アメリカで大事件が起きた

誰も言わないが、

神が、すべての幸福を願う、まぎれもない真実の神が

こう命じたのかもしれない。

あの、博打(ばくち)施設と、

あの、喧嘩(けんか)施設を

爆破しなさい。

世界貿易センターとは、アメリカの株取引の象徴であり、

ペンバゴンとは、アメリカの軍隊の中心である。

こんなこと

だれも、言わないだろうなぁ。

株取引は停止した。

しかし、アメリカの、闘争本能に火がつけられた。

けんかは、なくならず、燃え上がりそうだ。

神は、何をお考えなのだろう。


私は、テロを肯定しているのではない。

殺人を擁護しているのでもない。

ただ、アメリカのおそろしさを言っている。

アメリカは、第二次世界大戦で、何の罪もない日本人の一般市民を

何人殺したのか。

それを、アメリカ人は忘れ、あるいは、知ろうともしない。

テロや、大量殺人は、悪である。

しかし、戦争による殺人も悪である。

その、状況によるのか、私は人数による見かたも有ると思う。

イスラエルは、何人のパレスチナ人を殺したのか。

イスラムの人々にとって、アメリカはイスラエルである。

靖国問題で、私は戦争を推し進めた戦前の政府が悪であると言った。

そして、敵の敵は味方と言われるが、どちらも戦争を進めるものであるなら

敵である。敵の敵も敵である。

落ちこぼれのない幸福のために。

h13.9.15

敵(かたき)討ちの原則

それは、永遠の不幸。

ある人Aが親の敵(かたき)Bを討つ。

その敵(かたき)Bであったものにも、身内はいよう。

たとえば、子供Cが。

その、子供Cにとっては、親を殺した者Aは、敵(かたき)である。

やがて、その子は、自分を磨き(いい意味でなく、敵(かたき)を討つ能力を磨くという意味)

みごと、敵(かたき)討ちを果たすだろう。

その敵(かたき)Aであったものにも、身内はいよう。

たとえば、子供がD。

その、子供Dにとっては、親を殺した者Cは、敵(かたき)である。

やがて、その子Dは、自分を磨き(いい意味でなく、敵(かたき)を討つ能力を磨くという意味)

みごと、敵(かたき)討ちを果たすだろう。

その敵(かたき)Cであったものにも、身内はいよう。

たとえば、子供Eが。

その、子供Eにとっては、親を殺した者Dは、敵(かたき)である。

やがて、その子Eは、自分を磨き(いい意味でなく、敵(かたき)を討つ能力を磨くという意味)

みごと、敵(かたき)討ちを果たすだろう。

・・・・

三回繰り返した。

本当は、何回繰り返されるだろう。図にすると、

A(子はD)→B(子はC)を討つ
┏━━━━━━━━┛
C(子はE)→A(子はD)を討つ
┏━━━━━━━━┛
D(子はF)→C(子はE)を討つ
┏━━━━━━━━┛
・・・・・

敵討ちが許されるのは、戦国時代である。

しかし、戦国時代であることを許されるのは、法治国家とは、言いがたい。

敵(かたき)討ちなど、いつまでたっても、きりがなく不幸がつづくから、

「討つ」という言葉を、「殺す」という言葉で解釈して、

法律のもと、裁判を受けさせ、その罪を償うというのが、

法治国家ではないのか。

この場合の法治国家とは、たとえば古代中国の秦などの、独裁の元の法治ではない。

民主主義のもとでの法治国家である。つまり、国民が自らの幸せのためにお互いで決めた

そんな、法律のもとでの法治国家である。

(本当の民主主義は、資本主義も、共産主義もどちらも選び得る。

国民の意思一つである。)

