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英語における、行為主体接尾辞「 er 」と「 or 」について


  英語には、動詞などに付いて、その動詞の示す行為を行う主体を表す名詞を造る、いわば「行為主体造語接尾辞」とも呼べる接尾辞が幾つかあります。その代表的なものは、「 er 」と「 or 」です。これらは、どういう起源を持ち、どのように、言語的に位置付けられるのか、少し考察してみたく思います。

  ところで、英語における、「行為主体造語接尾辞」というのは、「er」と「or」に限定されている訳ではなく、その他に、「-ar」、「-ian/-an」、また「-ist」があり、もう少し広い意味だと「-ite」などがあり、また「the+過去分詞」で、「される人」というような用法があります。(この「the+過去分詞」の形の造語は、後述するように、「-or」が「完了分詞語尾」からの派生であることと関係しています。

  さて、「-er」は、「行為主体」を示す接尾辞と最初に述べましたが、正確には違います。これは、「単語+er」という形で、新しい言葉を作るのですが、できあがる新しい言葉は、元の単語に「関係すること・もの(物・者)」というのが本来の意味です。

  例えば、play + er の player は、play(遊ぶ・競技する・演奏する等)に「関係すること・もの」を意味するのであって、「play する人」とは限りません。Record Player などは、piano player が「ピアノ演奏者」で人であるのが普通に対し、音楽を演奏するような「装置」なので、「擬人的」に player と云っているのではなく、player は別に人である必要はないのです。(New Yorker は、「ニューヨークする人」ではなく、「ニューヨークに関係ある人」なのです。cutter は、「動詞cut+er」ですが、「切る人」だけでなく、「切る道具」また、「小型帆船の種類名」にもなります)。



  以下に、アウトラインをまとめてみます。

   1)  「 or 」 ……ラテン語自身において、「行為主体(〜する人・者・もの)」には、「-or」の語尾が付きます。しかし、どんな言葉でも、-or を付けると、その動詞の動作・行為の主体を示すのかというと違うので、特定の動詞に対し使われます。

  ラテン語で、「-or」という語尾は、「-ator」または「-asor」という形をしているのが原則です(一般的には、「-tor/-sor」です)。これは、「-or」という語尾形が、第一変化規則動詞の「受動相過去分詞」語尾である「-atus」の変化として出てきたからです。

  これでは、何のことか分かりにくいので、具体的な動詞を出すと、「愛する」という動詞は、ラテン語で、amare と云います。これは「不定形(原形)」です。amare の「(受動相)過去分詞」は、「amatus」と云い、語尾部分が「-atus」なのです(別の動詞だと、「-asus」や「-*tus/-*sus(* は、a以外の母音)になることがあります。ここから「-asor」あるいは、一般に「-tor/-sor」が出てきます)。

  英語で考えると、大雑把には、amatus に当たるのは、loved です。フランス語とかスペイン語などで考えると、フランス語では、「愛する」の不定形は、aimer(エーメ)で、 過去分詞は、aim[e](エーメ)です。スペイン語では、不定形は、amar で、 過去分詞は、amado です。(イタリア語も付け加えると、不定形 amare, 過去分詞 amato です)。

  なぜ、こういう話になるかと云うと、「〜する」という動詞に、「-or」を付けると、「〜するもの・人」となると考えると間違いになるからです。もう少し複雑なのです。

  英語の場合、原則的には、「-ate」の形で終わる動詞について、その動詞の実行内容を行う主体を、「-ator」の接尾辞で表します。「-ator」はつまり、ラテン語において、「-atus」から派生した語尾形なのです。そして、「-ate」で終わる動詞というのは、どういう動詞かというと、例えば、initiate, actuate, facilitate などがありますが、これらは、単純に「何かをする」という動詞ではなく、「ある状態にさせる」というような意味の動詞です。

  「-ate」という接尾辞が、ラテン語の過去分詞語尾の「-atus」から来ているからです。「-ate」の形の動詞は、「ある状態にされた状態にする」という、何か屈折したような意味を持っています。

  正確には少し違うのですが、この微妙な意味は、act という動詞と、actor という名詞を考えるとイメージができます。act は、「実行する、行為する、振る舞う」などの意味が中心にあります。では、actor は「実行者、行為する者、振る舞う者」かというと、少し違うのです。確かに、「行為者」というような意味もありますが、普通、actor は、「俳優」という意味です。

