して最も充実した時を過ぎてしまった者、彼らはこれから何を目標に生きて行けば良いのだろうか。振り返れば、子供の頃の自分を裏切る事なく生きて来ただろうか。彼らの苦悩が自分にも跳ね返ってくる。

 自分とまったく同時代の作家が描く、同時代の人々の物語。文庫化されて読んだので彼らの年齢を越えてしまった。彼らの若さがちょっと羨ましかった。清水義範さんや椎名誠さんなどは、自分より少し年上なので、同時代作家というのは目新しい。それぞれの生き方を優しい眼差しで描いているのが良い。

 夢や希望を失って、疲れて生きて行くのは、年を取る事でもあるけれど、高度経済成長期から不況と停滞の時代への変化でもあると思う。日本が元気だった経済高成長の時代から、長期の不況で疲れ果てた日本の人々。そういう意味で、時代をも描いているのかも知れない。  

『つばめの来る日』 橋本 治
角川文庫 本体:495円(H13/9初)、★★★★☆
 父親に認めてもらおうとボクシングを始める少年、息子と初めての潮干狩りに出かける父親。試験勉強のために女友達の家を訪れる大学生、ベランダで鉢植えを愛でる独身サラリーマン…。ごくふつうの人生を生きる、ごくふつうの男たちの背中は、いつもどこか淋しい。男にとっての幸福とは、孤独とは、いったい何なのか。じんわりと心にしみこんでくる、九つのほのかな感動。

 「星が降る」の少年、「角ざとう」「あじフライ」「水仙」「歯ブラシ」「カーテン」の青年、「汐干狩」の中年、「甘酒」の老年、と多様な年齢層の男性を主人公にした短編集。自分の在り方や、人との係わり方について、悩んでいる人を描いている。ボクシング小説である「角ざとう」は、格闘技小説のアンソロジーで既に読んでいた。

 主人公の心理状態を、細かに分析して説明する文章が、鬱陶しくもあるけれど著者ならではの魅力でもある。人間ってそう言う物なのかなあ、と感じさせてくれる。説明が断定的過ぎて、違うんじゃないかなと思うことも少しある。年を取って自分なりの人間観察もあって、若い頃ほど素直には読めなくなったかも。

 著者の代表作である「桃尻娘」シリーズでも、同性愛の少年の心情を丁寧に描き出していたが、本書にも同性愛を描いた作品があった。「あじフライ」では同性愛を自覚する青年の孤独を、「寒山拾得」ではホモの中年料理人の性愛を描いている。いずれも肯定的に描かれていて好感が持てる。

 「角ざとう」「あじフライ」「汐干狩」「星が降る」「水仙」「歯ブラシ」「カーテン」「甘酒」「寒山拾得」の9編を収録。  

『虚構市立不条理中学校(全)』 清水義範
徳間文庫 本体:660円(94/10初)、★★★★☆
 蓬原一啓はエンターテイメント作家。二カ月前に東京から地方都市へと越してきた。ある日、妻の端子が中学生の息子・実憲の「大連絡会」と呼ばれる三者面談に出かけた。ところがそのまま二人は帰ってこなかったのだ。不安に駆られた蓬原は、実憲いうところの「ダッセえ学校」へ向かった。が、そこで出会った教師たちの蓬原への態度は、明らかに敵意に満ちたものだった。

 『虚構市立不条理中学校』と『続・虚構市立不条理中学校』を一冊にまとめたもの。作家・蓬原一啓が捕らわれた息子と妻を助け出すために、地方都市の中学校を舞台に、異常な教師たちと教育についての議論の戦いを繰り広げるエンターテインメント。教育問題について痛烈な批判が展開する。

 SF的な設定ではあるけれど、真面目に交わされる教育論には鋭い指摘が多く、教育の様々な問題について考えさせられる。胡散臭く感じていた教育関係の問題が、はっきりと指摘されていて気持ち良い。教育は必要なものだけど、思想統制の一部でもあり、その危険を十分承知して、教師たちは謙虚に当たらなければならないと言う事を強く感じた。

 様々なキャラや仕掛けがあり面白く読めるが、議論が長過ぎて娯楽小説としては失敗しているように思う。正義の側が主人公の作家一人だけと言うのも、色々な立場の考え方を知りたいと言う意味で公平さに欠ける。  

