留美の浮気
翌日、客人たちが帰り、栗山御殿は再び静寂を取り戻していた。三枝は捜索に没頭し、栗山は意識が覚醒した真希の傍らに付き添い、久美子も真琴と一緒に過ごすのんびりとした雰囲気が漂っていた。
留美は木曽が自分の別荘に戻ったため、一人で露天風呂に入りゆったりとした時間の中にいた。
「おい、少し、太ったんじゃないか?」
不意に声がすると松井が裸になって風呂の中の自分を見下ろしている。留美は緊張を高め慌ててタオルで胸を覆った。
「そんな、嫌がる。もんじゃないだろう。前はいつでも素っ裸でいたんだから」
松井は無遠慮に風呂の中に入ると留美の傍らに腰を落とした。
「木曽の奴、悦んでるみたいだな。お前のテクニックは俺が仕込んだものだとも知らないでよ」
松井が大きな声を出して笑うので留美はいたたまれなくなって風呂から出ようとした。しかし、その腕を松井は捉まえた。
「待てよ。話があるんだ」
「な、何なの?」
再び風呂に浸かった留美は警戒心を解かなかった。
「やらしてくれないか?最近、忙しくてよ。溜まってんだ」
「ば、馬鹿言わないで私は木曽の妻なのよ」
いきなりの申し出に留美は怒った表情を見せて松井を睨み付けた。
「そんなの知ってるぜ。でも、お前は木曽より俺の方が好きだよな」
松井の言葉に留美は視線を外した。松井の言葉は事実だった。木曽との結婚は奴隷として仕方なく承諾したものだ。準奴隷だった頃、留美は松井と毎日のように、肌を重ね合わせた頃もあったのだ。
「由里の奴、奴隷にされていい気味だぜ。あいつは気の強さがとうとう消えなかったからな」
松井はそんなことを言うと留美の肩に手を掛けて唇を合わせようと顔を寄せてきた。しかし、留美は掌を差し出してそれを遮った。
「嫌なのか?俺のこと嫌いなのか」
「そうじゃないけど・・・誰かに見られたら・・・」
留美は思わず本音を洩らした。留美の身体も松井を欲していることは事実だった。
「じゃあ、部屋に行こう。久々にお前の身体を抱いてみたくなったぜ」
松井は留美の掌を自らの股間に導くとその興奮を示している証を握らせて薄く笑いを浮かべるのであった。
「木曽の奴、セックス下手だろう。なんとなく判るぜ。さあ、行こうぜ」
抱き起こした留美の乳房を淫靡に揉んでも留美はされるがままに任せている。身体の奥底に点灯した欲望の炎を感じている留美は熱く火照り始めた頬を松井に擦り寄せるのであった。
「タバコ頂戴」
留美の部屋に戻り欲望を満喫した二人は怠惰な時間を過ごしている。求めに応じて松井がタバコを差し出すと留美は旨そうに煙を吐き出した。
「木曽ってタバコが嫌いなのよ。久々のタバコは染みるわ」
奴隷に降格して以来のニコチンの刺激に留美は松井の胸に頭を預けたままうっとりと目を閉ざしていた。
「ここから出してやろうか?」
不意に松井が言った言葉を理解できなくて留美はポカンとした顔付きでその薄笑いを浮かべた顔を見上げている。
「どういうこと?」
「お前が俺の女として過ごすことを誓えばここから出してやるって言ってるんだぜ」
留美は改めてその言葉を聞いて思わず真剣になり松井の顔を見詰めた。
「いいか?よく、聞くんだぜ。栗山が昨日、相当の金を三枝に渡すのを見たんだ。あの金は金庫に眠っている。それ戴いて、俺はここから抜けようと思う。ついでにお前も連れて行きたいと思ってるんだ」
「本気なの?」
「ああ、本気さ。お前が可愛いからな。行きたくなければそれでもいいんだ」
「ち、ちよっと待って」
留美は頭を忙しなく働かせながらこの計画に乗るべきかどうか考えた。外の世界に戻れることは留美にとって魅力有る事だった。しかし、松井に全てを賭けてそれで良いかどうか?留美にとっては疑問が残った。そして、残された仲間たちを助け出すことが可能かも考えた。
「俺の読みだけどよ」
不意に松井が口を挟んできたので留美は思考を中断して耳を傾ける。
「お前ら殺されちまうかもよ。栗山が真希にぞっこん惚れてるじゃねえか。あいつは魔性の女だってもっぱらの話だぜ。それに栗山の金が尽き掛けている感じもあるんだ。栗山が手を引けばここはお終いだ。綺麗に精算するためにはお前たちは邪魔になる。不要な女は整理すると思うぜ」