  「俳優」は何をするかというと、シナリオなどに規定されている登場人物の言動を再現的に演じ、行う訳で、「劇でのできごとの状態」を作り出すような行為を行う人です。perform という動詞があり、これも「行為する、演じる」などの意味で、performer という言葉もあります。performer は、「俳優」というより、「実行者・実演者」の意味です。performance という名詞は、「演技・上演・興行・実行・遂行」などの意味ですが、「パフォーマンス」というカタカナ語が示すように、必ずしも「シナリオに従う演技」ではないのです。

  actor は、シナリオなどの規定状態を再現・模倣する行為者で、間接的であるのに対し、performer は、シナリオを自分で造って、即席で演技するような直接性のある行為者で、これが、過去分詞語尾「-atus」から派生している「-or」と、「関係すること・もの」という意味の「-er」の違いだとも云えるのです。


   2)  「 ar 」 の語尾の場合は、例として、liar だとか、beggar(乞食)とかを考えると、間違いになります。liar の元の動詞 lie は、ゲルマン語であり、元々 lier であったのが、文字表記が変化したので、liar になったのです。beggar は、あいだに中世フランス語などが入っていて複雑ですが、動詞 beg は、ゲルマン語で、フランス語でも begger の形があったようです。

  行為者を表す「-ar」の正しい例は、scholar がそうで、これは「学者」という意味ですが、この「-ar」は、「-er」と同様、「関係すること・もの・人」を示す接尾辞です。

  英語には、prime と、primary という形容詞があります。意味を確認すると、どちらも「最初、主要」などの意味で、どうして二つの形容詞の形があるのか分かりません。ラテン語では、prima と primarius が、丁度、この二つの形容詞に対応します(英語の primary は、別の起源もあるので、意味がずっと複雑で豊かになっています)。

  形容詞に接尾して、その形容詞の意味する内容に「関係する意味」を示す形容詞を造る接尾辞があり、それが、「-arius/-aris」なのですが、この接尾辞の「ius, is」の部分が落ちた形が、「-ar」なのです。scholar というのは、「schola(余暇・暇)に関係すること・もの・人」という意味で、schola は「学問」の意味になりましたから、「学問に関係あること・人」で、結局、「学者・教養人」という意味になるのです。

  ゲルマン語の「-er」の接尾辞は、起源的には、「-arius/-aris」に対応しており、必ずしも、「〜する人」という意味ではなかったのですが、動詞に接尾すると、その動詞の「行為を実行する人」という意味になったものです。


   3)  「 er 」 なお、例示していると、きりがないとも云えるのですが、基本的・原則的な「 -er 」の使用条件は、「ゲルマン語の動詞+er」という形ですが、接尾辞「-er」は、ラテン系の動詞に接尾させて、「行為主体」を造語することがあれば、その反対に、ゲルマン語の動詞に「-er」が付いた、「行為者等」の意味の単語がすでにあるにも拘わらず、「-or」を接尾させた、ラテン語風の単語もあるというケースがあります。

  この両方の形がある場合は、例えば、adviser と advisor などで、この場合、ラテン語風な、「-or」の形の方が専門性が高くなるという用法・語感があります。

  英語の hand には、「手渡す」というような動詞の用法がありますが、これは特殊なケースではないかと思います。hand(手)自体が、何かを成す「主体的資格」を持っていて、「手がどういうことを行うか」は、「手渡す」というような行為以外に、handle という動詞が扱っている「処理する」という広い意味が、「手」によって行われるとも云えます。

  handle は名詞の「ハンドル・取っ手」という意味もあり、「-le」は接尾辞で、幾つかの異なった用法があるのですが、その一つに、「行為者・道具」を表すというのがあります。この意味の接尾辞の「-le」は、ドイツ語やオランダ語では、同根の接尾辞があり、それは、「-el」という形だとされます。ドイツ語の「手」は、Hand ですが、これに「-el」を付けると、Handel という単語があり、これは「商売・取引」という意味で、これは、「-er」と同様で、「関係のあること・もの・人」だとも思えます。「手に関係あること」が、つまり「商売・取引・契約」などになるのです。

  そして、この Handel を動詞にしたものが、handeln で、これは英語の handle の並行語です。動詞の hand には確かに意味が対応する、hander というような単語はありませんが、handle という「関係する名詞」があり、これが動詞でもあるので、hander という動詞の成立が妨げられているのかも知れません。



  compare については、何故、comparer がなく、comparator があるのか、これはフランス語も含む、ロマンス語の単語の展開で考えると面白いことが分かります。ラテン語の単語に接尾して、状態・動作・結果などを意味する接尾辞に、「-ion」というものがあります。主に、t, s, x の後に、-ion と続きますが、発音的には、question などは違いますが、普通、「−ション」という形です。