2006年12月 完了報告

= 1タイトル、1冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『鬼警部アイアンサイド』 ジム・トンプスン
ハヤカワ・ポケットミステリ 本体:1000円(05/05初)、★★★★☆
 何者かが放った一発の銃弾がサンフランシスコ市警察の敏腕刑事ロバート・アイアンサイドから下半身の自由を奪ってしまった。だがその手腕を見込んだ警察は、彼を顧問として迎え、手足となる三人の部下を与える。車椅子を駆り、卑劣な犯罪との闘いの日々は続く……謎めいた脅迫事件、有力者の息子が起こした轢き逃げ事件、そしてアイアンサイドの部下マークが関わる傷害致死事件。鬼警部を窮地に追いこむ事件の連続、その背後でほくそ笑む黒幕とは?

 TVドラマ「鬼警部アイアンサイド」のノベライズ。オリジナル・ストーリという事だから、普通のノベライズとちょっと違うかも。ドラマは観たことがないけれど、設定とかは何となく知っていて親しみやすい。1967年の作品だが、古さを少しも感じることなく読めた。

 銃弾により車椅子の生活となったアイアンサイドは、サンフランシスコ市警察の特別顧問となり特別任務に従事していた。アイアンサイドの部下が傷害致死事件の容疑をかけられ、アイアンサイドと同僚たちは、彼の無実を信じ不眠不休の捜査を続ける。ノワールの巨匠のオリジナル・ストーリーと言う事だが、TVドラマを思わせる軽快な展開で読みやすい。

 ジム・トンプスンさんの小説は初めてだけど、人の心の中の悪の部分の描き方が凄くて只者ではないと思った。ノワールの巨匠と書かれているが、本書でもその片鱗を感じる事が出来た。解説にある他の作品も読んでみたい。  

2006年11月 完了報告

= 2タイトル、2冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『街の灯』 北村 薫
文春文庫 本体:476円(06/05初)、★★★★☆
 昭和七年、士族出身の上流家庭・花村家にやってきた女性運転手別宮みつ子。令嬢の英子はサッカレーの『虚栄の市』のヒロインにちなみ、彼女をベッキーさんと呼ぶ。新聞に載った変死事件の謎を解く「虚栄の市」、英子の兄を悩ませる暗号の謎「銀座八丁」、映写会上映中の同席者の死を推理する「街の灯」の三篇を収録。

 昭和初期、士族出身の上流家庭の令嬢の英子が、女性運転手のベッキーさんの与える手がかりを元に事件の謎解きに挑むミステリ連作集。「円紫さんと私」シリーズ、「覆面作家」シリーズに続く、第三のミステリ・シリーズ。

 新聞に載った変死事件の謎を推理する「虚栄の市」は、殺人事件の悲惨さと英子の優雅な生活とのギャップに戸惑った。英子の兄の元に送られてくる暗号の示す場所を解く「銀座八丁」は、身近な謎解きで楽しい一編だった。別荘での映写会で同席者の死に巻き込まれる「街の灯」は、優雅な貴族世界の裏側を見た。

 侯爵、伯爵などの当時の上流階級の生活が丁寧に調べて描かれている。読み始めは、お抱え運転手付きの生活、上品で文化的な会話などに反感があって、自然な気持ちで読めなかった。2編3編と進むと、著者が憧れるままに上流家庭の生活を描いているのではないと分かってきて、気にならなくなった。

 主人公は財閥の商事会社社長の令嬢ではあるけれど、侯爵家や伯爵家の令嬢が通う女学校においては上の階級ではない。そういう意味で、一般の人と同じような視点も失ってはいない。英子が、文武両道に通じるベッキーさんに見守られながら、真っ直ぐな人として成長していくのを期待したい。  

『繋がれた明日』 真保裕一
朝日文庫 本体:724円(06/02初)、★★★★☆
 この男は人殺しです――。仮釈放となった中道隆太を待ち受けていた悪意に満ちた中傷ビラ。いったい誰が何の目的でこんな仕打ちをするのか? 孤独な犯人探しを始めた隆太の前には巨大な“障壁”が立ちはだかった……。殺人を犯した者の“罪と罰”の意味を問う。

 NHKでドラマ化され文庫化されたので買ったがドラマは観なかった。殺人を犯してしまった青年が、社会に復帰するまでに待ち受ける様々な困難を描いている。犯罪者の家族が心無い人から受ける仕打ち、被害者やその家族の心の痛み、間違いを犯してしまった事への償い。刑期を終えて社会復帰する者を助ける保護司の存在など、犯罪者の社会復帰の問題に様々な角度からスポットを当てる。

