新たなる悪魔
三枝が引越しを終えて一週間がその日、栗山御殿の中は異様な昂りを迎えていた。暫く、東京に行戻っていた栗山が新たな賛同者を引き連れて来訪する旨の連絡があったからだ。その者はこの建物の建築費のうち4000万円を投資したのみに拘らず、場合によってはこれからの運営費も負担する旨の連絡を受けている三枝は失礼があってはならないと朝から部下、及び奴隷に指導を徹底していた。
地味なワンボックスカーに乗ってその男と栗山が現れたのは午後の五時過ぎだった。
男の名前は木曽忠、シンガーソング・ライターとしてデビュー8年目、29歳の彼は甘い歌声と繊細な語り口で若い女性から熱狂的支持を受けるスターだった。しかし、前年の10月、大麻取締法違反で検挙され、彼の名声は一夜にして地に落ちた。
店頭に並んでいた彼のCDは全て撤去され、発売予定のCDは延期となった。
つい先日、彼への判決が下った。罰金、二十万円、懲役6ヶ月、執行猶予の二年の判決だった。摘発以前から栗山と顔見知りだった木曽は、摘発後、栗山からこのプロジェクトの存在を知り、出資を申し出た。
そして、判決が決まった彼は近くにある自分の別荘に引き篭もると関係者に連絡して始めて栗山御殿を訪れたのである。
木曽は中肉中背のどこと言って特徴のない男で有る。彼の魯鈍な表情からとてもそのナイーブな詞の世界は想像できない。
玄関で出迎えた三枝はその男が木曽忠とは名前を言われるまで気が付かなかった程であった。
型どおりの挨拶を終えた三枝はまず彼をパーティールームに案内した。
すかさず、Tバックに胸にさらしを巻いただけの由里が飲み物の注文を取りに来た。
アルコールを嗜まない彼はウーロン茶を注文して三枝の顔を見た。
「素晴らしい場所ですね。ここは」
そう言った木曽の表情が緩んでいたのを目にして三枝は彼の心を掴めると確信した。
飲み物が運ばれるときらびやかな琴の音が響き渡り、長襦袢を羽織っただけの忍が登場した。客をもてなすための余興として三枝が考えた日本舞踊の師範、忍ならでわの踊りのもてなしだった。
開かれた長襦袢の間から乳房やTバックが垣間見えるがそれは決して下品なものでなく、官能的な美を見る者に与えていた。
三分ほどの舞を終えた忍は木曽の前に跪くと深々とお辞儀をした。
「妻の忍です。こちら、歌手の木曽忠さんだ。失礼がないようにな」
三枝が諭すように言うと忍は顔を上げて端然と微笑を見せる。誘拐される前に大麻事件の事を知っている忍は木曽を勇気付けようと口を開いた。
「歌声は以前よりお聞きしております。この度は残念でございましたね。お力をお落としにならないように。木曽様なら大丈夫です」
「有難うございます」
美女に自分を力づけてくれる言葉を貰って木曽は嬉しそうに頷いた。
「忍、木曽様をお慰めして」
三枝に言われた忍は妖艶な笑みを浮かべると長襦袢をするりと落とし、豊満な乳房を露わにした。そして、木曽のズボンに手を伸ばした。
「失礼致します」
「うぁ、こんな事していただいて良いのですか?」
忍がいきなりジッパーを引き下ろし、中身を探り出したので木曽は慌て気味に三枝の顔を見る。
「どうぞ、構いません。おもてなしの一つだと思って下さい」
三枝は嬉しそうな顔して木曽に奉仕を開始した忍の横顔を見入るのだった。
男の妖気に煽られるように鼻や舌をそれに這わし、指を使って優しく刺激を与えた後、すっぽりと口を含んだ。
木曽はいきなりの歓待に面食らった様子でくなくなと舌を動かす忍を見つめていたがやがて感激したように口を開いた。
「いや、三枝さんがお羨ましい。このような若い奥さんを貰って、こんなサービスを毎日受けられるなんて」
若いという言葉に三枝は苦笑を禁じえなかった。見た目では忍は三十前に見えるからだ。
「忍は来月、三十九になりますよ。すっかり姥桜です」
「三十九・・・」
木曽は思わず絶句して、自分を懸命に愛撫する忍を見た。とてもその年に見えぬ女に自分はこの屋敷で骨抜きにされてしまうのではないかと変な不安さえ覚えるのであった。
風景
同じ頃、栗山は絵里の部屋で甘いひと時を過ごしていた。
一週間ぶりにあった、栗山と絵里は獣のようになってお互いを貪り尽くしていた。
「ああ、好きよ、好きなんだからね」