「だ、誰が生き残れるの?」
「真希と忍、そして娘の弘美。この程度じゃないか?とにかく金が掛かるんだぜここを維持して行くためにはな」
留美は気持ちが溢れそうになった。勝手に誘拐し、好きなように弄んで邪魔になれば殺す。悪魔たちの恐ろしい計画を聞かされ留美は心が震えた。
「どうやって逃げるつもりなの」
留美が計画を尋ねると松井は得意顔になった。
「徹のオートバイで逃げる。車はタイヤのエアー抜いておく。奴らは追いかけて来れないぜ」
「いつ、やるの?」
「明日の夜だ。絵里が地下室に戻す時に三枝は付き添うはずだからなその時に電気を切って、奴らを地下室に閉じ込める」
松井の計画は完璧なように留美には思えた。留美はとにかく死の恐怖から逃れるために松井の話に乗る事にした。
「連れて行って、死にたくないもん」
「よし、一生、俺の女でいることを誓うんだぜ」
「ええ、殺さないならついてくわ」
留美の言葉に微笑を浮かべた松井は今一度、口付けを交わした。松井に口中を愛撫されながら留美は別の事を考えていた。様々な出来事があったけど、奴隷たちは留美にとって大切な仲間であることには違いなかったのだ。
最後の楽園
翌日、栗山は回復した真希と愛欲の世界に溺れていた。久々に味合う真希の身体は栗山に新鮮な印象を与え。飽きることなくその小さな世界に埋没している栗山であった。
「ねえ、お腹、空いたよ。何か食べようよ」
朝の食事を終えてから栗山のザーメン以外口にしていない真希は裸の胸に顔を乗せ、甘えるような声音で訴えた。
「そうだね」
栗山は気だるそうな声で答えるとゆっくりと身を起こした。
夢遊病者のような姿で栗山が部屋を出て行くと真希は全裸のままベッドに潜り込んだ。真希は心地よい疲労感に浸りながら目を閉ざした。
「真希」
ドアが薄めに開いて真琴が顔を現した。どうやら栗山がいなくなるのを狙っていたらしい。
「お姉ちゃん」
真希が立ち上がろうとするのを制して、真琴はベッドの傍らに座り込むとそっと耳に口を寄せた。真琴の囁きを聞くうちに真希の表情が驚きに変わって行った。
「本当なの?」
「ええ、本当よ。いいわね」
真琴に言われた真希はこっくりと頷いて見せた。
「なんだ。君もいたのか」
食べ物をとってきた栗山は真琴がそこにいることにさほど驚きもせずにドアを閉めた。
「じゃあね。真希」
「ちよっと待ってくれ」
真琴が部屋を出て行こうとするのを栗山は引き止めると床に座るように促した。
「君も一緒になって楽しい事をしようじゃないか」
真琴は栗山の野獣のような欲望にただ呆れるばかりであったが無碍に断る事も出来ずに真希の顔を見た。
「私なら構わないわよ。栗山さんとのエッチ、とても楽しいよ」
真希は食事を取りながら悪戯っぽい笑みを浮かべて困惑する姉を見詰めるのであった。
「さあ、下だけ脱いで」
元気を取り戻した栗山に肩を掴まれた真琴は素直にジーンズを脱いだ。妹に夢中になっている男の性戯を見極めたい気持ちもあったことは事実だった。
「それはそのままでいい」
パンティも取ろうとした真琴を制止した栗山は背後に手を廻すように命じた。
後手に手錠を掛けられた真琴は男物のワイシャツを着た姿をその場に晒している。
「こう見てみるとお姉さんの方が美人だな」
無防備な姿を静視される恥ずかしさに頬を染めて俯く真琴に滲み出るような色気を感じた栗山が溜息を付くように言うと真希はその手のひらを抓って見せた。
「私だって負けないわよ」
悪魔的な視線を受けた栗山の頬はたちまちにして緩み、その股間は緊張を高めてゆく。真希の全てが自分の性感に直結していると感じている栗山であった。
「洗面器を持ってきてくれ」
栗山に言われた真希はニヤリと笑うとすぐにそれを姉の足元に配置した。いつも自分がしていることだから真希は百も承知だ。しかし、栗山の性癖を知らない真琴にとってそれは慣れない儀式の始まりだったのかも知れない。
