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ホンデュラス国立音楽学校再建支援の会


『本会の活動は終了しました。ご協力ありがとうございました。』

ご挨拶
代表よりご協力いただいた皆様へ
足掛け4年になってしまいましたが、やっと報告を出すことが出来ました。こんなに遅くなってしまった事を初めに、お詫びしたいと思います。
音楽学校ディアスセラヤが大水に流された、と知ったショックはもちろん大きく、インターネットで情報を収集しながらも落ち着いていすには座っていられないほどあせっていたのを覚えています。幸いにも、生徒や教師の犠牲は無く、当時、赴任されていたに西居かおりさんからの情報を得て、なにかすべき事は無いかと、協力隊のOB、OGらと考えて、楽譜を寄贈する為の活動をする事になりました。予想以上の沢山の方、もちろん見知らぬ方からも、ご協力をいただきました。高校生がおこずかいを送ってくれたり、阪神大震災でピアノを弾いていた娘さんを亡くされたご両親からはピアノの教則本をいただきました。広島の楽器店さんの講師の方々から沢山楽譜を送っていただきましたし、名古屋音楽大学からはなかなかそろえるのには困難なオーケストラのスコアをいただきました。私の音楽仲間もチャリティーコンサートに快く協力してくれました。そしてもちろん、音楽隊員だけでなくホンデュラス協力隊のOB、OGからの大きな協力も有りました。本当に簡単ではありますが、この場を借りてお礼申し上げます。活動1年後には着々と準備は整いつつあったのですが、郵便再開を待ったり(生活物資が当初優先されていました)、大統領の選挙後の混乱による郵便事情の不安もあり、満を持して、2001年夏に寄贈された楽譜5箱(100キロ)を、2002年明けて1月に寄付で購入した教則本ダンボール3箱を船便で送ることが出来、そして、これらは無事、すべて学校へ届いたことを当時ホンデュラスに滞在していた、協力隊OGにより、確認致しました。現在学校は、別の場所に移転し、日本の文化無償援助により、楽器もふたたび揃うこととなりました。

最後に、仕事との両立もあり、自分のペースで活動を進めてしまったことをこの場を借りてお詫びいたします。
なお会計報告に付いてはここに掲載しましたが、会の世話人の協力隊OG関屋小百合さんの監査を受けています。もちろん、会計に関する資料は京谷の手元に残してあります。
会のメンバーがいつかホンデュラスに行く事があって、また、最新情報などを載せられたら、と思っています。

本当にありがとうございました。


ハリケーン<ミッチ>
1999年11月に中米ホンデュラスに、今世紀最大のハリケーン〈ミッチ〉による災害がありました。人口600万人に対し、死者、行方不明者を合わせると1万5千人にものぼるというこの災害に対し、日本からも自衛隊が派遣されたことで記憶にある方もいるのではないでしょうか。首都テグシガルパにあった、ただひとつの国立の音楽専門学校「フランシスコ・R・ディアス・セラヤ」は、チョルテカ川の氾濫により崩壊。一晩での出来事だった為、楽器すらも持ち出せずに、すべてが消失してしまいました。
会の趣旨
この会は音楽学校の再建を支援するため、青年海外協力隊ホンデュラス派遣の音楽隊員OB/OG有志24人で組織されました。国内に広く情報提供を行い、賛同者を集め、協力しあって国内で考えられる支援活動、特に公的資金では扱う事の難しい、楽譜の寄贈を主に目的として活動を行っていこうと考えました。
現在1999年までの状況
同校には1983年より青年海外協力隊の隊員が現在まで7名、主に管打楽器の教師として派遣され、同国の音楽家育成の手助けを行ってきました。'89年には卒業生をメンバーとする国立オーケストラも結成され、生徒の努力が認められればプロへの道も開け、活動も軌道に乗ってきた時期になっての惨事でした。災害当時、2年5ヶ月の任期終了間近だった西居隊員も現地教師、生徒らと、見る影も無くなった学校で瓦礫や土砂の山から懸命に埋もれた楽器を掘り出しましたが、それらはどれも使えるものではありませんでした。そのため,
90名にもなる生徒の授業どころか学校の再建すらも難しく、現在、別地移転の方針で再建計画が進められ、各国に公的資金による援助を求めていますが、国全体がダメージを受けている事もあり、計画実現は困難を極めていました。
お問合わせ:当会連絡先へ、お手数ですがメールにてお問合わせ下さい。
当会連絡先:/京谷 麻里子(青年海外協力隊62年度2次隊)シエナウインドオーケストラ
電子メールアドレス bassmari_teg@nifty.com

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