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忘れかけていた贈り物
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朝から入っていた仕事を出先でグイッとやっつけて、ランチにつけ麺でも食べようと思ったが、まだ11時を少しまわったばかり。少々ハイピッチで働いてしまったようだ。お目当ての店は開いていない。とりあえず、駅前にある銀行のATMコーナーに寄って時間稼ぎ。酷く混んでいたが、今日に限ってはそれでいい。並んだ労力には見合わないわずかばかりのせこい入金を済ませてから駅前交差点に僕は立った。ふと見ると、横断歩道の向こう側・真正面に見覚えのある女性を発見、というよりお互いの視線がばっちりとあった。視線の先にいるのは、職場の元後輩、数少ない本音トークが交わせた元同僚である。安っぽいTVドラマのような再会シーン。現実に遭遇すると感動的だったりするものなのね。
信号が青に変わり、お互い距離を詰め、「こんなとこでなにしてんの?」と僕のほうから切り出した。
「買い物行く途中なんですよ」。久しぶりとか、懐かしいとかの言葉は出ない。
お互いの外観上の変わらなさぶりがそうさせたのかもしれない。
短い会話を2、3交わし、お互い勤務時間中ではあるけども、何時までに帰社せねばならないとか切羽詰まった状態ではないことを確認。すぐさま「茶でも飲もう」というとりあえずの結論を導き出した。
たまたま近くにあったスタバはかなり空いていた。
こんな風に二人きりで話すのはほとんど4年ぶりか?
この4年間、僕は悶々としながらも単調な日々を送っていた。一方、彼女は退職、留学、結婚、遠距離新婚生活、再就職と結構波乱万丈な日々を送っていた。明日からは2週間ばかり海外出張に出かけるんだとか。仕事で忙しい状況が結構なことであるならば、おおいに結構なことであろう。今の職を続ける気はないらしいが、それとこれとは別の問題。
謙遜気味に「俺も人生、いい感じに転がしていかなきゃな」と言ってみたところ、「私は転がっているだけで、転がしてはいけてない」そんな言葉が返ってきた。僕は転がることすらできていない臆病者。生活のための仕事なんて糞食らえ!と思いながらも、やっていることといったら糞食らっているような仕事だったりするのだから…なんとも情けない。
「私の部屋にいまもフレーム飾っていますよ」と突然、彼女は言った。
言われるまで正直、忘れていたことだった。記憶が一気に蘇る。
滅多にしないけど、僕は知人の似顔絵を自発的に描くことがある。だいたいがお別れが迫っている時期に、だ。出来上がった絵はモデルとなった相手に差し上げる。社交辞令かもしれないが、絵を渡したときに、相手は決まって喜んでくれる。だから、調子にのって稀にだけど描いている。まったく柄にもないしゃらくさく青臭い善意の押し売り、自己満足の極みであるようにも思う。でも、それでいいのだ。もう二度と会わない(かもしれない)相手へ向けて放つの最後っ屁なのだから。相手が本当に嬉しいかどうかなど、確認のしようがないし、自分が好きでそうしていると思うことで納得することにしている。
彼女がいうフレームとは、僕があげた似顔絵を入れたフレームのこと。
僕が忘れかけていたことを彼女は忘れていない。それどころか大切にしてくれている。
ありがたいことだ。自分の絵に対する評価が初めてちゃんと確認できたような気もして、胸が一瞬熱くなった。
結局、店の前で「今度はゆっくり飯でも食べましょう」と適当に口約束を交わし、別れたのは昼すぎだった。 さっきまで無性に体が欲していたつけ麺はあまり食いたいとは思わなかった。
かわりに道すがらいい雰囲気をかもしだしてる蕎麦屋を見つけたので入ってみた。
味は特別いいわけではないが、悪くはない。なにより、夜はゆっくり呑むこともできるようだ。
まだ半日過ぎたばかりだというのに「今日はいい日だな」と僕はしみじみ思った。
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