  「-or」の接尾辞で動作主体名詞が造られている動詞は、英語の場合、「-ate」で終わる形の動詞で、この「-ate」は、完了分詞(過去分詞)の「-atus」から来ているとも述べました。すべてそうなのか確認していませんが、フランス語には、「-tion」「-sion」の形で終わる名詞がかなり多数あり、そういう名詞がある場合は、「-teur/-seur」という形の動作主体名詞が普通存在します。

  initiate だと、英語の場合は、initiate(動詞)、initiative(名詞・形容詞)、initiation(名詞)、initiator(動作主体・名詞)と、形が同根の単語が揃っています。ところがフランス語では、形容詞と名詞(ininiation, initiateur 等)はあるのに、initiate という形の動詞がありません(一般にそうなのかも知れませんが、すべて確認できた訳ではありません。initiation の場合は、initiative は英語と同様に名詞です。英語では、形容詞の意味もあります。フランス語でも、そうなのかも知れません)。initiate という動詞がない代わりに、initier という形の規則動詞があります。

  英語で「創造」を意味する creation の場合、フランス語は色々な言葉が揃っています。状態名詞 creation, 行為主体名詞 createur(クレアトゥール,創造者),形容詞 creatif, そして受動主体名詞 creature(クレアテュール,被造物)です。しかし、create という英語の動詞に当たる単語は、違う形をしています。動詞は、creer という形をしています。

  フランス語では、「-or」または「-tor/-sor」に丁度、「-teur/seur」が対応しているのが分かります。フランス語には、この半世紀に渡り、多数の英語の単語が入っており、動作主体の「-er」の形の単語も入っているはずです(……と思ったのですが、念のため、「computer et que」と「ordinateur et que」で、Google で検索すると、前者は約44万件ヒット、後者は、約98件で、二倍以上あります。しかも、computer は固有名詞的に使われているようです。例えば、Apple Computer という具合です。「ordinateur」は、不浄の英語単語が、神聖なフランス語に乱入するのを防御するため、古い言葉を再利用した言葉で、「整序装置・秩序装置」というような意味です。フランスでは、普通名詞のコンピュータは、ordinateur と、少なくとも、文章では現在も呼んでいるのだということです……。本当だろうか?)。

  という訳で、comparator については、comparateur という単語がフランス語にあり、comparador がスペイン語にあり、comparatore がイタリア語に実際にあるのです。comparate という形の英語の動詞がないと、comparator があるのはおかしいのですが、大辞典にも載っていないのですし、にも拘わらず、comparative, comparable, comparator と、comparate という動詞を前提にしないと出てこない言葉が実際に使用されています。comparator は、フランス語の comparateur の訳か、または comparate という動詞があるとして、多分理論的に造語した言葉で、かなり特殊な言葉だということが分かるのです。

  ところで、何故、スペイン語とイタリア語の過去分詞(完了分詞)を示しておいたかというと、まずラテン語で、「愛する」は、amare, そして英語の lover に当たる、「愛する主体者」は、完了分詞 amatus から展開した、「amator」になります。スペイン語では、不定形 amar, 過去分詞 amado, で、これに「-r」を付けると、amador で、これが行為主体者です。イタリア語でも、不定形 amare, 完了分詞 amato, で、これに「-re」を付けると、amatore で、これが、英語の lover, フランス語の amateur(アマトゥール=愛好者)に対応します。

  (つまり、ロマンス語では、「動作主体」は、動詞の完了分詞(過去分詞)から、規則的に造ることができるということです。語尾の特徴が決まり、ラテン語では、それは「-tor/-sor」となり、スペイン語では、「-dor」、イタリア語では、「-tore」、フランス語では、「-teur/-seur」となるということです。スペイン語で、「何とかドール」というのがあると、動作か行動や企画等の遂行主体の名称である可能性が高いのです。「マタドール」というのは「闘牛士」ですが、これは、matar[殺す]という規則動詞の過去分詞 matado に「-r」を付けてできているということで、「殺す人」というのが本義です)。

  英語には、「-er」の形のゲルマン起源の動作主体者の接尾辞と、「-or」の形のラテン起源の接尾辞があり、どちらがどういう風に使われるのか、規則性があまりないのですが、ラテン語、フランス語、イタリア語、スペイン語などでは、過去分詞(完了分詞)から、規則的に、動作主体名詞を造る方法があるということです。



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