 仮釈放の隆太を待っていた中傷ビラ、彼の社会復帰に揺れる家族。更生しようとする彼を誘う昔の悪い仲間たち。中傷ビラの犯人探しのミステリを中心に、彼と家族を巻き込んだ様々な問題が起こっていく。その度に精力的に彼の力になる保護司の言葉が温かい。その助言は普通の生活の中での心の持ち方としても参考になった。

 主人公を一方的に良い人として描くのでもなく、犯罪者の更生について様々な面から問題を提議しいて良く出来ている。被害者と加害者の問題は、それぞれ立場や気持ちがあり、簡単に正悪を付けられない問題だと思った。真剣に犯罪者の更生について考えた話にしては、少しドラマチック過ぎる部分はあるけれど、作者がこれらの問題について真面目に描こうとした姿勢は伝わってくる。  

2006年10月 完了報告

= 4タイトル、5冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『奇術師の密室』 リチャード・マシスン
扶桑社ミステリー文庫 本体:800円(06/07初)、★★★★☆
 往年の名奇術師も、脱出マジックに失敗し、いまは身動きできずに、小道具満載の部屋の車椅子のうえ。屋敷に住むのは、2代目として活躍する息子と、その野心的な妻、そして妻の弟。ある日、腹にいち物秘めたマネージャーが訪ねてきたとき、ショッキングな密室劇の幕が開く! 老奇術師の眼のまえで展開する、奇妙にして華麗、空前絶後のだまし合い。

 マシスンさんの小説は、SFやファンタジー系の作品しか知らなかったので、ミステリとは意外だった。しかし、植物人間となった老奇術師の目の前で繰り広げられるどんでん返しの連続の殺人事件となると、マシスンさんらしいとも思う。

 往年の名奇術師の屋敷を舞台に、植物人間となった老奇術師の目の前で、2代目として活躍する息子とその妻、そして妻の弟とマネージャーを巻き込んでの愛憎劇が展開する。騙されていたと思っていた人物が騙していたり、殺されたと思った人物が生きていたり、仲間だと思った関係が裏切っていたりと、どんでん返しが連続する。

 展開的には、どんでん返しが過剰すぎてどうでも良くなってくるが、部屋に仕組まれた数々の仕掛けや、折々に語られる奇術のテクニックなどが興味を引く。ラストは納得させられるが、一連のどんでん返しからすると驚きが弱い。一風変わったミステリという事で十分に楽しめた。  

『かえっていく場所』 椎名 誠
集英社文庫 本体:495円(06/04初)、★★★★☆
 三十年住んだ武蔵野の地を離れ、妻とふたりで都心へと居を移した「私」。ゆっくりと確実に変化していく日常と、家族の形。近づいてくる老いと沈殿していく疲れを自覚しながら、相変わらず取材旅行に駆けまわる毎日だ。そんなとき、古い友人の悪い報せが「私」を大きく揺るがせる……。『岳物語』から二十余年。たくさんの出会いと別れとを、静かなまなざしですくいとる椎名的私小説。

 私小説とあるけれど、エッセイを読んでいるような感じが強かった。これまでも椎名さんの作品は小説とエッセイの境界が余りなかったけれど、小説では登場人物の名前や職業を変えたり、小説的な文章で書かれたりと、ある程度の区別があった。本書では偽名も使わず「私」という一人称で、取材旅行の多い小説家の日々が語られる。まるでエッセイを読んでいる気分になる。

 何人かの知人の死を経験し、子供たちも独立し、年老いていく妻と自分に直面した小説家の日々。以前よりちょっと元気なく、それでも忙しく仕事をこなしていく日々が切ない。海外で暮らす子供たちが時折帰国して、親をいたわる姿が温かい。人生にはいつか終りがあり、輝く若さを失って老いていく。そんな事をしんみりと感じさせる良く出来た小説だと思う。

 小説としてきっちり良く出来ているので、「私」=「椎名誠」なのか少し疑問を感じている。エッセイならば「私」=「椎名誠」と信じて読むのだけれど、私小説にはフィクションの部分はないのかな。何もかも正直に書いてしまっているように見えて、「私」という人物を主人公にしたフィクションなのではないかとちょっと思い始めた。  