甘い声で訴えるように囁いた絵里は栗山の腰に足を絡め、激しく腰を動かしている。栗山も煽られるように腰を動かし、遂に達してしまう。
身体を離した二人は荒い呼吸が整うまでしばらく黙ったまま天井を見つめていた。
「ねえ、これから祐子さんのとこにも行くんでしょう?」
いきなり、絵里が寂しそうな顔をして囁いてきた。
「うん。彼女にも会わなくてはいけないから・・・」
「ねえ、お願い。祐子さんに会ってもまた、戻ってきてね。栗山さんのためにお料理作るから」
「あ、ああ」
栗山が曖昧に頷くと絵里は怒ったような顔をした。
「絶対だよ。塩野さんに料理、習ったんだからね」
「判ったよ。戻ってきますよ」
栗山にキスされた絵里は一辺に機嫌が良くなった。くすっと笑うと栗山の一物を掴んで舌を出すのだった。
絵里の部屋を出た栗山は正反対の角に位置する祐子の部屋をノックした。
ドアが開かれ、殆ど、涙顔の祐子がいきなり栗山にしなだれかかってきた。
「会いたかったわ」
一週間分の思いを掛けて囁くように言った祐子は熱く口を寄せてきた。うっとりしていた祐子の顔が急に険しく変り、顔を離した。
「絵里さんに会ってきたのね。あの子の匂いがするわ」
「ああ、会って来たよ。君だって承知だろう」
「ええ、それはいいのよ」
祐子は髪の毛を掻き上げて下を向いた。
「お風呂に行きましょう。あの子の匂いがするあなたに抱かれたくないの」
縋るような視線で訴えられると栗山も拒否するわけには行かなかった。
栗山は祐子に引っ張られるように二階にある浴室に連れて行かれた。
同じ頃、木曽は三枝に案内され、地下の奴隷居住区に案内されていた。
奴隷たちは歌手の木曽忠が現れたものだから自分たちが恥ずかしい姿も忘れてガラスにへばりつき口々に何か語り合っている。
「ほう、これは圧巻ですな」
木曽は少女たちの姿を目にして溜息を付くように言った。
「さながらガラスの動物園でしょうな」
三枝は自慢げに鼻を擦ると備え付けのマイクを手に取った。
「おまえたちそこに一列に並べ、木曽さんが相手を選ぶぞ」
三枝の声が室内に響くと奴隷たちはいつものように年令順に列を作った。
「さあ、お選び下さい」
付き添っている由里に促されると木曽は照れたような笑いを浮かべて一列に並んだ奴隷たちをじっくりと見回した。
「一人でなくてはいけませんか?」
「いいえ、何人でも結構ですよ」
「それでは三人目と六人目と七人目をお願いします」
木曽が選んだのは留美、由希、弘美の三人だった。
「何か身に付けさせますか?衣装も揃っています」
「お願いします」
顔を輝かせた木曽は三枝の後に従って衣裳部屋に入っていった。
その頃、風呂から上がった栗山は素っ裸のまま祐子の部屋に戻り、熱い抱擁を交わしていた。風呂場で祐子の排尿を目にした栗山は興奮を取り戻し、祐子を畳の上に押し倒すとの胎内に挿入し、激しく腰を突き上げる。
栗山の激しい行為に煽られるように祐子も燃え上がり掛けるが必死に自分を抑えている。
「待って、待ってよ。お布団を敷かせて、畳を汚すと叱れるわ」
「これでいいだろう」
栗山は積み上げてある夜具の上から毛布を取り、それに祐子の裸体を包むようにして再び、腰を動かし始める。
「あっ、往っちゃう、往っちゃう」
不意に叫びを上げた祐子は全身で栗山の裸体にしがみつくように両手と両足を組み合わせると熱い息を吐きながら頂点を極めた。栗山はそんな祐子の反応を楽しむかのように微妙に変化する表情をじっくりと眺めていた。
「良かったわ。あなたはまだなの?」
うっとりとした瞳を開いた祐子に栗山はこっくりと頷いた。
再び、腰を使って祐子を楽しませた栗山は自らも欲望を貪り尽くした。
「ねえ、もう一度、来ていただける?」
「あ、ああ」
部屋を出てゆく背中に祐子に声を掛けられた栗山は曖昧に頷いた。
「お食事、作って待ってるわ」
栗山は(まずい)と思った。今日は絵里と食事する約束をしてしまったし、木曽の歓迎パーティもある。とても食べられそうにないと思った栗山はすまなそうな顔をした。
「朝ご飯にしよう。夜は絵里のところでご馳走になるから」
朝食と聞いて祐子の顔が明るくなった。自分の傍らで朝まで過ごしてくれると思ったからだ。
「じゃあ、いくら遅くなっても起きてるから来てね」
栗山は苦笑して部屋を出た。妻を二人持つのも楽ではないのである。