「お姉ちゃん。その上に跨っておしっこをするのよ。栗山さん、それを見るのが好きなのよ」
それを聞いた真琴は頬を硬化させた。ここに捕われ、何度も人前での排泄を強要されてきた真琴ではあったが妹の目前でそれをしなければならない事には強い抵抗が残っていた。
「嫌よ。あなたの前でなんかしたくないわ」
「駄目よ。お姉ちゃん。私の指で往っておきながらそんなもの見られるのを恥ずかしがっては」
真琴は真希の顔を悔しそうな表情を浮かべて見た。しかし、妹の言葉はその通りだった。
「判ったわ。するから下着を脱がせて」
「そのままして貰おう」
覚悟を決めた真琴の言葉を言下に否定した栗山はにんまりとした笑みを浮かべ、その表情を覗き見るのだった。
「お姉ちゃん。栗山さんが見たいものを早く見せてあげてよ。その後、三人で楽しいことするんだからさ」
真希に乳房を触られ、甘い囁きを受けると真琴は火照り始めた自分を感じ、悔しげに唇を噛んだ。妹の愛撫で最上の悦びを感じた我が身を恨めしく思いながら真琴は洗面器の上に腰を落とすと目を閉ざした。
「早くしなよ。お姉ちゃん」
真希に頬を突付かれた真琴はそれまで堪えていた緊張を解放した。
「始めたわ。栗山さん、よく見てあげて」
真希は栗山の肩を掴んでその場に引き寄せると自らは真琴の恥ずかしそうに赤らめた頬を楽しそうに見やるであった。
自らの臀部を伝わり、流れ落ちる尿の不快感に顔をしかめながら真琴は放尿を続けている。栗山という男を有頂天にさせている妹の魔性が自分をも陥れ始めた事を感じながら。
少女たちの革命
その夜、三日間の刑を終えた絵里を地下に連行してきたのは久美子と三枝そして、塩野の三人であった。一行がエレベーターを降りた瞬間に館内の電気が一斉に消えた。
「おい、どうしたんだ?」
「ブレーカーが落ちたんでしょう。松井が直しますよ」
塩野がのんびりとした声で答えたが暗闇が苦手な三枝は不安を抑えきれず、一階に出る扉をドンドンと叩き始めた。電気でロックされている扉はマスターキーを持っていないと開かないのだ。
「誰かいないのか?」
懸命の呼びかけにも応える者はいなかった。三枝の脳裏に裏切りという二文字が浮かび始めたのはこの頃だった。今、地下、以外にいるのは栗山、松井、恵子、真琴、真希、忍。祐子の七人である。その誰もがこの音を聞きつけて現れないのである。
「畜生。馬鹿にしやがって」
三枝はマスターキーを金庫に置いたままにした自分の愚かさを感じながら大きな声で叫び続けるのだった。
不意に電気が灯ったのは彼らが閉じ込められて十五分程度、経過した頃だろうか。三枝は慌ててパスワードを打ち込み、塩野、久美子と共に一階に躍り出た。
一階には怯えた表情を見せた恵子がしゃがみ込んでいた。
「どうしたんだ?」
「ま、松井さんが留美先輩と・・・」
「な、何」
三枝が目を剥いた時、外からオートバイの爆音が響いてきた。
「糞。逃げるつもりか」
三枝は塩野を引き連れ、屋敷の外に向かい。久美子は地下室に戻った。
三枝と塩野が玄関を出たとき、オートバイに乗った二人が門から出るところだった。
「追うんだ」
「駄目です。タイヤの空気が抜けてる」
塩野は自分たちの車を見て呆然としている。三枝は狂ったように喚きながら門の外に走り出た。
そこに木曽が自分の別荘から戻ってきたのと出くわした。
「どうしたんです?松井君、らしい人がオートバイに乗ってましたが」
「松井が留美と一緒に逃げたんだ」
「えっ」
木曽も留美が逃げたと聞いて顔が蒼ざめた。
「追いましょう。乗って下さい」
三枝と塩野を飲み込んだ木曽の車は今、来た道を取って返した。
同じ頃、屋敷の中は二度目の停電に襲われていた。
「どうしたのよ?」
再び、一階に戻ろうと階段を上り始めた久美子は何者かに突き飛ばされ、腰をしたたか打ちつけた。
「誰なの?」
その者は更に激しく久美子を蹴飛ばすとガラスの部屋の扉を開いた。
「さあ、入るんだよ」
出てきた奴隷たちによって久美子はガラスの檻の中に監禁された。
「さあ、作戦通り始めるよ」
声を発しているのは由里であった。松井の逃亡に乗じた少女たちの革命が始ったのだ。