『プレイ ―獲物― 上・下』 マイクル・クライトン
ハヤカワ文庫NV 本体:各760円(06/03初)、★★★★☆
 失業中のコンピュータ・プログラマーのジャックは、ナノテク開発に携わるハイテク企業ザイモス社に勤める妻の異変に気づいた。性格などが、まるで別人のように一変したのだ。さらに、末娘に原因不明の発疹が出たり、不審な人影が出現するなど不可解な出来事が相次ぐ。おりしもザイモス社では異常事態の対処に追われていた。軍用に開発したナノマシンが、砂漠の製造プラントから流出し、制御不能に陥ったというのだが……。

 失業中のジャックが、働く妻に代わって家事や育児をこなす毎日。仕事が忙しい妻の苛立ちと家族との擦れ違い。この小説の書かれた当時のアメリカを象徴する光景なのだろうか? そんな日常から徐々にナノテク絡みの異常事態へと話が展開していく。日常的な前半がちょっと長いと感じるけど、失業の焦り、妻との溝、子育ての色々な騒動などがきっちり押さえられていて興味深く読んだ。

 リスクを無視した先端技術が不慮の事故を招くという点で『ジュラシック・パーク』(ハヤカワ文庫)に似ているし、極めて小さな未知の性質を持った何かが襲ってくる恐怖という点で『アンドロメダ病原体』を彷彿とさせる。ナノマシンに生物の基本的な性質をプログラミングする事と、ナノマシンの生成方法に有機的な部分を加味した事で、機械的なナノマシンが恐ろしい生物の様に感じられる。

 本書のような事態になるまでは、まだ幾つもの技術的な壁がある事を、本書やその解説を読んで感じた。技術的な設定の飛躍が大きくて、現実のナノマシンの研究に対して危惧を感じるには至らなかった。舞台が研究所に移ってからのドキドキの展開は文句なく楽しめたが、単なるアクション映画になってしまっているのが、SFファンとしては残念なところ。テーマがテーマだけに、もう少しSFっぽく展開して欲しかった。  

『殺人方程式 切断された死体の問題』 綾辻行人
講談社文庫 本体:629円(05/02初)、★★★★☆
 新興宗教団体の教主が殺された。儀式のために籠もっていた神殿から姿を消し、頭部と左腕を切断された死体となって発見されたのだ。厳重な監視の目をかいくぐり、いかにして不可能犯罪は行われたのか。二ヶ月前、前教主が遂げた奇怪な死との関連は? 真っ向勝負で読者に挑戦する本格ミステリ。

 新興宗教団体の女性教主が謎の死を遂げて、教団の実権を握った夫も殺された。車から見付かった凶器によって、父を憎む息子・光彦が逮捕される。警察好きの妻のために刑事になった明日香井叶も捜査に加わった。叶の双子の兄・響は、事件に疑問を感じ、弟に成りすまして事件の解明に乗り出す。

 新興宗教の権力争いとか、教主になるための儀式とか、刑事の弟に成りすまして事件の捜査をする双子の兄とか、おおよそ現実感のない設定だけど、こういう設定なら作中で人が殺されても、読者は余り痛みを感じなくてすみ、トリックと謎に焦点を絞って楽しむ事が出来る。でも、好みで言うと社会派ミステリとまで言わなくても、現実感のある方が好きだ。

 設定こそ非現実的だけど、話の流れは細かなところまで気が配られていて良く出来ている。主人公の刑事と双子の探偵役のキャラが面白かった。彼らが登場する前の作品もあるだろうと想像しながら読んでいたが、違うのかも知れない。「読者への挑戦」があるけど、この時点では犯人も事件の真相も分からなかったが、納得できるトリックだった。

 サブタイトルにもなっている“切断された死体の問題”に関しては、苦労して切断しなくても良い解決方法があるので、鮮やかな謎解きとは言い難い。別の目的もあって切断したとあるので、間違ってはいないけれど……。偶然が重なり過ぎるエピローグは過剰に感じた。  

2006年9月 完了報告

= 4タイトル、4冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『休暇はほしくない』 パーネル・ホール
ハヤカワ文庫HM 本体:860円(05/06初)、★★★★☆
 夫婦で楽しい旅行のはずがこんなことになるなんて。山登りでくたくたになるし、変な犬に好かれてべろべろに舐め回されるし、美女に鼻の下をのばしたら妻にいやみを言われるし……。さらに宿泊先はカエルがシンボル・マスコットの珍妙な宿。もう帰りたい……。そんな思いがよぎった時、今度は宿泊客が殺される事件が起きてしまう! 妻の尻にしかれた控えめ探偵スタンリー・ヘイスティングズが孤軍奮闘するシリーズ第14巻。

