![]()

| 昭和11(1936)年1月13日、秋田県の農家に生まれる。秋田県立秋田高校、法政大学法学部政治学科を卒業後、農業を経て昭和34(1959)年7月NHKに記者として入り約20年間、政治取材を担当。池田、佐藤、田中、三木、福田の各内閣を担当。傍ら屋山太郎氏らと共に月刊誌「文藝春秋」に何代目かの「赤坂太郎」として「政界夜話」を執筆した。また三島由紀夫氏との交流もあった。角栄批判を続けて大阪に左遷されたのを機に退社を決意(1977年)、園田直氏のもとで福田、大平、鈴木内閣の外務大臣と鈴木内閣厚生大臣の秘書官を務め、日中平和友好条約締結、中国残留孤児の日本帰国の道を拓いた。中国には記者として日中国交回復時、田中訪中にも同行、毛沢東、周恩来会談の取材にあたった。以後2001年12月までの17年間、社団法人日米文化振興会理事長を務め、日米間の教育、芸術交流に奔走。現在は東京・浅草橋で接骨、鍼灸師養成の日本健康医療専門学校校長。傍ら政治、国際問題等に評論の筆を振るっている。著書に「さらば実力者」「園田直全人像」「政治記者の目と耳=共著」など。那須大学(栃木県黒磯市)に蔵書の大半「渡部亮次郎文庫」がある。 |