懐中電灯を頼りにクローゼットの中から引っ張り出した衣服を身に着けると恵子に先導され四人の奴隷たちがまず一階に上がった。由里は徹も解放した。
「さあ、逃げられるんだよ。上に上がってあの子達を手伝って」
徹には残念ながら衣服はなかった。それでも自由にされる期待からか足取りも軽く一回への階段を上ってゆくのだった。
彼女たちは一階に上がると地下への扉を完全に閉めた。電気を復帰させない限り地下への出入は不可能となったのである。
「二階に行くよ」
由里の号令で弘美と良美、美加子が続いた。
「待ってたわ。こっちはオーケーよ」
二階では既に栗山を制圧した真琴と真希そして祐子が彼らを出迎えた。
「三階に行くよ」
三人を加えた革命軍は更に階段を上がった。
三枝の部屋では松井が金庫の金を奪うために忍が縛り上げられていた。
「どうしたの?何があったの?」
忍は縄を解かれながら娘の弘美に尋ねた。
「お母様。私たち助かるのよ。元の世界に帰れるのよ」
弘美の言葉に忍は嬉しさを覚えた。それは三枝との間に真の愛情が生まれていると信じていた忍にとって不思議な感情であった。
開け放たれた金庫の中には彼女たちの使っていた携帯電話もあった。しかし、この場所は電波の弱い場所で通話が出来る状態ではなかった。
三枝の電話には鍵が掛かっており、警察への通報は不可能と感じた由里は予定通り、屋上に全員を誘導する事にした。
木曽の運転する車は徐々に松井のオートバイに迫りつつあった。徹のオートバイは長い間、運転されていなかったためエンジンの調子が今ひとつで、松井を悔しがらせていたのだった。
焦った松井はカーブで引き離そうと無理な速度でコーナーに侵入した。
「しまった」
バランスを崩したオートバイはそのままガードレールに衝突し、松井の身体は宙を飛び上がり、そのまま崖下に消えていった。放り出された留美は道路に叩きつけられ、そのまま動けなくなってしまう。
「あの、馬鹿」
車を降りてきた三枝は松井の消えた崖に向かって毒づくと蹲ったままの留美に声を掛けた。
「俺たちから逃げようとしても無駄なんだ。これで判ったろう」
倒れたまま、苦悶する留美に駆け寄った塩野は様子を窺った。
「怪我してます。骨が折れてるかも知れません」
塩野の報告に顔を曇らせた三枝はとにかく留美を連れて屋敷に立ち戻る事にした。久美子と頼りにならない栗山だけでは心配だったのである。
「このままにしといちゃまずいですよ」
木曽が転倒したままオートバイを指して言うので三人はそれを崖下に突き落としてから帰途に着いた。
栗山御殿に立ち戻った三枝はきな臭い匂いに顔をしかめた。
「何か焦げてるような匂いがするな」
「ええ」
三枝は暗証番号を押したがドアは開かなかった。
「電気が切られてる」
鍵を持ってでなかった三枝は歯噛みする思いだった。内部ではいったい何が発生しているのか三枝にはおよそ見当が付いた。久美子と栗山が拘束され、奴隷たちが立て篭もったのだ。
「ど、どうします?」
芸能界復帰を考えている木曽は事の重大さに気が付いて狼狽している。三枝には打つ手が無かった。奴隷たちの間に反乱者でも出ない限りは。
「裏山から煙が上がってます。火を付けたようです」
裏山の様子を窺っていた塩野の報告は更に三枝を窮地に追い込んだ。このまま山火事に発展すれば消防活動のために人々が殺到し、奴隷たちは助け出され、全ての悪事は露見する。三枝の築き上げた王国は一夜にして瓦解してしまうのだ。
庭に通じる高い塀を塩野はなんとかよじ登ろうとしている。しかし、外部からの侵入を防ぐために梯子はおろかロープさえ辺りには用意されていない。しかし、木曽の車に積まれていた牽引用のロープを使って塩野はなんとかしようと頑張っていた。
「駄目だ。どうにもならない」
塩野は項垂れて戻ってきた。あらゆる可能性を考え建築された悪魔の王国に侵入することは不可能なのである。
屋上では奴隷たちが声を潜め、狼狽する悪魔たちの様子を窺っていた。