 休暇を取ってやって来た旅行先で起こる殺人事件を調査するシリーズ番外編的な一編。舞台を移したので、おなじみの脇役のマコーリフ刑事やリチャード弁護士が出て来ない以外は、主役の探偵スタンリーはいつもどうり愚痴っぽくておっちょこちょいで変わりない。登場シーンが多くなった愛妻アリスはいつもよりイメージが悪い。

 このシリーズの最近の傾向だけど、だらだら長過ぎる。B&Bとホテルの違いだけで3頁も会話している。ユーモアある会話が魅力ではあるけれど、もう少し引き締めた方が良いと思うし、事件が起きるまでに150頁近く読まされるのもちょっと退屈だった。何だかんだ言ってもこのシリーズを好きなんだけどね。

 今回のスタンリーは休暇中なので、仕事に対するぼやきがなくて残念。マコーリフやリチャードとのいつもの掛け合いも大きな魅力だったことに気付かされた。一方でマンネリから開放されて、スタンリーが犬や猫に何故か好かれるなど、新鮮な展開を楽しめた。犯人探しの謎解きは面白かったけれど、最後の事件解決がしっくりとせず、ミステリとしてはもう一息だった。  

『愛のひだりがわ』 筒井康隆
新潮文庫 本体:552円(H18/08初)、★★★★☆
 幼いとき犬にかまれ、左腕が不自由な小学六年生の少女・月岡愛。母を亡くして居場所を失った彼女は、仲良しの大型犬デンを連れて行方不明の父を探す旅に出た。暴力が支配する無法の世界で次々と事件に巻き込まれながら、不思議なご隠居さんや出会った仲間に助けられて危機を乗り越えていく愛。近未来の日本を舞台に、勇気と希望を失わずに生きる少女の成長を描く。

 何かしっくりこない物を感じながら読んだ。筒井さんの小説は、距離を持って作者の意図を考えながら読むようなものが多いけど、本書はジュヴナイルとあるから、もっと楽に読める小説を想像していた。設定や展開が何かを暗示しているようでいながら、きっちりと読み取れなくてもどかしかった。

 愛は犬に噛まれて腕が不自由になったのに、犬を嫌ったり恐れたりせず犬の気持ち(犬語?)を理解する。犬語を理解出来るのは愛の大事な能力だけど、犬に噛まれた過去を持たせたのには何か意図があるのだろうか。

 現在よりも社会状況が悪化している近未来の設定、犬語を理解すること、空色の髪の少年の存在など、非現実的な感覚と違和感が漂う。なぜ、感情移入しにくい非現実的な設定をわざわざ導入したのだろう。この非現実的な感覚は童話の雰囲気に近いように思うのだが、これは童話なのかな。  

『白銀を踏み荒らせ』 雫井脩介
幻冬舎文庫 本体:724円(H17/04初)、★★★★☆
 ワールドカップを転戦する日本スキーチームのメンタルコーチ・望月篠子は、同行していた学者から、ある人物に書類を届けるよう頼まれる。しかし接触の寸前、相手は何者かに襲われ、篠子も追われる身に。誰が何の為に? やがて、その悪意が天才スキー選手の事故死の真相に関わっていることが分かり……。

 デビュー長編『栄光一途』(幻冬舎文庫)の続編となるスポーツ・ミステリ。前作の柔道から一変して、アルペンスキーが舞台となっている。主役の望月篠子ら一部の登場人物が重なる以外は、前作と直接的なつながりはない。柔道のコーチから、スキーチームのメンタル・コーチと言う意外な転職も、読んでみると納得できる内容だった。

 日本代表のスキーチームの実情やメンタル・トレーニングの方法など、前半はスキーチームに参加したメンタルコーチ・望月篠子の物語として興味深く楽しんだ。国際的な暗躍組織の陰謀で途中から話が一転してしまうが、その後の展開も上手くて、アクションに重点がおかれた軽快なサスペンスを満喫した。

 国際的な暗躍組織、スキー競技に仕組まれた罠といった暗い側面に対し、深刻な場面でもユーモアを失わない登場人物たちの明るさが大きな魅力となっている。明と暗、正義と悪の明確なエンターテインメント。  