悪魔の計画
その夜、木曽のささかな歓迎パーティが催された。絵里の手作りの食事を食べさせられていた栗山が遅れて参加してみると木曽に指名された留美、由希、弘美の三人がカラオケに興じているところだった。
三人は栗山が用意してあったどこかの女子高の制服を着込み、楽しくワイワイと騒いでいた。
「楽しんでますか?」
三人を楽しそうに見つめる木曽に声を掛けると彼は満足そうに頷いた。
「もう、誰かを楽しんだの?」
傍らに座った栗山に対し、木曽は首を振った。
「まだ、ですよ。もうちよっと時間が経たないと」
木曽は曖昧に笑っては旺盛な食欲を発揮している。彼は三人の奴隷を指名した後、服を着せ、建物の中を案内させたりして時間を潰していたのだ。
「いや、木曽さんは紳士ですよ。奴隷たちに服を着せて、ゆっくりと打ち解けるところから始めている。見上げたもんです」
三枝は感心したように頷いた。
「丁度、良いからお話しておきます」
木曽は真顔になって二人に話し掛けた。
「私がこのプロジェクトに参画を決めたのは一人の女をここで飼っていただきたいからなのです」
栗山は薄々感じていた核心を木曽が話し始めたのだと思った。
「私が逮捕されるきっかけを作った女なのです。実行していただけますか?」
「ああ、喜んでやらせていただきます」
栗山は勢い込んで答え。三枝は新たな生贄の登場に胸を弾ませた。
「狙うのはアイドルスターの椎名唯なのです」
その名前を聞いて二人の表情は一辺に渋くなった。アイドルともなると世間に顔が知られている上、それ相応のガードもされているからだ。
「それは無理ですよ。今までのようにいかん」
三枝が首を振っても木曽は諦めなかった。
「手引きしてくれる人間がおります。彼女のマネージャーです」
「ほう、それは心強い」
栗山は相槌を打ち、三枝も興味を示してきた。
「唯は表向きは優等生アイドルを装ってますが裏では大人に対して威張り散らしているようです。マネージャーにも同様でホトホト愛想が尽きたそうです。私が計画に誘ったらすぐさま賛同を示してきました」
「しかし、そいつが腰砕けになって警察に真相をばらすなんてことになったらこっちも危ない。その点は大丈夫でしょうな?」
三枝が心配な顔になって尋ねると木曽は薄い笑いを浮かべた。この男の狡猾そうな表情を栗山は始めて見た。
「大丈夫です。マネージャーがしゃべっても彼は私の存在を明かすだけです。私は黙秘を貫きます。この程度の保証ではご不満でしょうか?」
「いや、十分です。この計画、進めましょう」
三枝が促すと栗山も同意した。新たな生贄が決定された瞬間でもあったのだ。
「しかし、何故、木曽さんがそのアイドルに恨みをお持ちなんですか?」
三枝が不思議に思って尋ねた。彼ほどの地位と名声があればそんな小娘に振られただけでは動機として薄すぎると思ったからだ。
「それは私を逮捕させたのが彼女だからです」
木曽は残念そうに言った。木曽は大麻パーティーに唯を誘っていた。しかし、彼女は断りを入れ、その夜、木曽は逮捕された。今まで同じメンバーで開催していながらその日に限って警察が踏み込んできたことに木曽は当初から、唯が臭いと睨んでいた。
そして、唯が自分の逮捕をさして驚かなかったことをマネージャーから聞いた木曽はますます確信を強めたのだ。
「彼女はデビュー二年目にして天狗になっています。皆さんによって鉄槌を下していただきたい」
木曽は改めて頭を下げた。余程、自分が逮捕されたのが悔しかったのだろうと栗山は思った。
「彼女の飼育料として月額50万円を提供いたします」
三枝にとってはまたとない申し出である。栗山からの30万と併せて80万円の運営費を手にすることが出きるのだ、乗らないわけには行かなかった。
「それで計画の詳細は?」
実行役になると思われる栗山が尋ねると木曽は屈託のない笑顔を浮かべる。
「今晩でもマネージャーに電話をして決めますよ。栗山さんも明日実行と言われても困るでしょうから三日後以降に設定します」
「判りました」
栗山が頷くと木曽が踏ん切りが付いたのか立ち上がった。
「よし、今度は僕が歌おう」
奴隷たちの間から歓声が湧いた。
場違いな場所に木曽の甘い歌声が響き渡る。それを目にした栗山はこの男を引き込んだ自分の選択に間違いがなかったことを確信する。