「留美を殺すと騒いでも慌てちゃ駄目だよ。あの子はそれなりの覚悟をしておとりになったんだから」
由里は隣にいる絵里に声を掛けた。彼女たちはもうすぐ夢見ていた自由を手にすることが出来ると思うと興奮していた。しかし、それを押し殺すように由里は冷静な指示を与えている。
庭では惠子の先導で煮えたぎったてんぷら油をぶちまけ火をつける作業が進んでいる。火勢が広がり朝になる頃には山火事として消防の知るところとなり多くの人が駆けつけてくることだろう。そこで彼女たちは初めて自由を手にできるのであった。
「栗山さんは?」
絵里はふと気が付いたように顔を上げて由里に尋ねた。
「あいつなら二階に置き去りにしてあるよ。いい気味じゃないか」
「助けに行かなきゃ」
絵里は急にそわそわしだすと立ち上がって階段に向かって走り出した。
「待ちなよ。おんな奴、ほっておけばいいじゃない」
腕を掴まれた絵里は真剣な表情で由里を見返した。
「ほっておけないよ。私が好きなんだから」
絵里は由里を振り切ると屋上の階段を駆け下りた。
階下には煙が侵入し始めていた。一階の庭先にまで火勢が忍び寄っているのだろう。
絵里は息を詰めて二階に降りるとかつて自分の部屋だったドアを開け放った。
「栗山さん」
真っ暗闇の室内に目を凝らすと後手錠をされた全裸の栗山が床の上にぐったりとなっているのが判った。
「栗山さん。しっかりして助けに来たよ」
抱き起こされた栗山は二、三度咳き込んでからうっすらと目を開いた。
「絵里か、君には済まない事をしたよ。僕のことはいいから君は逃げてくれ」
いつもの自信に溢れる態度とは打って変わって弱気な言葉を吐く栗山に腹を立てた絵里は背中を一発殴りつけた。
「何を言ってるの。まだ死ぬには早いわよ」
絵里は栗山を立ち上がらせるとその身体を支えながら歩き始める。真琴に痛烈な蹴りを受けた腹部の痛みに顔をしかめながら栗山はよろよろとそれに従っている。
廊下に出た絵里はそこで屋上に上る美加子に遭遇した。
「屋敷に火が入ってきた。急いで屋上に逃げなさい」
美加子はそういうと絵里の事は無視するように階段を駆け上がってしまった。
絵里は煙と戦いながら栗山を支え、一段ずつ階段を上っていった。絵里の脳裏にはここでの出来事が走馬灯のように思い出されていた。悔しいこともあったけど絵里にとっては栗山と巡り会えた事とその後の楽しい思い出だけがクローズアップされていた。この人を死なせてはいけない。そんな一念で絵里は栗山を屋上へと導くのであった。
ようやっと屋上に辿り着いた絵里は少女たちが歓声を上げている場面に遭遇した。
「三枝たち逃げ出したよ。私たちは勝ったんだよ」
恭子は目に涙を溜めて絵里の手を取って喜びを表現していた。
絵里が下を覗くと負傷したままの留美が地面に横たわっているのが見えた。
「助けに行かないの?」
「もう、扉は開かないし。無理だよ。ここから声を送るしかないよ」
由里は残念そうに唇を噛んだ。少女たちは口々に声を出して留美に激励を送り始めた。絵里はかつてバラバラだった自分たちの心が一つになった思いがした。それは部長として嬉しいことだった。
栗山のところに立ち戻った絵里は栗山は素っ裸の姿を目にし自分が着ているカーディガンを脱いで栗山の腰辺りに掛けてやる。
栗山は寒さと恐怖のためか歯の根も合わぬほど唇を震わせている。そんな栗山に寄り添うようにして座った絵里はその肩に頬を押し当て目を閉ざした。このまま時間が止まってくれれば良い。そんな幸せな気分に絵里は浸っていた。
朝になれば自分が自由になる代わりに栗山は捕われ人になる。そんな時間が訪れるまでのひと時が絵里にとっては貴重だったのだ。
「ねえ、おしっこがしたいの。どうしよう」
不意に弘美が母親に訴えた。
「隅にでも行ってしてらっしゃい」
忍に言われた弘美が屋上の片隅に行って腰を落とすとそれまで項垂れていた栗山が顔を上げ、その恥ずかしい姿に食い入るような視線を送っている。それを目にした絵里は意味ありげな笑みを浮かべ、そっと片手をカーディガンの中に忍ばせ栗山の一物を優しく愛撫するのだった。
Fin