『博士の異常な発明』 清水義範
集英社文庫 本体:495円(05/08初)、★★★★☆
 ペットボトルをアッという間に分解する“ポリクイ菌”。透明人間の鍵を握る素粒子“ミエートリノ”。ついに出来た(?!)不老長寿の妙薬。はたまた1万年後の考古学座談会……マッド・サイエンティストたちの可笑しくもかなしい大発明の数々! 得意のパスティーシュやパロディの手法を駆使し、科学的蘊蓄を注ぎ込み、かつ笑いを追求した会心の連作集。

 マッド・サイエンティストをテーマにしたユーモア連作集。ペットボトルを分解する細菌による騒動を描く「文明崩壊の日」、唐の発明家・袁孫の知られざる発明品を紹介する「袁孫の発明」、孤独に遺伝子工学の最先端の実験を続ける博士を描く「異形のもの」、日本沈没から一万年後、日本の遺跡の研究者たちが語る「鼎談 日本遺跡考古学の世界」など、バラエティ豊かな内容で飽きさせない。

 色々な形式で書かれているので、幾つかの雑誌に発表した短編を集めたのかと思ったら、全て「小説すばる」(集英社)にマッド・サイエンティスト物の連作として掲載された作品らしい。大富豪が理想の未来のために研究させたものとは…「グリーンマン」、透明人間の研究を完成させた博士の成果を描く「半透明人間」、大量生産されたペット型ロボットの末路を描く「野良愛慕異聞」、偉大な発明をしたと語る高齢な医学博士の悲劇「見果てぬ夢」の8編とプロローグを収録。

 「袁孫の発明」は、袁孫の可笑しな発明品と共にインチキな漢文が楽しい。「鼎談 日本遺跡考古学の世界」は、少し無茶な論理もあるけど、間違った日本の姿が現在を批判していて面白い。「文明崩壊の日」や「半透明人間」は、鮮やかなオチに拍手。「野良愛慕異聞」と「見果てぬ夢」はともにちょっと切なくなった。清水義範さんのSF好きが発揮された一冊。  



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* 出来るときに、過去の本の感想も更新します *
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2005年10月 経過報告

= 現在1タイトル、1冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『暗闇 ホラーセレクション』 尾之上浩司 監修
中央公論社C・NOVELS 本体:900円(04/06初)、★★★★☆
 誰もが怖いと感じる究極の要素“闇”。「死」や「無」に通じる、何があるのか分からない真っ暗な空間“闇”。本書はそんな「暗闇」をテーマに据え、選りすぐりの作家たちが独自に「暗闇」を解釈し、恐ろしい物語を紡いだアンソロジーである。巻末にはアンソロジーをテーマにした井上雅彦と尾之上浩司の対談を収録。

「闇仕事」(井上雅彦)
窃盗団が農家の収穫を奪う事件が続発。郁男は家族を守るためにある人物に連絡をとった。
ラストがすっきりと理解できなかったけれど、テーマに合った暗闇の不気味な雰囲気が良かった。

「紛失癖」(花田一三六)
小さな頃から物をよく失くした健人。受験勉強中に消しゴムが失くなった事から…。
SFっぽいコミカルな話。ラストは意外だったが、この話に相応しかったかは疑問。

「ダンシング・イン・ザ・ダーク」(奥田哲也)
大統領が処刑され、私は秘密警察から新政府の警察に移り、現在は猟奇的な連続殺人事件を追っている。
こういう設定のシリーズ物ってあるよなあ。典型的で大掛かりな設定に退いてしまった。

「ブラインドタッチ」(山下定)
オフィスで一人残業する男。彼の意識に関係なく、手はキーボードを素早く叩き続けた。
設定は面白いと思ったが、能力の限界などに矛盾があるのが気になった。

「棲息域」(宝珠なつめ)
いじめられ廃工場に行かされた彩子。その闇に潜む何かに助けられ、その何かとの交流が始った。
良くあるパターンかも知れないが、きっちり書けていて楽しめた。

「おごおご」(友成純一)
バリ島に旅行に来た竜彦と伸子。魔物が徘徊する正月には外に出てはいけないと忠告されたが…。
凄まじいラストには圧倒させられた。

「戦場にて」(菊地秀行)
出世頭と言われた包助が村の者二十余名を刺殺した。信長は包助から理由を聞き出そうとする。
短くて、ストーリーを楽しむ程ではないが、流石にまとまっている。