永遠の不幸から逃れるという意思の元、敵(かたき)討ちは、悪とした。

殺人者は、裁判にかけられ、法に裁かれる。・・・はずである。


それでも、アメリカは動かざるを得ない。

たとえば、法律を平気で破る人間と、守る人間が

同じグループに、存在した場合。

法律を破る暴力人間に対し、われわれは、どういう行動をとればいいのか。

短期的には、やはり、法律や約束を守り、お互いの幸福を作れるものは

一致協力して、暴力人間に、対抗するしかない。

その際、暴力人間に対し、敵(かたき)討つがごとくに、

暴力をふるうこともあるだろう。

正当防衛と、いう言葉は、私は、神の言葉の中で許されていると思う。

しかし、それは、あくまで、「短期的には」である。

暴力少年や暴走族、少年犯罪の問題でも、言われている。

「短期的には」警備員や、協力して、見回りボランティアなど、必要だろう。

絶対、必要だろう。

しかし、本来的には、つまり「長期的には」

暴力をする人間を、暴力をしない、人間に育て、

さらには、暴力を考えない、人間をそだてていくべきだろう。

中期的には、暴力をしない人間にも、暴力をする人間からの防衛の教育も必要。

正当防衛と、一致協力することの大切さを教育する必要がある。

すべての人が、人の不幸を踏み台に自分のみが幸せになることを愚かな事と

気づくこと、それは、だいぶ先になるだろうか。

他の人が、不幸である間は、自分にも不幸へ向かうエネルギーが働くことに、

いつになったら、人類は気づくんだろう。

h13.10.08

イスラムの人々に、テロの残酷さを訴えるべきである。

その際、同時に、イスラムの人々の苦しみも知るべきである。

その苦しみを取り去る約束をし、約束を守るべきである。

いかに、イスラエルの旗の下、多くのパレスチナ人が石という武器しか持たないのに

機関銃や大砲で殺されて来たか、我々西側の人間は知るべきだ。

そして、彼らに、その広報をしますよと、約束をするべきだろう。

そして、イスラエルをテロ国家とすべきである。

テロに対し、警察力で取り締まらねばならない。

そして、その約束は、必ず守らなければならない。

信頼を失えば、すべての言葉を信じてもらえなくなり、

テロの言葉を信じるようになるだろう。

お互いに、心を通わせる以外に、テロはなくならない。

イラク問題も同じだ。

いかに、西側の利益のため、西側が作った王族制の国々が多いことか。

サウジアラビアをはじめ、クェートはもちろん。

彼ら王族は、イスラムの人々が選んだ王では、ないのでは、ないのか。

西側の知識では、クェートに侵略したイラクは一方的に悪い。

しかし、イスラムの人々にとって、果たしてどうか。

アラブ地域の、王族達(西側に作られた王族達)にとってではない。

イスラムの一般市民にとってである。


アメリカは、短期的に動いている。

アメリカ国民は、ずっと、短期的に動くことが

骨の髄まで、習慣化されている。

だから、アメリカ人は、正当防衛を信じて動かざるを得ないだろう。

日本のみが長期的な視野に立てるのに。

長期的に、暴力の不幸を訴え、

お互いの幸せを大切にし合うことが大切かを、

長期にわたって、教育し続けていくことができるのは、

日本だけである。

そう、思う。

あの、太陽と北風(※↓)の、太陽になれるのは、日本だけである。

インドも中国も、ロシアも、西側諸国はもちろん、ふさわしくない。

あえて言えば、オーストラリアや、平和を手に入れているアジアのどこかか。

しかし、国力から言えば、日本だろう。

その、日本は、暴力少年達の幸福をもたらす厳しい教育を

果たしえていない、つまり、今この瞬間は、その能力はない。

はやく、日本よ、成長せよ。

(※ 太陽と北風 太陽さんと北風さんがあの旅人のコートを脱がせる競争をしようと言った。

まず、北風さんはその強い風の力で旅人のコートを脱がせようとしたが、旅人は、ますます、コートをしっかり着込み、

離そうとしなかった。次に、太陽さんがぽかぽかと旅人を暖めると、旅人は自分から、コートを脱いだ。

人を動かそうとするなら、嫌がることを無理やりするのでなく、

その人の気持ちを考えたアプローチをしようという、教訓のある、話)

h13.10.8

本当に、テロをなくすことを考えるなら、

ユダヤ教を考えざるを得ない。

この宗教が、いかに、利己主義であるかを。

いかに、危険な宗教であるかを。

しかし、私も、命は惜しい。

まだ、その話には触れるまい。

しかし、その、パワー、その、アメリカ中枢での活躍。

こんな話、日本語だから、できる話である。

みんなも、知ることは大切だが、あまり、公表しないように、しよう。

くわばら、くわばら。

それより、みんなに、落ち無しの話を聴いてほしい。

落ちこぼれのない幸福を目指しましょう。

現実を見つめつつ。

この、きびしい、現実を見つめつつ。