 以上の7作品を収録。巻末の対談はたくさんのホラーアンソロジーの書名が並び、ホラーアンソロジーの歴史を概観することが出来る。4編収録の『モンスターズ1970』(中央公論社C・NOVELS)から一転して、総ページ数はほぼ同じままの7編収録なので、一編一編が短すぎる感じがした。  

2005年9月 完了報告

= 5タイトル、6冊 =
タイトル 著者
レーベル名 定価(刷年月),個人的評価

『やさしい経済学』 竹中平蔵
幻冬舎文庫 本体:533円(H17/04初)、★★★★☆
 経済成長率、GDP、三位一体の改革、特区など、知っておきたい経済用語から、ビジネスに役立つデフレや為替の知識、暮らしに直接関わる年金や規制緩和まで、常識として頭に入れたい、経済の問題をやさしく解説。郵政民営化、ペイオフ、M&A……新聞・テレビを賑わす話題も頭に入る。小泉政権現役大臣が教える経済の本。

 『あしたの経済学』(幻冬舎刊)を加筆・修正した文庫版。これまでの日本経済の歩みから始って、現在の日本経済の状況を解説。問題点を指摘した上で、幾つかの方向から解決策を提示していく。大変に分かりやすくて説得力もあるが、少し考え方が一方的な気がする。著者は小泉内閣で経済財政政策担当大臣をやっている人なので、政策を推し進めるために良いとこるだけを取り上げて説明しているようだ。

 現在の経済政策を砕いて考えれば、自由な競争の社会になれば、個人や企業のやる気が出て、活気のある日本になり、世界での競争に対抗できる国になる、と言うことだと思う。問題なのは、競争の中で敗れた人々への配慮が必要なこと。問題を個人保証を取る金融機関のせいにして終わってしまっている。問題点の解決のない政策を押し付ける姿勢は支持できない。

 著者の示した経済政策の負の部分を見つめ直し、他の人の本も読んで考えてみたい。経済問題を考える基礎として有用な本だったが、必ずしも公正な視点から経済政策を説明しているとは思えない。  

『みんな家族』 清水義範
文春文庫 本体:762円(04/08初)、★★★★☆
 激動の昭和を「普通の人々」は、こんなにも逞しく生きていた。二・二六事件の迫る冬、少女は花占いに夢をはせ、優しかったあの子は南方の戦いで死に、焼け野原に立って一儲け企む奴もいた。懐かしい路地裏の匂い漂う清水版昭和史。

 著者の父と母、著者の妻の父と母という4つの家族の話からはじまる“普通の人々”による昭和史。はじめは関係のない4つの家族が、子供の結婚によって結ばれ、さらにその子供が結婚して親戚関係になっていく。著者の清水義範さんはパスティーシュ小説などの短編が有名だが、自身の青春時代を描いた長編も面白い。本書もその系統に入るだろうか。

 偉業を成し遂げた成功談でもないし、貧困に苦労を重ねる話でもない、戦争での離別や敗戦後の食糧不足はあるけれど、不幸と幸せの積み重なった“普通の人々”の人生が描かれている。望みをかなえた人もいれば、挫折していく人もいる。自分の成すべき事をやり遂げた人生もあれば、何をすれば良いのか迷ったままの一生もある。著者の視線はどの人にも公平で優しい。

 戦争から敗戦、高度成長の昭和史と共に様々な人生が描かれている。目立たない作品だけど、多くの人に読んでもらいと思える良い話だった。  

『斧』 ドナルド・E・ウェストレイク
文春文庫 本体:667円(01/03初)、★★★★☆
 わたしは今、人を殺そうとしている。再就職のライバルとなる元同業者6人を皆殺しにする。この苦境を脱する手は他にないのだ――リストラで失職したビジネスマンが打った乾坤一擲の大博打は、やがて彼の中の“殺人者”を目覚めさせてゆく。ハイスミスやトンプスンに比肩する戦慄のノワール。ミステリの名匠の新たなる代表作。

 タイトル『斧』はリストラを意味しているそうだ。斧で人を殺しまくる話なんて余り読みたくない。リストラにあった男が再就職のライバルを殺していく話。真面目で不器用な主人公が道を踏み外していく過程を淡々と描いている。シリアスでありながら、どことなくユーモアが感じられる。

 著者がドナルド・E・ウェストレイク名義で書いたものはドタバタなどのユーモア小説で、リチャード・スターク名義で書いたものはシリアスな小説なんだそうだ。本書はウェストレイク名義としては例外的なシリアス路線だけど、ウェストレイク作品らしいユーモア感が殺伐とした話の救いになっている。

 失業生活の主人公に共感し計画の達成に喝采を贈るのか、平穏な暮らしを奪われた被害者に同情するのか、どういう気持ちで読んだら良いのか複雑なところ。単純に主人公を憎む気持ちにはなれないが、どう論理付けしても正しい事をやっているとは思えない。悩まされる話だった。  

『「神」に迫るサイエンス BRAIN VALLEY研究序説』 瀬名秀明 監修
角川文庫 本体:619円(H12/12初)、★★★★☆
 脳はいかに「わたし」を創り出すのか? チンパンジーは「神」を知っているか? コンピュータは「魂」を宿すことができるか? 臨死体験で死後の世界を証明できるか? ベストセラー小説『BRAIN VALLEY』に記された「科学」の各ジャンルを、第一線の研究者たちが最新の知見とともに解説。読者の知的好奇心を刺激しながら、現代の科学を見渡す恰好のガイドブック。

 瀬名秀明さんの長編小説『BRAIN VALLEY』で重要な役割を担っている脳科学、UFO、臨死体験などについて、各ジャンルの第一線の研究者たちが、各分野の概要を専門家の立場から解説する。『BRAIN VALLEY』の著者自身が企画し監修した『BRAIN VALLEY』のの科学を解説する一冊。

 SFなど、科学を主要なテーマにした小説では、フィクションとノンフィクションの境が分からなくて戸惑う事がある。専門の解説書を読めば良いのだろうが、その選択で迷ったり、多くの分野が関連していて読む本が多くて困ったりする。そういう意味で、本書のような解説書の存在は非常に便利だと思う。著者自身が監修しているという点でも信頼が持てる。

 通常の科学解説書のようなものから、小説を意識しながら解説するもの、小説の記述を引用して説明していくものまで、執筆者によって構成がまちまちで統一感がない。小説を余り意識しないで、通常の解説書のような方が読みやすかったので、それに統一して欲しかった。各章の末尾に初版刊行後の重要トピックが追加されたことや、文庫版で更新された推薦図書も嬉しい配慮だった。

 各章題と執筆者は「脳科学からの『BRAIN VALLEY』ガイド」/澤口俊之、「心の遺伝子」/山元大輔、「人口生命」/佐倉 統、「霊長類学」/金沢 創、「脳型コンピュータ」/山田 整、「UFO再入門・序章」/志水一夫、「臨死体験」/瀬名秀明となっている。  

『BRAIN VALLEY 上・下』 瀬名秀明
角川文庫 本体:各619円(H12/12初)、★★★★☆
 山奥の最新脳科学総合研究所「ブレインテック」に赴任した孝岡は、不思議な現象を目撃する。さらに孝岡はエイリアンらしきものに拉致され、生体実験を施されてしまう。しかし、それらの超常現象も、この地で行われている数々の研究も、すべては人類を更なる進化へと導く壮大な計画の一環だった。

 山奥の脳科学研究所に赴任してきた科学者が怪現象に遭遇するなかで、研究所の秘められた計画が明らかになって行く。最新の脳科学などを駆使してオカルト現象の謎を解き明かすホラー色の強いサイエンス・フィクション。

 オカルト現象と最新の脳科学が交錯する瀬名さんの長編第2作という事で、期待と共に一抹の不安を持って読み進んだ。オカルト現象そのものが悪いとは思わないが、信憑性のもろさ(科学は再現されて実証される)と研究者による飛躍した解釈が問題だと思う。

 本書では信憑性に関しては十分な注意が払われていると思うけれど、飛躍した解釈という点では、オカルト研究書の悪いところそのままに、著者の飛躍した解釈による壮大な展開が行われる。小説だからフィクションなのは仕方ないのだが、純粋な科学であれば飛躍も安心して楽しめるが、オカルトとなると不信感が付きまとってしまう。

 買ってから読むまでに時間がかかった。科学知識を織り込んだ小説は好きだけど、読むのにエネルギーを使う。科学的な説明の多い小説を嫌う人が多いけど分かる気がする。ただし、読み始めてしまえば知的な刺激に魅了され、これほど面白い小説もないと思うのだ。これまで読んだ著者の作品と同様に、最新の科学知識が豊富に取り込まれ刺激的な内容だった。

 読んだのは角川文庫版だが、新潮文庫で2005年9月に再刊された。